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第五話


「それではお大事に」


 そうして医師たちが退室するのを、アステリアはベッドの中から見送った。もうとっくに元気なのだけど、一人にしてくれると言うのなら、甘んじて受け入れよう。

 アステリア自身、身体は元気でも混乱からは抜け出せていない。そっとしてくれるのは助かった。


 枕に頭を預け、左手の甲を視界の中に持ってくる。そこにはほんの薄っすらと、前世で与えられた勇者の紋章が浮かんでいた。


「手袋でもして隠すか……」


 ぽつりと呟くアステリア。

 このような言葉遣いは、生まれてこの方したことがない。にも関わらず自然と男口調が出てくるのは、彼女が前世の記憶を取り戻したからだった。

 目を閉じてみれば、瞼の裏に前世の死に際もまざまざと思い返せる。魔法使いと姉の泣き顔が重なり、「ふっ」と思わず笑いが漏れ出た。


「お姉様……前世の俺が死ぬ時の、あいつレベルで泣き叫んでたぞ」


 聞けばアステリアが何の前触れもなく倒れたので、そのまま死んで明日には葬儀だと、脳内連想ゲームが止まらなくなったらしい。いくらなんでも判断が早すぎる。


 自分が気絶した理由は、恐らく魂が完全に肉体に定着したからだろう。とアステリアは考えていた。

 それまで一切過ったこともない記憶が、気絶から目覚めてからは昨日の事のように思い出せる。そしてアステリアとしての記憶は残りつつ、人格は勇人(はやと)を中心に構成されていた。

 ――まるで意識のない間に、脳の中身でも弄られたように。


 (OS)(サーバー)から記憶(更新データ)をダウンロードし、更新処理を行うためのシャットダウンと考えれば自然ではないだろうか?

 アステリアの推理の答え合わせをしてくれる人は居ないが、取り敢えず自分で納得しておく事にした。


***


 翌朝。帰宅した父レグルスにより、剣術の禁止を申し渡される。


「えっ……ど、どうしてですか? 確かに行き過ぎていたかもしれませんが、ならば制限を設ければ良い話でしょう?」

「そうは言うがなステラ。お前は今まで、いくら家庭教師をつけられても、ろくに勉強しなかったではないか。急に『これから剣術は三日に一回だ』と言われて我慢できるのか?」

「うっ」


 朝食後のブレイクタイムで唐突に命じられ、アステリアは紅茶を取り落としそうになった。なんとか指に力を入れ、ぷるぷると震えながらティーカップをソーサーに置く。カチャンと強めの音を立てたその時、レグルスの眉が見咎めるように吊り上がる。


「お前は剣術の苦手な殿下のためを理由に、好きなことばかりしてきたな。しかしそれが許される年齢はとうに過ぎている」

「はい……」

「良い機会だったのだ。一度、苦手なことでも真剣に取り組んでみなさい。剣術の苦手な殿下ができたのだ。同じ年のステラもできるな?」

「はい、お父様……」


 余りにも反論の余地がない。さすがは王城で陛下の側近として、宰相を勤めているだけはある。

 アステリアは父の説教を真摯に受け止め続けた。食事を共にしていた姉フェリスが見かねて止めに入ろうとも、心を入れ替えたのようにじっと動かず、父の言葉に耳を傾けた。


 結果として――。


「よーっし、週に二回の剣術指南は守り通したぞ」


 真夜中の暗い森で、アステリアはふっふっふっと不敵に微笑む。誰も知らぬことだが、こう見えて中身は成人男性。わがままを通すためならば、猫かぶりぐらい簡単にこなしてみせようとも。

 話の持って行き方も簡単だ。現状、すでに講師を雇っているのだから、アステリアの失態で首を切るのは可哀想だと、シュンとした表情で呟くだけ。するとフェリスが同調してくれるので、あとは勢いでレグルスを丸め込めば良い。

 アステリアが殊勝な態度で説教を受け止め続けたのも、反省を誤認させるための布石でしかなかった。


「さて、それはそれとして勇者の力だな……」


 そう呟いて、グッ、と身体中に気を張り巡らせる。まるで血液の様に全身に迸る(ほとばしる)力……この世界には無い概念。

 旧アステリアの言っていたように、前世の特殊技能をきちんと全て受け継いでいるのか。アステリアはそれを確かめるために、人が立ち入らない様な深い森にやって来ていた。


 ちなみに、アステリアの生家であるレグリオ公爵家の屋敷だが、これはレグリオ公爵領にある本邸とは異なる。アステリアが生まれ育ったのは、王都に存在する別邸だ。だからこの森は王都からそれほど離れていない。


 閑話休題。

 この世界には、『魔法』『魔力』といった概念はあるものの、前世の格闘家・勇者ジョブが使用できた『気』あるいは、それに準じたものは存在しない。つまり、この世界には本来の筋肉量を超えたパワーを出す、という手段も存在していないのだ。

 これがアステリアが幼女にして、大人顔負けの力と体力を持ち合わせていた理由である。記憶はないながら、何となく気は操作できていたらしい。


「さて、魔法の方はっと……ヴォルト」


 アステリアは右手を前に突き出し、小さく魔法を唱えた。すると手の周りに紫色の電気が走り、しばらくすると余韻を残しながら消えていく。

 この調子であれば、旧アステリアの言ったことは嘘ではなさそうだ。


「ま、ここに来るまでに幻惑魔法(ミラージュ)も使えたしな」


 そもそもアステリアが一人で王都外に出れた要因。それこそが、触れれば儚いが、触れなければ必ず存在を誤認させる幻を作り出す魔法。ミラージュだ。

 寝ていれば人は触れてこないだろうし、触れられる前に寝返りのフリで回避するようプログラムしてある。(多分)大丈夫だ。このまま前世の能力を確認していこう。


 ――そうしてアステリアは、夜な夜な屋敷を抜け出し活動するようになった。


「なあ最近、北東の森から不気味な笑い声がするって知ってるか?」

「ああ、らしいねぇ。勘弁して欲しいよ」

「まったくだ。俺の生きてる間にアレが来たかと思ったぜ」

「馬鹿。縁起でもない」


 王都の民に、そう噂されているとも知らず。

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