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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第6話『男は分かれ道に立ち』

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206/211

6-2

【2】


 蓮向かい本部の白い廊下を、染野は一人歩いて行く。清潔で無機質な内装はどことなく寂しさを与え、歩く歩道は彼を目的地へと運んでいった。染野が意味もなく蓮向かいの本部に来ることはなく、来たということは大抵、何らかの仕事を抱えているということだ。

 地下数キロという深さにあるこの場所は、窓や空とは無縁であった。

「……」

 無表情な彼が何を考えているのかを外見で判断するのは難しい。と言うより、不可能に近い。彼は少しボロいダウンジャケットのポケットに手を突っ込みながら、無愛想のまま歩く歩道を降りる。そして、組織の情報が集積されたデータベースに辿り着いた。

 その時、彼がその中に入る前に先客が扉から出てくる。どうやらその先客と染野はお互いを知っているようだった。

「アーガスか」

「おう!珍しいな飾身」

 扉から出てきた男は片手を上げる。アーガス・ジェットスターこと機神の司祭は、相変わらず妙に軽い調子だった。何か良いことでもあったのか、あるいは何も無いのか。どちらにせよ本人以外には分からない。

「調べものか?筋トレなら俺に聞く方が早いぜ」

「そうか……」

「何だよ、油圧が死んだような顔しやがって」

「それはどんな顔なんだ……」

「この世の終わりだぜ。俺なら着陸できるが」

 アーガスのイマイチ伝わり難いジョークに染野は首を傾げる。何かと飛行機の話に繋げようとする彼は相当な飛行機好きらしく、乗り物を単なる移動手段としか思っていない彼からすれば理解に苦しむ話であった。

 アーガスが人差し指を立てる。

「フライトが要る任務の時は俺を呼べよ?」

「そうか」

「おっ、本当か?」

「そうか」

「お前、会話を終わらせる為だけにそうかって言ってるだろ」

 染野は答えなかった。それは図星だからか、それともダル絡みする同期に飽き飽きしたからか。どちらにせよアーガスも特に気にしない。元々そういう男である。同じγ+の等級を持つ怪物達は、奇跡的な巡り合わせで同期となっていた。

 そして、アーガスが逸れた話を元に戻す。

「んで?」

「何だ」

「データベースに何しに?アイドルの不祥事の記録もあるぜ」

「調べ物だ」

「へぇアイドルを……お前にしちゃ俗っぽいな」

 話題が戻ったようで再び逸れている。非常時でもないのにそう何度もアーガスが真面目になることはない。念の為だが、染野はアイドルの不祥事を調べる為に来たわけではないのは確かだ。

 染野がここへ来る理由は多くない。隊長という職業柄調べることは多いものの、彼には情報分析を担当する黄月が居る上に今は任務がない。調べる必要性がない以上、ここに来る必要はなかった。

 わざわざデータベース区画まで足を運ぶ以上、それなりの理由がある筈だ。

「希代だ」

「希代?あー……お前の部下の真面目な奴か」

「これまでの経歴を見ようと」

 数秒ほど沈黙が流れ、アーガスが染野を信じられない物を見るような目で見る。彼は何かの間違いだと、思い違いではないかと考えを巡らせるが彼の勘は良く当たるのだ。

 染野は変わらず無表情だった。

「……昇級の推薦の為に調べてるとかだよな?」

「いや別に。人がよく言う……興味だろう」

「その為にここを?」

「そうだが」

「そうだがじゃねえよ。変だろ」

 即答だった。あのアーガスがツッコミを入れている。染野はボケを放棄した彼に対して首を傾げた。アーガスは内心、ボケ担当のイメージをかなぐり捨てて頭を抱えたかったが、最後の理性でそれを我慢した。

「お前それ本人に聞けよ……」

「面倒だ。俺の等級ならあいつの情報は閲覧できる」

「できるかできねえかなら俺でもできるぜ。そこじゃねえ」

「そうか?」

「そうだよ」

 どうやら意見が食い違っているらしい。染野としてはただの資料を確認するだけの話である。テスト前に過去問を振り返るようなものでしかない。しかしアーガスはそう思わないらしかった。

「別に損害を出すつもりはない」

「だからってなぁ」

「問題があるか」

「人にはプライバシーってのがあるんだぜ」

「でも、規則上問題なかった筈だが……」

 アーガスは呆れたように笑う。ここまで来ると笑いたくもなるだろう。自分と同じ等級の男がこんなにも不器用で物分かりが悪いというのは、アーガスからすれば思うところがある筈だ。

「褒められた話じゃないぞ。空港の検査でも下着の下は調べねえ」

「なるほど……それもそうだな」

「今、理屈で理解したろ……感情の方はどうした」

「俺は感情豊かだ」

「マニュアルは血で書かれてるが……今は読まないでくれ」

 アーガスは伝わり難い言い方をしているものの、結局のところは何らかの他人の指標に従って生きるべきではないという話だ。とはいえ、染野は『免許』を取ることを目指している以上、マニュアルを手放すことは決してできない。

「……?」

 染野は少し考えるが、やはりよく分からなかった。だから、分からないからこそ調べようと思ったのである。データベースに集積された大量の個人情報を。

 その時だった。

「わ、私も勧めませんけど……」

 データベース施設の奥から粳部音夏が歩いてやって来る。アーガスが振り返ると、片手でノートパソコンを抱えた粳部が立っていた。隻腕の彼女は両手で物を持つことができない。どうやら既に調べ物が終わったらしい。

「粳部……」

「へえ、粳部の嬢ちゃんか」

「ど、どうも……たまたま来てて」

 どうやら一部始終を知っているようで、説明不要で粳部が会話に入ってくる。自分の弟子の行動を見過ごすわけにはいかなかったようだ。

「その……個人情報を許可なく見るのは勧めませんよ」

「お前もか」

「行為自体というより、『あなたが』という話ですが」

「珍しく嬢ちゃんと話が合うぜ」

「……仕事に関わるのならともかく」

 粳部の言葉が全てであった。個人情報を権限を用いて閲覧することは悪ではない、しかし染野がやることに問題がある。隊長格である彼がそれを調べるのはもっともなようにも思えるが、それはコミュニケーションを避けているということなのだ。

「その……本人に聞けば良いのでは」

「お前もそう言うのか」

「いえ、だって……経歴は記録に残りますけど」

 音夏は言葉を探すように視線を泳がせる。染野とは別ベクトルでコミュニケーション能力に乏しい彼女は、彼を納得させられる言葉を編んでいく。

「……人は残らないので」

 染野は黙る。ならば経歴に残らない『人』とは何なのか、何故自力で調べなければならないのか。粳部の言葉を考え続ける染野は答えを出そうとするも、ここで答えが出るようであればそもそもこんなことにはなっていない。

 音夏は話を続けた。

「希代さんがどういう人か知りたいなら、本人に聞く方が早いです」

「楽をするなと言いたいのか」

「そ、そういうことじゃ……」

「最短よりも迂回路の方が良いなんてのは、往々にしてあるぜ」

 アーガスも彼女の意見に同意する。ただ答えを得る為だけにデータを漁るよりも、多少遠回りでも本人の言葉から言葉を得る方が良い時もある。染野の場合は特にそうだろう。

 彼にはまだ、学ぶべきものが多くある。

「コミュニケーションでは特にな」

「で、ですよね」

 粳部も頷く。粳部もアーガスも良い手本とは言えないが、二人の感情は自然だ。より人間らしいやり方を選ぶ彼らを染野も見習うべきだろう。だが、彼は見習えと言われれば丸ごとコピーしてしまう。真似ることは学ぶことの始まりでも、染野の場合は上手くいかない。

「……」

 染野は再びデータベースの認証扉を見る。その向こうで調べようと思えば調べられる。それほど難しい話ではない。だが、二人とも反対している。それを開くか踵を返して去るかは、遂に彼に委ねられた。

「……面倒だな」

「扉を開けるのが?手間だよな、認証」

「そ、そこじゃないですよ……」

「そうだな」

「そこなんですか!?」

 アーガスが笑う。染野が本気で言ったのか、それとも適当な返しとして言ったのかは分からない。だが、粳部が少し困ったような顔をする中、染野は歩く歩道の方に向かっていく。それはデータベースの反対方向であった。

「あっ、聞きに行くんですね」

「さあ……俺もどうするか分からん」

「なるようにしかならねえよ。風の吹くままってこと」

「そうか」

 染野は分からないまま遠ざかっていく。これは粳部による彼への宿題なのかもしれない。人間は社会に流されることが多いが、流されることが人間の本質なのではない。人間は自分で考えることが不向きな生き物だが同時に、考え続けようとする生き物でもあるのだ。

 歩く歩道へ乗った彼の背中を見送りながら、アーガスは小さく笑う。

「よく知らんが、希代も飾身も大変だな」

「まあ、小さな隊長さんですからね」

「隊長なんて俺には無理だぜ。ワンマンアーミーだし」

 実際、染野もアーガスも部隊に属するより個人で活動する方が向いていそうな性格をしている。染野はたまたま部隊指揮の適性があり、本人が部隊の編成を望んだことで染野隊が生まれた。だがアーガスの方はそうでもない上に、粳部も今はどこの隊にも属していない。

「あ、アーガスさんは無所属でしたね」

「そう言うあんたもだろ。一人が好きなのかい?」

「うっ……!?」

 思わぬ致命傷を食らった彼女はアーガスから離れて歩く歩道に乗るが、彼は先回りして背後に回る。彼女は本気ではないといえ、平時からそれだけの速度を出せる彼の腕前は相当なのだろう。流石に、染野に速度で勝った男なだけはある。

「うわっ!?あ、遊ばないでください……」

「あんた本当に組織最高戦力なの?」

「疑わないでください……」

 まるで威厳も風格もない女だが、こんなちんちくりんでも蓮向かい最強の人間だ。隻眼隻腕という変わった出立ちではあるが、その実力に疑問符が付くことはない。組織の上層部はその能力を評価して、彼女にΩ+の等級を授けたのだから。

 ふと、アーガスは表情を変えずに疑問に思う。

「(俺より三等級上のΩ+……だってのに)」

「ん?ど、どうかしましたか?」

「(何でこの女、腕と目を治せてねえんだ……?)」




【3】


「駄目だ……おじき、手伝ってくださいよ」

「今忙しい。つーか、お前が勝手にやってんだろ」

「そうでしたこの捜査……」

 蓮向かいの基地にて、無機質な白いオフィスで希代と黄月がそれぞれの仕事をしている。自分のデスクでホイールを回し続ける黄月は振り向くことなく回答し、希代の方は頭を抱えつつ複数のタブを見ては移動を繰り返していた。調査に進展はない。

「こいつの証言を全部分析にかけたんです」

「わざわざか」

「シルバー7に手伝わせました」

 希代が画面に文字起こしされた証言を出す。そこには警察の取り調べの録音記録や、テレビのニュース番組での発言が全て文字として記録されていた。一見すると、解決に繋がらなかった大したことのない証言にしか見えないだろう。

「殆どが事件と関係のないでたらめです。嘘ですね」

「ただの一般人ってオチじゃねーのか?」

「でも……必ず真実が混ざってる」

「ん?」

「奴は絶対に一回、信憑性の高い話を混ぜるんです」

 分析した結果がモニター上に表示され、警察の捜査記録と一致している点が明らかになる。これはただの偶然と片付けて良い話ではあるが、それで終わるようであれば蓮向かいの職員は務まらない。

 黄月が希代の後ろから覗き込む。

「木を隠すなら森ってわけか……」

「……ええ、でもこれ以上調べるのは」

 その時、オフィスの扉を開けて染野が現れる。彼が来るとは思っていなかったのか二人は驚き、無表情の染野はいつもと変わらない調子で脈絡もなく話を始めた。

「希代、例の事件はまだ追ってるか?」

「え、ええ……丁度その話をしてました」

「人手は四人もあれば十分だな?」

「はい……はい?」

 それを回答と受け取ったのか、染野はデスクにあった固定電話を手に取るとどこかへ電話を掛ける。コール音は短く、相手はすぐに出たようだ。

「染野だ。γ+の権限で手空きの奴を借りたい」

 それは、彼の気まぐれであった。

「……ああ、四人で頼む。申請は追って。すぐ済む」

 短いやり取りをした後に、染野は多くを語らず振り向いて希代に言った。

「今月中に終わらせてみろ。使える人員は四人だ」

「ど、どうして急に?助かりますけど……」

「……俺にも分からん。粳部に聞け」

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