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第六話


 ギルド。早い話が専門職の集まり、組合だ。

 尚この国でギルドと言えば、冒険者たちが集まる冒険者ギルドを指す。


 王都のギルドは、この国のギルドの中心だ。全ギルドをまとめ上げる総本山であり、多くの職員が在籍し、他地方のギルドと連携を取っている。……その様子に反して魔物退治の仕事は少ないのだが、その理由は今は置いておくとして。


「ええ、ご登録ですね。登録費用についてはご存知ですか?」

「はい。こちらに」

「ありがとうございます。では手続きを進めさせていただきますので、こちらの同意書をご一読の上でサインをお願いします」

「はい」


 少しだけ日に焼けた黒髪に、茶色の瞳、アジア人らしい肌色。どこからどう見ても日本人の少年が、ギルドのカウンターでペンを片手に同意書を読んでいる。


(確かに冒険者登録は十歳からできるけど、いいトコの坊っちゃんっぽいのにねぇ……)


 登録を受け付けたギルド職員の女は、怪訝な様子で少年を見下ろす。しかしギルド職員は、冒険者個人に肩入れしない規則だ。不思議には思いながらも、詮索だけはするまいと頭を振って仕事に戻った。

 そんな職員の視線を気にした様子もなく、少年は黙々と同意書を読み込む。


(大した内容じゃないな。前世の方が劣悪な条件だったかも。人類側が滅亡寸前で、ろくな支援もなかったし。気になるのはこの――)


 少年はペン先を浮かせて、一文をなぞるように滑らせた。


(セレスティア王国において冒険者として登録された者は、王国の定める法に従い、非常時において王国軍の一員として召集される義務を負うものとする……)


 なにが小癪って、この同意書の中に非常時の詳細な条件が記されていない。つまり国王が「非常事態!」と宣言してしまえば、この国の冒険者は皆、兵士として招集されることになる。


(まあでも、国王は俺にとって伯父だし、どうとでもなるな)


 と書面のサイン欄にペン先を移し、名前を書き込もうとして固まった。


「……? 何かご質問があればどうぞ?」

「あっ、いえ、大丈夫です」


 ギルド職員に手元を覗き込まれて、少年はごまかすようにヘラヘラと笑う。


(う~ん、この見た目だし、前世の名前でいいか……ハヤトと)


 そうしてハヤトはサインを書き終え、ギルド職員に同意書を返却した。登録の手続きには一日かかるため、翌日以降からクエストを受けることができると説明を受け、ギルドを去った。

 ――そう、何を隠そう。少年の正体はアステリア・レグリオその人だ。


***


 森の池を鏡代わりにし、アステリア……もといハヤトは自身の姿を確認する。水面に映るのは十歳ほどの日本人の少年だ。


「他は全部問題ないのに、これだけダメか……」


 伏せていた顔を上げ、地面にどさりと座り込みながらぼやく。ハヤト(アステリア)は今年で十歳になった。それはこの国で冒険者登録が可能になる年齢を意味する。

 今ハヤトが使っているのは、前世の勇者魔法であるシェイプシフト。これは記憶した一人の姿に変化する魔法だ。あいにく体型や年齢を変えることはできないが、それでも旅では何かと役に立つ魔法だった。

 問題なのは、記憶した一人が前世のハヤト自身の姿で完全に固定され、変更がきかないこと。


「ん~……ま、ある意味これはこれで便利だよな」


 この姿で冒険者登録もしてしまったし、ころころと姿が変わる人間もおかしい。この際だから『ハヤト』として、完全にもう一人の人間を作ってしまった方がいいかもしれない。


 ともかく冒険者の立場は必要だ。公爵令嬢では動きづらい。

 ハヤトには前世で交わした約束がある。達成条件も何も分からない困った契約だが、交わしたからには最低限守るポーズは取らなければ。


「……後悔、か」


 ハヤトの呟きは、空気に溶けるように誰の耳にも入らず消えた。

 前世で召喚された世界とは違い、この世界は人類共通の宿敵と言うものが居ない。もちろん国同士の諍いはある。しかしこのセレスティア王国は、大陸内で一番古くから存在する程度には、戦争とは無縁の国だった。


 そんな国で、他人に自分の人生をやり直させる程の後悔って、何だ?


 考えたところで解決するわけでもないので、ハヤトは早々に思考を放棄した。青い空を見上げると、トンビが悠々と空を散歩している。

 まったく、彼らの自由にあやかりたいものだ。



 ――アステリアが自由を羨ましく感じるのには、もう一つの理由がある。


「お嬢様、背筋が丸まっておいでですよ」

「はい、先生」


 淑女教育だ。

 剣術指南の時間を減らされた穴を埋めるように、淑女教育の時間を増やされてしまった。少ない剣術指南の時間を守るためには、この苦しい時間も受け入れなければいけない。


 他の貴族令嬢よりスタートが遅れていることもあり、アステリアへの教育は厳しいものとなった。

 宗教、礼儀作法、音楽、学問、ダンス、馬術、刺繍。前世で学んだ事が活かせる機会は少なく、慣れない分野の勉強を強要されるのは苦しい。特に今やらされている礼儀作法の時間が苦痛だ。


「紅茶をいただく時は、この様に持ち、決して音を立ててはいけません。また、相手を見ながらは失礼にあたります。目を伏せていただくように」

「は、はい。先生」


 礼儀作法の家庭教師は、一つ一つ見本を見せながらアステリアにも真似をさせる。しかし気にすることが多すぎて、一つを気をつければ別の一つが疎か(おろそか)になる繰り返しだ。

 七歳の少女が嫌がるのも無理はない。むしろ貴族に生まれた女の子は、本当に全員がこれを習得できているのか? とアステリアは世の一般貴族に問いかけたい気分であった。


「……よろしい。今日はここまでにいたしましょう」

「はい、先生。本日もご指導いただき、ありがとうございました」


 ここで「終わった~」などと一息つこうものなら、時間延長決定だ。顔の筋肉が微笑みで固まるほど、気を抜かずお淑やかにお見送りする。

 家庭教師が完全に廊下の角を曲がり切ってから、アステリアはぐにゃりと身体の力を抜いた。


「マイアぁ。午後は何の勉強だっけ?」

「馬術の予定です。お嬢様」

「やった! 楽しいやつじゃん。お昼食べたら行こ~」


 背後に控えていたマイアに尋ね午後の授業の内容を知ると、途端にアステリアは元気を取り戻した。

 半ばスキップのような足取りで食堂に向かって歩き出す主人の姿に、マイアは呆れた様子で言う。


「お嬢様。そろそろ使用人への言葉遣いも改めませんと、お父君に叱られますよ」

「え? 家族みたいなものなのに、何でさ」

「家族?」


 マイアが目を丸くするので、アステリアもつられて驚いた。同じ屋根の下で暮らす、身の回りの世話をしてくれる人って、半分家族のようなものだろうに。

 少し照れた様子のマイアが、おほんと咳払いをする。


「雇用主と被雇用者は、家族のようなものではございません。とにかく、貴族淑女の立ち振舞は、普段から意識せねば身につきませんよ」

「はーい……」


 上位の貴族が子息子女につける侍女は、下位の貴族の子女だ。つまりマイアも貴族のご令嬢である。

 アステリアが苦しみながら学んでいる淑女教育を修了した先人だ。そんな彼女の言う事であれば、アステリアでも真面目に聞く気になれた。


「これからは常に言葉遣いに気をつけますわ。ありがとうございます、マイア」

「……お嬢様の侍女として、当然のことでございます」


(自分で言っておいてなんだけど、丁寧な言葉づかいのお嬢様は気味が悪いな……)


 マイアは本音をぐっと飲み込んで、静かに主人に付き従った。


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