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第八話


 ――学園長室。


「……はい。確かに受理しましたよ」

「ありがとうございますわ、学園長先生。ご無理を申し上げました」

「まー、儂はかまわんがね」


 頭を下げるアステリアの前で、白髭をたくわえた老齢の男が眉尻を下げる。そして学園長室のドアを見て口を開いた。


「彼は納得しとるのかね」


 と言うやいなやノックされるドア。学園長は「どうぞ」と落ち着いた様子で返事をする。ドアを開いた彼――シリウスは、アステリアの満足げな表情を見て、全てを悟ったようだった。


「ま、まさか……」

「無事に受理していただきました。わたくしは風紀委員会所属です」

「早すぎる……! どうなってるんだ君は!?」


 シリウスは納得できない様子だが、一切なにもトリックはない。ただ単に、入学前に事前に学園長と風紀委員長に挨拶へ赴き、入会届を事前に手に入れておいただけの話。

 学園長には素気なく「手続きは入学式以降しかできんよ」と切り捨てられたが、それは逆に言えば、『入学式後ならば受け付ける』という意味に他ならない。だから入学式の前から、こうなることは決まっていたのだ。


「ステラ! なぜそこまでして、風紀委員に拘る!」

「殿下。お話の前に、学園長先生へご挨拶をされてはいかがでしょう。わたくしが邪魔で、お見えになりませんでしたのね? 申し訳ございません」

「あっ……こ、これは学園長先生。お騒がせして申し訳ございません。本日よりお世話になります、シリウス・アルヴァノートです」


 アステリアの指摘により、シリウスはハッとなって頭を下げた。しかし「見えなかった」という理由をつけても、入室の挨拶がなかった事とは関係がない。


(二人共まだまだ若いの~。ま、これぐらい元気じゃなきゃ張り合いがないがね)


 学園長は新入生二人を視界に収めニッと笑った。礼儀作法など、未成年の内は疎かでも良い。それより貪欲に知識や技術を求めよ――それがこの学園の方針だ。


「アルヴァノート君かね。儂もこの部屋で代表挨拶を見ておったよ。堂々としていて、実に良い挨拶だった」

「恐縮です」

「レグリオ君も、行動力があって素晴らしい。まー、二人ともこの学園で多くを学び、成長していくことを願っとるよ」

「恐縮でございます。学園長先生」


 二人が(うやうや)しく頭を下げたのを見て、学園長は「うむ」と一つ頷いた。そして部屋のドアを指で示し、笑顔で告げる。


「だがね、痴話喧嘩は外でやりなさい」


 学園長のジョークに、二人はそれぞれ全く違う反応を示した。

 片や頬を赤らめ照れくさそうにし、片や困ったような顔で「申し訳ございません」と心にも無いことを(うそぶ)く。

 これだけでも、この二人の関係性は見えてこようと言うものだ。

 苦労しそうだなこいつ……。という学園長の視線を、シリウスが理解したかは定かではない。


***


「結局、どうしてそこまで風紀委員に拘るんだ? そろそろ教えてくれたって良いだろう」


 二人が学園の廊下を歩いていると、痺れを切らしたシリウスがアステリアを問いただした。確かに、もう入部してしまったので、これ以上は隠す必要もない。

 アステリアはフッと意味深に微笑む。


「あら、殿下ならばお分かりになるかと思いましたのに」

「私なら……?」

「そうですわ。ほら……」


 と、アステリアはもうすぐ剣帯を装着することになる、左腰の辺りに手を添える。左手で長い棒を撫でるような動きを彼女がしてみせると、さすがのシリウスも気づいたようで目を丸くした。


「まさか、学園で帯剣するために!?」

「別に帯剣が目的ではなくて……。風紀委員の朝練に参加するためですわ」


 このオリオン・ロワ王立学園では、一部の生徒に剣の装備が許可されている。その一部の生徒というのが、他ならぬ風紀委員会の委員達なのだ。

 風紀委員は学園の風紀を正すためであれば、素行の悪い生徒に決闘を申し込むことができる。そして教師の受理があった上で、素行不良の生徒を合法的に叩きのめすことが可能だ。


 ……とは言え『剣を装備した風紀委員がいる』ことによる風紀の乱れの抑止が目的であり、実際に決闘まで行くことはないそうだ。


 そして風紀委員が帯剣を許可されるには、学園内の資格『初級剣術修了証』の取得の必要がある。さらには、剣に振り回されず適切な扱いを身につけるため、毎朝の様に剣術の鍛錬に参加する必要があるのだ。これが通称『朝練』と言われる。


「……ステラ、君は本当に剣術が好きなんだな」

「ふふ。そうですわね。この時のために、念入りな準備をする程度には」

「しかし、ご両親にはどう説明するんだ?」

「説明? しません」

「は?」


 基本的にアステリアにベタ惚れで、彼女の行動に文句をつけないシリウスが顔をしかめている。

 ここしばらく、アステリアのお転婆っぷりは鳴りを潜めていた。まさかその裏でとんでもない事をしていると知らないシリウスは、「あのステラも丸くなったものだなぁ」と感心していた程だ。

 それが急にあの剣術に傾倒した危険な一面が出てきて、感情が追いつかない。


「わたくしは風紀委員会に入りました。朝練のために、他生徒より早く家を出ます。これだけの話ではないですか」

「君は父君から、剣術は週二回までと制限されているのではなかったか?」

「いいえ。剣術の先生に来ていただけるのが週二回。そして自主鍛錬は禁止、ですわ」

「……つまり、学園で指導を受ける分には関係ないと?」

「ふふ、わたくしはそう解釈しておりますが、違いますか?」


 アステリアは、一点の曇りもない笑顔を浮かべている。

 両親も王立学園の卒業生であり、風紀委員会の事情は知っているはずだ。しかし彼女には、両親を説得したり議論を交わそうなどという気が一切ない。

 悪い事をしていないからだ。後ろめたい事はないからだ。


「……ふっ、はははっ」

「殿下?」

「いや……君が楽しそうで何より」


 突然、笑い声を上げたシリウスを前に、今度はアステリアが不思議そうな顔をした。

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