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第三十一話


 その時、緩やかな速度の減衰を経て荷馬車が停止する。

 ギシギシと木材の軋む音が何度かして、それが止まったかと思うとルナの体がふわりと宙に浮いた。自然と悲鳴が口をついて出る。


「いやっ!」

「おっと、ビビらせちゃったかな。やっぱ女性の方がいいんじゃない?」

「関係ないだろう。どうせ見えないんだから」


 会話の内容と、腹部にかかる圧で自分が肩に担がれていることに気がついた。言いながらも二人は荷馬車を離れて歩いているのが分かる。

 どうしようもなく恐ろしい。しかし不思議と頭には冷静な部分が残されていて、そのもう一人の自分がルナにこう告げていた。


 ここまで生かされているのだ。今すぐ殺されることはない。彼らから情報を得なさい。――と。

 ルナは恐る恐る口を開く。


「あ、貴方達は? 私に何をしようとしてるんですか?」

「あ~、君に何かっていうか、君で、」

「おい!」


 軽薄そうな男の声を遮るように、女の怒声が響く。大きな声の反響音でも気づくことがあった。

 ここは人の声が響く、狭くて奥に続いている空間……洞窟?


(待て、思い出せ私。たしか王都の東に、大昔の洞窟の中の神殿があったはず)


 王都の東とはつまり、公爵領の西。ここだ。

 昔は人の往来があったけど、神殿に訪れた人が急死することが相次いで、呪われてるとかで人が寄り付かないようになった洞窟である。


「助けてください……。私、本当は聖女じゃないんです! ただの影武者なんです!」

「無駄だ。猿轡を噛まされたくなければ黙っていろ」


 ルナの嘘は女にすげなく切り捨てられてしまった。

 しかし女は否定も疑いもしないどころか、唐突な「聖女」という単語の登場を疑問に思いもしない。 それはルナの「聖女の動向を知る内部の誰かが、襲撃犯を差し向けた」という仮説を強化した。


(私を放棄された神殿でどうするつもりなの……?)


 ここまで生かされているのだから、きっと生きていないと出来ない事なんだ。それが何かは分からないが、もし私に用がなくなれば殺されるのでは?

 いや、そもそも。生きた私でしか出来ない事って……。


 その瞬間。ルナの脳裏に、生きている自分を利用した凄惨な光景が次々と過った。

 全身から血の気が引き、カタカタと無意識な震えが起こる。怖い。怖い怖い怖い! お願い、誰か助けて!!


「ん? 嬢ちゃん、何もそこまでビビらんでも……」


 助けて――ハヤトさん!!


「ぐぁっ!? お前、何でここに……! ぅぐっ」


 唐突な女のうめき声と同時に、洞窟内に硬質な金属音が響き渡る。


「おいおいおい、マジか? 勘弁しろよ」

「キャアアっ!」


 金属音は鳴り止まず、ルナは急に体を大きく振り回された。わけもわからず悲鳴を上げる。


「どわっ!?」


 一際大きな金属音が鳴って、ルナは男の肩から放り出された。一瞬の浮遊感の後に、強かに地面に打ち付けられる。感じたことのない衝撃に自然と肺の中の空気が吐き出された。

 なに? なにが起きてるの? 痛い、怖い!

 恐怖心と痛みが引き金となって、ルナの体は呼吸方法を忘れてしまった。息を吸っても吸っても苦しく、息苦しさに比例してパニックが深まっていく。


「聖女様」


 ルナがゼェゼェと肩で息をしていると、不意に背中に温かで無骨な手が触れた。そして見知った人の声が耳に届く。パニック状態のルナだったが、不思議とその声はス―っと彼女の心に馴染んでいった。

 優しい手が背中をゆっくりと撫でる。そしてルナの目隠しが外された。


「大丈夫、安心して。俺の声に合わせて、ゆっくりと呼吸してください。吐いて……吸って……そう」


 ハヤトが何度か合図を繰り返すと、次第にルナの呼吸は落ち着いていった。

 そんな彼女の様子を見て、ハヤトがニッとあの人を安心させる力のある笑みを浮かべる。


「……無事で良かった」

「ハヤト……さん……本当に……」

「そーですよー。本物ですからねー、って聖女様!?」


恐怖と安堵のジェットコースターにより、ルナはふっと意識を失う。徐々に遠ざかるハヤトの声が、聞いたことがないほど慌てていて。それを意外に感じたのが、彼女の最後の記憶である。



「あ~……しゃあない。取り敢えず見えないようにしとくか」


 気絶してしまったルナに手をかざして魔法を発動させる。すると地面に横たわるはずのルナの姿が消えた。

 とはいえこれは、ハヤトの前世で言う所の光学迷彩の様なものであり、ルナの安全を保証するものではない。

 本当ならこの世界の魔法障壁が張れれば良かったが、悲しいかな前世も今世も防御魔法の才能には恵まれなかった。


「しかしまあ、随分と簡単に自殺してくれたもんだな……」


 と呟きながらハヤトは男の死体に目線を落とす。


 ――ルナを運搬していた二人の不審人物。彼らは暗い色のローブで身を隠し、その内側にはいくつもの暗器を隠し持っていた。馬車の死体から毒の情報を得ていたハヤトは、毒消し草を口に食んだ状態でまずは女に攻撃を加えた。

 しかし今のルナと同じ様に姿を消して近づいたにも関わらず、既のところで女には剣を弾かれてしまう。だが相手は軽装の女だ。どう頑張っても男とは頑丈さが違う。

 ハヤトは瞬時に剣を右手から左手に持ち替え、そのまま右拳で女の鳩尾を力いっぱい殴りつけた。女は手に持った暗器を取りこぼして、そのまま洞窟の奥に吹っ飛ぶ。


 ギギギンッ!

 男が投げてきた複数の暗器を左手の剣で弾き飛ばす。利き手ではないため弾ききれず、一つのナイフが腕をかすった。ブシュッと傷口から血が噴き出るが、剣を振るうのに支障はない。


 剣を再び右手に持ち替え、右斜め下から男の右手を切り飛ばすつもりで剣を振り上げる。やはり男は目が良いのか、ドス程度の小型な刃物でハヤトの攻撃を防いだ。

 さすがにルナを担いでいる余裕がなくなり、男は攻撃を防いだ衝撃をそのままに彼女を放り出す。ルナは洞窟の壁に叩きつけられ、痛みの余り身体を縮こまらせていた。


 ――まずいな、あれは素人にはきついぞ。

 ハヤトは余裕にもそう考えながら男の首筋に剣を突きつけ、無言で降参を促した。男のローブから覗き見えた口元がニヤリと歪む。


 そうして男は死を選び、今こうして血反吐を吐いて洞窟の地面で転がっているわけだ。


 ハヤトは次いで自分の腕の傷に視線を向けた。この傷も毒の可能性は充分にあるが、戦闘が切れたところで毒消し草を飲み込んでおいたから問題あるまい。

 さて、念の為に傷は魔法で回復しておくとして。女は気絶してるうちに関節が極まるレベルで縛り上げて、自殺できないように、口内に布の塊でも突っ込んでおくかな。


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