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第十六話


 ――数カ月後。王都冒険者ギルドにて。


 出入り口のドアを押し開いて入ると、視界に飛び込んでくるのは冒険者で賑わったギルドの光景……。あの「冒険者よりも職員の方が多い」と揶揄されたギルドが、よくぞここまで人が増えたものだ。

 感慨深い気持ちでカウンターに向かって足を動かすと、次第に周囲からの視線を感じるようになる。


「おいあれ、ハヤトだ……」

「あのソロでS級の……」


 S級ではないが、自分の事を指しているのは間違いあるまい。とりあえずハヤトは自分の噂をする二人組に微笑みかけておく。二人組が気まずそうにヘラリとした笑みを返したのを見て、満足して視線を前に戻した。


 ……そう。キマイラの一件で、ハヤトの姿で身分を隠すのも終わりかと思われたが、なぜだかアステリアはあいも変わらず、魔法で姿を変えたままだった。

 あれからというもの、聖結界の力が弱まるにつれて王都近郊に魔力の強い魔物が増える一方で、聖女が見つかったという情報は出ないままだ。

 聖女が見つかったという有力情報……かと思えば、聖女のように美しい女という噂だった。という空振りならば多くあるようだが。


 そんな民の不安が募る中で、こんな噂が広まっていったのだ。


 ――あの名誉S級のハヤトが聖結界の崩壊の予兆に気が付き、しかもギルドと国に掛け合って、王都に冒険者を呼び戻す体制を整えさせたらしい。

 実際、ギルドに話を通したのは自分であるし、あながち間違いでもない。だが冒険者の間で尾鰭がつきながら噂が広まるにつれ、ハヤトの正体は明かせないままになってしまった。悲しいかな貴族と冒険者では、平民から向けられる感情の種類が違うのだ……。


 そんなこんなでハヤトの正体を知った面々には、契約を破るとえらい事になる魔法の契約書で口止めをし、ハヤトはハヤトのまま西へ東へ奔走していた。


「対象を討伐してきたから確認してくれ。それとついでに見つけた希少植物」

「はい、鑑定に回します。少々お待ち下さい。希少植物は……」


 カウンター内のギルド職員へ、魔物の素材とついでに取ってきた植物を提出する。職員はそれらを受け取って、その場で簡単な鑑定を始めた。

 植物の特徴である葉の形や、ビードロ状の葉の性質を確認して大きく頷く。


「間違いありませんね。いつもありがとうございます」

「ついでだからな。市場に回しすぎても困るから加減してるし」

「……市場に回りすぎるほど見つけてるんですか?」


 職員が驚いた様子で尋ねてくる。

 実を言うと人が立ち入らない奥地で群生地を見つけているが、種を根絶させる訳にもいかないし放置していた。それに……。


「まあ。でもこれが生業のやつも多いだろ? 命に関わるような植物じゃないし、雇用を奪うことになっても困る」


 植物の用途は、独特の香りを利用した嗜好品だ。下手に流通量が増えて、価値が下がって職人が飯に困るようになったら大変である。


「ハヤトさんって視点が一般人より一つ上ですよねえ……」

「……そうか?」


 ハヤトとしては一般的な考え方のつもりだったが、ギルド職員にはそうではないらしい。感心した様子で言われてしまい、少し困惑した。

 一般人と視点が違うのだなんて、前世は現代人だし、今世は貴族だし当たり前すぎる。

 それ以上突っ込まれた事を聞かれても困るので、早々に話を切り上げカウンターを離れた。鑑定の間はギルドのロビーで待つことにする。

 ロビーで待機していると、人の視線をばしばし感じたが、どうせ王都のギルドが賑やかなのも今だけだ。あとは聖女が見つかれば万事解決なのだが……。


 ハヤトがそんな事を考えながらのんびりしていると、バンッと激しい音を立てて、ギルドの奥へ続く戸が開かれた。確かギルドのバックヤードへ向かう廊下のドアだな……。などと視線を向ければ、ドアを開け放つギルド職員とばっちり視線がぶつかる。


「ハヤトさん! 良かった、つい今監視塔から通信が……」

「なんだって?」


 ハヤトも椅子を立って駆け寄ると、職員は震える声で事の詳細を告げた。

 王都の北東方面に建つ魔の森に近い監視塔から、聖結界を越えてヒュドラが出現したという知らせを受けたのだと言う。


 ヒュドラと言えば多頭の蛇のような魔物で、その特徴は再生力と強い毒。頭を一つ潰しても別の頭から毒液が飛んでくるし、避けている内に潰した頭は再生してしまう。

 しかも吐いた毒は風によって散布され、周辺の土地を毒で犯してしまう、ありとあらゆる生命の天敵のような魔物だ。


 ハヤトには微量に体力が回復し続ける魔法や、毒を無効化する魔法など……。自分自身にかける回復魔法はあるが、あいにくと他者にかけられる回復魔法は覚えていない。


「分かった。討伐は俺が単独で向かうから、周辺地域の人や家畜の避難は任せる。いいな?」

「えっ! 討伐に向かう人員も足りていますよ!?」

「いや、悪いが毒を喰らっても面倒見てやれないから……」

「そんなっ……」


 ハヤトのあんまりな物言いに、ギルド職員は絶句している。

 その代わりと言ってはなんだが、再生能力の強いヒュドラを相手にすると、かなりの広域の土地が駄目になる。改めてその辺りの対処を依頼し、ハヤトは人前で堂々と転移魔法を行使した。


 以前は隠れて使うようにしていたが、今は学園を休んででも冒険者活動に注力している。つまり「つい昨日北に居たのに、もう南に居る」という事態が容易に起こるので、もう気にせず使うことにした。


「すみません、どうかお願いします……!」


 転移魔法によって歪んでいく視界の端で、ギルド職員が祈るように両手を組んで目を閉じている。ハヤトはそれに「ああ!」と頼もしく答え、ギルドから姿を消した。


***


 かれこれ一週間の激闘の末、ハヤトは久々にギルドの敷地を踏みしめる。激闘と言うか、ヒュドラの死体を解体して葬ったり、毒でダメになった装備を買い直したりしていたので、綺麗さっぱりカットされてしまうのも致し方ない。


「ハヤトさん! ご無事でしたか!」

「ああ、大変だったけど苦戦したんじゃないから」


 カウンター内のギルドの職員がキラキラとした瞳を向けてくるので、大変だったのは戦闘ではないとは言いづらい。ハヤトは苦笑しながらバッグから両手のひらほどの箱を出して、カウンターの上に置く。そして職員が手を出す前に言った。


「これヒュドラの毒腺が入ってるから、鑑定時は専門家を呼んでくれ。今はいい」

「しょ、承知いたしました……って、それどころじゃないんですよ!!」


 ハヤトがさらに「対策せずに開けたら死者が出るからな」と言い含めようとしたところで、職員が大声で遮ってきた。身を乗り出す職員に軽く引きながら、相槌を打つ。

 すると職員は、修羅場に慣れきったハヤトでも言葉を失うような一大ニュースを口にした。


「貴方がヒュドラ討伐に向かった直後に、本物の聖女様が見つかったんです!」

「……えっ」



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