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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第6話『男は分かれ道に立ち』

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207/211

6-3

【4】


「……どう思う?」

「普通……の映画だと思う」

「いや……とても普通とは思えなかったが」

 寂れたショッピングモールの映画館を出て、染野と日折は屋内をぶらつく。雨蓋町は東京の端っこということもあり、パチンコ屋以外の娯楽が少ない片田舎と比べれば百倍マシであった。

 休日だというのに客の数はまばらだ。

「まあ……中盤でちょっと寝てたから」

「何であの音量で寝れる……いや、訓練の結果か」

「好きなアイドルが出てたし、可もなく不可もなく」

「……意外と俗っぽいんだな」

「一般人なんだからそりゃ俗でしょ……」

 日折の冷静なツッコミが突き刺さる。普通の生活を満喫する彼女はただの高校三年生なのだ。俗っぽい趣味だろうと人生だろうと、本人が幸せなのであればそれでいい。染野からすれば意外な話なのかもしれない。

 二人がショッピングモールの屋上に続くエレベーターに乗る。

「……何で、今日付き合ってくれたの?」

「夜勤明けで、次の時間まで空いてたから」

「……寝なきゃ駄目でしょ……でもどうせ」

「司祭は寝なくても死なない」

「って言うんでしょ」

 染野の言いそうなことなど日折にも分かる。彼の硬い考え方はそう簡単に柔らかくはならないだろう。彼女はどうしようもない彼に半分呆れつつ、今は付き合ってくれたことに感謝するだけにしようと切り替えた。まだ未熟な彼に多くを期待してはいけない。

 エレベーターは上へ上へと昇っていく。

「もういいけど……人間性を擦り減らすよ、それ」

「……人間らしい生活か。自分で守るのは手間だな」

「私が命令したら守る?」

「ああ」

「……やっぱりいい」

 言われた通りに行動することも人間の一面だが、それが全てなわけではない。入力した通りの反応しか返さない染野に必要なことは、命令に忠実であることではなかった。そんなことは一般人の彼女でも分かっている。

 屋上に辿り着いたエレベーターは扉を開き、二人は誰も居ない外に出る。

「……前に、マニュアルを書いたことがあった」

「何の?」

「日常会話、あらゆる状況への対応のマニュアルだ」

 閑散とした屋上に人気はない。かつては利用者も居たであろう屋上遊園地は依然として寂れており、復活する兆しはなく朽ちる一方であった。二人は柵の前に立ち、灰色の街並みを見下ろしている。

「どんな状況でも回答に困らないようにした」

「……」

「でも、師匠は使うなと言った。解決にならないって」

 全くの正論である。だが、彼はそれに納得することができない。より効率良く、より社会に溶け込む為の手段であるマニュアルは一見すれば有用かもしれないが、それは彼の為にはならないものだ。結局、見かけをマシにするだけで本末転倒なのだろう。

 日折が柵に背中を預ける。

「誰も違和感を覚えなければ、それは解決じゃないのか?」

「……少なくとも、私は覚える」

「そういう正しさを求める奴が……部下に居たっけな」

 そう言いながら染野が眼下の街を眺めていると、ふと彼の視界に小さく気になる物が映り込む。それは司祭の高い視力を以てしても小さく、気になった彼が目を凝らすことでハッキリとしていく。彼が概念防御を高めて視力を強化していくと、ぼやけていたレンズがくっきりと対象を映した。

 それは噂をすれば何とやら、あの希代であった。

「……ん?」

 単なる巡回や散歩であれば特に気にせずに記憶から消していただろうが、染野は彼の特徴的な行動から真意を見抜いていた。希代が歩幅を調整しながら歩く先では、いつかに見た希代が疑っていた容疑者が前を往く。

 それは完全に尾行であった。

「……」

「飾身?どうしたの」

「……急用ができた」

「えっ?」

 真意を語ることもなく、染野は早歩きで屋上の出口へ歩き始める。日折のことをこんな場所でほっぽり出して、放っておけない部下を追いに歩き出す。彼の行動の理由が分からない彼女からすれば滅茶苦茶な行動だろう。

「先に帰ってくれ」

「ちょっと……」

 引き留めようとした彼女を無視し、染野は階段の方へ向かうとそのまま飛び降りる。かね折れ階段の中心部分、吹き抜け状の空間に飛び込んだ彼は一気に一階まで降りた。着地した彼は七階建ての建物だというのに反動も影響もなく、そのままショッピングモールの出入り口を目指す。



 その頃、人気のない団地の方へ希代と容疑者は向かっていた。希代は相手に気が付かれないように細心の注意を払い、足音を殺して前へと進む。容疑者も周囲に気を払っているようだが、尾行し続ける希代には気が付いていないようだ。

「……」

『尾行中か?』

「!?……隊長来てたんですか!?」

 驚きつつも大きな声を出すことはなく、希代は物陰に隠れて耳元の無線に応答する。たまたま、奇跡的な確率で希代を見つけた染野が気まぐれで来ただけだが、彼からすれば最初から見られていたようにも思えた筈だ。

『そのまま続けろ。状況は?』

「ホシは証言では幼少期に虐待されてて、評判は悪いです」

『ああ』

「同級生へのストーカー行為の証言もあって、疑わしいですよ」

 日差しが夏らしい強さになっていく中、希代は隠れる場所を移動して容疑者を追っていく。容疑者は団地の敷地に入ると木陰に入り汗を拭った。そして、自分の腕時計を確認すると階段を見つめる。それは何かを待っているようで。

「犯行時間とアリバイ的に実は犯行可能なんですよ」

『だが、明確な証拠がない』

「おっしゃる通りで……盗聴しましたが駄目です」

『つまり今は尻尾を出すのを待っていると……』

「ええ……最近、何か偵察するような行動が見られるので」

 今回のホシはただの人間だが、犯行自体に隙は無い。自分の事件の捜査に関わろうとするなどの行動が見られるも、現場に残された証拠は彼が犯人だと示すことはなかった。未解決になるのも当然だろう。

 だが、彼は諦めていない。

『……心の司祭が居ればすぐに白黒付くんだが』

「ああ、昔は強かったらしいですね?心の司祭」

『……俺の最初の師匠だからな』

「えっ?」

 そんな話をしていた中、容疑者の男が腕時計を見るのを止めると団地の階段に向かって歩き出す。彼の住んでいる場所はそこではない筈だが、彼は何か約束か予定があるのか前に進む。希代は気が付かれないように団地へ近付く。

「(空き巣……じゃないな)」

 容疑者が何をしようとしているのかは見た目では分からない。殺人が目的であれば何らかの武器を持ち込むのが通常だが、彼は何も持たず車も近くにない。誘拐も考えられず、もしも盗みだったとしたらあまりにずさんだ。

 容疑者が階段を上った先で、一人の少年が階段を駆け下りる。

「君、これ落としたよ」

「えっ?ああ……」

 すれ違ったところで容疑者が声をかけ、特に心当たりのない少年が足を止めた。角度的に地上に居る希代からは何が起きているのかは分からない。少年が容疑者の握った手を見た瞬間、彼はその手を開いて少年を掴み上げる。そして、抵抗する間もなく地上へ放り投げられた。

 それは武器も要らず容易い殺人。

「わあああああ!?」

「ちくしょう!ヤバいッ!」

 容疑者から犯人に変わった男は下を見降ろし、少年が死ぬ様を眺めている。あまりにも残酷で手早い犯行はその男の精神の顕れ。常人には理解できない暴力性と無関心の塊。

 咄嗟に希代は駆け出して加速すると、少年が落ちる前に受け止めようとする。司祭の速度であればこの程度の動きは当然可能だろう。希代がどう受け止めるのが一番良いかを必死に考えていた瞬間、何かが宙を跳ぶ。

「えっ!?」

「あっ……ああ」

 放心状態の少年を抱えて、どこからともなく跳んで来た染野が着地する。希代を見つけて追ってきていた彼は、別の場所からこの尾行に参加していたのだ。彼のすぐ近くに。

 染野が首で行先を指示する。

『後は任せる。そら』

「はいっ!」

「ちっ……何が起きた?」

 犯人は何が起きたのかが分からなかったものの、それを今分析する必要はないと判断して駆け出す。下に逃げるのはマズいと判断した彼は、一見逃げ場のなさそうな屋上を目指した。

 希代は一度のジャンプで犯人が居た階まで上る。

「年貢の納め時だぜ!」

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