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第十八話


(今から厄介事を押し付けようって時に、嬉しそうにされるとやり辛いな……)


 ご機嫌なシリウスを前に、言葉に詰まるアステリア。準王族にあたる彼女も、国家ぐるみの『聖女ルナ育成計画』に組み込まれているのは間違いない。

 しかしアステリアは冒険者活動が忙しく、関わっている暇はないだろう。今のうちに責任の所在をはっきりさせておかねば。


「ええと、殿下はルナさんのサポートを?」


 とにかく目が合ってしまった事だし、話を切り出そう。とアステリアがシリウスへ尋ねると、彼は少し恥ずかしそうに言う。


「いや、実は私も彼女と共に、聖女教育を受けなくてはならなくて……」

「……もしや殿下。後回しにしていらっしゃいましたの?」

「あはは……うん」


 準王族のアステリアが教育を受けねばならないのに、シリウスが受けずに済むはずがない。恐らくシリウスも周囲の大人も、聖結界の崩壊なんて想像しておらず、後回しで良しとされたのだろう。


 そしてそれは、アステリアにとっては好都合な事実であった。

 アステリアは実に真剣な表情を作って、シリウスの目をじっと見る。急な雰囲気の変化にシリウスは戸惑いを覚えた。


「殿下。ルナさんのこと、頼みますわね」

「え? うん、それはもちろん」


 何を当然のことを、とでも言いたげなシリウスだが、そういうレベルの「頼む」ではない。


「ルナさんは急に環境が変わって不安なはずですわ。そこで同じ内容を学ぶ殿下が側にいらっしゃれば、安心できますでしょう?」

「うん。そうだね」

「殿下ならお分かりでしょうが、ルナさんは絶対に聖女教育を修了せねばなりませんものね。ぜーったいに」

「……」


 アステリアが念を押すように繰り返すと、不穏な空気を察してか、シリウスの笑顔が引きつり始めた。


「ルナさんにかかる重責も相当なものと思われます。殿下のフォロー次第で、今後の国防の計画も変わってくるのですよ」

「あっ、えーと、でも、ステラも一緒にフォローしてくれるよね? 私だけでは……」


 シリウスはようやく全責任を押し付けられていると理解したらしい。どうにか回避しようとあがき出すが、それは無理筋というものだ。なんせアステリアには伝家の宝刀、冒険者活動がある。

 彼女は天真爛漫に微笑んだ。


「もう、殿下ったら。わたくしは家の都合でしばらく休みがちになるって、ご存知でしょう? だからこうして殿下にお頼みしておりますのに」

「ああ、そうか。そうだったね……」


 性根は弱気なシリウスがプレッシャーから涙目になってきたので、今度はルナに向き直るアステリア。

 無断でルナの両手を包み込むように取って、彼女の目を真っ直ぐに見つめて微笑む。


「大丈夫ですわ、ルナさん。殿下は心優しく、責任感のある御方です。きっと貴方の助けになってくれます」

「はあ、ありがとうございます……?」

「わたくしも風紀委員ですから、貴方の学園生活に不備がないよう取り計らいます。なんでも相談なさって。聖女教育は大変でしょうけど、殿下とご一緒であればきっと大丈夫でしょう。頑張ってくださいね」

「は、はい。頑張ります」


 アステリアの真剣な様子に当てられ、ルナはこくこくと何度も頷く。聖女教育サボったら許さねえからな、という圧さえ感じるようであった。

 ダメ押しで「あ、でもご無理はなさらないで。倒れては元も子もございませんわ」と告げて、ようやくルナの手を解放してやる。なんとなく最後はしっとりとしていたから、それほど緊張していたのだろう。ルナはほっとした様子だ。


「では、わたくしはこちらで失礼いたしますわ」


 アステリアは一歩下がり頭を下げた。それを見たシリウスが、驚いたような声を上げる。


「えっ、もう授業が始まるよ?」

「休みの分の補修がありますのよ。教室には午後から来る予定なのですが、早く聖女様にご挨拶がしたくって」

「私にですか?」

「ええ、お話できて良かったですわ。それでは皆様、ごきげんよう」


 有無を言わせる隙もなく、颯爽と踵を返し教室を出ていくアステリア。

 入れ違いで教室に入ってきた教師が、生徒たちの異変を察して首を傾げる。


「なんだ君たち。早く席に着きなさい」


 教師の言葉がきっかけとなり、ようやく生徒の緊張の糸が切れた。


***


 それからというもの、シリウスとルナは学園では常に一緒だった。


 シリウスはアステリアの言う通り、それはもう熱心に彼女の面倒を見た。本来ならば、生まれて初めての環境に戸惑い、聖女教育に集中することは難しかっただろう。しかしシリウスの人心掌握術は見事なもので、うまくルナをコントロールし、毎日のように聖女教育を受けさせた。


 その一方でアステリアは日が経つごとに、学園を不在にする日が増えている。


「――って感じで、ステラに会えない日が続いていて……。私はもう耐えられないよ、リゲル……」

「はは。我が妹も罪な女だねえ」


 シリウスにリゲルと呼ばれた男は、ソファに掛け優雅に紅茶を嗜みながら笑っている。


 彼はアステリアの兄にして、次期公爵家当主のリゲル・レグリオだ。普段は領地運営のため王都には居らず、年が離れた妹であるアステリアとの関わりも薄い。

 しかしシリウスにとっては、頼りになる年上の従兄弟。彼が王都に来る用事があるときは、半ば無理やり王城の自室を訪ねさせているのであった。


 シリウスがリゲルに振る話題と言えば、もっぱらアステリアの話だ。しかし彼女に雛鳥のようについて回るシリウスが、それが出来ずさみしいと言うのは珍しい。


「最初にルナと共に居るのを見られた時は、まるで浮気現場を見られたようだったよ。少しは嫉妬してくれるだろうかと、期待する気持ちがあったのは否定しない……」

「まあ、嫉妬はしないだろうねえ」

「ああまったく! むしろ堂々と聖女教育の全責任を押し付けてきて、その後は本当にノータッチ!」


 勢い余って立ち上がるシリウス。釣られてそれを見上げながら、リゲルは苦笑する。

 アステリアは昔から観察眼に優れているので、聖女と会って、彼女の気がシリウスにある事にでも気づいたのだろう。

 生まれ故郷から一人連れ出され、心細い聖女……。惚れた弱みで婚約者に逆らえない第二王子……。そんな二人を容易に手玉に取ってしまうとは、まったく末恐ろしい妹だ。


 茶々を入れると話が長くなりそうなので、リゲルはひたすら相槌を打ち続けた。しばらくすると、シリウスの愚痴は徐々にトーンダウンしていく。


「私が机に向かう間も、ステラは毎日のように魔物討伐に出ていて。その必要はないのだろうけど、どうしても心配になって……」


 会いたがったり、愚痴をこぼしたり、心配したりと忙しない男だ。

 そんなシリウスを見ていて浮かんだ疑問を、リゲルは何の気なしに口にした。


「重ねがけできないのかい?」

「え?」

「いや、昔の聖結界はまだ残っているだろ。そこに現状でできる範囲の聖結界を重ねがけしたら、一時的に強力な魔物を退けられたりしないのかい?」

「……考えてみたこともなかった」


 もしそれが可能であれば、聖女の実地訓練にもなり、アステリアを始めとした冒険者の仕事も減るだろう。

 アステリアは転移魔法をフル活用し、学生生活を返上して無理に働いている状態だ。魔物が減り他の冒険者で何とかなるのなら、彼女も本分に専念できる。


「まあ素人意見だから、参考程度にしてみてくれよ」

「いや……確かに。聖結界の基本形は魔法障壁だから、本来は複数人で巨大なものを形成できるはずだ。聖結界が単独行使せざるを得ないのは、聖女が一人しか居ないからで……」


 ぶつぶつと呟きながら考えを巡らせるシリウスの姿を見て、リゲルは大人しく彼が落ち着くのを待つことにした。下手に思考の邪魔をしては申し訳ない。


(しかし、あのお転婆娘が冒険者か……)


 脳裏に幼い妹の姿を思い浮かべる。記憶のどこを切り取っても、何かしらの暴挙に及んでいるような妹だ。成長した姿で魔物を相手取る様子も、手に取るように想像することが出来た。

 そんな妹に嫉妬を期待するなどと。相変わらず頭がお花畑な人だな、とちょっぴり思うリゲルであった。


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