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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第5話『水面は今も穏やかで』

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199/212

5-1

【1】


「ったく、社用車がこんなボロとはな。泣けるぜ」

「このまま壁に突っ込めば新品が来るぞ」

「ボスにしちゃ良いジョークだ」

 大量生産品の中古車が空いた道路を走る。ハンドルを握る黄月こうげつと助手席に座る染野そめのは、梅雨の湿気を吹き飛ばすような速度で目的地に向かっていた。染野の膝の上には風呂敷に包まれたお弁当箱がある。

「走れるなら何でもいいんだろ。ガソリン安いしな」

「……北海道の石油と鉱脈は衰え知らず、か」

「今じゃあそこの人口は東京を超えて日本一だぜ」

 二千七年、北海道のオホーツク海沿岸および日高山脈一帯で、 推定埋蔵量二千億バレル超の超巨大油田と、希少金属・金銀銅鉱床が同時に発見される。パワーバランスを崩すその『不自然』な出来事は、不況の日本の底を支えていた。

「未だに油田と鉱脈の正体は不明とされてる……」

「よくもまあ、あんな得体の知れないもんを使うよ」

「……そうしなきゃ、三十二年前の核の冬で滅んでいた」

 最終的に人類の半数近くが死んだというのに、現在では三十二億を超えて再生の傾向にある。仕組まれた好景気によって人はその数を増やし、崩壊するかと思われた社会は維持されている。それは果たして正しいことなのか。

 車が交差点で停まる。

「しっかし、ボスの姉貴は全寮制の学校とは」

「笑うか?」

「優雅で良いじゃねえか。昔と違って庶民だらけとは思うが」



 時計の針は少し前に遡る。昼前、自宅アパートの廊下を歩く染野はポケットから鍵を取り出す。仕事の合間、一旦家に戻った彼は誰も居ない自宅に入った。日折ひおりと生活リズムが噛み合わない彼ではあるが、家に帰ること自体は何度かある。

 ふと、彼が机の上にある風呂敷に包まれた弁当箱に気が付く。

『……忘れたのか?』

 日折はその無表情によるものか真面目で優秀なように見られることが多いが、実際には平凡もいいところである。学力は平均値を下回ったり平均値そのものだったりと、勉強をそこまで重要視していないのだ。

 染野が少し考えた後、その弁当箱を手に取ると部屋を出る。

『……』

 放置して食費を無駄にしてしまうくらいならば、当人に渡した方がずっと良いと判断したのだろう。階段を駆け下りた彼は人通りのない道を進み学校を目指す。彼女が通う学校まではバスが最短であったが、そんなことを気にせず染野は歩いた。

 車の通りすらも殆どない道に、ふとある車が通りがかる。その車は何故か減速すると染野の横に付き、窓が開くと黄月が顔を覗かせた。

『よお、乗ってくかボス』

『……』

 彼は周囲をチラッと確認した後、停車した車の助手席にそそくさと乗る。渡りに船とはこのことか、染野は運良く学校までの足を手に入れた。少しやる気を出せば染野の速度は車を超えるが、昼間からそんなことをすれば一般人の目に付いてしまう。

 二人の乗る車は目的地へと走り出す。



「案外、真面目そうに見えて女子校への憧れはあるわけか」

「……いや、俺が勝手に入れただけだ」

「えっ?」

「俺が根回しして入学を手配した。十分な金は払ってる」

 日折が通う学校は彼女が自分で選んだわけではない。染野が殆ど一方的に選んで勝手に入学させただけであり、日折の趣味というわけではなかった。それはそれとして、彼女は今の生活を謳歌している。

 黄月は驚きつつも青になった交差点を突っ切る。

「おいおい、職権乱用にならねえのか?」

「ならないようにしてある」

「はっ、まあ法を犯さなきゃ正義だ」

 倫理や道徳、常識という人によって基準の異なる曖昧な概念は社会を支えることができない。人は自らを法によって縛ることでこの世界を成立させている。それがなくなれば、背骨のない世界は前に倒れることだろう。

 黄月がふと雑学を話す。

「昔、映画を観た。良いとこのお嬢さんが悪い男に惚れる映画」

「……」

「無気力な女は周囲に流されて生きる中で、男と出会って破滅する」

「よくある話だ」

「最後は人生が行き詰まる。でも、二人で生きるしかないってオチだ」

 次第に目的地が近付き高校が遠くに見えてくる。映画については染野に一切の知識がないが、そんなことは問題ではない。黄月が言いたいことはそこではない。

 車が停まるが、染野はまだ降りなかった。

「人は……時々理屈が見えなくなる。そういうもんだろ」

「理屈ねえ」

「理由は分からないが、そういうものとだけ思えばいい」

「……ボスらしい回答だな」

 それは根本的な理解には繋がっていない。しかし、染野からすればそれで解決する事柄でしかなかった。黄月は彼に対して何も言わない。彼は希代のようなお節介な人物とは違うのだ。

 染野がお弁当を手に車から降りる。

「んじゃ、例の件頼むぜ」

「ああ」




【2】


「すいませーん……」

「はい、どうされましたか」

「忘れ物を届けに来たんです。姉の」

 来校者向けの受付で染野がバイクの免許証を見せながら話をする。ここは女子校ではあるものの、創作の女子校とは異なるので普通に男性も訪問できた。ちなみにではあるが、染野は自動車も運転できる。無論、運転免許はまだない。

 事務員が片手間に対応をする。

「どなたにご用ですか?」

「三年二組の染野日折です……」

「……はい、ではこちらを首に提げて頂いて」

「どうも」

 彼は受け取った入館証を首から提げ、初めて姉の通う校舎内に足を踏み入れる。別にこれと言った感想はないものの、今までの数年間姉と関わろうとしなかった染野にとっては大きな変化なのかもしれない。

 丁度休み時間だったからなのか、チラホラと生徒が廊下を歩いていた。

「……」

 校舎の内装はここ数年の内に塗り替えられたのか比較的綺麗な色をしており、年季の入った建物にしては新しい印象を与える。それなりに高い学費を回収しているのだから、それだけの予算は確保できるのだろう。

 そんなことを思いつつも染野は階段を上って姉の居る教室を目指し、壁に貼られている校内の地図を元に道を確認する。そして、生徒が多い教室前を抜けて目的の三年二組に辿り着いた。

 彼が教室を覗き込んでみると前の方の席に日折が座っているのが見えた。染野は一瞬そのまま入ろうかと思ったものの、入っていいのかが分からず躊躇してしまい、辺りを見渡してから決心する。

「……姉さん」

 彼が姉の名を呼んだ。

「姉さん!?今姉さんって言った!」

「ぎゃはっ!何か小さい子居るんだけど!」

「小さいは失礼でしょ朝子あさこ

 唐突に現れた染野の存在が面白かったのか、クラス中で笑いの声が挙がる。彼は何が面白いのかが分からずポカンとした表情を浮かべているが、日折は突然現れた弟の存在に驚くも席から立ち上がる。

 しかし、それより先に二人の少女が染野の前に立ち塞がった。

「お嬢の弟でしょ!うわすご本物じゃん!」

「あー……そうですけど」

「わあ、そっくりだね。流石は姉弟」

「ねえ何歳!?十四?」

「十五です……」

「はははっ可愛いなあ!」

 日折の友人二人に彼は玩具にされる。退屈な学園生活の中で、不意に友人の弟が湧いて出れば笑いたくもなるだろう。染野からすれば何が起きているのか分からずもみくちゃにされているのだが。

 日折が遅れて到着する。

朝子あさこさんも邪魔」

「おーお姉さんのご登場だー」

 朝子あさこと呼ばれた活発な少女と、さんと呼ばれた間延びした声の少女が退がる。弟が唐突に現れたことが理由か、弟が注目を集めていることが理由なのか、日折はいつもと比べて少しだけ嬉しそうな表情を浮かべていた。

「飾身、お弁当……持ってきてくれたんだ」

「忘れ物……それだけ。じゃあ」

「えっ!?もー帰っちゃうの!?駄目だよ!」

「おめーに何の権限があるの」

「せっかくレアキャラ来たんだぜ?しかも男」

 人の弟をレアキャラ呼ばわりするのは人としてどうなのかという話はさておき、朝子あさこさんは帰ろうとする染野を引き留める。ただ弁当箱を届けただけの彼をこんなにも引っ張るのは、それだけ彼らが退屈してる証拠なのか。

「遊ぼうよカワイ子ちゃんー」

「あのー……もう用は済んでて」

「いいや!用はこれからできるんだよ!」

「……あっ、この後のテストが全部終わったらもう帰れるじゃん」

「じゃあ!カラオケ行こう!全額払うよ!」

 現役女子高生の軽いノリでカラオケの予定が取り付けられてしまう。染野はどう対処すべきか考えている内に事態が悪化してしまい、どうにもならず流されるしかない。日折の方も特に反対するつもりはないらしい。 彼が助けて欲しそうに姉を見つめる。

「姉さん……」

「お嬢はどうなの?」

「どうする日折ー」

 そして、日折は静かにサムズアップした。期待を裏切られた染野は内心でなるようになるしかないと思いつつ、これからどう乗り切るかを考え始める。もしかせずとも、彼にとっては日常の方が過酷な任務だ。

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