第二十二話
ルナにダンスの習得を命じたその日。早速アステリアは教師を尋ね、ピアノの置かれたレッスンルームの使用許可を得た。
本来であれば舞踏会直前に抑えるのは難しい部屋だが、そこは公爵令嬢と聖女の組み合わせで融通していただくとする。
ルナを連れてレッスンルームに入ると、彼女は部屋が無人であることに驚きの声を上げた。
「今更ですが、もしかして先生ってアステリア様だけなんですか?」
「ええ。伴奏はわたくしの侍女を呼ぶ予定ですが、ダンスの講師はわたくしです」
とはいえ初期はピアノ以前の特訓内容になるので、マイアを呼ぶのはしばらく後になるだろう。
そしてルナが気になったのは講師の人数についてではなく、アステリアがルナにダンスを指導できるのか、という話らしい。首を傾げながら疑問をぶつけてくる。
「社交ダンスって、同性同士でも踊れるんですか……?」
「同性パートナーでも踊れますし、教えやすいですけれど、そもそもわたくしは男性パートも一通りできますわ」
「えっ、すごいですね!?」
一般貴族ならともかく、講師クラスなら男女両パート踊れて当然だ。まあ逆に言えば講師でもないアステリアができるのは驚きではある。
……実は前世で勇者として名を馳せれば馳せるほど、パーティーの参加を強制され、ダンスを覚えざるを得なかっただけなのは秘密。
魔法使いは頑張ってダンスを覚えていたが、僧侶は何かと屁理屈をこねてパーティー自体から逃れていた。懐かしい思い出だ。
「アステリア様?」
「ああ、すみません。では始めましょうか」
つい思い出にふけってぼーっとしてしまった所を、ルナの声で現実に引き戻される。心配せずとも、彼女らはあちらの世界で元気にやっているはずだ。
気を取り直してダンスの特訓を開始する……前に、ざっくりと流れの説明。
「まずは基礎である、マナーと姿勢とステップ。こちらから覚えていただきますわ」
「……ダンスなのに?」
「ルナさん。貴族の嗜みを軽んじてはいけませんわ。率直に申し上げて、貴族は面倒な手順を踏むことを権威の象徴だと捉えるのです」
「ひぃ……苦手な分野です……」
平民には理解しがたい文化だろう。ルナはパグのように皺くちゃな表情になって、拒否感をあらわにしている。なんとも哀愁の漂う表情だ。
「気持ちは分かりますわ。わたくしが鞭担当、殿下が飴担当で、ご褒美も考えております。この一ヶ月弱は耐えてくださいまし」
「殿下も舞踏会の設営で忙しいでしょうに、付き合ってくださるんですね……。なんだか申し訳ないです」
なんて言うルナは、アステリアが鞭担当であることには何の違和感も感じないようだ。すっかり熱血キャラとして覚えられてしまったらしい。
この際だ。どうせ自分は一時的に時間の余裕を得ただけで、聖女教育の主導はやはり殿下が担うもの。殿下の印象をアップさせて、自分は嫌われ役に徹するとしよう。
――アステリアはそう考え、あえてキッと眉を吊り上げ声を張った。
「聖女の庇護は王族のお仕事! 申し訳ないと思ってくださるのであれば、特訓の成果で返してくださいまし! さあスパルタで行きますわよ!」
「ひえぇ……」
こうしてルナにとっては、辛く苦しい約一ヶ月が幕を上げるのであった。
***
ダンスにおけるマナー。恐らくルナが一番いやなところだ。現になんとも気の重そうな態度で、レッスンルームのど真ん中に用意した椅子に腰掛けている。
「淑女たるものはしたなく殿方をお誘いしない。そして殿方に恥をかかせてはいけません」
「はあ……」
返事もどこか上の空である。ここは一喝、特訓に集中させねばと、アステリアは彼女へ問題を出すことにした。
「ここで問題。ルナさんは殿下とのダンスの後に、伯爵家の子息からダンスのお誘いを受けました。どうしますか?」
「え? 恥をかかせてはいけないんですよね? お受けするしか……」
ルナは何を当然のことを、とでも言わんばかりだ。逆に言えば当然のように思えるからこそ、ひっかけ問題の可能性が高いのだが……。
アステリアはバッと大げさに両手でバツを作り、「不正解!」と答えを告げた。ルナはイメージにそぐわないアステリアの奇行にポカンとしている。
「殿下の次は、ルナさんがお世話になっているレオか、ノーマンが妥当ですわ。どちらも侯爵家で伯爵より家格が上。ダンスを踊る相手には優先順位がございますの。伯爵家の御子息には、失礼にならないよう丁寧にお断りするのがベストです」
「そんなの誘ってくる方が悪いじゃないですかぁ!」
断られるのが規定路線なんだから、声かけてくんなや! ……という心の声が聞こえてくるような、力強い叫びだった。気持ちは分かる。
――数日後。
ルナは真面目にマナーを覚え、前触れなく挟まれるクイズも難なく正解するようになった。特訓は次の段階へと進む。
辛い辛い姿勢の時間、そして姿勢を維持するための筋力トレーニングだ。
「ほらルナさん。背筋が伸びていませんわ」
実践に入り、部屋の中央に鎮座していた椅子は隅に追いやられた。中央にはルナが立ち、ダンスの基本姿勢を取っている。
一言で言えば「立っているだけ」なのだが、正しい姿勢を取り続けるのは案外キツイ。
現にルナは頻繁に背筋の伸びを指摘され、そのたびに意識して姿勢を正すことを繰り返していた。
「肩は力を抜いて下げる。顎を引いて……頭の頂点から糸で吊り下げられているイメージ。お腹には力を入れて引っ込める。……そう、いいですわよ」
「あ、アステリア様。これ辛いです……!」
アステリアが指摘しながら手で姿勢を矯正していくため、正解は分かりやすい。しかしキープしようと思うと、体の普段は使わない部分の筋肉を要するのが、ルナにはよく分かった。
プルプルと震えるルナを見て、彼女のやる気を引き出すべく、アステリアは定番の文句を口にする。
「ダンスの姿勢は何にでも活かせますから頑張って。あ、スタイルも良くなりますわよ」
「えっ、スタイル!? 頑張ります!」
途端にキラリと目を輝かせるルナ。扱いやすい少女である。
と言った側から姿勢が崩れたため、アステリアは無遠慮に彼女の腰を鷲掴んだ。「ぎゃっ」と色気のない悲鳴が上がる。
「む、お尻が引けてますわね。力を入れて、こう!」
「は、はいぃいぃぃ」
情けない声を上げながらも、なんとかルナは厳しい指導に従う。その日から課された宿題の筋トレも、毎日欠かさずに続けた。




