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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第5話『水面は今も穏やかで』

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202/211

5-4

【7】


「さて、答え合わせですか」

「よお、遅かったな」

 黄月こうげつの部屋に希代きだいが入りチーム全員が揃う。昼間だというのに煙草の煙と閉じたカーテンで薄暗いこの場所には、既に染野そめのやシルバー7が待機していた。灰皿の上で燃え尽きるのを待ち続ける煙草を放ったまま、黄月は大型で高性能なパソコンを操作する。

 モニターには亮子のパソコンから取られた全ての記録があった。あの短時間でデータの殆どを記録し、痕跡も残さずに移して見せたのだ。

島亮子しまりょうこのパソコンに犯罪に関する記録はねえな」

「えっ?じゃあ外れですか?」

「そう簡単な話じゃない……」

「ボスの言う通りだ。問題はこいつさ」

 彼がキーを押すと、表示されるのは蛍光色や様々な派手な色が使われた派手なウェブサイト。目に悪い上にデザインもはちゃめちゃで、幼稚園児の落書きのような規則性のないレイアウトをしていた。一見するとどこかのアニメの人気のないフォーラムだが、黄月がわざわざ出したからには意味がある。

「あー……何かのファンサイトですか?」

「を偽装した連絡ツールだ。めちゃくちゃに見えてな」

「これが……?」

「稀にある手法だ。CIAの情報提供者もこれを使う」

 目の前の意味不明なフォーラムをCIAも使っていると知り、希代は口を開けたまま首を傾げる。知識のない者からすればこれを見せられたところで理解できる筈がない。彼の反応は無理のあるものではなく、むしろ彼を除いて理解できる彼らの方がおかしかった。

 シルバー7が解説する。

「このサイトは細切れにされた画像で構成されてんの」

「画像?」

「こんな風にだ」

 黄月が試しにサイトの画像をクリックして保存すると、異様に細長い細切れにされた画像が表示される。サイトに表示されているもの全てがこうして細切れにされた膨大な数の画像であり、ここに全ての謎が隠されているのだ。

「これ全部文字に変換できるわけ。どうなると思う?」

「おかしなサイトに偽装して……指示や報告を」

「そういうことだ……で黄月、これはどう読む?」

「こいつは指示役からの報告だ。隠し場所だな」

「『S6からE2に畑を移転』だって。畑ってアレじゃん」

 間違いなく大麻である。『チームタラッサ』はこうして秘密裏に連絡を取り、大麻の栽培場所や加工品の隠し場所を常に変更して勢力を拡大し続けてたのだろう。移動や隠蔽のコストはそれなりに掛かるというのに、それに惜しみなく金を使うことで安定を築いているのだ。犯罪者ながらに大した考えだ。

「黄月、場所の見当は?」

「残念だが情報不足だ……他にも一応調べてみるが」

「女から組織への連絡手段は見つかりましたか?」

「こっちのサイトだな。これは『品切れ、補充求む』」

「……大麻だな」

 染野が見抜く。さっきのウェブサイトが組織から彼女達下っ端への連絡手段だとすれば、このサイトは彼女から組織への連絡手段なのだろう。違法薬物を取り扱うチンピラ紛いの犯罪者にしては凝った小賢しい手を使う。ここまで手が混んでいることはそうない。

 染野が部屋の玄関へ歩き出す。

「黄月とシルバー7はサイトの傾向を分析してくれ」

「りょーかい」

「隊長、自分は?」

「希代は引き続きホシの尾行を頼む」

 その時、染野がドアに手を掛けたところで止まる。何か言おうとして言葉が喉のところで詰まってしまったかのように、思い悩んでから言葉を口にした。

「……これしか生きる道がなかったのか、楽な方を選んだのか」

「ん?」

「彼女はどっちだと思う?」

 彼にしては珍しく他人に関心を持ち、どういうものなのかを考えようとしている。そんな彼を見て拍子抜けした彼らは意外に思いつつも、自分なりの見解を話した。その問いに正解はなく、できることは思ったことを口にするだけである。

 最初に答えたのは黄月だった。

「楽な方を選んだんだろ。水は低きに流れるもんだぜ」

「人も同様にね」

「社会の下に行くほど、ハードルを跳ぶ気力は落ちるんだ」

 人も水も下に行くようにできている。そんな中で上を目指そうと思う人間が居ることで、世界はバランスが取られていた。だが、亮子はどうだろう。社会の暗部に沈んでいく最中の彼女は、そうせざるを得なかったのか。それとも。

「逮捕はしますが、それとして酌量の余地はあるんじゃ?」

「どうだろ……両親は離婚、母親はホスト狂いでー」

「兄はここ数年の目撃情報がなし……」

「借金の支払いに追われてるなら、ありますよ余地」

「人を信じてる奴の言葉だな。俺にはちと眩しい」

 荒んだ黄月にとっては、希代のような若い正義を持つ人間は輝き過ぎて見えるのだろう。この世界、特に蓮向かいが追う人間の中に気の毒な犠牲者はそう多くない。大抵は無残な愚者だ。

 染野が誰にも聞こえないような小声で呟く。

「俺はどっちだろうか……」

 そして、彼は部屋を後にした。




【8】


「知ってる?あの川ね、もっと上流で花火大会やるんだよ」

「そうなんですね。自分、今年ここに来たばかりなので」

 灰皿の上で煙草がくすぶる。部屋に明かりはなく、日が沈んだばかりの世界を街の明かりが照らしている。まだ淡い藍色の空は暖かく、梅雨にしては乾いた風が染野と亮子の肌を撫でた。

 亮子の部屋の窓辺で、二人は世界を眺めている。

「そういや、何でこの街に?」

「仕事の都合で。姉も居ますし良いかと思って」

「ああそういう……お互い大変だね」

「何につけても金が必要で……姉の学費もありますし」

「えっ?それも君が?」

 染野が珍しく本当のことを話している。その表情は百パーセントの芝居であるが、彼が姉の学費の為に働いていることは事実だ。そこに関しては否定のしようがない。

 彼女が口をあんぐり開けて驚いている。

「もう首が回らなくなってて……どうしたものか」

「……日折ひおりちゃんと仲良い?」

「えっ?どうですかね……よく分からない人です」

「ちょっと天然だもんね」

「今日も変なこと言ってて……」

 染野が数時間前の出来事を思い出す。



『何これ』

『PHSっていう機械だ』

『そんなこと聞いてないでしょ……』

 染野のPHSを握って画面を見せる日折に対し、彼の方は話にピンと来ていない。漫才のような返答ではあるが、彼はこれでも真面目に答えている。陽が傾き始めた黄昏時の中、二人はアパートの部屋で向かい合っていた。PHSの画面には、彼と亮子のメールのやり取りが何件も表示されている。

『何で亮子とこんなに話してるの?』

『メールが来るから適当に返してるだけ……』

『嘘、飾身からメールしてることの方が多い』

 まるで夫の浮気を疑う妻のようだ。とはいえ、日折の方も真剣である。約一ヶ月前に偶然出会った二人がここまで密接に連絡し会っているのは、少し妙な話だ。それも、あの世間知らずで寡黙な染野がだなんて。

 彼の方は質問の意図がよく分かっておらず、終始首を傾げて不思議そうな顔をしている。

『あんまり、私以外の女と話さないで欲しい』

『……範囲が広くないか?』

『凄く嫌……』



「日折ちゃんってそんな子だったっけ……」

「自分にもよく分かりませんよ……」

 分からないということは本当だろう。染野には姉の心が分からない。彼女が要求を口にすることはあれど、その真意についてまでは語られない。言葉にされない限り、彼がそれを理解することはないのだ。

「……お姉ちゃん好き?」

「分からないものは分からないとしか」

「そうだよねえ。私もそうだったな」

 彼女は窓辺に置かれていたお茶のペットボトルを手に取り、それを一気に流し込む。昔を懐かしむような表情をした亮子へ、涼しい風がその頬を撫でた。夜という時間は昔を懐かしみたくなるものなのだ。

「……兄が居るんだ。歳が離れてるけど」

「……」

「よく分からない奴でさあ……居なくなるまで分からなかったな」

 亮子にも、染野のように上の兄妹が居る。二人はある意味、似た者同士なのかもしれない。互いに兄や姉のことを理解できず誰かの為に尽くし続けている。それは楽な方を選んだからなのか、そうせざるを得なかったのか。

「両親は離婚して、母親はホス狂いで……借金があってさあ」

「ああ……それで」

「借金取りに兄が連れてかれたんだ。働き口を紹介するって」

 そして、帰ってきていない。現状、亮子は一人でこの部屋に住んでいる。守ってくれる人が誰も居ない環境で、彼女は金を稼いでマイナスをゼロに戻そうとしているのだ。それはスタートラインに立つだけでしかない。

「それから会ってない。土建会社で働かされてるとか」

「……多分、違法ですよね」

「もう関係ないよ。何度言っても警察は何もしてくれないし」

 できることはやった。だが、警察は動かなかった。警察にもできることとできないことがあり、噛み合わなかった場合には悲惨なことになる。実際、亮子の兄は帰ってきていない。

 彼女は地平線を見つめる。

「だから私も奴らに借金を払って、兄を取り戻そうとしてる」

「あと大体いくらなんですか?」

「……一千万、昔よりは減ったよ」

 そんな途方もない金額、まともに稼ごうと思えば何年も掛かってしまう。日折のような未知の手段で金を稼ぐことは彼女にはできない。何年も支払いを続けてようやく残り一千万円なのだ。先は遠い。

「あいつらの仕事の手伝いもさせられてるんだ……嫌な話」

「でも、それしかできることがない……」

「……そうだよ。手詰まりなんだ」

 いつの間にか煙草の煙は消えていた。淡い藍色だった空はいつの間にか深い色合いへと変化していき、部屋の中は影の輪郭が曖昧になる程度に暗く沈む。そして、彼女はライターを慣れた手つきで取り出すと蚊取り線香に火を点けた。

「一度、働かされてる兄と電話で話せたんだ」

「……」

「たこ部屋で囚人みたいに働かされてるって……」

「人間の扱いじゃありませんよ……」

 反社紛いの人間による貧困ビジネスは皆こういうものだ。警察が法的な問題で触れずらいことを利用し、債務者などを労働力に誰もがやりたがらない仕事をやらせる。一見すると悪夢だがこれはビジネスとして成立していた。

「それを考えたら……客と寝ることは大した問題じゃない」

「でも……亮子さん疲れて見えますよ」

 彼女がライターをカチカチと弄る手を止める。そして、彼の言葉を受け止めると黙り込んだままライターを握り締めた。

「ホントは……自分でも分かってる。楽な選択をしたって」

「……」

「信用できない社会と……向き合う勇気を持てなかった」

 小さな涙が頬を伝う。彼女からすれば、自分を苦しめ救おうとしない社会に何を期待すればいいのか分からなかったのだろう。そんなものと向き合う力を常に振り絞ることは亮子には難しかった。

 染野はふと自分はどうなのかと考える。

「誰かの為に生きる方が、余計なことを考えなくて済む……」

 その言葉は本音か、それとも偶然か。

「……こんなことで話が合うなんて、嫌な話だね」

「……お互い、限界が近いですから」

 笑う亮子の涙が止まる。似た者同士の二人の出会いは、このどうしようもない状況に差し込んだ一筋の光だった。孤独な彼女は自分の状況を初めて他人に明かすことができたのだ。




【9】


 それは今よりもずっと昔、亮子がまだ何も知らない子供だった頃。受話器に強く耳を押し当てる彼女は、コール音の果てに兄が電話に出てくれることを願っていた。荒れた部屋に彼女以外の人影はなく、状況は既にどうしようもない。

 コール音が止まる。

『はい……島です』

『兄ちゃん?亮子だけど』

『ああ……!元気してたか。あんまり時間がないんだ』

『元気だよ!そっちは?今どこ?』

 兄が今どこに居て何をしているのかを彼女は知らない。それがどういうビジネスで、彼の弱った声の原因がどのようなものなのかも。疲れ切った彼が電話に出られたのはある意味で奇跡だった。

『愛媛の方かな……工事現場とかで働いてる』

『いつ帰って来れるの?もう滅茶滅茶だよ!』

『悪い……ノルマの話がコロコロ変わって、先が不透明なんだ』

『そんな……』

 反社の常とう手段である。ゴールをズラし曖昧にすることで相手を疲弊させつつ、期限を際限なく伸ばし続けることで働かせるわけだ。決して逃れられない。

『話を聞いてくれないし、このたこ部屋から外に出れない』

『けっ警察は?』

『そんなことしたら上の人に殴り殺されるよ……』

 つまり、状況は詰みである。

『あっ!もう人が来る。ごめん切るわ』

『えっ待って』

 久しぶりの会話だったというのに、兄は身の危険を感じて通話を終了する。亮子の気持ちを分かっていても、彼女を想ってできることはない。母親の借金を払うことくらいしか、彼にはできることがない。

 亮子はツーツーと音を鳴らす受話器を前に呆然とすることしかできなかった。



『最近は減りが速いな。まあ、利益が増えていいんだが』

『ちゃんと全部払ってるからいいでしょ』

 亮子と刺青の男がハプニングバーで会話をしている。人がまばらのその店は会員制であり、常連の二人は店内の隅にあるテーブルに座って話をしていた。彼らの間には紙袋が置かれ、亮子は不愉快そうな表情をしている。

『そういや、これどういう奴に売ってるんだ?』

『……私の客か、同年代の女の子に』

『学生とかかあ?リスキーだな、気を付けとけよ』

『言われなくとも』

 彼女は刺青の男が嫌いなようで、乱暴に紙袋を掴むと自分の鞄に突っ込む。それもそうだろう。こんな犯罪者と好きで関わりたい人間など居ない。できれば二度と会いたくないだろうが、そうはいかない理由もある。

『これで……あと一千万円切った』

『ん?ああ、例の借金のことか』

『……兄はどうしてる?』

『俺は知らないさ。管轄が違うんだよ』

 彼が氷の入ったグラスを傾けて音を鳴らす。亮子は必死で金をかき集めているというのに、その必死さが伝わらないのか無下にしているのか。男はひょうひょうとした態度を続けていた。

『土木工事の部門と大麻栽培の部門は別なんだよ』

『……』

『でもまあ、ウチの部長に話せば口利きしてくれると思うぞ』

『できる?』

『お前の業績と……貢献次第だな』

 彼がグラスの氷を噛み砕く。彼女は人参を目の前にぶら下げられた馬のように、チャンスを餌に前へ進まされている。望む物が本当に手に入るかどうかは分からないが、やらないことには何にもならない。

『もう少し売り捌いてくれ。そうすりゃ色々見えてくるさ』

『……はあ、分かった』



「もっと……もっと」

 稼がなければならない。客を探して彼女は昼の街を歩く。刺青の男は信用ならないが、それでも金は武器になる。彼女は仕入れた違法な物を売り捌いて兄を取り戻す為に足しにするわけだ。状況は正に最悪。

 亮子の表情は疲れ切っている。

「……ん?」

 その時、路地裏から出てくる見知った顔に彼女が足を止める。記憶に新しい顔を彼女が見間違える筈もなく、それが誰かを理解した亮子は彼の方を向いた。

「飾身?」

「あっ、亮子さん」

 そして、状況が動き出す。

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