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第十二話


「殿下、ステラ様。森が深くなってまいりました。一度、学園へ戻られてはいかがでしょうか」

「む、そうだな。ステラ、戻ろうか」


 プロキオンの提案にシリウスが頷く。出発時とは打って変わって、力強い笑顔でアステリアに手を差し伸べた。

 この状態もそう長くないだろうが、とりあえず一歩前進と言ったところか。


 ――アステリアが同意しようとしたその瞬間。


『誰か助けて……!!!』


 まるで鼓膜に向かって直接囁かれたような……。不思議な響きの女性の声が、三人の耳に届いた。

 プロキオンが素早く剣を抜き、主人を庇うように前に出る。アステリアは完全に放置されているが、実際のところ問題ないから仕方がない。


「なんだこの声は!?」

「……確か、風魔法の一種ですね」


 頭の中の知識を掘り起こし、シリウスの疑問に答えた。

 状況により使用法は異なるが……。恐らく範囲内の生命体へ、無差別に音を届ける魔法だ。この場合だと、誰彼構わず助けを求めなければならない、かなり切迫した事態に置かれた人間が居ることになる。


 アステリアの説明を受け、シリウスはぎょっとした顔で言った。


「ならばすぐ助けを呼ばねば!」

「お待ち下さい。この魔法を扱える者は、その時点でそれなりの使い手ですわ。それと、発生源が学園の敷地を外れております。どちらにせよ危険な魔物の生息域ではございませんから、相応のイレギュラーが考えられます」

「……それなら尚更、早く助けを呼びに行こう」


 なんとなくアステリアの言いたいことを察したのだろう。シリウスは言い聞かせるように、彼女に呼びかける。

 しかしアステリアは説明をする間も、手袋を引いて整えたり、ローファーの履き心地を確かめたりと着実に準備を進めている。

 ――彼女は行く気だ。止めようと手を伸ばすシリウスに向かって、アステリアはニッといつもと少し違う雰囲気で笑った。


「殿下は学園へ報告をお願いしますわ」

「ステラ!」

「プロキオン。殿下を頼みましたよ」


 アステリアは慣れた手つきで、スラリと剣を抜く。いくら学園で普段から帯剣していると言えども、あくまで飾りだ。手入れ以外で触ることはない。

 公爵家の屋敷で未だに続けている稽古だって、木剣や刃をつぶした模造刀でするはず……。どうして彼女はこうも、真剣の扱いに慣れている?


 今更な疑問を覚えるシリウスの眼の前で、アステリアはぐっと足裏に力を込める。そして溜めた力を解き放ったかと思うと、森の中とは思えないスピードで走り出した。

 いや、森どころではない。平地ですらあり得ない速度で、あっという間に背中は小さくなり、視界から消えた。


***


 アステリアが現場に到着すると、そこには大きな魔物が待ち受けていた。獅子の頭に尾側にも蛇の頭、体高は五メートルほどはあろうか……大きなキマイラだ。


(何年か前に一体だけ倒したな……)


 ハヤトとして倒したこともある通り、国内で討伐された記録は少なくない。――だが、そのどれもが自然発生タイプだ。

 うーん、と首を傾げつつ、バッとキマイラの前に躍り出る。とりあえず、この追い詰められた冒険者パーティーから、キマイラの意識を逸らしてやらねばならない。


「えっ!?」


 突如として現れた制服姿の女に、冒険者たちは声を上げて驚く。あの魔杖を抱えてへたり込む女性が、風魔法で助けを求めた張本人だろう。


 キマイラは頭部が獅子と蛇で二つ存在し、獅子側は牙と爪による近距離攻撃、蛇側は魔法による遠距離攻撃と隙のない魔物だ。こんな逃走もできないズタボロの人間を守ったままでは、相手をしづらい……。

 冒険者パーティーからキマイラを引き離して、さっさと討伐してしまおう。と、アステリアの思惑を彼らが理解できたならば良かったが。


「なっ、なぜ来てしまったんだ!? 君に敵う相手ではない!」

「あぁ?」


 アステリアと同じ様な剣を装備した男に怒鳴られ、思わず眉をひそめてしまった。

 ――そうだ。普段は救助に出向いて、文句など言われた事がないから失念していた。今の自分は誰がどう見ても、スプーンより重い物は持てない、可憐な貴族の少女ではないか。


「くっ、こうなったら――!」

「あ、ちょっと!」

「俺が時間を稼ぐうちに逃げてくれ! うおぉぉッ!!」


 止める暇もなく、アステリアの脇を抜けて剣士の男が飛び出る。

 よくもまあ、あんな姿で死地に向かえるものだ。最後の力を振り絞ったのだろうが、アステリアにとっては迷惑極まりない。


(くそ、後が面倒だが仕方ないな……)


 考えている間にも、キマイラは剣士の攻撃に反撃を加えようとしている。アステリアはチッと忌々しく舌を打って、左手で落下地点に当たりをつけながら魔法を唱えた。


「ヴォルツザーク!」


 虚空から降り注いだ紫色の雷が、キマイラの尾……蛇の頭を貫いた。怯んだ隙に足裏に込めた気で、五メートルを超える高さで飛び上がる。

 そして剣先を地面に向け、落下の勢いと共に獅子の頭部の眉間へと深々と突き刺した。


 辺り一帯に魔物の断末魔が響き渡る。


 ドッと音を立て、砂埃を巻き上げながら、キマイラはその巨体を地面に沈ませた。対象が完全に絶命したのを確認してから、アステリアは軽々と、地面と平行になった剣を引き抜く。

 傷口から吹き出る血を避け、剣に付着した汚れを振り払うその姿――。ドレスのような学生服でそれをされると、傍目にはいっそ神々しくすら映った。


「す、ステラ様? これは一体……?」


 ふとアステリアが顔を上げると、ちょうど視線の先にはプロキオンが間抜けな顔で立ち尽くしていた。どうやらシリウスの指示で追いかけて来たらしい。

 あれだけ派手な魔法を使用したのだ。さぞ見つけやすかったことだろう。


 ……この状況、どうしたものだろうか。と現実逃避したい気分で、空を仰ぎ見るアステリア。

 休日にわざわざ登校してきたため、訓練を始めたのは昼前だった。にも関わらず、気づけば太陽は天高く上りきっている。


 アステリアは気の済むまで空を見上げると、やがて意を決してプロキオンに向き直った。


「プロキオン。貴方が来たという事は、殿下は増援を呼びに向かわれたのですね?」

「え、あ、はい。その通りです」

「ならば構いませんわ。キマイラの処理はそちらにお任せしましょう」


 ここまで大きな魔物は中々消えないから、増援が来るまで放置しても問題ない。


 とりあえず戻るまで治療できないのも忍びないので、ポシェットから回復薬を出して冒険者パーティーに渡しに行く。一番近い場所に居た剣士に手渡すと、彼はアステリアに半ば怯えながらそれを受け取った。

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