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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第5話『水面は今も穏やかで』

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204/213

5-6

【12】


 天井を突き破り、火かき棒で突かれた染野が一階に落ちる。概念防御がいねんぼうぎょを最大出力にすることで必死に耐える彼だが、光の鎖を出した老人が染野そめのの首を絞めると振り回した。彼は振り回されながらも袖から漁火いさりびを投擲すると、回避の遅れた忘却の司祭は脇腹を裂かれる。

「ちっ!?爺さん!」

「けっ!仕方ないな」

 ワイヤーが巻かれて染野の袖に戻る中、老人により何らかの法術ほうじゅつが発動する。染野は自分で首の鎖を千切り自由になるが、そこで忘却の司祭が距離を詰めた。激しい打ち合いが始まる中、技量で勝る染野の拳が彼の腹部に命中する。

 しかし何故かその拳は彼に響かず、その強度を前にして染野は目を丸くした。

「(何で硬い……?)」

「こうでなくちゃな!仕事は!」

 漁火いさりびで脇腹を切り裂いたというのに、何故かそれよりも威力のある拳が全く効かないのだ。これは見逃すことのできない違和感であり、放置すれば染野が負けることに繋がりかねない。

 反撃の拳が染野に直撃するも、彼の『削身噛身切そぎみかみきり』が彼の太ももを噛み千切る。そこに蹴りが直撃して忘却の司祭が姿勢を崩し、染野は反動で背中から出血しつつ距離を取った。しかし、そこに老人の法術使いが迫る。

「ちと若すぎるな!」

「ヴィンテージと比べればな」

「ほざけ!」

 老人が何らかの法術を使った直後、二人の打ち合いが開始する。彼は染野と比較して筋力や速度の面で遥かに劣るものの、その肉体の強度は先程の忘却の司祭と同レベルであった。直撃してもそれが重症に繋がることはなく、硬化法術こうかほうじゅつの精度はそれなりに高い。

 忘却の司祭が立て直して奇襲する中、染野は二人を同時に相手しようとする。

「(どちらも危険だが、厄介なのは法術使い!)」

「(だから奴は俺ではなく爺さんを優先する!)」

「(先に仕留める……!)」

 法術の準備をする老人の方を狙おうとする染野。だがしかし、それを予見した忘却の司祭は彼の記憶を一時的に封じる。権能『夢舞台ゆめぶたい』の効果は圧倒的であり、何をするのかを忘れた染野は忘却の司祭の方を向く。

「ほらな!」

新氷星しんひょうせい

「はあっ!?」

 だが、染野が使った氷の法術が彼ら全員を飲み込む。広範囲が新氷星しんひょうせいによって凍結する中、老人はそれに呑まれまいと後退しつつ法術を放つ。老人が凍結してしまうものの、放たれた術式は染野に命中した。

五結漆柱ごけつしっちゅう!」

「……ッ!」

 五結漆柱ごけつしっちゅうはかつて封印型の法術で最高レベルと呼ばれた術式。それは相手を朱色の柱に閉じ込めて拘束し、法力と体力を奪う法術。染野は右半身が柱に呑み込まれてしまったものの、力を振り絞って破壊する。それでも疲労は蓄積していた。

 染野が僅かに自由の利く手を動かし、忘却の司祭に漁火を投擲する。体を氷漬けにされ動けない彼は目を丸くして暴れ、氷を砕くと間一髪で回避した。そして、染野から距離を置くとポケットから煙草の箱を出す。

「くそっ……権能使い過ぎた!」

 そう言うと彼は震える手で箱から三、四本程度の煙草を取り出すと口に入れて飲み込む。司祭の体故に人体に害はないものの、決してそれは美味しいわけではない。司祭が持つ弱点の中にはこういうものもあるのだ。忘却の司祭は苦虫を噛み潰したような顔をしつつ、染野の方を向く。

 丁度その頃、染野と老人も拘束から解放されていた。

「(全体攻撃やられたら世話ねえよ!)」

「記憶が曖昧だが、恐らくあんたの権能だな」

「どうだろうな」

「あんたの方は、法術で物の強度を入れ替えてる」

 染野が相手の手札を看破する。老人と忘却の司祭は内心では冷や汗を掻いていたものの、表情はポーカーフェイスのままだ。それに、見抜いたところで問題が解決するわけではない。

 しかし、彼らに傾いた天秤が次第に釣り合い始める。

「対象は……自分とそこの司祭だ。柔らかいものな」

「……爺さん」

「『固有法術こゆうほうじゅつ』だろ?出生時から習得してる固有の術式」

 固有法術こゆうほうじゅつ、それは才能の証。ごく稀に生まれた時から術式を持っている法術使いが存在し、赤の他人がそれを習得することはほぼ不可能。初見殺しに向いたその技は、咄嗟の対応が難しい。

「分かったところで何だ。それでお前が強くなるのか?」

「ああ、司祭第二形態」

 冗談の通じない染野が形態変化をすると同時に、赤い残光を描きながら加速する。司祭だけが使える形態変化。自分の大切な概念を削ることによって力を研ぐその技は、彼らにとって諸刃の剣。今まで渋っていた彼も遂に使う。

「(形態変化!使えないわけじゃないのか!)」

「マズい!」

 純粋に強度、速度、筋力の全てが向上する形態変化。それを使った忘却の司祭と生身で互角だった彼が、解禁した場合どうなるかなど語るまでもない。

 老人が咄嗟に両腕で拳を防ぐが、内部に響く一撃が状況を変えた。染野はそのまま彼を突き上げた拳で浮かせ、漁火のワイヤーで忘却の司祭を捕らえ放り投げる。更にはそこから卍蹴りで老人の頭を狙い、硬化法術でも抑えきれない一撃が入る。

「(早く権能を……!?)」

 忘却の司祭が権能を使おうとした瞬間、漁火が目くらましの光を発生させた。権能の対象を見失った彼は視力を早く取り戻そうとするものの、そこに圧倒的出力の染野が迫る。

「見えねえ!」

「んッ!」

 染野が思い切り相手を蹴る。しかし、老人が法術を発動したことで柔らかかった筈の司祭の強度が変わり、致命的傷が中等傷まで軽減された。殴られていく内に忘却の司祭の視力が戻り、攻撃を受け流し始める。

「(俺の術式『ラミエリ』は物の強度を入れ替える!)」

 ボロボロの老人が立ち上がる。

「(今回は俺と若造の強度を……入れ替え続ける!)」

 飛び出した老人が背後から染野を襲う。忘却の司祭の火かき棒が耐え切れず壊れる中、染野は二人を同時に相手をするも瞬殺することは叶わない。『ラミエリ』が二人の強度を入れ替え続けることで、彼の攻撃は常に硬い方に当たるのだ。

「若造!」

「若造だの坊主だのうるせえ!」

「しつこい……!」

「亡失!」

 忘却の司祭の権能が発動し、染野は一時的に直近の思考を忘れてしまう。動きが鈍ったその隙に、老人の法術使いが動いた。確実にトドメを刺す為に。

「(ここで、こいつと若造の強度を入れ替えれば!)」

「(対応できない!強化は間違いだったな!)」

 直後、忘却の司祭の渾身の回し蹴りが染野に直撃する。肉体の強度が低い彼と染野が入れ替われば、その一撃は致命的なものになる筈だ。だが、染野はそれを素で受け止める。

「えっ?」

 忘却の司祭の思考が一瞬だけ止まった隙に、染野は彼が繰り出した脚を掴むと完全に折る。そして彼の腹を貫手で貫くと老人の首を漁火のワイヤーで巻いた後、手元に引き寄せたところで腹に拳を打ち込む。その二度の攻撃により戦闘は終結した。

 形態変化していた二人の結晶が散り、素の姿へと戻る。

「いっ……入れ替えた筈……強度を」

「形態変化で肉体の強度が上がるからか?」

「何故!」

「概念防御の出力も上がることを忘れてるぞ」

 そう、形態変化で上がるのは概念防御も同じ。司祭を外界の物から守る不可思議な力は、形態変化を重ねることでより強くなる。司祭の権能も法術も遮る対象だ。元から概念防御の強い染野の、より強くなった概念防御が防げない筈がない。

「高出力で、権能も法術も防いだまでのこと」

「……ああ」

「記憶喪失の演技はそんなに上手かったか」

 老人の司祭が床に倒れる。染野は相手の出方を読み、相手の権能を食らったフリをして見事に相手を嵌めた。相手を騙すことにおいて染野以上の人間はそう居ない。

 ふと、シルバー7が二人の男を引きずって廊下から現れる。

「おーっす。持ち場すぐ制圧できたし、捕まえてきたよ」

「手間を掛けさせたな」

「手柄が簡単に増やせてハッピー」

「……そう」

 言い終える前に、彼は自分に銃を向ける者の存在に気が付く。シルバー7は気にせず口笛を吹き始め、自分は無関係だとでも言うようにそっぽを向いた。染野が振り返った先には、震える手で拳銃を構える亮子りょうこが居た。

「騙したの? …… 私を」

「言わんこっちゃなーい……」

「……捜査協力に感謝する」

 苦し紛れに出たセリフは目も当てられないものだった。見るからに銃を持ち慣れていない彼女は震える手で必死に狙う。通常兵器が彼に無意味であることは彼女も見ている筈だが、亮子にとってそれは重要なことではない。

「やっと……信じられると思ったんだ」

「……」

「友達の弟でもダメなの?なら誰なら……」

 彼女の頬に涙が伝い、堰を切ったように怒りがあふれ出す。彼女は他人を責められる立場ではない。それでも、染野がしたことが褒められた行為になるわけでもない。

「誰を信じればいんだよッ!」

「銃を下ろせ……意味がない」

「これで兄ちゃんを助ける手段がなくなった!終わりだ!」

「……」

「私の居場所も壊された!最低の居場所も!これすら!?」

 交渉しようにも交渉をする先がない上、亮子は稼ぐ手段を失った。嫌っていた居場所すらも彼が粉々に壊してしまったのだ。行き場を失った彼女はもうどうすることもできない。

「警察は合法だからだんまり!待ってる間に利子は倍増!」

「……」

「あいつらならどうにかできた!それなのにッ!」

「あんたの兄だが、一年前に死亡していた」

 亮子は言葉を失う。染野の言葉は彼女を更に絶望の淵に突き落とし、どうにもならない彼女を向こう側に追いやっていく。幼い彼の無遠慮な言葉が、彼女を壊していく。

「過労と暴行、栄養失調が原因だ。今朝のガサ入れで分かった」

「……えっ」

「連中は遺体を隠してた。分かっててあんたに言わなかった」

 亮子から金を搾り取る為に、とっくに死んだ兄を生きていることにしていた。彼女は既に居ない誰かの為に必死で金を稼いでいたのだ。絶対に叶わない願いの為に。

「じゃあ、私は何の為に……?」

「……集金の為だろう」

「どうして早く言わなかった!?」

「言ったら……ここまで案内しなかっただろ?」

 その言葉で一線を越えかけた亮子はぶれた射線を元に戻す。照準が染野に合い、いつでも撃てる状態になる。撃ったところで彼は死なないが、重要なのはこれが彼女の精神状態を表していることだ。

「君は私を……めちゃくちゃにして……!」

「……最後だから言うが」

「平気な顔で嘘吐いて……欺いて!人間のフリして!」

「俺も……楽な道を選んだ気がする。あんたと同じで」

 彼女を欺き続けた彼ではあったが、その言葉はきっと本当だったのだろう。機械的で模倣するだけの生き方を送る彼にも、人間である以上は心がある。彼がそれを自覚するまでまだ多くの時間が掛かるかもしれないが、道はあった。

 亮子が銃を降ろす。

「それでも……君が好きだったよ」

 せめてもの救いは、ここにシルバー7が居たことかもしれない。彼女に手錠を掛けるのは染野ではなかった。

「流石に、私が逮捕しとこうかな」




【13】


 空いた道路を中古車が走る。古い車の割に空調設備の性能は高く、夏が本格的に始まったというのに冷気で外と中を隔絶していた。黄月こうげつはハンドルを握って車を走らせ、助手席の染野は弁当箱を膝の上に置いて外を眺めていた。

 今日はいつかのように日折の忘れ物を届けに向かっている。

「何だか妙な感覚だ」

「報告書が面倒なら俺が数分ででっち上げるぜ」

「……いつもと同じことをしているだけなのに、変だ」

 染野にとって先日のような仕事はよくあることだ。今までとやってきたことと何も変わらない。彼は当たり前のように敵を騙し誘導し、任務を遂行する。そこに善悪はなく淡々とこなされるだけだ。

 だが、染野は何故か違和感を覚えている。

「島亮子も主犯格も逮捕された。もう終わった筈だ」

「そりゃ罪悪感だろ」

「……罪悪感?」

 彼が心当たりなさそうに聞き返すと、それがよっぽど面白かったのか黄月が大声で笑い始める。人間として欠落している彼の口から罪悪感という言葉が出るのは、黄月のような人間からすれば面白い筈だ。

「ははははは!今日は雪だな!」

「気にはならないが、仕事に支障が出るなら勘弁だ」

「人生はそういうのを捨てるか信じるかの選択だらけだぞ」

「……もっとシンプルにはならないのか?」

 それは染野らしいものの見方だ。人生は複雑で正解などなく、人や時により正解が異なる。きっと全てが正しいのだろう。人によってものの見方が違うだけで。明確な正解を求める彼にとっては相性が悪い。

 車が日折の通う高校に近付いていく。

「俺は、人間の基準を知りたい」

「まあ、いつか分かるさ。社会で藻掻く内にな」

「……やれば溶け込めるんだな?」

「そういうことを言ってる内は無理だ。着いたぞ」

 黄月がそう言うと自動車が校門付近で停車した。染野が弁当箱を片手に降りると、黄月はそそくさと車を発進させて地平線に消えていく。蝉が敷地内の木々でけたたましく鳴く中、彼が校舎内に入る。

「(……難しい)」

 彼は受付を済ませ、廊下を進み姉の居る教室を目指す。だが、教室移動中だったのかたまたま教科書を持った日折と、友人の朝子と三が並んで歩いていた。三人は予想外の人物の姿を見て目を丸くし、彼の下に集まる。

「飾身君じゃーん」

「ごめん……お弁当忘れてた」

「いや、いい」

「そういや、一か月前も届けに来てたよね」

 染野から風呂敷に包まれた弁当箱を受け取る日折。全てが始まったあの時も、彼が弁当箱を届けに来ていた。そこで亮子と出会ったのは単なる偶然でしかなかったが、結果として彼女は破滅したのだ。

「あっ、飾身君知ってた?亮子が逮捕されたって……」

「今朝からその話題で持ち切りでさー……ニュースで見たの」

「えっ?そうなんですか……自分は何も」

「……」

 全く知らないフリをする彼と、それが演技であることを見抜く日折。自分が彼女の罪を暴いて逮捕したとは決して言えないだろう。そして、言うつもりもない。彼の表情筋は完璧な芝居をしていた。

「あいつ……あんまり自分のこと話さなかったからなあ」

「馬鹿なことした……とは言えないかな」

「……本当に知らないの?」

 日折が問い詰めても結果は変わらない。彼は結局、組織の人間なのだから。

「俺に分かることなんて……何もない」

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