第二十五話
ルナは鼻息を荒くしてアステリアの話に期待を寄せている。それほど大した話ではないのに、大げさな前置きをしてしまっただろうか。
まあいいか、雑談だし。とアステリアはさらりと、ルナと出会った時に自分が考えていたことを暴露した。
「実は……ルナさんとの初対面の時。貴方の気持ちを察して、聖女教育のやる気を出させるために、殿下を生贄に差し出したんですの」
「えっ!? いや、王族に向かって生贄って……!」
ルナは誰かにアステリアの不遜な物言いが聞かれていないかと、慌てて周囲を見回す。幸い、耳をそばだてている者は見当たらなかった。
ルナの心配も他所に、発言した当人はあっけらかんとしている。
「ふふ、こんなに素敵な演奏ですもの。誰も聞いていませんわ」
仮に聞かれていたとして、何も問題はないと言うのか。それとも絶対に聞かれていないという確信があるのか。
彼女の堂々とした立ち振舞を見て、ルナは自分の中にあった疑問がストンと腑に落ちるのを感じる。
元々違和感はあったのだ。不安でしかたがない王立学園への編入……。聖女という立場がある故に、腫れ物のように、しかし親切に扱われているのはよく分かった。同じクラスのシリウスたちに丁寧に接してもらい、嬉しい反面恐ろしくもあった。
指針がほしい。これさえ頑張っていれば、誰もが認めてくれる目標がほしい。
そんな不安な気持ちぶち壊してくれたのが、他ならぬアステリアであった。彼女が現れた途端に、ふわふわとしていた立ち位置がしっかりと定まり、シリウスもルナを立派な聖女にすべく必死になりはじめた。
すべてアステリアの手のひらの上だったのだ。
「そっか。ステラ様のおかげだったんだ」
「そうですわね。わたくしのナイスサポートでしょう?」
バチッとウィンクを飛ばすアステリア。してやったり、と言わんばかりの彼女を見て、なんだかルナは既視感のあるものを見たように呆ける。
少し待ってもリアクションが返ってこないので、冗談が過ぎたかとアステリアは慌てて言い訳をした。
「あの、今のはジョークでして……」
「あっ、いえっ、ごめんなさい! ……失礼ですが、ステラ様ってお兄様がいらっしゃいますよね?」
「? ええ。そうですわね」
領地で次期領主として仕事をしているから、あまり会えないけど……。と口では説明しておく。
実際は転移魔法を用いた御使いが増えており、今までで一番頻繁に合っているのだが。
しかし急に兄がどうした? アステリアが首を傾げていると、ルナは続けて妙なことを尋ねてくる。
「やっぱりご兄妹で似ていらっしゃいますか?」
「……そうですわね。お兄様とわたくしはお父様似なんです。ですから顔立ちが似ていると言われますわ」
余談になるが、姉は母似だ。細かいことにプンプン怒る父に対し、おおらかな母に姉は性格もよく似ている。
いや、で。だからどうした?
「えっと、あの……私のもジョークです。ジョークなんですけど……。実はステラ様のお兄様って、身分を隠して『ハヤト』というお名前で冒険者とかやっていらっしゃいませんか? ステラ様も風紀委員ですごくお強いし、お兄様もお強くって、A級冒険者してたりして……なんちゃって」
もじもじと恥ずかしそうに告げるルナに、アステリアは思わず唖然とした。
当たらずとも遠からずだ。貴族の身分を隠して冒険者をやってるくだりなんか、ハヤトの正体そのものである。
その実態はアステリアが魔法で姿を変えたものだが、ここまで自力で正体に迫ったのはルナが初めてだ。
「えへ。実は私が本気で好きになった方って、冒険者のハヤト様のことなんです。とても優しくて、しかもお強くって。ダンスレッスンでステラ様がリードしてくださる時も、何度か思ったんですけど……なんとなくハヤト様とステラ様が似てるなって」
ルナはシャンパンも手伝ってか、頬を赤らめてポーッとしている。頭の中では美化されたハヤトにダンスに誘われる妄想が展開されているが、アステリアには知る由もない。
「おほほほ……。かの有名な名誉S級冒険者に似ているだなんて、光栄ですわ。私も彼のように強くありたいですわね」
白々しいことを言いながら、内心では冷や汗だらだらである。
当たっている。完全に正解だ。
その正体を知っているシリウスにだって、二つの姿が似ているとは言われたことがない。にも関わらずルナは言い当ててみせた。
恋する乙女はすごいな……。と思うと同時に、ハッと気がつく。
(こんなに可愛い女の子が、俺なんかに惚れてるって? 殿下を差し置いて?)
実はハヤトは、前世のころから自分がモテる自覚はない。
現代日本に居た頃は運動習慣がなく、食に興味が薄かったためガリガリだった。異世界に来てから剣術に目覚めたくましくなり、身長も伸びてスタイルが良くなった。顔つきも筋肉で血色良く、彫りも日本人にしては深くなった。
そして早いうちからハヤトに惚れていた魔法使いが、ありとあらゆる女を恋敵扱いしハヤトから遠ざけていたため、女性からのアプローチの経験がほぼ無いのである。
信じがたい気持ちはあるが、一旦彼女の言う事が本当だとして。もし今世の自分が男で、婚約者が居なかったら。自分は彼女の気持ちを受け入れるだろうか? 少し想像してみた。
(……ないな。うん)
自分で自分の気持に安堵する。いくらルナが可愛かろうとも、決して魔法使いへの気持ちを同じものを抱くことはないだろう。
「私、聖結界をちゃんと張りなおせたら、ハヤト様に告白するんです。だから聖女教育も本気です! 邪な動機ですけど、真剣に頑張ります!」
まさか目の前で今まさに振られているとは知らず、シャンパングラスをグッと握りしめ、声高らかに宣言するルナ。彼女の決意を無碍にするわけにもいかず、アステリアは困惑を隠して頷いた。
「え、ええ。王家に連なる者として感謝いたしますわ。お身体を壊さないようにだけ、お気をつけくださいませ」
「はい! あ、せっかくなので一度殿下とも踊ってきますね。ステラ様に教わった成果もお見せしたいし」
ルナは言うだけ言って、さっさと行ってしまった。彼女の遠ざかる背を見つめて、アステリアは一人ぼやく。
「ハヤトの恋人役でも作るべきかしらね……」
今はモチベーションになっているようだが、告白に失敗したらルナがどうなるか心配だ。それならば早い段階で恋人が居ると知らせておき、告白そのものが起きないようにすべきだろうか。
はぁ……とアステリアは小さくも重々しいため息を吐いた。
……そして、そんな風に頭を悩ませる彼女を、ひっそりと目撃する姿があった。プロキオンである。
主人が舞踏会に参加しているため、本日の業務は会場の警備だ。出入り口の脇を固めていたところ、思わずして恐ろしい事実を知るはめになった。
彼女らの会話をまとめると、シリウスもルナもアステリア(ハヤト)に懸想していることになる。ルナはアステリアに対しても好意的であり、もしハヤトの正体を知ったとしても、気持ちが変わらない可能性が大いにあるだろう。
セレスティア王国では、聖女は聖なる存在として特例が許されがちだ。アステリアとルナの婚姻も、宗教儀式として可能なはず。つまりシリウスにも負けの目はある……。
見なかったことにしよう。
プロキオンはアステリアからスッと視線を逸らす。主人の恋模様など、仕事になにも関係ないではないか。気づかなければ良いのだ。
彼は心を無にして、明後日の方向を眺めるのであった。




