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第十九話


 王都より北に向かって数キロ。魔の森に続く道を進む集団があった。

 彼らは一頭の馬に相乗りする男女を守るように歩いている。馬の上で手綱を握るのがシリウスで、後ろで彼の腹部に遠慮がちに手を回すのがルナだ。


「ねえ。私だって多少は腕が立つし、馬を降りて護衛に回ったほうがいいんじゃないか?」


 そうシリウスに声をかけられ、馬を先導していたハヤトが振り返る。


「馬鹿言わないでくださいよ殿下。貴方様は護衛される側です。守りやすいよう、お二人でまとまっててください」


 ハヤトに呆れた様子で却下され、シリウスはついムッとした。

 しかし外見は別人の男だが、その正体はアステリアだ。ハヤトの冒険者として何の違和感もない言動は、シリウスの頭を大いに混乱させた。


「まあ聖女様の護衛をするにしても、いざという時に馬で逃げれる方がいいですから。やっぱり殿下のポジションはそこです」

「……はぁ。そうだね」


 シリウスはどこか不満そうに引き下がる。


 彼は決して今のポジションに不満があるわけではなかった。問題なのは護衛がハヤト(アステリア)だという点だ。

 リゲルのアドバイスを専門家と協議して、無事に実行できる事になったのはいい。しかし道中の護衛は、王都の周辺地域に精通しているハヤトになってしまった。

 婚約者の負担を減らすための計画が、まさか仕事を増やす結果になろうとは……。武装して歩く婚約者とは対象的に、のほほんと馬の上でくつろぐ自分。堂々とできようはずもない。


 一方、シリウスと乗馬するルナも気が気でない。こうも彼が馬を降りたがると、自分との同乗が嫌なのかと勘ぐってしまう。

 何か粗相をしたのか? 単純に自分が不愉快なのか? 色々な理由を想像してしまい、こちらも落ち着かない様子である。


 そんな妙な空気感を漂わせる三人を、彼らに付き従う王都所属の騎士たちが、微妙な気持ちで眺めていた。ハヤト一人だけが、何も気にせずマイペースに先頭を歩いている。


 不意にハヤトがペースを下げ、ルナの横についた。馬上を見上げて彼女に話しかける。


「聖女様。馬で長距離移動なんか初めてでしょう。不便してませんか?」

「へっ? い、いえいえ、とんでもないです! 全然大丈夫です!」


 ルナは全力で首を横に振って遠慮する。

 実は彼女には、ハヤトが王都一の有名な冒険者という情報しかない。この護衛の仕事も「毎日のように一人で魔の森付近まで行っているハヤトなら大丈夫」という、ギルドからの太鼓判を得て決められたものだと聞いている。

 有名=人格者などという保証はないため、少しばかりハヤトに怯えていた。魔物を一人で討伐できるのだから、当然人間もばっさりと行けるのだろう。


「そうです? 今日は聖結界までは行けますけど、帰りは野営を挟みますからね。案外自分の体力ってわからないもんですから、ご無理なさらないように」

「……ありがとう、ございます」


 ハヤトは挙動不審なルナを気にした様子もなく、大人の対応をして先頭へ戻って行く。

 冒険者と言えば粗野で乱暴なイメージだが、彼は物怖じしないだけで、立ち振舞は出来た大人そのものだ。自分とそう歳は変わらなさそうなのに、実は苦労している人なのかも……。


 出会ってからそれほど経たないのに、既にハヤトに絆されつつあるルナ。そう、彼女はよく言えば純真、悪く言えばチョロい女である。


***


 ――フッと強く息を吐いて、全身の筋肉を連動させるように動かす。その力は振り下ろした剣一本に集約し、ハヤトに飛びかかっていた狼型の魔物は、短い断末魔を上げて地面へ落ちた。

 そんな彼を遠巻きに見守る聖女御一行。ハヤト以外の護衛、王都所属の騎士たちは、一応剣を構えてはいるものの、手を出す隙はなく戦闘は終わってしまう。


「ハヤトさん本当に強いんですね。騎士の皆さんが入る隙がないみたい……」

「そうだね。元々ハヤトは露払い、騎士は護衛って役割分担はしてあるけど。どのみち手出しは無理かな」


 呆けた様子のルナへ、シリウスはさらりと告げた。彼はすっかり婚約者の強さに慣れたらしい。

 そんな二人の元へ、魔物の始末を終えたハヤトが笑顔で戻って来る。その姿からは微塵の疲れも感じない。


「さ、進みましょうか」

「ああ。ご苦労、ハヤト」


 動き出した馬の上から、ルナが魔物の死体を見て口を開く。


「……本当に、魔物の死体って空気に溶けちゃうんですね」


 彼女の視線の先では、魔物の死体がごくごく小さな黒い粒となり、空気中に霧散していく光景があった。


 魔物とは。人間に害のある『瘴気』と、人間に有用な『魔力』の結合により発生する魔法生命体。

 凶暴で人を襲う生き物であり、同時に魔石や素材などをもたらす利用価値の高い生き物でもある。


 魔物の心臓には魔石と呼ばれる核が存在し、それを抜くか抜かないかで死体の状況は変わる。魔石を抜かなければ、瘴気と魔力の結合が弱まり死体ごと消滅する。逆に魔石を抜けば結合はそのまま、毛皮や骨、魔石を有効活用できるわけだ。


「ああ。普通は魔石抜いちゃうから、消滅するとこなんか見ませんよね」

「はい。瘴気がまた集まって魔物が発生すると言いますが……?」

「この辺の瘴気は魔の森に吸収されてくから、魔物の自然発生なんかしませんよ」

「へぇ~。だからいつもは魔物が弱いんだ」


 ルナは興味深そうに頷いた。学園で学んでいるだろうが、実際に目にすると理解度が違うのだろう。


「魔の森って、誰も奥までたどり着いたことがないんですよね?」

「ええ。普通の人間じゃ、瘴気が濃すぎて耐えられませんから」


 ハヤト一人であれば、状態異常耐性でどうにかなる気もする。だが森の奥に入った所で、良い物があるとも限らないし……。

 そんな彼の脳内を覗いたかのようなタイミングで、ルナが尋ねた。


「魔の森の奥には、魔物の発生源でもあるのでしょうか?」


 ……その可能性は大いにある。というか、この国では今のところ、その説が一番有力だ。

 だからこそ誰も本当のことを知りたくないと思っている。魔物の発生源を消滅させる手段がもし見つかれば、この国は間違いなく衰退――下手をすれば他国に侵略されるから。

 例えどんなに魔物に苦しまされる人が居ようとも。大多数の為に少数を切り捨てねばならないから、本当のことを知ろうとする人なんか居ない。


「さてね。どうでしょう。誰も奥まで行ったことがないもんですから」


 開けてはいけないパンドラの箱。聖結界で蓋をして、もう三百年封印しよう。


 一行は順調に進んで行く。さあ、聖結界までもうすぐだ。


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