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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
ガランドゥ 6話 『切れぬのは血の縁』

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33/220

6-5

【11】


「じゃあ、次はライターを取りに行こうよカーラー」

「うん、暫く歩けば民家もあるよ」

 姉はそう言いながら袋に手を伸ばすと中から缶詰を取り出し、開けると口に流し込む。中のニシンを汁ごと全て飲み干すと、空の缶を遠くに投げ捨てた。クーヤーもバナナを食べ終えて投げ捨てる。その皮は空の缶詰の上に乗った。

 カーラーが小さく拍手すると、クーヤーが口を開いた。

「よく音が響くね、ここ」

「静かだから……ここではどんな音も響くよ」

「……今まで生きてきて一番静かな場所」

 クーヤーの頭に浮かぶ今まで経験した静寂は、どれも必ず耳障りな音が混じっていた。娼婦の仕事が終わり、与えられたわずかな休憩時間で硬いベッドに寝転ぶかつての双子。夜の街の騒音も遠くなり、壁の上にある格子から地上の光と音が漏れていた。地下にある双子の部屋は正に牢獄だ。

 唯一気が休まるのは就寝時間。しかし、遠くの街の音や男達の怒声は確実に二人の睡眠を妨害していく。彼らの部屋の上でも娼婦が店員に怒鳴られる声が時たま聞こえ、格子からはネオンの光がギラギラと差し込む。

 双子にとってはそれが全て。それ以外を知らない彼女達にとって、今こうして感じている無音は初めての経験だった。駐車場の向こう側、光差す方を二人は見つめる。

「私達自由だね……」

「もう、何も気にしなくていい……鎖も何もないから」

「……自由過ぎて、何したらいいか分からなくなりそう」

 生まれた時から拘束されて生きてきた双子にとって、自由な世界で自由に生きることが最大の目的だった。しかし、自由に生きると言っても何もせずに生きることはできない。この世界でどうやって生きて、何をしていくのかを二人は考えなければならない。

 ライターを奪って空き家に住み着いて、その先は。姉が呟く。

「私達は誰にも支配されない。誰にも自由を奪われない」

「……」

「司祭になって船から逃げて……もう二度と踏みにじらせない」

 蹂躙された尊厳を取り戻し、双子はようやく人間となった。自由に生きる権利を自分で勝ち取り、弱肉強食の世界で強者の側に返り咲いた。ここから先は全てが自由。誰も命を保証しない世界で、彼らは他を蹂躙して生きることを選んだ。

 クーヤーが袋を背負って起き上がる。

「あれだけ苦しんだんだから、もうずっと幸せだよね?カーラー」

「……うん、私達には幸せになる権利があるんだから」

 故に、自分達を阻む者は全て排除する。少しでも進む道に足を踏み入れたのなら司祭の力で蹴散らし、自分達が全てを踏みにじられたように他者の全てを踏みにじる。彼らを縛る物はこの世界に存在せず、世界で一番自由な双子は無邪気に思うがままに行動するのだ。

 姉が立ち上がったその時、何かの視線を感じた妹が振り向く。

「……カーラー!」

「んっ……?」

 柱の死角の方向に何かがあった。双子から十数メートルの距離、何もない筈の空間に黒い亀裂が走っている。現実ではまずあり得ない光景。物理現象を無視した力を扱う存在はこの世には少なく、単なる自然現象として空間がひび割れることはない。黒い空間の向こう側には視線の主が鎮座していた。

 ぎょろっとした二つの目が双子を捉える。

「クーヤー!」

「こいつは……!?」

 瞬きをした気味の悪い怪物は彼らをジッと見つめ続けたかと思うと、空間の亀裂を閉じてどこかに消えていく。今までは彼らにとって穏やかなものだった静寂が途端に気味の悪いものに変わり、ここが安全な場所ではないと告げる。

 一瞬で二人の心は凍り付き、暫くしてカーラーが先に動く。

「何かマズい……今すぐ移動するよ」

「う、うん」




【12】


「何とか絞り込めましたね!」

「おう!俺達兄妹にできないことはないからな!」

「兄貴は何もしてないでしょ」

 廃墟を疾走する三人。捜査に進展があり、ようやく犯人の素性を特定した彼らは逮捕へ動いていた。これ以上野放しにして被害者を増やすわけにはいかない。増加した目撃証言から居場所に目星を付け、三人は最高速度で向かっている。

藍川あいかわが絞り込んでからは早かった……」

「経営者の持ってた写真から顔が割れましたし」

 粳部うるべはポケットからパーティー会場の写真を取り出す。そこには逮捕された経営者と、ドレスを着た嫌そうな表情の姉妹が写り込んでいた。

「娼館に残ってた頭髪と一致しましたし」

「要はヤンチャしてる双子ちゃんを逮捕すんだろ!!」

「そんな適当でいいんすかね……」

 犯人の事情を知った粳部の心中は穏やかなものではなかった。連れ去られた疑いがあり、幼い頃から娼館で働かされた二人の人生はまともなものではない。送られてきた書類にあった娼館に関する報告を読んだ途端、粳部は思わず吐きそうになっていた。彼女の覚悟が揺らぐのも無理はない。

 三人が建物から建物へと飛び移る。

「嬢ちゃん、手加減するつもりかい?」

「えっ?いや……どうでしょう」

「まあ思う所はあるだろうが、やめとけ。俺達の仕事は治安の維持だぜ」

「……酷い境遇の二人ではある」

 カルラがシビアな話をする。その表情を見た粳部は、彼も今回の相手に思う所があると理解していた。直感的に生きる彼は決してただの馬鹿ではない。当然、報告書を読んで双子の境遇を知っている。だが、既に彼女らは人を殺していた。

 一線を超えた相手にできることはもうこれしかない。

「それはそれ、これはこれってことだよ」

「……わ、分かってます。仕事はやります」

「ロックに割り切ろうぜ!じゃないと、死ぬのは俺らだ」

「それに……何をするにも止めないことにはね」

 これでもカルラとレジェは粳部よりも長く蓮向かいに勤めている。こういう任務に携わったのも数回目であり、対処も心構えもできている。犯人の境遇を知っただけで揺らぐほどグラついた足をしていないのだ。まだ仕事の全てに不慣れな彼女には、目の前の彼らが頼もしかった。

 粳部が気を持ち直す。彼女が建物から建物へ乗り移ろうと跳ぶも、突然脚力が弱まり地面に落ちる。彼女の身体能力は基本的にランダムな為、時たま力や速度が足りないことがあった。だが、これはあまりにも最悪なタイミングだ。

「おええ!?」

 彼女は落ちながら慌てて海坊主を出し、腕を伸ばして対岸の壁を掴もうとするもわずかに届かない。だが、叫ぶ彼女の声が止まる。伸びた腕を掴んだカルラが引っ張り上げ、粳部はコンクリートの地面に投げ出された。間一髪の救出劇だ。

 息を切らす粳部の隣で海坊主が消える。

「た、助かりました……身体能力がよく変わるもんで」

「こんな調子で戦えるの?」

「まあそういう時はロックで乗り切れ!」

「どうしろと」

 粳部が埃を払って起き上がり、車のない立体駐車場を見渡す。人も居らず音もよく反響する灰色の空間。どこまでも静かな場所に彼女の声がよく響いた。

「ピンチの時は、助けて最強無敵のサンダー兄妹!って叫べばすぐ参上」

「……あの、そういえばお二人の等級は?」」

「私がβ(ベータ)……」

「俺はβ+(ベータプラス)!まあ、すぐに頂点のΩ+までいくさ!」

 それはつまり平均的な司祭の実力。下のレジェですら粳部の二つの上の等級で、逆にカルラはあのラジオに劣る等級ということになる。藍川が言っていたうちのチームは上澄みというのは間違いではなかった。

 その時、響く足音を聞いたレジェが真っ先にその方を向く。

「あれは……犯人のカーラーとクーヤー!」

「も、目撃証言は性格でしたね!」

「マジに双子だ!こいつはレア!具体的には子持ちの鮎くらい」

 子持ちの鮎を食べたことがあるのかとツッコむ者は居ない。三人の視線の先には同じ顔と服装をした一卵性の双子、彼らが追い続けていたカーラーとクーヤーが立っていた。堂々と駐車場の中心で立つ彼らに逃走の気配はなく、無表情のまま三人をジッと見つめている。

 クーヤーが先に口を開いた。

「ライターは持ってる?」

「おう!俺はいつだって誰かの情熱に火を点けるぜ」

「持ってるって、カーラー」

「そうみたいねクーヤー」

 何故ライターを欲しているのかを考えた粳部ではあったが、少し前に戦った制限の司祭を思い出しただ変人なだけかもしれないと判断する。パッと見ではカルラが一番おかしいように見えるが、実際はぶっちぎりで双子の方がおかしかった。無知は罪なのだから。

 レジェが祭具の携帯をポケットから出す。

「殺人、窃盗、不法侵入の罪で逮捕する。抵抗しないで」

「嫌、私達を止めることはできない」

「これからの私達は自由、いつまでもどこまでも」

祭具奉納さいぐほうのう、分け与え満ち満ちて』

 双子が同時に祝詞のりとを唄う。その様を見て衝撃を受ける粳部とレジェ。兄妹で司祭になるパターンでさえレアケースだというのに、まさか双子で両方とも司祭のパターンが実在するとは思っていなかった。

 カルラが高揚する。

「すげえ!どっちも司祭かよ!」

「こんなことってあるんすか!?」

「来るよっ!」

 弱い光が光ったかと思うと、クーヤーの手にガラスのコップが握られる。

単身退路たんしんたいろ

 妹はコップを地面に投げ捨てると二人で戦う構えを取った。そのコップが祭具であることは明らかだったが、戦闘の役に立たないと判断して捨てたのだ。ラジオのような戦闘に使える祭具はそこまで多くはない。

 粳部に緊張が走るが、レジェの方はすぐに冷静になる。

「何をしたって止められない……」

「私達の自由は奪えない……」

「姉妹揃えば最強だから」

 その言葉を聞いてお互いの顔を見合わせるサンダー兄妹。

「そうかよ!ならこっちも行くか!」

「私達は天下無敵のサンダー兄妹……」

「いずれ全世界を支配するたった二人の兄妹だ!」

「来なよ野蛮人。最高のロックを聴かせてあげる」

 互いに見つめ合い、粳部が先手を打った。彼女の手元から現れた黒い鎖が双子の下へ向かって伸びる。しかし、カーラーに簡単に打ち払われるとそれを掴んだクーヤーが強く引っ張り、粳部が逆に引き寄せられる。

 サンダー兄妹が駆け出す。

「うわっ!」

「まずは一人」

「させるかよ!」

 粳部を挟む双子の間に割って入るカルラ。彼の突き出す拳をカーラーは簡単に躱し、背後から仕掛けるレジェに裏拳を当てる。それを見たクーヤーが加勢しようとするが、そうはさせまいと粳部が鎖を消して駆け出す。

 妹の方にラリアットをぶつけようとする粳部だが、察知したクーヤーはそれを躱すとがら空きの粳部の腹に拳を叩き込む。咄嗟に片腕で受け止めようとする粳部だが、威力を殺し切れずに飛んでいく。

 クーヤーがカルラの背後に回る。

「クーヤー!」

「レジェ!」

 彼が横に跳ぶとそこからレジェが現れ、クーヤーの拳を腰を落として避けると肘打ちを叩き込む。彼女が怯んだ隙に回し蹴りを叩き込もうとするレジェだが、助走を付けたカーラーの跳び蹴りが逆に彼女の脇に叩き込まれた。

「ぐうっ!?」

「大したことない……」

「ホントにそうかよ!」

 咄嗟にカルラが二人の間に割って入り、拳を乱打するがどれも簡単に捌かれてしまう。彼がカーラーの拳を避けて足払いをしようとするも、横から現れたクーヤーの連携技で彼は蹴り飛ばされてしまう。

 姉妹の連携は洗礼されたもので、組んでそれなりに戦ってきたサンダー兄妹よりも崩しにくいものだった。正に野生の力。

「ごおっ!?」

「兄貴ッ!」

「やらせますか!」

 空中で無防備になるカルラに追撃しようとする双子。しかし、どこからか伸びて来た海坊主の手が彼の足を掴んだかと思うと、安全な場所に大きく投げ飛ばした。走り出す粳部とレジェが双子の相手をし、カルラは安全に着地する。彼の足が滑り土煙が周囲で舞った。

「スモークとはいかないがテンション上がって来たぜ!」

「やれ兄貴!」

祭具奉納さいぐほうのう、叫べ』

 そうカルラが叫んだ途端、天地に雷鳴が轟く。

『サンダー!』

 強烈な光が瞬いたかと思うと、その場の全員の視線が彼に釘付けになる。いかしたギターを携えた彼は軽く音を鳴らすと、激しい稲妻が空間を切り裂いて進みクーヤーの腕を掠った。その部位は焼け焦げており、掠っただけだが確かに腕を貫通する。その威力は圧倒的。

「これはっ!?」

「クーヤー!」

「何はともあれロックに行くぜ!」

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