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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第7話『癒えた傷跡』

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210/211

7-2

【2】


 強い日差しの中、日折は木陰のベンチで本を読みつつある男の様子を伺っている。視線を気取られないように上手く隠しながら、一般人を装って監視の業務を行っていた。それもその筈、彼女は蓮向かいの末端の職員となったのだから。

 少し離れた場所で染野と希代がそれを眺めている。

「……僭越ながら、ここまでする必要って?」

「……リスク管理」

「うーん……そうですか」

 自分の上司から返答に困ることを言われ、希代はどう返すべきか悩んだ果てに黙って受け入れることを選んだ。明らかに様子のおかしい染野に対して、下手に何かを言ってしまうことを恐れたのだろう。自分より遥かに年下の人物を隊長に持つと苦労が絶えない。

 蝉の鳴き声が徐々にしつこくなっていく。

「でも、よく引き継ぎの要る監視業務が丁度ありましたね」

「そりゃ、俺が枠を空けさせたからな」

「……そ、そりゃ空きますわ」

 染野はこんな子供でも隊長格だ。多少の無理を通すことができるくらいには権限を持っている。その上、γ+という等級は組織の中でもそうはない。日折の為に丁度良さそうな仕事を見繕うことは容易であった。

 染野が希代から離れると日折の隣に腰掛ける。

「……思ってたより簡単」

「そりゃそうだろ。できない仕事じゃない」

「飾身がやってるのはこんなんじゃないでしょ?」

「……まあ」

 日折は視線も仕草も変えず、監視を続けながら小声で話をする。真面目な日折がこの仕事を覚えられない筈もなく、今日も淡々と業務をこなしていた。それは組織としては喜ばしいことだが、染野としてはどうなのだろうか。

 機械のような彼が何を思うのか。

「そういうのをさせない為に、俺は」

「全寮制の学校に閉じ込めたんでしょ」

「……今は勝手に出て来ただろ」

「私は水槽の魚じゃない」

 水の中でしか生きられないわけではない。

 その時、監視対象が動き始める。公園を出ようとする男を見た彼女は後を追って歩き出し、染野の方も彼女の後ろに着いて歩いて行く。希代は別ルートで彼らを追うようで離れていき、尾行の任務はまだまだ続く。

「交代まであと三時間だ」

「……それまで居てくれるの?」

「今回だけだ。飽きたらもう辞めろ」

「そんなんで辞められる仕事じゃないでしょ」

「末端は別だ。替えならいくらでも利く」

 不意に、日折から鋭い指摘が飛んでくる。

「替えが利くなら、飾身も替えが利くの?」

「あと二十年経てば。引退しても組織の機密には変わりないが」

「……何で二十年?」

「時代遅れになるまでの時間だ。γ+は当分現役」

 法術の進歩は目覚ましい。あと二十年すれば世代が変わり、新しい法術をスタンダードとする新世代が生まれてくる。そうなれば、現在の一線級の司祭以外はようやく引退できることだろう。しかし、γ+ほどの司祭となると話は別だ。

「下げられないの?それ」

「自分の意志で仕事量を減らすことだけはできる……」

「じゃあ私も等級を上げたら?」

「……」

 染野が黙る。それは彼にとって想定外の方向からの切り返しだったのだろう。日折は対象の男の後を適切な距離で追いながら、視線だけを一瞬弟の方へ向けた。ただ素朴に疑問を口にしているというよりは、揺さぶっているような顔だった。

「そんな機会は来ない。手柄を立てられないからだ」

「……立てさせないの間違いでしょ」

「……どうかな」

 あっさりとした返事だった。染野は返事をはぐらかし、彼女に多くの情報を開示しようとはしない。この世界にあまり深入りさせない為に、彼女の目的を果たさせない為に浅く釘を刺す。

 夏の歩道は照り返しが強く、人の往来はないに等しい。対象の男はコンビニに入り、日折はその手前で立ち止まって時間を潰す素振りをした。携帯電話を取り出して画面を眺める。用意された動作ではなく、自然にそうした。

「……この調子なら何事もなさそうだ」

「そもそも、何でこの人追ってるの?」

「末端の職員にそれは話せない」

「……」

「いや、これは普通に規則だ」

 別に染野が意地を張ってそう言っているわけではない。

 染野がコンビニの向かいにある自動販売機の前で止まる。財布を出す素振りをしながら、ガラスに映る店内の様子を確認していた。彼女はそれを見て、少しだけ口元を緩める。

「さっきから飾身、ずっと私の傍にいるじゃない」

「ルート上だ」

「……言い訳」

 染野は答えなかった。対象の男がコンビニを出てくる。袋を提げて、来た道を戻り始めた。日折が鞄から日傘を取り出して差すと、自然な足取りで後を追う。染野も少し遅れてその流れに乗った。

「……これ、本当に意味あるの?」

「今はこれでいい」

 今は、と彼は言った。日折はそれを聞き逃さなかったが、特に何も返しはしない。夏の空気の中、二人は少し間を空けて同じ方向を歩いていく。喋っているのに、どこか別々の場所にいるような距離だった。

 そのまましばらく無言が続いたあと、日折が不意に口を開く。

「……この競争、頑固な方が勝つよ」

「どうだかな」

「……黙ってるつもりだったんですけど」

 その時、生垣の合間から希代が顔を覗かせる。別行動をしていた彼がどうしてわざわざ口を挟む気になったのか。平行線の二人のやり取りを不憫に思ったのか。それともただ見ていられなくなったのか。

「一度腹割って話したらどうです?」




【3】


「あーったく、採算ギリギリだな。何もかも」

 ローブを着た素顔の分からない男は、ノートパソコンのキーボードを叩きながら収益について記録していく。どこかのだだっ広い地下空間では大きなサーキュレーターが稼働しており、空調が空気を循環させていた。

 蛍光灯の青白い光が照らす中、彼らはそれぞれが勝手に動いている。

「どうしたの『星読み』?」

「お前さんには分からねえよ。大人はか細くやりくりするもんさ」

「それは君だけじゃないかい?僕はいつも大雑把だよ」

 何か蜘蛛のような生き物を可愛がる少年と、ピアノを弾く一人の男。G線上のアリアが奏でられる中、男は何物にも縛られずに演奏を披露し続ける。しかし、十一歳程度の少年とローブの男は特に反応を示さなかった。いつものことで慣れているのだろう。

「ドレミてめえ……着服してねえだろうなあ」

「いきなり仲間割れかい?穏やかじゃないなあ」

「……あっわりい、俺の計算ミス。表計算は苦手だ」

「ハハハ!」

「法術上手い奴は計算も上手いんじゃないのかよ!」

 少年の傍に居る蜘蛛のような生き物が人の言葉を話す。身長五十センチ程度のその生き物が喋ることに驚く者は居らず、星読みと呼ばれたローブの男は浅いため息を吐く。流暢に話すその怪物の扱いは対等であった。

「コール、バロを黙らせてくれ。耳が痛い」

「へっ、鼓膜を法術で治しゃあいいだろ」

「バロ、星読みは爆破の方が得意だろう?」

「不便な奴だなあ……」

「そんなことないよ。星読みは『隊長』の次に頼れるって」

 コールと呼ばれた少年が星読みをフォローする。詳細は不明だが、星読みと呼ばれる法術使いは爆破を司るようで、蜘蛛のような生き物も居ることからここはまともな組織ではないことが分かった。しかし、コールに一切の悪意はない。

 彼が周りのコンテナをペタペタと触りながら立ち上がる。

「ところで、ヒトリとコウコはどこ?」

「二人なら隊長と一緒だよ。研究所の方さ」

「あそこは僕もバロも役に立てないからなあ……」

「金食い虫の研究所だぜ。今月もカツカツだ」

 星読みが嘆きながら両手で伸びをする。彼らが稼いだ金の大半はそこに流れているらしく、研究所の運営ということで相当の額が費やされていることが伺えた。しかし、それ以外の情報はまだ開示されていない。

 ドレミはピアノを弾き続ける。

「でも、何の研究してんのさ」

「そりゃあ、世界を救う研究さ?」

「まあ……間違いじゃねえな」

 星読みがノートパソコンを札束の入ったスーツケースに押し込むと、バロの背中に置いて運ばせる。スーツケース程度の重量であれば軽々と運べるらしく、その正体の謎は深まっていった。

「俺達シュネーフレッサーは、いつだって世界の為に戦うのさ」

「……まあ、そこは否定できないね」

「僕も頑張らないとなあ」

 そう、彼らの名は『シュネーフレッサー』。様々な局面でその名前が登場した彼らは、詳細不明の犯罪組織。蓮向かいですらその全貌を知らない、怪物たちの巣窟だった。そして、これはその一部分に過ぎない。

 ピアノを弾き終えたドレミがふと呟いた。

「シュネーフレッサー、雪喰らいか」

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