第二十三話
「ワン・ツー・スリー、ワン・ツー・スリー」
レッスンルームにはアステリアのリズムを取る声と手拍子が響いている。そして彼女の視線の先では、ルナが必死になってワルツのステップを踏んでいた。
特訓が始まってから十日。早くも簡単なワルツであれば、ステップが形になる程度には上達している。
やはり根が真面目な努力家だな……と考えつつ、アステリアはきりの良い所で一際大きく手を叩いた。
「はい、そこまで。楽になさって」
「はぁっ、はぁっ、ど、どうですか!?」
呼吸が早く、頬も紅潮させたルナが、勢いよくアステリアに顔を向けて尋ねる。
アステリアは優しく微笑んで答えた。
「素晴らしいですわ。こんなに短期間で形にできる方は中々おりません。ルナさんは本当に頑張りやさんですわね」
「やった! ステラ様っ、ありがとうございます! ……あっ」
思わず口にしてしまった。そんな風にルナは両手で口を覆って恥ずかしそうにしている。
男衆三人が皆「ステラ(様)」と愛称で呼ぶから、自然とうつってしまうのだろう。
「あら? ふふ。私のことステラと呼んでくださるの? 嬉しいわ」
特に拒否する理由もないので喜んでみせると、ルナはパァッと明るい笑顔を浮かべた。
「い、良いんですか? その……殿下がいつもステラ様って呼ぶから、以前から良いなぁって思ってて……」
「かまいませんわよ。わたくしたち友達ではありませんの」
「友達……! 恐れ多いけど嬉しいですっ」
ぴょんぴょんと飛び回って喜ぶルナを、大げさだなあと内心で思いながら眺める。
これぐらいの事で喜んでいただけるのであれば、友達ぐらい大安売りしてやろう。なんせ相手は将来の確約された聖女様だ。
……だなんてアステリアの打算に感づく様子はなく、ルナはやる気に満ちた表情でダンスへの熱意を燃やしていた。
ステップの練習も順調に進み、ついにマイアがピアノの伴奏を入れる段階へ到達した。
もう少し時間がかかると想定していたアステリアは、素直にルナを褒め称え、それでまたルナもやる気を出す好循環が続いている。
ルナがピアノの伴奏に合わせて自主練習し、アステリアがその様子を確認していたところだった。出入り口のドアがそっと開き、邪魔をしない程度の声量でアステリアに声がかかる。
「やあ」
「あら、殿下。ごきげんよう。様子を見に来てくださったのですか?」
シリウスはそのまま室内に入り、当然の顔をしてアステリアの隣に立った。
聞けば本日の生徒会は上級生で事足りるらしく、下級生は早めに解散したそうだ。せっかく時間ができたので、ルナの応援に来たらしい。
「ほら、差し入れの焼き菓子」
「いつもすみません。あとでマイアにお茶を淹れさせますから、殿下もご一緒にいかがでしょう?」
「うん。喜んで」
ルナに「飴役は殿下」と伝えた通り、シリウスはまめにレッスンルームへ差し入れを届けてくれていた。とはいえ普段はレオやノーマンが代理で来るため、本人が直接届けるのは初めてだ。
ありがたくお茶菓子をテーブルの上に置いておく。レッスンが終わったら、マイアに配膳を頼むとしよう。
「しかし……思ったより上達が早いね」
「そうでしょう? 教えがいのある生徒で、大変鼻が高いですわ」
「本当に。ステラ譲りの優雅なステップだよ。充分なんじゃないか?」
シリウスの言う通り、ステップだけ見れば充分にダンスが成り立つレベルだ。
しかしルナ本人に自信がないことに加え、アステリアによるリードの経験しかなく、男性とのダンス経験がないことも不安材料となっている。
「もしかして私はちょうど良いタイミングで来たのかな?」
「そういうことですわ」
二人は顔を見合わせて笑いあうと、自主練習を続けるルナを呼んだ。
足を止めて「はい! ステラ様!」と元気に寄ってきたルナ。シリウスが真顔で(愛称で呼ぶ仲だったっけ?)と考えているうちに説明が終わり、ルナはビシッと手を上げた。
「はいっ! その前に私、ステラ様と殿下のダンスが見たいです!」
「わたくしと殿下の?」
「はい。ステラ様のフォローのお手本が見たいんです」
「ふむ……」
確かに、アステリアは一人で手本を示すことはあれども、誰かとのダンスを見せたことはない。ルナの主張には一理あると言えよう。
しかしいくら練習とは言え、ダンスの誘いは男性からが基本だ。アステリアがシリウスにちらりと視線を送ると、彼は意図を察したように頷いた。そして紳士的な礼と共に手を差し出す。
「私と踊っていただけますか?」
「光栄ですわ。殿下」
マイアが奏でるピアノの音色に合わせ、ワルツを踊る二人。
社交界で幾度となく踊らされてきたダンスだ。さすがに女性パートにもすっかり慣れてしまった。何だったら既に男性パートより、女性パートの方が踊った回数が多い。
そうして軽々と一曲踊り終え、ルナの前でシリウスと手を取り合い礼をする。顔を上げると、ルナは感極まったような表情で猛烈な拍手を贈っていた。
「感動しました……! ゆったりとした曲調なのに、一挙一動に無駄がなくて、優雅で美しい……!」
「褒めすぎですわ」
「いや、実際ステラは私の知る中で一番ダンスが上手いよ。ステラのリードでダンスを覚えられるだなんて、国中のご令嬢が羨ましがるんじゃないかな?」
「大げさですわ……」
二人して知人への評価が甘すぎる。
困り顔のアステリアが珍しいのか、シリウスは嬉しそうに「本当なんだけどな」と言った。
確かに淑女教育で延々とダンスを仕込まれ、人前で踊っても恥ずかしくない水準には至っている。しかし国内一と言われてしまえば否定するしかない。
アステリアがげんなりしていると、ようやくシリウスが本題へと入った。
「さ、ルナ。私とも練習しようか。ステラには劣るけどね」
「いえ、光栄です! やる気出てきました! ステラ様に相応しくなれるよう頑張りますっ」
シリウスに差し伸べられた手を取りながら、ルナはメラメラと瞳の中の炎を燃やしている。
アステリアがリードするのはあくまで特訓中のみ。本番ではルナとは踊らないのだから、自分に相応しくなられても困る。……という野暮なツッコミは、彼女のやる気を損なわないよう控えておいた。
その後もルナはコツコツと練習を積み重ねた。
シリウスの差し入れを持ってくるレオやノーマンともダンスを重ね、社交界で必須のワルツは一通りマスターできた。
これならば人前で恥をかくこともあるまい。とアステリアは晴れてルナへ免許皆伝を言い渡す。
――いよいよ舞踏会当日。
アステリアはシリウスによるエスコートで、会場へ入場した。




