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第四話


 前世で旅をしていた中世ヨーロッパ風の異世界は、娯楽と言えば『酒』『子作り』という、娯楽消費世代には地獄のような世界だった。

 勇人(はやと)も最初こそは外国観光のような物珍しさがあったが、旅をするうちに慣れて無感情になり……。やがてたどり着いた勇人なりの娯楽、それが『剣術』だ。

 素振りなどの反復運動でセロトニンを放出し、受けた傷の痛みに耐えるためエンドルフィンが放出され、魔物を倒すという達成感はドーパミンを放出する。

 脳内麻薬という報酬を求め、勇人は仲間が引くほど剣術にのめり込んでいったのだ。


 ――そして、現在のアステリア。


「見て見て殿下! わたし、木剣で薪を割れるようになったんです!」

「? え、どうやって?」

「どうって……こう……」


 シリウスが見守るなか、アステリアは木剣を構え集中する。普段の天真爛漫っぷりは形を潜め、恐ろしいほどに真剣な顔つきになった。

 彼女が今にも木剣を振るわんとしているのは、切り株の上に設置された短い丸太だ。自立できる丸太というだけあり、獲物が斧だとしても容易には割れないだろう見た目をしている。

 ……あんな硬そうな木を、同じ木の木剣で? アステリアが木剣を振り下ろすまで、シリウスは彼女なりの冗談だと思っていた。


 フッと強く息を吐き、アステリアは木剣を丸太めがけて振り下ろした。その瞬間、木と木がぶつかったとは思えない硬質な音が辺り一帯に響く。シリウスは音に驚き、思わず悲鳴を上げて後ずさった。


「ほら、殿下。こうやって」


 アステリアはまるで男の様な仕草で、右手に持った木剣を肩に担ぐ。彼女の言う通り、切り株の上の丸太は真っ二つに割れていた。


 彼女が剣を始めてから半年……。シリウスが剣術を嫌がるので、アステリアも共に学びたいと言えば、「それでやる気が出るのなら」とすぐOKが出た。

 みるみる内に彼女はシリウスを追い抜いて上達していく。それどころか、さらに剣術の時間を増やすため、公爵家でも講師を雇ったらしい。のめり込むように剣術に傾倒していくので、他の問題行動がおさまって、公爵家も感謝しているそうだ。

 剣術ばかりで自分との外遊び(デート)が減り不満はあるが、公爵一家が喜んでいるのならばまあ良いか、と一応シリウスは納得していた。


 しかし、遊びの時間も剣術を学んでいるからって……もうすぐ七歳になる少女が、木剣で薪割りなんか可能か?


「す、すごいね! ステラは剣がすごく上手なんだね!」


 シリウスは内心ドン引きしていても、決してそれを表には出さなかった。好きな子が自分に見せようと、わざわざ丸太をセッティングして剣技を披露してくれたのだ。それを否定できようはずもない。


 パチパチというシリウスの拍手の音が、王城の中庭に虚しく響く。まさか前世同様、身近な人に剣技でドン引きされているとはつゆ知らず、アステリアは素直に彼の褒め言葉を受け取った。


***


 そして時は現在。アステリアは七歳となった。


 本来であれば、とっくに淑女教育が始まっている年頃だが、アステリアの無尽蔵の体力が災いして、中々机に縛り付けることができずにいた。

 今日も今日とて、彼女は講師を相手に木剣を打ち合っている。その光景を姉フェリスは、少し離れた場所から眺めていた。

 ちょうど木の陰になる快適な場所にティーテーブルを設置させ、大好きな妹を眺めながら、優雅なティータイム。という、彼女には至福の時間であった。


「ステラったら本当に元気ねぇ。お腹空かないのかしら?」


 フェリスはクッキーを口に運びながら、のほほんとアステリアの侍女『マイア』に話しかける。その口調に呆れが含まれてない辺り、やはり姉馬鹿だな……とマイアは失礼にも考えた。


「楽しくて空腹を忘れてしまうご様子です。たまにお声がけしておりますよ」

「ま~。そんなに剣が好きなのね。好きな事があるのは良いことだわ」

「そうですね。フェリスお嬢様」


 マイアはフェリスのティーカップに紅茶を注ぐ。そして大の大人相手に、平然と剣を振るう主人を見つめた。

 そもそも木剣は打ち合いに耐えられるよう、硬くて丈夫な木材を素材にしている。そのような木材は、どうしても()()。七歳の女児がそれを自在に扱い、その上で講師の木剣を受けたり捌いたりするのだ。異様の一言である。


 マイアは講師の男に、どれほど手加減をしているのか尋ねたことがある。当時は彼がアステリアの遊びに、手加減で付き合ってやっている想像をしていた為、日頃の礼を述べようとしての事だった。しかし彼の返事は――。


「手加減なぞ、しておりません」

「……え?」

「私には彼女が……自分より余程修羅場を経験している、熟練の兵士のように見えるのです……」


 幼い少女が熟練の兵士とは、なんと馬鹿馬鹿しい……。と言い切るには、今のアステリアは余りにも剣が上手かった。

 フェリスの様に「私の妹は大人顔負けの剣の使い手なのよ~」と、呑気に人に自慢して回れるような主人馬鹿なら、どれほど楽だったことだろう。マイアはアステリアから目を逸らし、フェリスに隠れてため息を吐いた。


「えっ、ステラ!?」


 唐突にフェリスが悲鳴を上げた。驚いてマイアが視線を戻すと、アステリアが地面に仰向けに倒れ、講師が慌てて駆け寄っていた。

 フェリスとマイアも、急いで二人の元に駆けつける。フェリスは鬼気迫る表情で、講師に詰め寄った。


「何があったのですか!? ステラが突然倒れたように見えましたが……」

「わ、私にも何とも。本当に急にお嬢様が倒れられたのです。それまでお元気だったのは、見ておいででしょう?」

「そうよね。ごめんなさい……」


 取り乱した自覚はあるのか、講師の説明でフェリスは申し訳無さそうに目を伏せた。かと思えばすぐにハッとして、今度はマイアに向かってキャンと吠える。


「ああマイア! 早くステラをベッドに運んであげなくては!」

「いえフェリスお嬢様、不用意に動かすのは危険です。医師を呼びますから、アステリアお嬢様の側について差し上げてください」

「あ、ああ……分かったわ。お願いマイア」


 またもやマイアの冷静な指示で落ち着きを取り戻し、フェリスと講師はその場に取り残される。自分の責任にされるのでは、と気が気でない講師には地獄のような時間であった。

 気まずい静寂が続く中で、口火を切ったのはフェリスの方だった。


「やっぱり、このまま地面に寝かして置くなんて可愛そうだわ。せめて私の膝に頭を乗せてあげてもいいかしら?」

「それぐらいなら、問題ないと思いますよ。優しく動かして差し上げましょう」

「ありがとう」


 フェリスは地面に横座りをして、片方の太ももにアステリアの頭を乗せた。講師もそれを手伝う。


 ――どうして急に、妹は意識を失ったのだろう?


 見た目は健やかに寝ているだけの妹を見下ろして、フェリスは考えた。

 気絶寸前まで元気で体を動かしていたのに。もしかして……アステリアには、何か深刻な病気が隠れているのだろうか。

 この女児とは思えぬお転婆っぷりも、短い命の灯火が一際輝くように……。彼女なりに精一杯に生きているのではないか?


 フェリスの心が、嫌な想像で塗りつぶされていく。


「どうしよう……このままステラが目覚めなかったら……私」

「えっ、いえお嬢様。きっと大丈夫ですよ」

「で、でもっ、分からないじゃないの。急に倒れるだなんて、理由があるに決まってるじゃない」

「それは……ほら。アステリアお嬢様のことですから、剣に夢中になりすぎて、体力を見極められなかったとか?」

「私……っ、この子が遊び疲れて寝てるの、見たことっないぃっ」


 ついにはフェリスの涙腺は決壊し、彼女の瞳から涙がこぼれ落ちた。

 私の可愛い妹が死んでしまう。もうこのまま目覚めなくて、墓の下に埋められて、葬儀を執り行って、毎年同じ日にはこの悲劇を思い返して家族で泣くのだ。そしてアステリアが大好きだった木剣を、花束と共に墓に供えるのだ。


 アステリア。ああ、アステリア。私の愛しい愛しい妹――!


「あのお嬢様。私もそれなりに経験がありますから、このお顔の血色の良さは大きな問題はないと分かるんですよ。あの、お嬢様? 聞こえてます?」

「うぅぅぅ……」

「フェリスお嬢様?」

「……いやぁああ! ステラぁあ! 死なないでえええ!」

「うわっ!」


 フェリスの迫真の大絶叫に、講師は思わず飛び退いた。近くまでやって来ていたマイアや医師も、アステリアの容態に変化があったのかと、スピードを上げて駆けつける。


「何かあったんですか!?」

「い、いえ、何も……」


 到着したマイアに詰問されようとも、講師はただ否定することしかできない。本当に何もなかったのだ。今到着したばかりの人間には、信じてもらえなくとも……。


 その後。アステリアは姉の絶叫で何事もなかったかの様に目覚め、念の為に医師の診察を受けるも、逆に健康体そのものの太鼓判を押されることとなる。

 判断に困った医師は、アステリアの気絶を「ま~、自分の限界が分からず運動し過ぎたんでしょうなぁ」と結論付けた。


 そして話を聞きつけた父により、大好きな剣を取り上げられたのは言うまでもない。

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