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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第4話『無知が罪ならば』

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196/213

4-3

【5】


「ただいま」

「……おかえり」

 制服の日折ひおりが部屋に上がると、窓辺で腰掛ける染野そめのが出迎える。黄昏時たそがれどきの室内は山吹色やまぶきいろに染まり、彼は何もせずに日を浴びていた。彼女は学生鞄を置くと台所で手を洗う。本来あるべき穏やかな光景ではあるが、染野が当たり前のように家に居るのは変な話だ。

 彼は外を眺め続けている。

「……今日はどうしてたの?」

「外を監視してた。やることがない」

「そう……」

 彼女は良いとも悪いとも言わない。指示がなければ何もできない彼に、自分からしたいと思えることはない。彼女の望みは子供の彼が働かず穏やかに生きること。それを叶える場合、染野は何もできなくなってしまう。

 手洗いを終えた日折が冷蔵庫から麦茶を取り出す。

「……何か……組織の人間から接触は?」

「ない……もうその話は止めて」

「……そうか」

「お昼は何か食べた?」

「いや、何も食べてない」

 司祭の体は頑丈で特別製だ。彼のような司祭は殆ど食事を摂らなくても生きていける。だが、それはあまり人間らしい行為ではない。それを繰り返していく内に、彼はまた少しずつ人間から離れていく。

 彼女が椅子に着くと、コップに注いだ麦茶を飲み干す。

「……ちゃんと食べなきゃ」

「司祭は食わなくても生きていける」

「でも、普通は食べる」

「……ならそうする」

「そうさせたいわけじゃ……はあ」

 常に冷徹な無表情を浮かべる彼女でも、一切変化しない染野の態度を見れば疲れもするだろう。行動だけを変えたところで、その本質の部分は一切変わらない。擬態は、彼の為にならないのだ。

 日折がテレビの電源を点ける。この時間帯は夕方のニュース番組が放送されていた。辺りはテレビの音を除けば無音であり、静寂に包まれている。

「……この町、静かだね」

「ああ、誰のことも気にしなくていい」

「ここに……ずっと居られたらいいのに」

「……居られるんじゃないか?」

「……そうだね」

 まるで世界に二人きり。下の階や隣室から生活音がすることはなく、二人は二人だけの世界に引き籠っている。正確には日折の方は学校に通い社会と関係を持っているが、染野の方は違う。彼は仕事を辞めたことで完全に社会との繋がりを失ったのだ。

 二人で静かにテレビ画面を見つめている。

「……欲しい物があったら、何でも用意するよ」

「興味がない」

「……今度、服買いに行こっか」

「何故?」

「そのダウンジャケット、もうボロボロだよ」

 染野が常に着用しているダウンジャケットは傷だらけだ。戦闘の度に損傷し、彼がコツコツ直しているも状態は悪い。夏場でも汗を掻かない染野は殆どの毎日それを着ているが、寿命は確実に近付いていた。

「ちゃんと直してるが……?」

「限度ってあるでしょ」

「俺に限界はない」

「真面目な顔でそんなこと言わないで」

 ふざけている場合ではない。日折からすれば弟がみすぼらしい恰好をしていることが許せなかったのだろう。経済的に余裕があるのだからそんな恰好をする必要はない。

「……買うか」

「うん」

 黄昏時が終わり、徐々に空は朱色に近付いていく。夜はすぐそこだ。

「……何だか、よく分からなくなってきた」

「何が?」

「俺が……どうして戦っていたのか」

 平穏の中、染野は自分を見失っていく。それは日常に戻るまでの副作用とも呼べる。それをどうにかしない限り彼は社会に溶け込むことはできない。ただ、彼はそもそもそれを望んでいるのだろうか。




【6】


「ああー暇だ!」

「じゃあ何でオフィスに来たんだ」

「あの町に居たってつまんないじゃん」

 蓮向かいの基地にて、オフィスのソファにシルバー7が横たわる。黄月こうげつは自分のデスクでネットサーフィンを続けており、希代きだいの方は神妙な面持ちで壁に寄りかかっている。こんな状況では考え事もしたくなるだろう。

 何故なら、彼らの隊長は組織を解雇されたのだから。

黄月こうげつ、競馬でも行かない?」

「今月は見どころのある馬が居ねえから行かねえ」

「気にするべきはオッズでしょ?」

「……何で大体の大人って趣味がギャンブルなんでしょうね」

 ずっと黙っていた希代が苦言を呈する。暇を持て余した結果、三人はギャンブルがやることの候補に挙がる程に退屈していた。いつもは任務に追われ休みの少ない彼らであったが、ここ数日は何もできないでいる。

「おじき、進展はありましたか?」

「いーや、何もない。染野隊は依然として凍結中だ」

「ボス一人居ないだけで何にもできないだなんてね」

「……そうですか」

 隊長の染野は何故か解雇された。トップを失ったチームは活動を凍結されてしまい、彼らは仕事をすることもできずにいる。先行きも分からず五里霧中、三人は給料だけを貰って時間を無駄にしていた。

 黄月が吸っていた煙草を灰皿に置く。

「だが、何故かまだ隊長の名前が除名されてない」

「……組織にしては対応が遅い?」

「そもそも、俺達の部隊も解散されてないんだぜ?」

「……じゃあ、隊長はまだ組織に属してるんですか?」

 状況が錯綜している。粳部音夏はあの時、染野を金と引き換えに解雇を約束した。だが、実際には解雇は行われずチームも解散していない。この矛盾が彼らを更に混乱させていた。

 希代がそもそもの疑問を口にする。

「まず、隊長ってどういう身の上なんですかね」

「最近その話ばっかりしてるね」

「どうって、正体不明としか」

「……きっと、組織を離れて正解だったんじゃないですか?」

 染野はここに居るべきではない。戦力不足の現状では優秀な人材である彼を手放すのは大きな損失だ。それでも、まだ子供の彼が居て良い場所ではない。ここは次第に人を怪物へと変えてしまう場所なのだから。

「少年兵を戦場から戻しても、結局自分から戻るんだそうだ」

「分かってます……でも、理想として掲げることはしたい」

「そいつは……組織も思ってるだろうさ」

 せめて建前であっても子供が戦うことのない組織にしたい。正義を考え続ける希代らしい考えだろう。対極に、シルバー7と黄月は正義や正しさについて真剣に考えるつもりはない。所詮この世は、楽しんだ者勝ちと思っているからだ。

 そして、どちらの考えも正しいのだろう。

「実際、組織はもう子供を戦闘員に採用してないんだぜ」

「でも……それが決まる以前に採用された奴らは」

「そんなに気にすること?辞めたきゃ辞めるでしょ」

「子供に意思があるかどうかの問題になるぞ」

 子供を人間としてその意思を認めるか、未熟な存在の意思を意思として認めないか。子供を盾にした卑怯な戦略と言われても言い返せないだろう。だが、そうしなければ世界は平穏を維持することができない。

 染野のような子供でも司祭であれば、現に何億という命を救っているのだ。

「じゃあ、その子供の為に何億って命を捨てたいの?」

「……結局、そうなっちまうんだよな」

「どう折り合いをつけるかって話なんだよ」

「組織の維持に必死なのに、そんな余裕ないじゃんよ」

 シルバー7の冷静なツッコミが入る。結局のところ堂々巡りで、最終的には折り合いをつけるしかないという現実を見せられるのだ。余裕があればやるが、余裕がない以上はこうするしかない。

 下の人間が考える程度のことを、上が考えない筈がないのだ。

「まあ……そりゃそうか」

 その時、彼らのオフィスにインターホンが鳴り響く。希代が応答する為に入口に向かい端末の画面を確認すると、そこには彼と模擬戦をしたアーガス・ジェットスターが立っていた。開錠すると、開いた扉の先で彼が出迎える。

「いよう!元気してるか希代」

「お疲れ様です。機神の司祭」

「ジェットスターと呼べ!んで、お前さんに手伝って欲しい任務がある」

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