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第三十二話


 作業を終えたハヤトは、剣を右手で持ったまま洞窟の奥へ進みだした。


(外国人っぽい傭兵に、知らない洞窟……。問題が大きすぎて頭が痛くなってきたな)


 今ここが敵地でなければ、ストレス発散と称して大声を発しながら素振りでもしたいところだった。


 まず第一の問題として、ハヤトとしてもアステリアとしても、この男女のような出で立ちの傭兵は見たことがない。前世の知識を掘り起こせば(こんな格好のアサシンが主人公のゲームがあったな)とは思う。だが今世では完全に初見だ。

 そして第二の問題として、自領からほど近いこの場所に、こんな犯罪の温床になりそうな洞窟があるだなんて初めて知った。

 いや領地ではないからアステリアは知らなくても仕方ないが、ハヤトが知らないということは、冒険者すら寄り付かない場所ということだ。


 せっかく夏季休暇がまともに得られると思ったのに、残りの休みの消滅はすでに確定している。なんて迷惑な奴らだ。

 ハヤトが内心でエンドレスに悪態を吐きながら歩いていると、曲がり角から灯りで生じた人影がスッと移動するのが見えた。ぴたりと足を止め、相手に感づかれないよう息を殺す。


(そういえば、灯り魔法も最低限しかないな……)


 ハヤトは気を目に集中させることで視界を確保しているが、洞窟の奥は常人では何も見えないほど暗い。今ルナが気絶している場所が、ぎりぎり出入り口から採光できる範囲だ。


(俺と同じ視力強化か、別の魔法か……)


 剣を上段に構え、あらかじめ気を纏わせておく。先程の反省を活かし、風魔法で匂いや音を洞窟の入口に流しながら対象に近づいた。

 つまり相手は、視界でも、耳でも、鼻でも、ハヤトの存在に気づくことはできないという事だ。


(ま、相手が悪かったね……っと)


 角を曲がってすぐ、開けた空間の入口で見張りのようにしていた人間の喉を切りつける。

 残りの傭兵を制圧する様子は、描写するほどのものでもなかった――とだけ、言っておこう。


 さて、と。

 一息ついたところで、人間の血を振り払ってから剣を鞘にしまう。

 こうなると結果的にルナが気絶していてくれて助かったな。修羅場慣れしてない少女の前で、一人どころか複数人の命を奪うわけにもいかない。


(最初の二人を合わせて、計六人……)


 うち一人は非戦闘員だった。一人だけローブを纏っておらず、明らかに研究職の男がこの開けた空間――恐らくは、宗教的な意味を持つ神殿。これの中央奥、信仰の対象だったであろう石像の前でぶつぶつと何かを呟いていた。

 あいにく石像は風化して崩れてしまっている。雨風にさらされていないとはいえ、きちんとした保護処理をしていなければこんなものだろう。


「結晶、女神の力、浄化、捧げる……」


 これらは男が呟いていた言葉を断片的に拾った単語だ。男は石像の前に設置された石碑の文字列をなぞっていた。

 石碑の眼の前に立ってみるが、あいにくアステリアとして受けた教育だけで読める文字じゃない。


「殿下の人脈で研究員を連れてくるしかないなぁ」


 そうでもしないと、引きこもり気質の歴史研究家どもが、こんな洞窟くんだりまで来るとは思えない。ハヤトはふぅと息を吐いて、ルナを回収しに洞窟の来た道を戻った。


 ***


「私は! 本当に! 心配したんだよ!?」


 と人の顔の前で唾を飛ばしながら、涙をちょちょぎれさせて喚く男。悲しいかな、彼こそがこの国の第二王子である。


「殿下……お言葉ですけど、私は屋敷に居りましたので、事の子細は存じ上げませんわ……」

「そういうとこ!! ほんと!!」


 ぎゃぉおおんっ、と効果音がつきそうな程に喚かれる。ある意味では女々しい態度と言えようか。


 はてさて、ルナの誘拐騒動から一週間が経過した。

 ルナや一命をとりとめた護衛と御者の治療、メンタルケア、捕虜の尋問、死体の回収と身元調査。と一週間の間フルスロットルで働きまわっていたアステリア。

 もちろん一週間で終わるわけもなく、まだまだ仕事は山積みだと遠い目をしていたところ、公務を終え帰国したシリウスが公爵領へ駆けつけてきた。


 まさかわざわざ来るとは思わなかったが、来たからには仕事の話をするしかない。まずは足を運んでくれたシリウスを持て成そう。と、我ながら常識的な対応だと自負するアステリアに、彼がした仕打ちがこれだった。

 やれ一人で行くなだの、恐怖心がなさすぎるだの、暴れすぎだの、これ以上ルナを惚れさせてどうする気だ(?)だの……エトセトラエトセトラ。

 ひたすらに行いの改善を要求され続けている。愛ゆえの心配なのは心底理解できた。しかし忙しい最中ではうっとうしい事この上ない。


「殿下、あのですね。ハヤトさんから殿下に直接お話があると言付かっておりますの。そろそろ彼をお呼びしてもよろしいでしょうか?」

「……うん。これだけ泣いたらすっきりしたよ」

「感謝申し上げますわ。それではこちらで少々お待ちくださいませ」


 いやなんでお前が泣くんだよ。怖い目にあったルナならまだしも。

 アステリアは文句を飲み込んで応接室を出る。ルナも話があると言っていたし、ついでに連れてくるか……。


 でまあ、無断でルナを連れてきたらシリウスはちょっと不満そうだって言うね。

 なんなのお前? 情緒不安定か?


「ルナ、今回のことは大変だったね。怖い思いをしただろう?」


 それでも王族の外面を取り繕う余裕はあるらしく、きちんとルナにいたわりの言葉をかける。まあ最低限のマナーだが。


「はい。殿下、お気遣いありがとうございます。でもハヤトさんが助けてに来てくださって、本当に安心しました。ありがとうございます」

「いいよいいよ。たまたま近くで仕事してて、通りすがりに王家の馬車が倒れてるの見つけただけだし」

「はは、天下の名誉S級冒険者が偶然近くに居ただなんて、ルナは幸運だな。本当に無事で良かったよ」

「ははは……」


 言外に「薄っぺらい嘘だな」とでも含めてそうなシリウスの発言に、ハヤトは乾いた笑いを零す。

 三人は一方のソファにシリウスが座り、その対面にルナとハヤトが並んで座っていた。身分差を考えれば当然のことだが、こういう所でシリウスは不満を貯めるのだろう。


「まったくです殿下。運命を感じますね……!」


 そんなちょっとギスっとした空気に物怖じせず、ルナはハヤトを見て目を輝かせている。


 目覚めた彼女がハヤトと顔を合わせる機会がなく、これが初再会だった。時間を置くことで熟成でもされたのか、彼に向けるルナの視線は、以前にも増して熱量を増している。

 シリウスは前々からルナの気持ちを察していたが、そうでなくともあからさまな視線であった。もはや恋心を超えて盲信になりつつある。

 アステリアは幼少期から男勝りだし、もしや好みのタイプも同性なのでは? だとしたら、ルナと恋仲になることもあり得るのでは……。とシリウスは強い焦燥感を覚えた。


 なおアステリアの中で恋愛対象は前世の魔法使いただ一人。しかも完全に神格化されており、今世の人間に勝ち目はないなんてことは、彼らは知る由もない。


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