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第二十八話


 そして翌朝。公爵家のふっかふっかのベッドで熟睡していたルナをメイドが叩き起こし、昨日合わせたばかりのドレスに着替えさせていく。

 メイドに世話をされることに慣れていないルナは、疲れ切った表情で食堂に現れた。


「おはようございます。ステラ様……」

「おはようございます。ルナさん。今日は朝食を頂きましたら、そのままお出かけですわよ」

「お出かけ?」

「ふふふ」


 アステリアは相変わらず外出先は教えてくれなかった。支度を終えた二人は、マイアと共に馬車に乗り込み目的地へと向かう。

 到着した馬車から御者のエスコートで降りたルナは、眼の前に広がる大きな建築物を見上げて唖然とした。


「こ、ここは……」

「ご存知の通り、我が領地が誇る名劇場スピカ座ですわ!」


 公爵家の領地は王都ほどではないが都会で、かつ有名な劇場スピカ座を中心とした、劇団や合唱団、楽団が集まる音楽や演劇の文化が発達した街なのだ。

 スピカ座は何代も前の領主が、その時代一番の工匠に依頼して作らせたとかで、華やかな細工で彩られた、それはもう美しく荘厳な劇場である。

 アステリアはシリウス伝にルナの夢「スピカ座で劇団の看板役者が出る演劇を見る」を知り、ご褒美にうってつけだと今回の企画をした。


 思惑通り、顎が外れんばかりに驚くルナを見ることができ、アステリアはご満悦である。


「アステリア様。当劇場へようこそお越しくださいました」


 二人が劇場の前で戯れていると、燕尾服をまとった初老の男がやって来て恭しく頭を下げた。劇場の支配人だ。

 領主かつパトロンの娘ということで、アステリアとは旧知の仲である。


「ごきげんよう。相変わらず美しい劇場ですわ。急な話でしたのに、席を取っていただきありがとうございます」

「いえいえ。公爵様には日頃からご贔屓いただいておりますので。それでは早速ですが、お席までご案内させていただきます」


 そう言って支配人は自身で直接アステリア達を特等席へ案内する。

 その間、ルナへの配慮も忘れず非常ににこやかな対応で、アステリアを含めた公爵家が、いかに普段から劇場へ支援しているかが伺えた。


 案内された席は二階の半個室状の席で、舞台から遠すぎず落ち着いて演劇を鑑賞できる席だった。しかも支配人から、公爵家が『所有』している席だと聞かされ、思わずルナは椅子から転げ落ちそうになる。

 挙句の果てにあらかじめ指示されていたのか、マイアが豪華な装飾を施されたオペラグラスをルナに手渡した。

 メイドに玩具にされすっかり失念していたが、冷静になってみればドレスもアクセサリーも平民の生涯年収ですら買えない値段のはずだ。そこにオペラグラスと演劇の鑑賞料も加えたら……。


「ふふふふ……この程度で驚いていては持ちませんわよ?」


 アステリアは実に楽しそうな声音で言う。

 このままでは驚愕しすぎてアステリアに殺される……と、ルナは半ば本気で思った。



「いい劇でしたわね。定番の演目ですけど、定番化する理由を感じますわ」

「うぅ……ズビっ。ほ、本当に……感動的なお話でした……!」

「ルナ様。こちらをどうぞ」


 マイアにハンカチを渡され、ルナは目元に押し当てるようにして涙を拭う。幸い淑女失格レベルで号泣しているわけではないようだ。


 ちなみに劇の内容は、貧しい暮らしの少年が金欲しさに犯罪に走ったが、少年の身なりから全てを察した金持ちの男に拾われる所から始まる。

 男の元で働くうち、男の一人娘と良い仲になった主人公だが、さすがの金持ちの男も可愛い娘と貧しい主人公の関係を許せず……。二人は引き裂かれるが、数年経って大人になった二人は、金持ちの男の葬儀で再開を果たす。しかし女は既に結婚しており――。


 という、まあ結論から言ってしまえば悲恋に終わるラブロマンスものだ。

 アステリア的には愛しい人と添い遂げずに終わる物語は、前世で好きだった人、魔法使いを思い出して苦しい気持ちになる。

 だがこの苦しい気持ちにをリアルに思い起こさせる事こそ、演劇の本分であり素晴らしい所であると言えよう。


「さ、ルナさん。本番と行きましょうか」

「はぇ?」


 スッと立ち上がったアステリアを、ルナは呆けた顔で見上げる。涙でメイクが滲んでしまった事もあり、なんとも言えない間抜け面だ。アステリアは笑いをこらえながら、マイアにルナのメイク直しを命じた。


 アステリアの侍女であるマイアが主人のお直しをしないわけもなく。身なりを整えた二人とマイアは、明らかに劇場の関係者しか入れないだろう通路を歩いていた。

 こうなってはアステリアの言う「本番」の内容も察しがつこうと言うもので、ルナは上演後の高揚感に加わって緊張ものしかかり、もはや一周回って顔色が悪い。


 一行はある一室の前で立ち止まった。マイアがドアをノックして公爵家を名乗ると、部屋から男の声で返事がある。そしてギィと音を立てて木製のドアが開かれた。


「やあ、ステラ! 来てくれたんだな。嬉しいよ!」

「ごきげんよう、ヴェスタ。今日も素晴らしい舞台でしたわ。そうそう、お花は気に入ってくださった?」

「勿論さ。さすが公爵家御用達の花屋は違うな。おや、そちらが例のお嬢さん?」


 と、部屋から出てきた男がルナを見る。舞台メイクを落として印象こそ変わっているが、つい先程まで舞台の一番目立つ場所に立っていた役者に他ならない。


「ヴェスタリオ・ルクレール様……」

「ルナさん!?」


 ついに頭と心のキャパを超えてしまい、ルナはくらくらと床に向かって崩れ落ち、察しの良いマイアに抱きとめられるのであった。



 ヴェスタリオ・ルクレール。

 姓があることから察せれるように、彼はとある貴族の三男坊だ。元々は静かな性格だった彼だが、ここ公爵領のスピカ座で見た劇で人生観が180度変わり、幼少期からの婚約者と家を捨てて、下働きからでいいと劇団に入団しに来た。

 噂を聞きつけたアステリアが「お父様! 面白いからパトロンになりましょう!」と激推して今に至る。故にヴェスタにとって、アステリアは既知の仲であると同時に大の恩人なのである。

 ちなみに国内随一の人気役者となってからは、実家や婚約者とは復縁したとのこと。


「だからステラには返しても返しきれない恩があるんだ」

「そうだったんですね……。でも世間に知れたら喜ばれそうな話なのに、なんで内緒なんですか?」


 とすっかり回復したルナが首をかしげる。

 もちろん役者としてのヴェスタが好きだからファンなのだが、美形度で言ったらシリウスやステラ、そしてハヤトには劣るな……なんて冷静になったのは秘密。やはり役者は舞台に立ってなんぼである。


「いくら音楽と舞台の街の生まれと言えど、婚前の女が男性役者のパトロンと知れると外聞が悪いのですわ」

「表向きにはステラの父君が俺のパトロンという事になっているね」

「なるほど……人気役者と第二王子の婚約者ですもんね。変な噂が立ったら困りますよね」


 庶民というものは、そこに明らかな証拠がなかろうとも、スキャンダラスな噂話には飛びついてしまうものだ。うんうんと頷くルナに、アステリアは(貴族も一緒だけどな)と内心毒を吐く。


「ちなみに殿下は今日の事をご存知ですけれど、ヴェスタに直接会ったと知られると非常に面倒ですから、挨拶の件はご内密にお願いしますわ」

「一度、浮気相手と間違われて殿下に抜き身の剣を向けられたことがあるんだ~。従者とか騎士にじゃなくて本人にだぞ? ステラって愛されてるよな」


 ヴェスタは特に気にした様子もなく笑っているが、全く持って笑い事ではない。

 ルナは自分がそんなカップルの間に割って入ろうとしたのかと戦慄したし、実はそれが現在進行系であることに本人は気づいていない。


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