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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第7話『癒えた傷跡』

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7-3

【4】


 女が扉を開けて入室すると、そこはどこかのビーチであった。南半球の熱気の満ちる場所で二人の老人が砂浜に腰掛け、一人の壮年の男性がパラソルの下で椅子の背もたれに身を預けていた。彼ら以外に人の居ないビーチは、別にプライベートビーチではない。

 陽気そうなその女は気さくに彼らへ呼びかける。

「やっ!待ちました?」

「遅いぞ五号」

「我々も今来たところだ」

「ああ」

「お二方とも自分より前に来てたでしょ……」

 砂浜に腰掛ける二人の老人はただの老人ではなく、その外見から彼らが人間でないことはすぐに分かった。何かを体に継ぎ接ぎし、無理やり人の形を維持しているだけの存在。その実情は得体が知れない。

 五号と呼ばれた女が彼らの下へ向かうと、壮年の男の隣に置かれていたジュースを無許可で飲む。

「本題に入りましょう。蓮向かいには時間がない」

「ああ、最大の懸念が現実になりつつある」

 一人の老人が起き上がる。それと同時に、空間に突然現れたプロジェクターに映像が映し出された。犯罪の証拠や証言の書き写しが陳列され、蓮向かいのトップ層による組織の方向性を示す会議が始まった。

 全員がそれを見つめる。

「六号は既に知っているが、シュネーフレッサーの活動が活発だ」

「当初の想定よりも組織規模が大きい。修正が必要だ」

「シュネー……最近報告が上がってる犯罪組織ですか」

 六号と呼ばれた壮年の男はパラソルの下で資料を見つめている。五号の方はあまりピンと来ていないらしく、六号のジュースを勝手に飲み干してしまう。遅れて気が付いた彼は現実が信じられず三度見してしまった。

「例の集団の残党だとすれば、放ってはおけない」

「例のねえ……」

「とはいえお二方、今はソ連に注視する予定では?」

「ああ、連中は近々また侵攻するだろう」

 人類最大の裏切者にして出来損ないの神々、ソ連はその規模を落とすことなく存在し続けている。かつて存在していたヨーロッパとアジアの国々を更地に変えて、今も吹雪の中に閉じこもっているのだ。

「国連軍へのテコ入れをどうにかしないとな」

「ヨーロッパとアジアが消滅した今、南下されるのは避けたい」

「一号、弾避けの駐留軍にも限度はありますよ」

「……粳部音夏でさえ限度があるからな」

 天才。人間の中では最強と呼ばれる粳部音夏であっても、不可能は存在する。法術の分身を世界中に飛ばして同時に活動する彼女でさえ、数えればできないことの方が多いだろう。一号も大人しくそれを認める。

「配分には細心の注意を払おう。二号」

「ああ、シュネーフレッサーの捜査には染野隊も加える」

「んっ、染野隊に?色々とリスキーでは?」

 五号が染野隊という言葉を聞いて反応を示す。シュネーフレッサーの捜査に彼らを加えることに不安を覚えているのは、シュネーフレッサーを危険視しているからか、それとも染野隊の方に不安要素があるからか。

「染野飾身の扱い方は我々も熟知している」

「お言葉ですが二号、彼の師は粳部音夏と聞きましたが」

「彼女とて、現実から目を背けたいわけではなかろう」

「何も言いはしないさ」

 五号が、顔に似合わない厭らしい笑みを浮かべて彼らに宣言する。

「彼らにやらせていいのであれば、すぐにでも……!」




【5】


 夜が始まったくらいの時間帯。日折は駅前の道路にある公衆電話で通話を行い、その外では染野が彼女を待っていた。仕事終わりの会社員が何人か遠くを歩いて行くが、人の気のない雨蓋町ではそれでも珍しい方であった。

 通話が終わり、日折が電話ボックスの扉を開く。

「お待たせ……今日の報告、終わり」

「そうか。じゃあ戻ろう」

「帰ろうでしょ」

 染野にとっては表記ゆれ程度のことでしかなくても、彼女にとっては大きな違いだ。二人は駅方面に背を向けて歩き出し、彼らが住むアパートへ帰路に就く。平日の十九時に仕事終わりというのは、学生の日折からすればアルバイトのように思えるかもしれない。

 暫く無言が続いた後、日折が先に口を開く。

「もう仕事にも慣れてきた。学校と両立できる」

「両立……もう少し学校の方に重点を置けないのか」

「……飾身は両立すらできてないけど?」

「する気がないからな」

 儲からないことに、今更遅すぎることに染野は時間を使わない。中高一貫の学校に通い続けている日折と彼の立ち位置は明確に違う。手遅れになる前に人間に戻った彼女と、既に一線を超えた染野は違うのだ。

 道路の人通りは徐々に減っていく。

「いい加減、本当の目的を話せ」

「……そんな言い方しなくても」

「ん?何か変か?」

「……別にいい」

 染野の口調は不器用そのものだ。こう育ってしまった彼を今から変えるには、相当の荒療治が必要だろう。それこそ、人生を揺るがすくらいの大きな出来事が必要だ。だが、それを今すぐできたなら苦労はしていない。

「一度、腹を割って話せと言われた」

「なら……一緒に居たいだけ」

「……答えになってないが」

「おっ、ボスじゃねえか」

 その時、黄月とシルバー7が通りがかる。この二人が一緒に出歩くことはそうない為、かなり珍しい状況であった。単にたまたま出会っただけなのか、それとも何か話したいことがあったのか。答えは微かに漂う酒の匂いにある。

「わお、姉の方もまで居るじゃん」

「……」

「たまには呑みに付き合うか?」

「ええ……?隊長と呑むのは御免だね。私はパス」

「ありゃりゃ、一人減ったからには増やさないとな」

 シルバー7が抜けた穴を埋めるのは染野らしい。未成年の彼が酒を呑むことは基本ないが、黄月は酒が呑めない人間だろうと誘う時は誘う。

「構わないが」

「マジかよ。じゃあ行くか」

 そう言って黄月はすぐ隣にある居酒屋を指差す。

「近いな……」

「気にすんな。俺の奢りだから」

「……じゃあ、先に帰るから」

「私も帰るー」

 シルバー7は振り返らずに手を振って立ち去り、日折の方も飾身を見つめながら同じ方向へ立ち去っていく。黄月は特に気にも留めずに店内に入り、レジ付近に居る店員に対して短く話す。

「生牡蠣と鳥刺し、仕入れたかい?」

「ええ、焼きます?」

「喜んで」

「……こちらです」

 黄月の合言葉を聞いて確信した店員は、二人を店の奥の専用の個室席に案内する。この店は蓮向かいの一員が運営している店であり、職員が安心して利用できる中継地点であった。二人が着席すると店員はそそくさと立ち去る。

「ふう。いつも思うが、合言葉を全部覚えるのは手間だぜ」

「まあ、全てを記憶し続けるのは難しい……」

「……んでボス、日折の嬢ちゃんの腕前はどうだ?」

 席にやって来た店員がお冷を置く中、染野は特に迷うこともなく回答する。彼の分析力は他人を理解すること以外には向いていた。

「悪くない」

「ほう」

 黄月がお冷を一口飲む。染野はグラスに口を付けず、卓上のメニューでも読むような顔で正面を見ている。それは単に無関心だからか、良い言葉が頭に浮かばないからか。

「あいつは真面目だ。覚えも早い」

「そりゃ良かった。ボスに似てて」

「……どういう意味だ」

「褒めてんだよ。堅物が増えたのは難儀だがな」

 彼が笑う。染野は無表情を顔に張り付けたまま、特に返事をしなかった。お通しの料理が運ばれてくる間、しばらく沈黙が続く。店員が立ち去ったところでようやく染野が口を開いた。

「……腹を割って話すって何だ」

「は?」

「希代にも言われた。言葉の意味は分かるが、意図は知らん」

 黄月は箸を持ったまま、少しの間染野を見つめた。冗談で聞いているのか確認するように。だが染野の顔は本気そのものだった。

「時にはそれで解決することもあんだよ」

「俺は端的に、明白に話してるつもりだ」

「良い心がけだな」

「身内に心理誘導は効かない……どうすればいい」

 黄月が天井を仰いで取り出した煙草に火を点けると、ふうと息を吐く。彼は決して染野の意見を否定することはなく、それも一つの在り方だとでも言うように見守っている。

「清は理由の話をしろって言いたかったんだろ?」

「……理由?」

「個人の事情さ。そもそも、何でそうしたいと思ったのかだ」

 全ての始まり。意志が介在するのなら、そこには必ず理由がある筈だ。何を願い何を呪い、何を欲するのか。染野にはピンと来ない話かもしれないが、肝心なのはそこだ。

「まあ、俺は理由を聞かないさ。仕事がしたいだけだしな」

「……」

「でもまあ、そう難しい話じゃないんだぜ」

 染野が黙った。黄月はそれを見てまた笑う。今度は静かな笑い方だった。彼の不器用さが余程面白かったのか、それとも先が思いやられる彼を憐れんだのか。

「理由に、善悪の概念はねえからな」

「……複雑だな」

「人間なんてそんなもんだろ」

 染野がようやくグラスに手を伸ばす。空調が効いているのか黄月の煙草の煙が空に昇り、換気扇を通って外に流れた。店内BGMだけが会話の空白を埋め、二人は静かに店員を待つ。

 その時、染野のポケットにあるPHSが振動した。画面を見ると日折からだ。彼が即座に電話に出る。

「何だ」

『対象、動いた。この銀髪の……』

「シルバー7」

『その人と行動する』

 それだけ言うと彼女は短い電話を切り、シルバー7と共に独立した行動を取る。電話が切れた後、染野はPHSをポケットにしまうと席を立ち上がる。

「……行く」

「仕事か」

「ああ」

 染野が出口へと向かう途中で足を止める。黄月が止めたわけではないが、彼は振り向いて黄月へ一度確認した。

「お通し代はツケにしてくれ」

「ケチケチすんなよ。そんくらい奢るさ」

「……そうか」

 染野はそれだけ言って店を出た。黄月は一人になった卓上を眺め、空になったグラスをテーブルの端へ押す。

「難儀な奴だ」

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