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第二十四話

 ホールはきらびやかな装飾で彩られ、会場に居る人々も色とりどりのドレスや燕尾服を身にまとっている。

 これを生徒会主導で用意するには中々骨が折れたことだろう。


 少し進んだところでルナと遭遇した。エスコートしているのはドヤ顔なレオで、ノーマンはふて腐れた態度で少し離れた場所に居る。

 事前に何らかの手段でエスコート役を決めると聞いていたから、ノーマンは勝負に敗れたのだろう。

 ルナは自分を取り合う二人の険悪なムードに気づきもせず、能天気にアステリアとシリウスに挨拶をした。


「ひゃーっ、ステラ様お美しいです……」

「まあ、ありがとう。ルナさんも素敵ですわ」


 慣れた様子で称賛を受け取るアステリアに、ルナはさらに悲鳴だかなんだか分からない声を上げ悶えている。何がどういう感情なのか謎だ。


 そうこうしている間にも舞踏会は進行していく。気づけば一組のペアが他の参加者の前でダンスを披露する、ファーストダンスの時間となっていた。

 本来の舞踏会であれば、もっとも格の高いペアがファーストダンスを務めるものだ。つまりシリウスとアステリアなのだが、この舞踏会の主役は生徒会の最高学年生だ。生徒会長とそのパートナーが、ファーストダンスを務めるのが習わしである。


 シリウスも生徒会の一員として舞踏会の設営に携わったため、生徒会長の晴れ舞台を見れて嬉しそうだ。

 もしアステリアの助言がなく、設営に関わらないままであれば、今頃は肩身の狭い思いをしていたと理解しているのだろうか。


(ほんと手のかかる婚約者だな……)


 そんな事を考えながらシリウスの横顔を見ているうちに、ファーストダンスが終わっていた。生徒会長たちに拍手を贈り、次の曲の準備が始まる。ここからは他の参加者も自由に踊って良い時間だ。

 至るところで男性陣が女性陣を誘い出すなか、シリウスもアステリアに向き直りお辞儀をすると、実にスマートな仕草で手を差し伸べる。


「ステラ。君と最初に踊る栄誉を、私にいただけますか?」

「ええ、もちろん」


 差し出された手を取り、二人はダンスを踊る開けたスペースへ移動した。楽団が曲を奏でだし、アステリアも最初のステップを踏み出す。

 シリウスとのダンスは慣れたもので、二人の呼吸も長年連れ添った夫婦のようにピッタリと合っていた。ステップから指先まで、すべての所作が気品で溢れており無駄がない。多くの参加者が居る中で、誰よりも注目を集めているのは、間違いなくアステリアとシリウスだ。


 一方、約一ヶ月の特訓を乗り越え本番に挑むルナ。

 レオにエスコートされながら緊張に身を固くしていたが、気づけばすっかりアステリアとシリウスのダンスに目を引かれている。

 視線は完全に二人を追いかけながらも、きちんと体が動いているあたり、特訓の成果は出たと言えるだろう。喜ぶべきか、怒るべきか、複雑な胸中のレオであった。




「さ、殿下。淑女の皆さまがお待ちですわ」

「あ……そうだね。ありがとうステラ。楽しいダンスだったよ」


 さらりと手を離すアステリアとは裏腹に、シリウスはなんだか名残惜しそうだ。しかしシリウスを待つ女性が多いのは事実。アステリアは男性陣からのお誘いをいなしながら、人を避け休息の取れるスペースに移動する。

 一人で取り残されたシリウスは、あっという間に女性陣に囲まれてしまった。こんな時、シリウスの身内以外にはっきりと物を言えない性格は難儀である。


「あ、あの! ステラ様。お飲み物はいかがですか?」

「あら……ありがとう。いただきますわ」


 ふぅ、と息をついているとルナがシャンパングラスを両手に持って現れた。因みにこの世界では明確に未成年の飲酒を禁ずる法律はない。それどころか、未成年の飲酒がいかに害を及ぼすかも知られていない。


(ま、十五歳ならちょっとくらい良いだろ。普段は飲まないし)


 内心で誰にでもなく言い訳をしながら、シャンパンを口に含んだ。細やかな炭酸の泡が、ダンスで少し上がった体温を冷ますように、しゅわしゅわと口内を潤していく。

 ……かなり質の良いシャンパンだ。


「美味しい。さすがパーティーにかこつけて、王城のシェフを呼びつけるだけはありますわね」

「あはは……」


 普段の学園の食事は専属のシェフが用意しているが、この時ばかりは王宮の専門家たちがやって来て、舞踏会の用意を手伝う。王立ならではのイベントと言えるだろう。

 無駄に金を使って、という意見もあるだろうが、国内最高水準の技術を伝授するいい機会でもある。


 なるほどね。と納得しつつ再びシャンパンに口をつけていると、ルナがペコリと可愛らしく頭を下げた。


「ステラ様。あの、ダンスレッスンありがとうございました。おかげで恥をかかずに済みました」

「気になさらないで。これから聖女として公の場に出るのだから、いずれは必要なことでしたわ」


 「聖女として」の件で、うっと顔を歪めるルナ。今からネチネチ言ってもしょうがないかと思い、アステリアは優しげな笑顔を浮かべる。


「とてもお上手になりましたわよ。先生として誇らしく思います」

「えへへ」

「……なのに殿下と踊らなくて良かったんですの? 貴方が声をかければ、殿下もあの淑女の輪から抜け出しやすいと思いますけれど……」


 アステリアの視線の先では、シリウスが曲の切れるたびに女生徒たちにもみくちゃにされている。

 たとえ女性からダンスを誘うものではないとはいえ、シリウスクラスになるとその常識も通用しないのだ。それに学園では多少の無礼講は許されており、彼女らにとっては人生最初で最後の王族と踊る機会。必死にもなろうというものだ。


 ルナはアステリアの言葉を受け、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。どうやら自分がシリウスに色目を使っていたことすら忘れているらしい。


「え? あ……えっと、もしかしてステラ様。私が殿下のこと狙ってたの気づいてらしたんですか?」

「……ああ、まあ。わたくしも幼い頃から殿下と一緒でしたから、そのような女性の視線はわかってしまいますわね。けれど、過去形ですのね?」

「はい。じ、実は本当に好きな人ができまして……。殿下のことは憧れではあったのですが、今は憧れと好きは違うなって思います」


 ほう、好きな人とな。アステリアは一瞬、目を丸くしたが、言われてみればルナはシリウスとのダンスでも緊張する様子がなかった。

 彼女の言う通り、シリウスへの憧れは、思春期特有の恋愛への憧れでしかなかったのだろう。


「ふふ。じゃあ、ルナさんが正直におっしゃってくださったから、私も一つ本当のことを言ってしまいますわ」

「え?」


 シャンパングラスをくるくると揺らしながら、楽しそうに目を細めるアステリア。

 そんな彼女の普段は見ない姿に、ルナは何だか落ち着かない気分だ。一体、何を言い出すのかと耳を傾けた。


シャンパンはシャンパーニュ地方で作られたスパークリングワインを指すので、異世界にあるのはおかしい。

しかし気付かないだけで、そういう単語はよく使っていると思うので、気にしないほうが良いのだ。

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