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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第5話『水面は今も穏やかで』

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5-2

【3】


「ああっ……喉渇いてきた」

「ソフトクリームで喉癒して」

「水分少ないと思いますけど……」

 染野そめのが二人の女子高生にツッコむ。周囲から様々な曲の音が漏れ出すカラオケボックスの個室で、彼は姉の友人二人とカラオケをしに来ていた。学生の行動力というものは人生で最盛期とも言われる。友人の弟とはいえ、初対面の彼をいきなり誘って遊ぶというのは流石のノリの良さだ。

 朝子あさこがマイクの電源を切って机に置く。

「飾身くーん!ドリンクバーなんだからジャンジャン飲みなよ」

「でも神崎かんざきさんもソフトクリームしか取ってないんじゃ……」

「あんなに払ったんだし元取らなきゃ!」

「腹壊すよー」

 染野がお茶を一気に飲み干す。既にドリンクバーを頼んでしまった以上は、元を取る為に金額分のドリンクを飲まなければならない。ソフトクリームを作り続ける朝子の腹はとっくに冷えていた。

 個室は冷房がよく効いている。

「ところで……姉さんはどうしたんです?」

「ああ、お嬢ね。なんか委員会の活動があるらしくてさあ」

「あと三十分くらいで来るんじゃないかなー」

「……そうですか」

 あれだけ乗り気だった日折ひおりは学校の委員会の集まりで時間を食われ、悲しくも合流できずにいる。日折が来たところで何を歌うのかという疑問は尽きないが、染野よりは社会に溶け込んだ彼女の方がレパートリーが多いのだろう。

 朝子が曲を探している中、飲み物を飲み終えたさんが彼に話しかける。

「んでー日折が来ない間に聞きたいんだけどさー」

「ん?何です?」

「あの子って普段何して過ごしてるのー?」

「あっ!それは気になる!」

 三の問いに朝子も乗っかる。日折はこれまで全寮制の学校で生活を送っていた。それが三年生になって突然、寮を出て自宅からの登校に変わったのだ。生活がどう変わったのかを気にするのは当然だろう。

 染野は演技をしつつも、日折についてを言語化しようとする。

「……本を読んだり、テレビ観たり、家事したり?」

「スゲー俗っぽいなあ!イメージと真逆!」

「でーも、寮に居た時も本は読んでたでしょー」

「意地でも勉強しないよね?」

「えっ?確かにしてないかも」

 彼女は真面目そうに見えて楽しむことに重きを置いている人間だ。それ故に彼女は染野の部屋に引っ越したのかもしれないし、彼を仕事から解放しようとしたのかもしれない。だからか、彼女は娯楽に対しては素直だ。

「寮に居た時もそうだったもん。でも平均は取るんだよね」

「私なんて頑張って平均なのにねえ」

「……あっ、あとげっ歯類が大の苦手です」

「マジ!?ネズミとかが?初耳だわ」

 ネズミやリス、ハムスター等がげっ歯類にカテゴライズされる。子供にも人気でペットとして飼育されることもあるげっ歯類だが、彼女はそれらが嫌いなのだ。それは決して衛生的な問題の話ではない。

「可愛いのにーモルモットとか」

「何で嫌いになったの?噛まれた?」

「さあ……?そういえば……よく覚えてないような」

 染野も自分の記憶の曖昧さに疑問を思える。長年組織に所属している彼は記憶法の講習なども受けているが、そんな彼でも容易に思い出すことはできない。記憶を遡るも答えはなく、彼は次第に考えるのを止めた。

「お嬢がどういう子供だったのか興味あるんだよね」

「おしとやかなのに結構変だしー」

「子供の頃から……今と変わらない性格でしたよ」

 その回答は半分正解で半分間違いだった。彼自身が記憶の正確性に疑問を覚えている。幼い頃の彼女はどういう人間だったのか、具体的な出来事がない。

「昔も今も、よく分からないことばかり言ってましたかね」

「まあ、お嬢らしいかな。健やかで何より」

「伸び伸び育ったねえー」

 三人の話にオチがついたその時、扉を誰かが覗き込んだかと思うと突然開かれる。ようやく日折が遅れて登場するも、知らない顔が一人付いて来ていた。扉が閉まり音量が低減する。

「おっ来た来た!」

「お待たせ……」

「おいっす。元気してた?何か新顔も居るけど」

「飾身君、こいつ島亮子しまりょうこね。友達」

 三が紹介すると手を振る活発そうな女。見覚えのない新顔の女の名は島亮子、染野がクラスを覗き込んだ時には居なかった女だ。朝子よりはうるさくなさそうなものの、三よりはうるさそうな女である。

 彼が軽く会釈をした。

「どうも、染野日折の弟です」

「弟!?マジで居たんだ。なんか似てるなって思ってたよ」

「そんなに似てますかね……」

「輪郭から何までね」

「飲み物取って来る……」

 染野の隣に亮子が座る。日折の方はドリンクバーの方に向かい退室し、クラスメイト二人は次に入れる曲について議論をしていた。彼のことが気になるのか、亮子が積極的に話しかける。

「どこの高校?もしかしたらダチが居るかも」

「いやあ……もう働いてるので」

「早いなあ……いや私もそうなんだけどさ!」

「あれ、同級生じゃないんですか?」

「ノンノン。町で会って仲良くなっただけ、学校通ってないよ」

 彼女は染野と同様に早くに働いている。無論、彼のように秘密組織に属している筈はないが、高校に通うことなく中学卒業後に働いていた。最近では珍しいというだけで昔はよくあった話だ。

「学生も羨ましいけどさ、やっぱり稼いでなんぼだよね?」

「まあ……少し分かる気がします」

「本当?いやーこいつらが共感してくれないから助かるよ」

「亮子、飾身君を悪の道に引き込むなよ!」

「どーしよっかなー」

 朝子と亮子がじゃれる。一度社会に出た人間とそうでない人間の認識は異なるものだ。どういう仕組みで仕事が成り立ち、日々をどう過ごし働くかを知る者と知らない者で思考は変わる。それはきっと、日折も知らないことかもしれない。

「人を養う必要があると、そう泣き言を言ってられないので」

「……私と同じだね」

「えっ?」

「日折ちゃんの弟なのに元気でいいね!気に入ったよ」

 その時、両手にジュースを持った日折が部屋に戻って来る。気を利かせて亮子の分も持って来てくれたようだ。彼女にそれが手渡されるが、中身を見た彼女の脳内に疑問符が浮かぶ。

「これ何?日折ちゃん」

「亮子のだけ特別で格別」

「何だろ……おえっマッズ!どういう混ぜ方したの!」

「この前の仕返し……」

「何してんだ……」

 思わず染野がツッコんでしまう。学生らしいドリンクバーでの遊び方に、彼は半分呆れと驚きを覚えた。日折がここまで自然に日常に溶け込んで生活しているとは思っていなかったのだろう。

「飾身くんはこんな風になっちゃ駄目だからね」

「どーしましょうかね」

「やっぱり似てるわあ……」

「お嬢も曲入れてよ!」

「分かった……」

 日折が二人の間に入って端末を操作する中、亮子は懐からコッソリと紙を取り出し染野に手渡す。そこには携帯のメールアドレスと電話番号が書かれていた。

「これ、忘れない内に渡しとくね」

「ああ、メアドと番号ですか」

「今度どっかで遊ぼうよ」




【4】


 染野の住む雨蓋町あまがいちょうは閑散とした町だが、駅前の繫華街は繁盛している。正確には駅の裏側で、キャバクラや怪しい飲み屋が立ち並んでいた。一見すると全て危険な匂いがするがまだ営業しているということは、キチンと正当性や建前を用意しているのだろう。

 染野が少し混んだ通りを歩いていく。

「……」

 当然、彼はここに遊びに来たわけではない。店の前に立つボーイの声を躱し、探し人を追って周囲を見渡す。この夜の町で一人の人間を探すのはそれなりに困難だが、訓練を受けている彼に不可能なことではない。

 暫く歩くと見覚えのある人影が視界に入る。



 始まりは染野達のカラオケの前日に遡る。

『んで、今日は何だよボス』

『新しい任務だ。『チームタラッサ』は知ってるか』

『ん……前に聞いたような』

『全然覚えてなーい』

 路地裏、建物と建物の狭間にある小さな公園に染野隊が集まっている。染野は滑り台の頂上に座り、黄月はその後ろの階段に腰掛けていた。シルバー7はブランコに揺られ、希代はベンチで新聞紙を読むフリをしている。邪魔者が現れないこの場所で、彼らは敵を追い詰める為に作戦を詰めていた。

『奴らは新種の違法薬物を生産、流通させている』

『品種改良した大麻の加工品って噂だが?』

『ああ。拠点をいくつか抑えたがもぬけの殻だった』

『何で日本で売るかなあ……馬鹿だよ』

『また悪知恵が利くタイプですか』

 チームタラッサが新種の大麻加工品で莫大な利益を上げている。その為には相当の人手とコストを用いる必要があるが、一体それはどこから出ているのか。公権力に悟られずにここまでやれる辺り、相手は相当の手合いだろう。

 希代が新聞紙を少し下げる。

『でも、何で俺達が?警察の管轄じゃ……』

『……情報屋から、用心棒に司祭を雇ったとか』

『司祭ってだけで仕事わんさか。私も転職しようかな』

『いいぜ、ようやく心置きなく殴れる』

『返り討ちを計算してないの?』

『相手は証拠隠滅のプロ……簡単には尻尾を出さん』

 希代とシルバー7のじゃれあいを無視して染野が説明を続ける。特に訓練をせずとも軍隊を凌駕する力を持つ司祭は、守るにしても攻めるにしても手元に置いておきたいことだろう。目が飛び出るような大金を支払うだけの価値はある。

『だが、諜報部が組織の一員と思われる女を見つけた』

『いつも通り、末端の人間から上を辿るんだろ?』

『そういうことだ。俺がこれから接触する』

『……シルバー7にやらせればいいんじゃ?』

『雑に扱わないでよ私を』

 隊長である彼がわざわざ出向いて潜入調査を行う必要があるのか。希代の質問は最もだろう。だが彼の質問の意図の裏には、子供の彼にリスクの高い行為をさせたくないというのがある。しかし、思っているだけでは言葉は伝わらない。

 染野が懐から一枚の写真を取り出す。

『潜入や囮捜査は俺が一番向いている』

『ほーら、私達は別のことしてればいいんだよ』

『まあ……そうでは……あるが』

『んで、その女ってどんな顔?』

 ブランコを降りて近付いてきた彼女に染野が写真を見せる。そこに写っているのは、彼がカラオケでこれから会うことになる島亮子しまりょうこであった。



 時間が現在に戻る。ホテルの出入り口から出てきた亮子りょうこと彼の目が合い、染野は偶然出会ったという風を装いながら彼女の下へ向かう。彼女の方も一泊置いて彼の顔と名前を思い出した。

「飾身くんじゃーん。偶然だね」

「どうも、今何してるんです?」

「仕事終わったとこ。こんな時間に出歩いちゃ駄目だよ」

「自分も仕事終わりです。お互い大変ですね」

 こんな時間に出歩いてはいけないのはお互いである。働いているといっても亮子の方もまだ十八歳になったばかりだ。両者共、家に帰って寝るべきではあるのだが、世の中そう単純にはできていない。

 その時、亮子が遠くで巡回している警察官を見つける。

「やばっ、補導されるよ。こっち来て」

「うわっ!」

 こうして事態は動き出す。前に。

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