第十七話
……なんだって。聖女が見つかった?
驚きのあまり意識が一瞬、空の彼方へ飛んでいった。ハッと正気を取り戻すと、ハヤトの多忙ぶりを知る職員が「苦労が報われましたね」とでも言うように頷いている。
「南の辺境の平民だったので、探すのに苦労したそうですよ。知人が変化に気づいて教会に知らせたそうで……」
「別に聖女だからって聖職者じゃないのか。今はどこに?」
「なんでも齢がシリウス殿下と同じだそうで。ちょうど良いから聖女教育のため殿下と同じクラスに編入されたと聞いています」
「……ふ~ん」
なるほど、俺と同じクラスね。――とは口にはできないので、相槌に留めておく。そんなハヤトにギルド職員は「ここだけの話……」と続けた。
「ソレイユ聖教が教育したがって、王室と随分と揉めたらしいです」
「それはまたデリケートな話題だな……」
ソレイユ聖教と言えば、セレスティア王国の国教であり、建国にも関わる重要な宗教だ。そもそも聖女はソレイユ聖教の主神たる、女神ソレイユの代弁者とも言われており、ソレイユ聖教が口を出してくるのは必然。
だが聖女を国家防衛の要と考える王室側が、あちらに渡すわけがない。
「まあ良かったよ。このまま見つからなければ、過労死するところだった」
「ええ、まったくです」
二人で顔を見合わせ、ふぅと安堵の息を吐く。
聖女が見つかったとは言え、聖魔法の訓練を受けないと聖結界は張れないから、すぐに結果が出るわけではないが……。とりあえずは一段落である。
しかし今日はもう、時間が時間だ。興味はあるけれど学園には行ってられない。
ハヤトはギルドを出ると大人しく帰宅し、魔法を解いて本来の姿に戻った。
体を清め、寝間着に着替え、家族やマイアに就寝の挨拶をしてから床につく。アステリアは目を瞑りながら学園のことを考えた。
ヒュドラだなんだで十日ほど登校できていなかったし、殿下も寂しかっているだろうな……。明日、久しぶりに登校したら、殿下が犬のごとく尻尾を振って喜び回りそうだ。
そんな不敬なことを考えていると、疲れていることもあり、すぐに睡魔がアステリアを襲った。
***
翌朝。幸い緊急の連絡もなく、アステリアは久しぶりの登校を果たしていた。
嫌と言うほど剣を振り回していることもあり、朝練はどうしようか悩んだが、先輩方に挨拶をしたかったので演習場に顔を出す。
公爵家の領地で人手が不足している。などと適当な理由をつけているため、先輩方には領地を心配されてしまった。本当は嫡子である兄が常駐しており、まったくのノータッチだとは言えない……。
朝練を終えて、教室の前に到着する。アステリアは聖女とのご対面に胸を躍らせながらドアをくぐった。
入室してすぐ側に居た女生徒と目が合い、にこりと微笑む。
「あ、ご、ごきげんよう。アステリア様……」
「ごきげんよう。お久しぶりですね。お変わりなくて?」
「は、はい! おかげさまで〜……」
爽やかな挨拶を返したというのに、彼女はなんとも気まずそうな、ぎこちない笑顔を浮かべている。はて? と小首を傾げつつ教室内を見回し、そこで初めて教室に妙な空気が漂っているのに気がついた。
……そして教室内に一箇所だけ、ぽっかりと穴が開くように、周囲から避けられている空間がある事に気がつく。そちらに視線をやって、アステリアは少し驚いた。
まず護衛騎士のプロキオン。彼は学園では、非常時に動ける範囲の、微妙な距離を保って護衛しているからよく目立つ。だがあれはいつも通り。
アステリアが驚いたのは、彼の近くに座る殿下の隣に、既に可愛らしい少女が着席していることだ。そして彼らを囲むように立って、談笑している男子生徒が二人。知った顔ではあるものの、こちらも珍しい顔ぶれである。
(あの殿下が俺以外の隣に座るなんて珍しー……)
アステリアは、ただただ純粋に思った。教室は自由席だが、シリウスは常にアステリアの横を陣取るのだ。彼の隣が自分以外で埋まっているのは、初めて見たかもしれない。
となれば彼女が聖女様に違いない。殿下の婚約者としても、公爵家としても挨拶せねばと、アステリアは真っ直ぐそちらへ向かう。
「ごきげんよう。殿下、皆様」
アステリアが彼らの輪に割って入ると、教室中の注目が増すのを感じた。しかし王族であるシリウスには、そんなもの毛ほども気にならないらしい。アステリアに気がつくと、想像した通りの犬のような笑顔をほころばせてバッと立ち上がる。
「ステラ! 良かった、元気そうで」
「ふふ、家の用事で戻っていただけですもの。それより……聖女様ですよね? ぜひ紹介してくださいまし」
話題を振られた少女がびくりと体を強張らせる。
ミルクティー色の指通りの良さそうな髪。ぱっちりとした二重の瞳。鼻、口、顎は小さめで人形のような顔立ちの美少女だ。
……今更な話ではあるが、シリウスは非常にモテる。見目は麗しいし、地位も高いから当然の話だ。
故にアステリアはシリウスに色目を使う女というものを見慣れていて、少女もそうだと言うのは一目で分かった。
彼女の態度は明らかに、正妻の登場に怯える、婚約者を持つ男にアプローチをかける女のそれだ……。
「ルナ、彼女はアステリア。私の婚約者で、我が国の公爵家の御息女だ。挨拶を」
シリウスは少女の感情に感づいた様子もなく、ニコニコと彼女に挨拶を促す。ルナと呼ばれた少女は慌てて席を立ち、大げさなまでに頭を下げた。
「は、はじめまして! 私、えっと、聖女のルナと言います……。すみません、聖女を自称するのに慣れなくて……」
「まだ分かったばかりですものね。はじめましてルナさん。わたくしは、アステリア・レグリオと言います。仲良くしてくださいね」
「はいっ! よろしくお願いします!」
再度、大きく頭を下げるルナ。この様子を見る限りだと、後ろ盾がなく不安な環境だから、王族に気に入られて、立場を盤石にしたいという思惑の方が強そうだ。
「ところで、レオとノーマンはどうなさったの?」
ルナへの挨拶が済んだところで、アステリアは男子生徒二人に向き直って言った。
レオ・デネブランカは騎士団長の子息で、赤い短髪に恵まれた体格と、見るからに軍人の息子という出で立ちの青年だ。
隣のノーマン・ヴェガリオは宮廷魔術師長の子息で、深い青色のショートボブに縁なし眼鏡と、こちらも見るからに知識人の息子という出で立ち。
どちらも爵位は侯爵で、代々軍部で重要な役職につく由緒正しい家系である。幼い頃からアステリア、シリウス共に馴染のある間柄ではあるが、学園で行動を共にするほどではなかったはず……。
「実は俺たち、学園内での聖女様の護衛に大抜擢されたんですよ~」
「父上には僕だけで充分だと伝えたのですがね……」
「なんでだよ! 一人より二人のが良いだろ!」
ツンケンした態度のノーマンの背を、バシッと叩いて文句をつけるレオ。一見して水と油のような関係性の二人だが、こう見えて実は仲が良いのだ。
二人とも正義感の強いタイプだし、護衛としても学園に馴染ませるためにも、悪くない人選なのかもしれない。
話は概ね理解できた。つまり王室はソレイユ聖教を相手に「学園は教材も人員も充実しているし、こんなに手厚いサポートがついてきて安心!」とアピールするために、王族や重鎮の子息をルナに充てがった。
しかし生徒一同は事情を詳しく知らないため、ルナが聖女という立場を利用して好き放題している様に見えるのだろう。
事情を知るアステリアは、ルナに待ち受けている聖女教育が非常に苦しいものであると理解している。王家の親族として多少の教育は受けたが、宗教の話ばかりでつまらない時間だった。そこにルナは魔法の基礎、訓練、聖魔法の応用まで加わるわけで……。
アステリアは脳内で、ルナの聖女教育を完遂させる算段を立てる。
(……うん。殿下が適任だな)
仕事を振るためにシリウスを見ると、彼はアステリアと目が合っただけで嬉しそうに表情を緩ませた。




