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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第6話『男は分かれ道に立ち』

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205/211

6-1

【1】


 七月上旬の雨蓋町あまがいちょうは久しぶりに晴れていた。数日続いた雨の名残か空気は重いが、雲の切れ間から差し込む陽射しは強く、アスファルトの表面を白く照らしている。そして、染野そめのは一人住宅街を歩いていた。巡回である。

「……」

 集中して捜査すべき事件がないからといって、蓮向はすむかいの仕事が無くなる訳ではない。異常が無いことを確認するのも仕事であり、平穏無事な町を歩く時間は決して無意味ではないのだ。尤も、それを彼が面白いと思ったことは無い。

 染野はいつも通り周囲へ視線を向けながら歩き、特に変わった様子が無いことを確認する。学校帰りらしい小学生が数人、自転車で坂を下っていく。犬と散歩する老人、新しい道路工事の看板、どれも巡回報告書に書く程の内容ではない。

「……ん?」

 住宅街を抜けた先に見えた小さな公園、平日の昼下がりということもあり利用者は少ない。だが、彼はふと足を止めた。見覚えのある人物に目を凝らすと、それは何かを眺めている希代きだいだった。

 公園脇の歩道に立つ彼が何を見ているのかまでは分からない。それに染野は、休みの日の希代がいつも一人で何をしているのかも知らない。

「暇そうだな……」

「あっ隊っ……!?染野さんどうも」

 彼が不意に声を掛けると、想定外の事態に目を丸くした希代が振り返る。あまりの唐突さに彼は隊長と言いかけて止めたが、結局年下の彼をさん付けで呼んでしまっていた。だが実際、どう呼ぶのが正解なのだろう。

「……さん付けはどうなんだ」

「やばっ……この場合どうすべきですかね?」

「もうこのままでいい……巡回か?」

「そんなところです」

 希代の真面目さが悪い形で出てしまっている。社会人の彼からすれば自分の上司を子供として扱うのは気が引けるのだろう。だが、子供に敬語で話すのは機密保持の観点からでは褒められたことではなかった。

 希代は横目で掲示板を見たまま話を続ける。

「隊長はお休みですか?」

「今日も巡回だ。休みはなるべく減らしている」

「それは……少し不健全のような」

「司祭は体力が多い。俺みたいなのは特に」

 それは当然のことだろう。彼は組織全体で見ても上位に入る体力を持っている。中位をうろついている希代と比較するとハッキリする。しかし、肉体の成長に精神の成長が比例することはない。

 希代が気まずそうに腕を組む。

「精神は別ですよ……ところで車ありますけど、中で話します?」

「ん?……そうだな」

「ここじゃあれですから。近所の団地ですし」

 二人はそのまま駐車場へと歩き始める。道の向こうでは二、三人の工事業者が無言で作業をしており、近所への配慮がされた金属音が断続的に響く。のどかでどこにでもある平日の光景をバックに、彼らは希代の車に乗った。

「今度車、買い替える予定なんですよ。給料良いですし」

「……これ社用車じゃないのか」

「えっ……ボロいって意味ですか?」

「違う。盗聴の可能性の話だが……まあ、良いだろ」

「……さっきからすいません」

 希代が謝りながらエンジンを入れ、冷房の勢いを強くする。既に七月に入っていることもあり車内は熱を溜め込んで暑くなり、一般人なら辛いことだろう。しかし、司祭である二人は熱を苦には感じない。

「チェックはしてるんで……盗聴はないかと」

「そう願う。で、話はあの掲示板の内容か?」

「……よくそこまで分かりましたね」

 希代は何故そこまで分かったのかが気になっていたが、理由については聞かなかった。しかし普段の彼を知っている染野からすると、顔色を見るだけでもう分かるのかもしれない。染野の仕事絡みの嗅覚は異常だ。

 人の心は分からないというのに。

「何かあるのか。あの手配写真」

「少し……まだ何とも言えないんですけど」

 その言い方で十分だった。何かはある。しかし本人の中でも上手い説明が考えられていない。その程度のことは分かる。何らかのきな臭い話を上司に上手く説明するのは誰だって嫌だ。

 二人を乗せた車が道路を走り始める。

「警察の未解決事件の記録を漁ってた時、気が付いたんです」

「と言うと」

「ある強盗殺人と、誘拐事件で証言が一致してたんですよ」

 蓮向かいは世界各国から集められた情報が集積する拠点だ。アイドルの枕営業から企業の不祥事まで、あらゆる情報が報告される。希代が情報を漁れたように、警察の捜査記録も丸ごと保管されているのだ。各国警察の上位組織である蓮向かいがそこにアクセスすることは容易である。

「証言と言っても、容疑者がじゃなくて証言者がです」

「……同一人物が証言ということか?」

「よくある話ですがね。自分の事件の捜査に加わるんですよ」

 『犯人は現場に戻る』と同様に、犯人が自分の事件の捜査に加わろうとすることはよくある話だ。要は、事件を放っておくことが怖いから、不安でじっとしていられないから行動に出てしまう。そうすることで状況を変えられると思っているのだろうが、それは不安を消せるだけで逆効果だった。

「それで気になったと」

「はい……そいつ、テレビのインタビューにも出てて」

「自己顕示欲……または不安への対処、か」

「手空きの時に進めてるんですよ」

 車は交差点を曲がる。暇な時にやることが捜査というのは褒められたことではないが、それだけ彼の向上心ややる気が高いということなのだろう。染野からすればそれを止める理由はなく、特にコメントすることでもない。彼らが請け負った任務でもないのだから。

「褒められた話じゃない……上からの依頼なら良いが」

「ですよね……勝手に普通の捜査をするのは」

「それじゃ、警察と組織が別れている意味がない」

 蓮向かいの人間が通常の刑事事件を担当するのはあまり良いことではない。司祭や法術使いが絡まない以上、本来は警察の領分である。捜査能力では上とは言え、専門外に手を出せば余計な問題も増える。存在意義も揺らいでしまう。希代もそれは理解しているらしく、そこについて反論する様子は無かった。

 だが、染野は表情を変えずに話を続ける。

「ただ、別に止めるほどの理由もない」

 希代が一瞬だけ彼の方によそ見をする。

「良いんですか?」

「駄目なら言っている」

「それはそうですが……意外ですね」

「関心がないだけだ」

 納得したように頷いた直後、希代が小さく声を上げた。染野は別にそれほど融通が利かない人間ではない。自分に多大な不利益が発生するようなことでなければそのまま通してくれることだろう。現に、シルバー7の為に尋問の優先順位へ割り込むこともしてくれていた。

 車は徐々に駅前の人通りのある場所へ向かう。

「前から気になってたんですけど」

「……何だ」

「隊長って、何で俺を部下に選んだんです?」

 それは永遠の謎の一つであった。シルバー7や黄月は働ければ何でもいい為に疑問に思ったこともなかったが、馬鹿が付くほどの真面目な人物である希代からすれば当初から考えていただろう。何故この人選、人事になったのか。それは染野にしか分からない。

「いや、聞いてなかったと思って」

「……少しはまともな社会人が居た方が良いだろ」

「バランス調整ですか……」

 実際、黄月こうげつとシルバー7というアウトロー紛いが部隊の半分を占めているのだ。傾いた天秤を元に戻すには希代くらいまともな人間が必要になるだろう。とはいえ、一番癖が強いのは染野なのかもしれないが。

「警察官が染み付いてるだろ。だから選んだ」

「……確かに、今も捜査してましたし」

 その時、前方を見ていた希代がコンビニに気が付く。車はゆっくりと歩道の方へ寄っていくと、コンビニの丁度真横で停車した。現実で何の意味もなく車が停まることは少ない。停まったのであれば、そこには必ず意味がある。

「用事か?」

「すいません……おじきに煙草頼まれてました」

「そうか」

「ちょっとだけ外しますね」

 希代がシートベルトを外しそのまま店へ向かう。その時、男が煙草を吸いながらコンビニを横切る。歩き煙草というのは特に珍しい光景ではない。吸い終えた男が指先で吸い殻を弾いたのも珍しくはなかった。

 珍しかったのはその後である。

「おっと」

 落下するはずだった吸い殻が途中で止まった。正確には止まったように見えた。たまたま通りがかった希代がキャッチしたからである。希代も自然に手が動いたからか何が起きたかよく分かっておらず、男も理解できなかったらしく自分の指先と希代の手を見比べている。

 染野は助手席からそれを眺めていた。

「ああー……落としましたよ」

「えっ?……ああっ」

 手のひらの上にある吸い殻の扱いに困り、希代は考えた末に吸い殻を差し出した。捨てた物を悪気なく持ち主に返すというのは、相手が相手なら怒られていても不思議ではない。とはいえ男も面倒事を避けたかったのか、はたまた悪気がなかったのかそれを受け取る。

「どうも……」

「あっこの地区、路上喫煙できないんですよ。お気をつけて」

「……はい」

 奇妙な物を見たという目をして男が去っていく中、希代はコンビニに入店する。そして数分が経った後、煙草を買い終えたのか彼が自動ドアから姿を現した。煙草の箱を片手で投げつつキャッチを繰り返し、希代は運転席に戻る。

「どうも、お待たせしました」

「……いつもああやってキャッチしてるのか?」

「あれですか……いやあ、今回が初めてですよ」

 希代がシートベルトを着用し、再び車を走らせる。コンビニを離れた車は交通量の多い車道を進み、この町で一番活気のある駅の方へと向かっていく。希代が変なことをした場所はもう遠くだった。

「反射的にすることだろうか……」

「……まあ、正しくあろうとは思ってますよ。自己都合ですが」

「……」

「こんな世の中ですし、一人はこんな奴が居ても良いでしょう」

 正しいことを笑い、間違ったことを合理的だと賞賛する者達が居る。それは判断力の弱い者達からすれば分かりやすくて、つい妄信して逃避したくなるおとぎ話だった。そして、いずれ腐臭のするまやかしでもある。

 希代はそれでも、ただ前を向いていた。

「そういうものなのか、人は」

「在り方、理想の話ですよ。隊長」

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