第九話
入学式からの帰宅後、アステリアは着替える暇もなく父レグルスからの呼び出しを受けた。どうやら学園側から所属委員会についての問い合わせが来たらしい。
書斎で待っていたレグルスは、彼女が入室すると重々しく口を開いた。
「……生徒会ではなく風紀委員会に入ったと聞いたが、何かの間違いか?」
「いいえお父様。わたくしはきちんと、風紀委員会に入りましたわ」
レグルスはアステリアが答え終えても、無言で彼女の目を見つめていた。しかしアステリアがまったく動揺せず見返し続けるものだから、やがてレグルスの方が根負けして視線を逸らす。
「風紀委員会は通常、軍部に進む子女が入るものだ。分かっているんだな?」
「ええ。承知しておりますわ」
「……ならば良いが。はぁー……剣術は諦めたんじゃなかったのか……」
「あら。そのように思われていたのなら僥倖です」
つまりここ五年ほどの、淑女教育に真面目に取り組み、剣術は手習い程度に押さえていた姿は演技でしかなかったと……。我が娘ながら末恐ろしいと、レグルスの背筋にぞっとしたものが走った。
***
――入学式から十日後の朝。
本来であればこの頃が、正式に委員会に入るタイミングだ。そもそも生徒会は推薦のみだったり、風紀委員会は入会に審査が必要だったりと、現代日本人が考える委員会とは趣が異なる。
そしてアステリアには、入学後に推薦の話が来る手筈だった。その前にさっさと風紀委員会に入会届を出してしまったものだから、学園長を除いた教師陣は、さぞ頭を抱えたことだろう。
とは言え入ってしまったものはしょうがない。アステリアは堂々と、風紀委員会が使用している第三演習場へ赴いた。
学園にいくつかある演習場とは、生徒が魔法や戦技の訓練を行う広場のことだ。この中で第三演習場は実質、風紀委員会専用となっているらしい。
第三演習場はその周りを外廊下でぐるりと囲まれていて、利便性が高い代わりに魔法の訓練には向いていない。剣術の訓練に集中する風紀委員会専用になるのも、自然な流れだった。
「お、レグリオ君。来たか」
「はい、ご歓談中に申し訳ございません。ご無沙汰しております。アイゼンベルク委員長」
「いやいや、構わないよ。まさか本当に君のような大物が入ってくれるとはね」
アステリアが演習場に近づくと、一人の青年が気がついて軽く手を振る。ネクタイの色で最高学年なのは分かるが、それがなくとも鍛えられた大きな体躯で、実年齢以上の年上に見えた。代々優秀な騎士を輩出している名門貴族、アイゼンベルク家の嫡子、ロベール・アイゼンベルクだ。
彼とは入学前に挨拶を済ませているが、横に立つアイゼンベルク同様の最高学年の女性とは面識がない。アステリアの視線に気づいてか、アイゼンベルクが彼女を紹介する。
「彼女は副委員長のセシリアだ」
「お初お目にかかります。セシリア・モンテクレールと申します。以後お見知りおきを」
「アステリア・レグリオでございます。ここでは学年以外の序列はございませんわ。もっと気さくに接してくださいませ」
モンテクレールと言えば、こちらも騎士家系の名門だ。そちらの子女が副委員長を務めているという事は、普通に考えればこの二人が婚約関係にあるのだろう。
それにしてもモンテクレール嬢は、軍人のようにキビキビとして冗談の通じなさそうな女性だ。実際、アステリアの言葉に困惑した表情を浮かべている。
そこに助け舟を出すように、アイゼンベルクが彼女の肩にパシッと手を置いて笑った。
「そうだぞ。我らが学園は一に学年、二に成績。家格なんてのは二の次だ。こんなの在学中だけなんだから、もっと堪能しておけ」
「そこまで家格を気にしないのも、ロベールぐらいでしょうけど……。そうね」
モンテクレールは、硬かった表情をゆるめてアステリアに向き直る。
「よろしく、レグリオさん。数少ない女性が来てくれて嬉しいわ」
「ふふ、よろしくお願いいたします。モンテクレール副委員長」
モンテクレールに手を差し出され、アステリアもそれに応え握手を交わした。本来であれば女性は握手をしないものだが、男性の多い風紀委員会の一員としてのマナーなのだろう。
そうこうして役職付きの風紀委員に挨拶を終え、さらに集められた委員達に挨拶をし……今後の話となったところで、アステリアはさらりと爆弾発言を投下した。
「あ、そういえばわたくし、既に初級剣術修了証を取得しておりますわ」
「えっ?」
初級剣術修了証の取得条件は、一名以上の学園職員の立会の元、剣術指導員の有資格者と打ち合い、一定の成績を残すこと。少し裏技的になってしまうが、有資格者は学園の職員でなくとも良い。だからアステリアは、入学早々に公爵家の家庭教師を学園に連れてきたのだ。
学園の教師に有資格者は何名もおり、一般生徒は彼らの推薦で試験を受けるのが通常だ。それこそ外部から連れ込むとなると、賄賂や脅しで良い成績を強要する可能性がある。
そこをアステリアは「先生方が皆さんご納得いただけたらで構いません」と、三名の教師を立ち会わせ、満場一致での資格取得となったのだった。
「本当だわ……。資格が記載された学生証の発行が一週間ぐらいかかるから、本当にすぐ試験を受けたのね」
アステリアが提示した学生証を手に取り、モンテクレールは素直に感嘆の声を上げる。対してアイゼンベルクは困った様子で言った。
「いや、不正ではないが……。他の新入生は正式な入会もまだなのに、足並みを揃えないと不満が出てくる可能性が……」
先にも言った通り、風紀委員会に入るには入会届を提出の上、教師による審査が必要だ。と言っても、風紀委員会に相応しい清廉潔白な精神の持ち主か、過去の経歴を確認するだけ。そもそも風紀委員会に入る生徒は、入るのが既定路線の者が大半で、審査に落ちる事はほとんどない。
だが皆一様に時間がかかるはずの所を、事前に学園長に挨拶をすることで短縮し、アステリアだけが一足先の入会となった。これ以上の異例は増やしたくない……というのが、アイゼンベルクの委員長としての本音だ。
「別に良いじゃない。風紀委員たるもの清廉潔白たれ。でもそれは愚直に正々堂々としてろって事ではないわ。いい立ち回りだと思うけど」
「だが新入生が資格を取るまでの間に、そいつの人となりを見極めるって慣習もあるだろ?」
「ふ~ん。レグリオさんの人となりに問題があるって?」
「そうは言ってない!」
委員長と副委員長の言い合いを、アステリアはぽかんと見つめる。最初の印象とは裏腹に、生真面目なのはアイゼンベルクで、モンテクレールは柔軟な思考の持ち主であるようだ。
「ああ分かった! こうなったら勝負で白黒つけよう!」
「臨むところよ!」
言い合いがピークに達したところで、アイゼンベルクが壁に掛けられた木剣を取りに行く。そして一本を手に取り、もう一本をモンテクレールに向かって投げた。
モンテクレールは木剣を軽々と掴み取ると、二人はそのまま人気のない場所で剣を構えてしまう。
「え? わたくしが言うのもなんですが、仲裁をしなくてもよろしいのですか?」
アステリアが近くの上級生に尋ねると、彼らは笑いながら軽い調子で答えてくれた。
「ああいや、いつもの事だよ。ちなみに俺達はどんな仲間でも大歓迎だし、誰もレグリオさんに文句言う奴なんか居ないよ。なあ?」
「うんうん。だって俺らみんな騎士とか軍人の家系で見知った仲だろ? 同じ顔ぶれで飽きてんのよ」
「新入生だって知ってる奴ばっかだよな」
「あとレグリオさんみたいな美しいお嬢さんが入ってくれて、内心どぎまぎしてるのしか居ないから」
「おいこら」
「いでっ」
冗談を言った側が、もう一人の上級生にガッと頭を小突かれた。尚も笑い合っているあたり、飽きるほどの深い仲だと言うのは事実らしい。
彼らが言うからには、風紀委員会の内輪で発生した揉め事は、試合の勝者の意見が通されるらしい。まあ、あくまで内輪ノリの、教師も笑って見逃す程度の揉め事に限るそうだが。
(……それはつまり、副委員長が負けたら俺に不都合があるのでは?)
頭を捻るアステリアに気づいて、委員の一人が明るくフォローする。
「あ、あの二人は勝敗関係ないぜ。委員長は副委員長の尻に敷かれてるからな」
「それは……仲がよろしいのですね。羨ましいですわ」
ならば良いか、とアステリアも他の委員に混じって試合の見物に回る。
最終的に試合の決着がつく前に、アイゼンベルクが口で言い負かされてしまい、勝敗は有耶無耶となった。どうせアステリアは不正を働いた訳ではないし、口頭での注意しか対処法はないのだが……。
それすらもモンテクレールの鶴の一声で禁止されてしまい、アステリアは晴れて帯剣を許可されるのであった。
それからと言うもの、第三演習場では早朝から嬉々として、剣術の鍛錬に励む公爵令嬢の姿が見られたと言う。
※今回の投稿時点でアステリア・レグルス→アステリア・レグリオに名前が変わりました。
修正漏れあったらすみません。




