第三話
セレスティア王国の現王の王弟が、王族を抜ける際に興したレグリオ公爵家。その第三子にして次女の『アステリア』、それが今世での勇人の立場だった。つまり貴族の中でトップクラスに偉い。
家族構成は両親、第一子の長男、第二子の長女、そしてアステリア。
長女のフェリスはアステリアより四つ上で、幼い頃から妹への強い憧れがあった。そんな中でのアステリア誕生……。最早、姉フェリスによるアステリアの溺愛は当然の流れと言えよう。
「ステラ~、フェリスお姉ちゃんだよ~」
「ふぁあ……あぶぅ、ぁうあ」
暇さえあればフェリスは乳母を訪ね、アステリアに挨拶をした。何が何でも、家族の中で一番早くアステリアに認識される為である。
幼く言葉どころか発声すら怪しい乳児に「フェリスお姉ちゃん」を仕込み続け、ついにはアステリアの一番の座を勝ち取った。
「へり~、ねーた?」
とアステリアがそれらしき発語をした、その日。フェリスは嬉しさのあまり、公爵領の記念日として制定しようとしたとか何とか。幸いその企みは父により防がれた。
この時のアステリア、一歳と半年。
レグリオ公爵家の平穏は、アステリアが物心がつくお年頃までは続いた。当時のアステリアに前世の記憶なんてものはないが、魂はしっかり十九歳男性のそれだったのだ。
男はいくつになっても心は少年、とはよく聞く言葉だ。もしも幼児の身体に、遊び盛りの青年の魂なんか入ってしまったら……。結果は火を見るより明らかだろう。
「あっ、お嬢様! その手をどけて――ッいやああ!」
メイドが止めるも間に合わず、アステリアの手で盛大に割られる花瓶! 元の所有者は先王!
「おかあしゃま、これあげる」
「まあ、ありがとうステラ」
「すてりゃのね。たからものなの」
「まあ、母様うれしいわ。何かしら……キャーッ!? イモムシぃぃ!」
悪気なく母親へプレゼントされる、アステリアの宝物!
「ねーしゃまー」
「ん? ステラちゃん? どこ?」
「こっちー。ねーしゃま~」
「んもうステラちゃんった……らああああ!?」
気づいた時には、どうやって上ったのか、馬小屋の屋根の上で飛び跳ねるアステリア!
特に馬小屋の件では、アステリアが恐ろしさで泣き叫ぶほど父に叱られたのだが、翌日にはケロッとしているのだ。そして同じことを平然と繰り返す。
体力自慢の執事が一日中ついて回るも、限界で動けない執事を置き去り猛ダッシュする。恐怖のターボ幼女の誕生であった。
……話は少し変わり、アステリアには生まれた時からの婚約者が居る。それはセレスティア王国の第二王子『シリウス・アルヴァノート』だ。
王室の正妃と、公爵夫人の懐妊が同年に判明し、もし男女であれば婚約させようと両家は大盛りあがり。生まれてみたら王室側は男児、公爵家側は女児ということで、再度両家は大盛りあがり。
そんな経緯で、アステリアとシリウスの婚約は結ばれた。
シリウスは幼少期から、大人もうっとりするほどの美少年だ。プラチナブロンドの猫毛に、快晴の空の様に澄んだ青い瞳。まだ幼児期特有のふっくら感を残しておりながら、どこか凛々しい顔立ちで、ありとあらゆる幼女の初恋を奪っていった。
だが……シリウスに恋い焦がれる幼女たちは、彼の内面が引くほど女々しく、ナヨナヨとしたものである事を知らない。
そんな二人の顔を合わせたら、一体どうなってしまうのだろうか……。
周囲の大人の心配を他所に、シリウスは初対面でアステリアの事を気に入り、ついて歩くようになる。
――そうして二人が頻繁に会うようになって一年。アステリアが六歳の頃。
二人は王城の敷地内の池の畔で、楽しそうに自然と触れ合っていた。
「ねえステラ。それなあに?」
とアステリアの背後から回り込みながら、シリウスは尋ねる。当のアステリアは、地面にしゃがみ込み、何かを覆い隠すように地面に両手をついていた。
彼女はニッと笑ってシリウスを見上げる。
「殿下、カエルお好きですか!?」
「あ、いや……あんまり……」
「かわいいよ?」
「うん。でも実物はちょっとイヤかも」
「っちぇー」
シリウスが引きつった笑顔で後ずさって行くのを見て、アステリアは不満げに捕らえたカエルを逃がす。カエルが逃げていく後ろ姿を、アステリアは満面の笑み、シリウスは嫌そうに見送った。
シリウスの侍従は、そんな二人をどこか遠い目で見守っていた。これでもアステリアの対応はマシになった方で、一年前ならば無許可でシリウスの手に握らせていただろう。殿下はなぜ、アステリア公爵令嬢がお好きなのか? これが分からない……。
「殿下! 穴掘りしましょっ。深い方が勝ち!」
「や、やだよ。誰か落ちたらどうするの……」
侍従の疑問を他所に、二人は仲良く遊んでいた。
しばらくして侍従が二人に近寄り、シリウスに申し訳無さそうに声をかける。
「殿下……。お楽しみの所を申し訳ございません。そろそろお時間が……」
「ああ、そっか。やだなぁ」
「何がですか?」
こてんと首を傾げるアステリア。シリウスは気落ちした様子で答える。
「この前から剣術の先生がついたんだ。怖いし、あんまり楽しくない……」
「剣術……?」
「うん。分かる? ほら、こういうのを――」
シリウスは地面に落ちていた小枝を拾って、アステリアの前でブンッと上から真っ直ぐに振り下ろした。
「素振りしたり、型? 習ったりするの」
「いいなぁっ! 殿下、わたしもやりたいです!」
「……そう? じゃあ先生に聞いてみようか」
「うんっ!」
アステリアは「やった、やった」と小躍りしながら、シリウスと侍従の前を歩き出す。好きな子が喜んでくれるのは悪くない気分で、シリウスも普段は嫌な剣術の指導が、ちょっとだけ楽しみに感じた。
――そんな浮かれた気持ちも、この一瞬だけの話だったのだが。




