第二話
というのが、勇人という男の人生の最後だ。
まったくもって望んだ結末ではなかったが、一応魔王討伐という命題は果たしたし、自分以外の仲間は助かったし、まあいいか。そんなことより、現状の方がよっぽど謎なんだよなぁ……。そうして勇人は、改めて目の前の二人(?)に意識を向ける。
一人はちゃんと人間の形をした女性だ。長いゆるくウェーブのかかった金髪に、紫色の大きな瞳、肌は陶器のように滑らかで白く、体格は華奢。ビスクドールを人間にしたらこうなるだろう、そんな美しい女性は「アステリア」と名乗った。
もう一人……一人? 女性の周りを光球がふわふわと浮かび、ちょろついている。アステリアが「こちらにおわすお方は、女神様です」と紹介したので、一人にカウントしただけだ。
それ以外は真っ白な空間で何一つ存在せず。上も下もよく分からない場所で、三人は向き合っていた。
「あの……そろそろ俺がここに居る理由を教えていただいても?」
「ああ、申し訳ございませんわ。女神様と少し相談をしておりました」
え、女神一言も喋ってなくない?
そう思う勇人だったが、なんだかアステリアにはツッコみづらい雰囲気があり、何も言えない。
「単刀直入に申し上げますと……わたくしと貴方、立場を入れ替えて人生をやり直すことが可能なのです」
「……ん?」
「わたくしは貴方の人生を歩み、貴方はわたくしの人生を歩む」
「な、なんでそうなる?」
「……わたくしたちの魂は、輪廻の環から外れてしまったからですわ」
先に女神様から事情を聞いたらしいアステリア曰く。
輪廻の環から外れる魂自体は、時折存在するらしい。で、無数に存在する世界たちには、それぞれ管轄する神の力により魂の総数が定まっている。だから神は他所の神に依頼して、枠がある世界に魂を送り、また輪廻の環に組み込む……。
「一度外れると、同じ環には戻れないってことですか?」
「そのようです。それで今回の例が特殊なのは、近いタイミングで二つの魂が環を外れたことですわ」
そうなった場合、魂の器が世界によって「この魂不在の器はもう不要だから、捨ててしまおう」となる前に、互いに転生し合えると。その場合、世界の整合性を保つ働きにより、人生は生まれるところからやり直しになる……らしい。
勇人はアステリアの話を一頻り聞いてから、簡潔に疑問を投げかけた。
「それ、俺になんのメリットがあるんですか?」
「……大きく別けて二つございます」
勇人のメリットもそうだが、先に聞いたアステリアも何らかのメリットがあって、女神の提案にのったのだろう。つまり二つのうち一方、もしくは両方がアステリアが転生しようとする目的。
勇人としては、自分の体でアステリアにめちゃくちゃされては困る。話は彼女の目的を見定めてからだ――と目を細めた。
「まずわたしくたちは、互いに今現在保有する特殊技能を転生先に持ち込めること」
生まれてすぐは魂が肉体に定着していないので、転生前の記憶もないし、特殊技能も使えない。だが魂が完全に定着すると、すべてを取り戻すことが出来る……。彼女はそう語った。
「もう一つは?」
「……その前に、一つ謝罪したいことがございます。わたくし、貴方の死の間際を盗み見てしまいました」
「あ~……いいですよ。別に恥ずかしいことしてないし」
アステリアは申し訳無さそうに目を伏せる。
彼女が見れたということは、自分も己の死後を覗き見れるのだろうか? と一瞬思ったが、見たところで干渉できないのだからと、すぐ考え直した。
しかしアステリアは何を言いたいのだろうか? 勇人は怪訝な顔で彼女を見る。
「貴方の仲間は、貴方の死をひどく悲しんでいましたわね」
「ええ、まあ……」
「わたくしたちは互いに、力を持った万全な状態で人生をやり直す。勇者である貴方ならば、わたくしの後悔をなかったことにできます。わたしくも……貴方の大切な人を、大切にすると誓いましょう」
「……! なかったことに?」
「ええ、貴方の大切な人は悲しまなかったことになるのですわ」
勇人の脳裏に仲間の、魔法使いの泣き顔が過った。
アステリアの強さは不明だが、少なくとも彼女は魔王の直接攻撃を受けたらどうなるか知っている。だからもし同じルートを辿ったとしても、対策を立ててから最終戦に挑むことが可能なのだ。
いや……何だったら、もう魔法使いと出会わない人生だったとしてもいい。とにかく、あの悲しい別れがなかったことになるのなら……!
「いかがでしょうか?」
「……引き受けましょう」
「で、では……」
「俺も貴方の大切な人を、大切にすると誓います」
「……! ありがとうございます」
アステリアは勇人の力強い言葉を受け、深々と頭を下げた。
早速と言わんばかりに、光球が二人の周りをくるくると回りだす。すぐに転生を始めるようだ。
(ん? 待てよ。彼女は大切な人じゃなくて、後悔をなかったことにするって話だったな)
勇人ははたと気がついた。彼女がやり直したい理由が分からなくては、事前にどんな対策を取っていいか分からないではないか。
「あの、アステリアさんの後悔って何ですか?」
しかしアステリアは無言のまま、ふわりと優雅に微笑むだけだ。
まさか答えが返ってこないとは想定しておらず、勇人はあんぐりと口を開け放つ。
「ちょっと俺、何をしたら……うっ!?」
突如として奇妙な感覚が勇人を襲い、それ以上の追求はできなかった。
光球の回転が増して、それに比例するように二人の意識は遠のいていく。
(困るよ! 俺、アステリアさんに転生して、何を目的に生きたらいいんだよ!)
しかし文句は発せられることなく、勇人は強まる光に飲み込まれ、完全に意識を失った。
――そのまま、時は十年ほど流れ……。
「いやぁああ! ステラぁあ! 死なないでえええ!」
と、自分の頭を膝の上に乗せて、大号泣する姉の姿で思い出した。
そういえば、俺の前世は勇者だったなあ……。




