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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第7話『癒えた傷跡』

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212/213

7-4

【6】


 屋上に立つシルバー7が、物陰から尾行対象を観察する。気付かれないように物陰に身を隠し、司祭の視力をもってして異変を細かく観測する。彼女が見つめた先では、染野と日折の二人が足音を殺して尾行していた。急な出来事だったというのに即座に対応している。

 日折が小さな声で話す。

「前任者の報告書では……当該の人物がこの地域に入ったことはない」

「……早計な気もするが」

「早計であって欲しいだけでしょ」

「そうなのか?」

 日折の鋭い指摘を天然さで跳ね返す。

 彼女が尾行していた該当人物は普段はしないような行動を取っていた。それ自体はままあることなのだろう。人間は時にセオリー外の行動を取る生き物だ。だが、今回の相手はそう単純な話ではない。相手は蓮向かいによってマークされた存在なのだから。

 シルバー7が無線に割り込む。

『そもそも、何でコイツ追ってんの?』

「スパイ疑惑だ。でも、噂程度の弱い話さ」

『あーそれで下っ端に回されたわけね』

 それでも、蓮向かいはその程度の根拠の薄い話であっても真偽を確かめようとする。自分達の身を、社会の安定を守る為にできる限りのことをする。その結果、湯水のように金と人の命が使われるわけなのだが。

 尾行の対象人物が小走りで歩く中、三人も付かず離れずで尾行を続けていた。

「この先に何があるの?」

「スナックかライブハウス、または空き家」

『真面目な会社員には無縁だと思うけどねぇ』

 尾行対象の容姿は少々くたびれた中年の会社員。その容姿の通り、当該の人物の職業は会社員だ。だが、その肩書に似合わないスパイ疑惑という非日常。彼は、人間は見た目に寄らないことを教えてくれている。

 対象が角を曲がる。三人も間隔を開けてそれに続く。

 街灯の少ない路地に入ると、足音が舗装の粗いアスファルトに吸い込まれていく。対象の男は一度も振り返らなかった。確信を持った足取りで、どこかへ向かっている。

「……分かるか」

「ライブハウスの方」

 染野の問いに日折が即答する。彼女の視線はずっと対象の背中を追っていた。この町に住み始めてから数か月経っていることもあり、彼女は周辺の土地勘をある程度得ているようだ。

「シャッターが閉まってる。潰れてるはず」

『地図で見ると……四年前に閉店してるね』

「四年か」

『流石になさそうだけど』

 男が立ち止まる。錆びたシャッターの前で、周囲を一度だけ確認してから、脇にある細い階段へ向かった。地下へ続くそれは店のものなのか別の何かなのか、外からでは判断がつかない。

 ただ一つ分かることは男はそこに迷いなく降り、やがて見えなくなった。

「……降りた」

「ああ」

「追う?」

「少し待て」

 染野が制する。路地には二人以外に人影がない。周囲の建物に明かりはなく、街灯の光だけが湿った地面を照らしていた。一分ほど待ったが、男が戻ってくる気配はない。

「行くぞ」

「うん」

「いや、俺とシルバー7だけだ」

『了解ー』

 少し不満げに従う彼女を放置し、一陣の風の後にシルバー7が跳んでくる。日折を残して二人が階段を降りた。地下に続く通路は狭く、壁のコンクリートには染みが広がっている。かつてライブハウスだった名残なのか、天井に古いケーブルが這っているのが見えた。

 階段を下りきったところに扉があった。鍵はかかっている。

「……」

 染野が無言でハンドサインをした後、シルバー7が了解したのか首を縦に振る。そして、彼が力づくでドアの鍵を破壊すると中に飛び込んだ。

 しかし、中は無人だった。

「……?」

 椅子も机もなく、ただ広い空間だけが残っている。かつてステージがあったらしい場所には、土台の跡だけが残っていた。壁際には空の瓶がいくつか並んでいたが、それも随分前に置かれたものらしく埃が積もっている。

「……誰もいない」

「消えたってこと?」

「不明だが……状況からはそうとしか言えない」

 染野が室内をゆっくり見回す。出口は入ってきた扉だけで、窓はない。換気用の小さなダクトが壁の高い位置にあるが、人が通れるような大きさではない。対象の男が消えた理由を示すものは、この空間のどこにもなかった。

 彼が床を見る。埃の積もった床には、自分達の足跡だけが残っていた。しかし、対象の男の足跡と合うものはない。まるで入口で消えたかのように。

「……スパイ疑惑だけじゃないかもしれない」

「もしかして、変なの引き当てたり?」

「かもな」

 その時、階段を降りてきた日折が開いたままの入り口から中を覗き込む。我慢できなくなって好奇心からやって来たのだろうが、お目当ての男は影も形もなかった。

「……奴は?」

「さあな……」

 そう言って誤魔化す中、染野が連絡を取ろうとPHSを取り出す。日折は誰かに指示されることもなく、自ら気が付いて足跡の消えた場所を見つめていた。




【7】


 少々くたびれた中年の会社員が暗い地下通路を歩く。つい先ほどまで染野や日折に追われていたその男は、まるで会社帰りのようにキビキビとした足取りで不審な通路を歩く。老朽化した秘密基地のようなその外観からは、とても古いライブハウスの中にあるようには思えなかった。

 実際、ここはライブハウスの中ではない。

「……」

 男が重い鉄の扉を開けると、そこではピアノを弾く男と一人の少年が彼を待っていた。明らかに場違いな容姿をしているというのに、二人は彼のことを特に気にしていないらしい。

「戻ったぜ」

「お勤めご苦労さん。労いの曲でも聞くかい」

「辛気臭い気分になるだろうが」

「そんなことないよ。僕はドレミの演奏好きだよ」

 親し気に会話をする中、男が自分の首元に手を当てたかと思うとマスクを脱ぐように皮を剥がす。本物の肌にしか見えないそれを剥がした瞬間、男の体形や身長が変化し元の姿に戻った。

 それはかつて、二人に『星読み』と呼ばれた男であった。

「いつ見ても凄い道具だな」

「そりゃ、世界に替えがない『聖遺物』だからな」

「誰にでも変身できるマスクかあ……夢があるよな」

 バロと呼ばれていた蜘蛛の形をした奇妙な生き物がやって来る。

 星読みはサイズの大きいスーツを脱ぎ捨てると、椅子に掛かっていたローブを着用する。彼はトレードマークだった服に袖を通して普段の姿に戻り、持っていたマスクをジュラルミンケースに収納した。

 これで本当に元通りなわけだ。

「情報収集は終わりだ。やっぱり、連中にマークされてる」

「ほお?星読みがマークされるとはね」

「少し先の未来を予測した。あそこで逃げないと掴まってた」

「便利だなあ……」

 少年、コールが星読みの力に感心する。蓮向かい、染野のチームから逃げ切るだけの成果を出せたのだからその優秀さは既に証明されていた。

 巨大蜘蛛のバロがコールの膝に乗る。

「追手の姿は結局見えなかったがな……凄腕だ」

「ワープ用の門は閉じたのかい?」

「勿論だ。隊長に口酸っぱく言われてる」

「雨蓋町は暫く近寄らない方がいいね」

 星読みは徒歩でこの秘密基地までやって来たというわけではなく、ワープによってここに移動したのだ。移動用のゲートは既に使用できない状況になり、染野達が追いかける為の手段は完全に失われてしまっていた。つまり、彼は完璧に撒いたのだ。

「畜生……これで暫く未来予測ができない」

「いいじゃないか。逃げられただけでお釣りが来る」

「僕たちにはまだまだやることがあるからね」

「そうさ!世界平和の為に、やることは山積みさ」

 世界平和。世界各地で犯罪に加担するシュネーフレッサーがそんなことを言うのはお笑いであるが、その場に居る全員がそれを笑わない。彼らは共通の目的を持って集まった集団。故に、進む先は同じだ。

 コールが興奮しているようでパンチの仕草をする。

「しゅっしゅっ。次はいつ出られるの?」

「子供を早々出すわけないだろ。お前は暫く留守番だ」

「えー!?僕とバロならやれるよ!」

「そうだぜ星読み!お前よりは強いぜ!」

「いやそれはそうだが……派手過ぎなんだよ、お前ら」

 出撃できないことを不満に思うコールとバロ。星読みの言っていることは至極まともではあるが、子供と子供のような彼らには理解できない話だろう。実際、この二人は星読みよりは戦闘力の面で軍配が上がる筈だ。しかし、効率だけを考えているようでは人として間違っている。

 ドレミが演奏を止めて立ち上がると大きく伸びをする。

「そもそも、僕らの出番は相当先だよ」

「……まあ、まだ姿を晒すわけにはいかないか」

「幕開けまで、役者が顔を晒すことはあってはならないものさ」

 シュネーフレッサーはまだ、その本来の目的を明かす段階にはない。蓮向かいの裏をかき目的を成し遂げる為には、水面下で事を進めなければならなかった。故に、彼らはまだ大規模な行動には出られない。

「まあ、待たされた方が期待も増すものさ?」

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