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第二十七話


 王都に居ても特に用事がないため、アステリアは公爵家の領地にある本邸に滞在することにした。

 そしてそんな屋敷の吹き抜けのホールにて、緊張した様子で立つ少女が一人。


「こ、ここっ、この度は! 貴重な機会をいただき誠に感謝申し上げます……!」


 学園の制服ではなく、平民のおしゃれ着を身にまとったルナが深々と頭を下げる。なお荷物は早々に客付きの侍女が奪っていったので手元にはない。


「そんなに堅くならないで。僕は可愛い妹の友達を紹介してもらえて嬉しいよ。なんだったら、休暇明けまでくつろいで行ってよ」

「お兄様。ルナさんは真面目だから、それでは気が休まりませんわよ。せっかくダンス特訓のご褒美でお招きしたのですから」


 公爵家の長男にして跡取りのリゲルと、第二王子の婚約者であるアステリア。アステリアとシリウスでも絵になる二人だが、シリウスと顔のタイプが違うリゲルと並ぶと、それはそれで華やかさが際立つ。

 ルナは(確かに緊張して落ち着かない……!)と、まるで人気舞台俳優と会えたかのような気分だった。


 アステリアがルナを領地の屋敷に招いたのは、舞踏会でのダンスの成功を祝うためだ。

 元々特訓中も褒美にお菓子だ何だと与えていたが、舞踏会の打ち上げをしていなかった事を思い出し、これを機にルナを招待したのである。


「ではルナさん。早速ですけど、くつろぐ前に一仕事付き合っていただいても?」

「へ? 仕事ですか?」

「ええ。マイア、リラさんを例の部屋へご案内して」

「はい。お嬢様」

「例の部屋でお仕事!? 一体何ですかステラ様~!」


 言いながらもステラの侍女、マイアに背中を押されて連行されていくルナ。

 ろくな説明がなく困惑しているが、実際はただの服装選びだ。ご褒美で連れて行く場所にドレスコードがあるため、公爵家で用意しようという配慮である。事情を説明すると遠慮するだろうから、問答無用で連れて行かせただけだ。


 二人について行かずに見送るアステリアを、リゲルが不思議そうに見下ろす。


「ステラは行かないの?」

「わたくしには苦痛……おほん。わたくし、センスがなくてお邪魔になりそうですから、落ち着いてから伺いますわ」

「ああ、そうだね」


 実際、アステリアはセンス以前に服飾に興味がなさすぎる。何でもかんでも侍女任せにして、母や姉に叱られるのはいつものことだ。

 事情を知るリゲルは納得顔で頷くが、散々言われ続けてきたアステリアは失礼にも思わない。


「それなら父上の所に御使い頼んで良い?」

「承知しましたわ」


 そうこうして時間を潰してから、アステリアは例の部屋――ルナのドレス候補を仕立て屋が運び込んだ部屋に赴いた。


「どう? ドレス選びは終わりました?」


 ちょうど声のかけやすい位置に居たマイアに尋ねると、彼女は申し訳無さそうに答える。


「申し訳ございません。メイド達が盛り上がってしまい、時間がかかっております」

「構いません。ルナさんにもいい経験だわ」


 そう言ってアステリアは部屋の中心に視線を向けた。そこには複数人のメイドに囲まれ玩具のように着せ替えられているルナの姿がある。仕立て屋に持ち込ませた大量のドレスが奥に寄せられている辺り、ある程度の候補は絞られたようだ。

 依頼主の登場に気づいた仕立て屋が、いそいそと寄って来て挨拶をする。


「どうでしょう、今日中に調整は終わりますこと?」

「ええ。彼女の体型なら調整はほとんど不要です。あとはドレスさえ決めて頂けましたら……」


 三人はなんとも言えない顔をして、ルナ達に視線を向ける。

 メイド達は「こちらのドレスの方がルナ様の肌のお色に似合で~」だの「いえ、こちらのドレスの方がシルエットが映えます~」だの「まあ! 大変お似合いです!」だのきゃいきゃい楽しそうだ。ルナは落ち着かない様子ではあるが、メイド達に褒めそやされて嬉しそうでもある。

 ……まあ、彼女が楽しそうならいいか。


「ここまでご足労いただいたのだから、そのぶん支払いは弾みます。それとマイア、私のドレスも何着か注文しておいてくださる?」

「かしこまりました。ご要望はございませんか?」

「貴方に任せます」


 マイアは早速、仕立て屋を連れて応接間に移動する。きっと仕立て屋のカタログからドレスをオーダーするのだろう。

 彼は公爵家御用達の仕立て屋だし、先日も舞踏会用のドレスを仕立てたばかりだから、採寸の必要はない。長時間拘束するからには、ドレスの購入費用にいくらか上乗せし、待機時間の暇も潰させてやろうというアステリアなりの気配りだ。


 一人取り残されたアステリアは、まだ終わりそうにないドレス選びを眺め、どう時間を潰したものかと頭を悩ませる。

 そんな彼女の前を、アクセサリーを乗せたトレーを持ったメイドが横切ろうとした。すっかり仕事に夢中だったのか、アステリアの眼の前まで来てようやく主人の存在に気がつく。


「あ、お嬢様。まだお時間いただきそうですが、こちらで待たれますか? でしたらお茶をお淹れしますが」

「……そうね。お願いします」


 早く終わらせる気は一切ないらしい。

 姉は嫁いで久しいし、アステリアは「無駄に動きにくくなければ何でも良い」としか言わないし、彼女らも誰かを着飾るのに飢えていたのだろう……。


 ――その後しばらく経って、ようやくメイド達によるルナの着せ替え遊びも終了した。

 最初はお茶とお菓子を楽しみつつ彼女らを眺めていたアステリアだったが、最終的に飽きて読書に夢中になっていた。「ステラ様」と声をかけられ本から顔を上げる。


「あの、大変お待たせしてすみません。いかがでしょうか……」


 恐らくメイドから「お嬢様にお見せしなくては!」とせっつかされて来たのだろう。いつの間にやらルナが照れた様子でアステリアの横に立っている。

 そんな彼女を上から下までじっくりと見つめ、アステリアは満足そうに大きく頷いた。


「素材を活かした、とても良い仕上がり。素晴らしい仕事です。待った甲斐もあるというものですわ」

「そんな料理みたいに……」


 と言いつつ褒められて嬉しいのか、ルナは照れた様子だ。

 アステリアは前世から多くのご令嬢と接してきた。前世では勇者の身分を狙う令嬢にアプローチをかけられ、今世では貴族社会の女同士の陰湿な争いに巻き込まれ……。まあとにかくいい思い出がない。

 その点、ルナは元々が平民で、飾り気のない美少女である。アステリアの好みを知ってか、メイド達はルナを華美に飾らず、持ち味を活かしたドレス選びとメイクアップを施していた。


「ふふ。目の肥えた私に褒めさせるなんて、大したものですのよ? 可愛らしいですわ」

「あ、ありがとうございます。へへへ……」

「それにそのドレスの色、舞踏会で私がつけていた宝石に似てますわね。お揃いにしてくださったの?」

「うっ、バレちゃいましたか? はい、凄く素敵だったので……」


 と頷くルナのドレスは淡い紫色だ。

 アステリアは(あの宝石、殿下が贈ってきた超一級品だし目立ってたもんな~)などと呑気に考えているが、そもそも宝石自体がアステリアの瞳の色を意識したものだ。

 ルナは無意識にこの色を選んでいたが、メイドからアステリアの瞳の色と指摘され、本人にそう思われたらどうしようかと悩んでいた。シリウスの宝石様々である。

 内心冷や汗たらたらになりながら、ルナは話題を逸らした。もともと着せ替えられながら、ずっと気になっていたことだ。


「あの、でもどうして私なんかにドレスを……?」

「まだ秘密ですわ。楽しみにしていらして」


 アステリアは意味深に微笑む。どうやら教える気はないらしい。

 とりあえずドレスをルナの体型に合わせる作業は終わり、一仕事終えた仕立て屋は帰っていった。

 ルナが無事に舞踏会に出席できた褒美とのことだが、既に充分すぎるほど持て成されており、これ以上に良い事があったら頭が破裂しそうである。


 しかしリゲルもアステリアも、聖女に対する打算はあれど、元々未成年に対して甘いところがある。散々に甘やかされ、もしかしてこれは死の間際に見る幻なのでは、と無駄に怯えるルナであった。


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