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第七話


 ――季節は五回ほど巡り、春。

 アステリアも気づけば十五歳だ。この国には主に貴族が入学する王立学園があり、彼女もそこに入学することになっていた。既に入学準備を終え、あとは待つばかりの状況である。

 アステリアの婚約者シリウスも、当然ながら共に入学することになっているのだが……。


「オリオン・ロワ王立学園……不安だ……。私なんかに新入生代表挨拶が務まるのだろうか……」


 先ほどからブツブツと、挨拶のカンペを両手で持ち不安を口にし続けている。対してアステリアは、優雅に紅茶を嗜み、完璧な所作でソーサーにカップを戻してから、にこりと微笑んだ。


「大丈夫ですわ殿下。多少失敗したとして、堂々としていれば誰も気づかぬものです。気にせず胸を張って挑めば良いのです」

「堂々としていても、内容が飛んでしまったらどうしようもないよ」

「……そうは言っても、毎回無難にやり遂げておいででしょう?」

「今回もそうだとは限らないよ。ああステラ、君が代わってくれないか? 私より君がよっぽど相応しいよ」

「……」


 無言で紅茶を飲み、微笑みで応えてやる。アステリアの圧に屈して、シリウスはわざとらしく話題を変えた。


「あ、そうだ。学園の登下校だけど、馬車を乗り合わせないか? 毎日迎えに行くよ」


 彼にキラキラとした笑顔と甘い声で提案されようものなら、世の女性は二つ返事で「はいっ!」と頷くに違いない。実際、シリウスは見た目は凛々しくも美しい顔立ちで、民衆(特に女性)からの人気は高いようだ。

 だが生憎(あいにく)とアステリアの中身は成人男性。シリウスを前にしてもイケメンアイドルを生で見た時の、「顔小さっ! 脚長っ!」程度の感想しかない。


 アステリアはしら~っとした態度で、背景に花束を背負っていそうなシリウスに告げた。


「殿下、申し訳ございません。わたくし風紀委員に入りますので、生徒会の殿下とはスケジュールが合いませんわ」

「えっ……?」


 まるで青天の霹靂と言わんばかりの表情で、シリウスはアステリアの返しに硬直した。

 フリーズからの回復に時間のかかりそうな彼を放置し、アステリアは一口サイズのお茶菓子を口に運ぶ。


(殿下のビビリ癖、早く治んねーかなぁ……)


 ぼんやりと窓の外の景色を眺める。

 柔らかい日差しを新緑が反射してきらめく、春の訪れを感じさせる景色が広がっていた。


***


 オリオン・ロワ王立学園。直訳すると「オリオン王の王立学園」となる。オリオン王というのは、このセレスティア王国を建国した初代王の名だ。


 そもそも貴族の子息子女は、家庭教師をつけられ家庭で学ぶのが常識……。にも関わらず、どうして学び舎に若い貴族を集めるのか?

 様々な思惑はあるが、主な理由として「優秀な教師から専門知識を学ぶ機会を増やすため」と言うものが挙げられる。

 家庭教師が教えに出向ける家庭数など限られており、多くの貴族は優秀な人物を雇えない。だから学園に優秀な教師を在籍させ、授業形式で大人数に高度な知識を与える。

 特権階級意識が強い貴族も、教育に関してはこの合理的なシステムを受け入れていた。


 そんな学園にシリウスとアステリアは入学する訳だが……。


 まず学園には、王族が入学した場合は生徒会に所属する。という慣例が存在している。だからシリウスは当然のように、アステリアも生徒会に入るものと思っていた。

 なんせ二人は従兄弟同士。しかも婚約者同士。行動を共にしない理由がないのだ。


 ……と、当の本人(アステリア)以外は考えていたに違いない。


(早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ早く終われ――)


 ついにやって来た入学日。アステリアを含む新入生一同が講堂に集められ、入学式が執り行われている。

 そんな中でアステリアは必死に貧乏ゆすりをこらえながら、式が終わるのを今か今かと待ちわびていた。表面上はきちんと取り繕えているあたり、淑女教育の成果は出ているようだ。


「では、これを持ちまして本年の入学式を終了させていただきます。一同、ご起立ください――礼!」


 新入生、在校生、教師と立場に関わらず、きっちりと全員が礼をする。さすがに関係者全員が高度な教育を受けているだけはある。

 今日の入学式を終えた後は、オリエンテーションもなく各自解散だ。恐らく家格の近い者同士で交流しつつ、なんとなく帰宅していくのだろう。……が、アステリアにはそんな事はどうでもいい。


 礼が終わり、解散の雰囲気となった瞬間――フッと身を屈ませ人々の視界から消える。そのまま誰にも気づかれないよう講堂を出て、走る一歩手前の速歩きで職員室を目指した。


「失礼いたします。新入生のアステリア・レグリオです」

「えっ!? あ、ああ……?」


 ちゃんとノックと挨拶をしてから入室したアステリアだが、職員室に入る数少ない教師は彼女の登場に動揺を隠しきれない。それもそのはず、なんせ式が終わったかどうかも微妙な時間なのだ。

 アステリアは男性教師の元にツカツカと近づいて、手に持っていた二つ折りの紙を開きながら差し出す。そして当然のような顔で言った。


「お忙しいところを申し訳ございません。こちらの入会届にサインをいただけますか?」

「……え?」

「お願いいたします」

「う、うん? うん……」


 アステリアの圧に屈した教師は、これが何であるか、どうして今なのか、何も尋ねられずに教師の記入欄にサインをする。

 そう、これはアステリアの風紀委員への入会届だ。


「ありがとうございますわ。先生」

「いえ、大したことでは……」


 思わず半分敬語になりながら、教師は書類を受け取ろうとした。しかし、なぜだかアステリアは入会届に添えた手を外さない。

 この入会届は受領した教師がさらに学園長に提出し、学園長がサインをして、初めて風紀委員所属が認められる。であるから、教師が諸々の書類と共に保管しておくのが当たり前なのだ。


「先生。わたくし、自分で学園長先生に提出しますので」

「え、いや、それはさすがの俺も聞くぞ? 何でだ?」

「だって、先生の手をわざわざ(わずら)わせる事じゃありませんもの。入学式も終わって、特に予定もございませんし……」

「いやいやいや……」


 何も後ろめたい事はございませんが? とでも言うような、凛とした微笑みを浮かべ平然と嘘を付く。そんなアステリアの態度には、教師も苦笑せざるを得ない。

 しかし気づけば書類は奪い取られ、いつの間にやら彼女の手に、また二つ折りにされた紙が収まっていた。教師は驚いた顔で机の上を見る。本当に書類は消えていた。


「それでは失礼いたします」


 アステリアの声に教師が顔を上げると、なんと彼女は既に職員室の出口に立っていた。確かに机を見る時にアステリアを視界から外したが、それにしたってこの一瞬で、どうやって?


 教師が呆然と誰も居ない出入り口を眺めていると、今度は息を上げた男子生徒が現れた。彼は必死の形相で教師に尋ねる。


「急にっ、すみませっ。――ハァッ、女生徒が来ません、でしたか!?」


 ひどい慌てぶりに教師は一度気が付かなかったが、改めて顔を見たらすぐに分かった。彼は今日の入学式で新入生代表挨拶を務めたという、この国の第二王子シリウス殿下だ。


「ええ、彼女なら学園長室に行かれ」

「ありがとうございます!」

「まし、た……行ってしまった」


 聞くだけ聞いて、自分の得たい情報を手に入れたら、すぐに走り去ってしまった。これが一般生徒であれば、失礼だとか走るなだとか注意もできる。しかし相手が王子であるとやり辛くてしょうがない。


「今年のAクラス大変そうだなー。俺関係ないけど」


 教師は机に向き直り、のほほんと呟く。正直なところ、担任でないから王子に注意しづらくとも、どうでも良いのであった。


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