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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第4話『無知が罪ならば』

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4-2

【3】


「……上の人はまだ来ないの?」

「その……わ、私からは何とも」

 ある廃棄された立体駐車場の中心で、日折と蓮向かいの職員が向かい合っている。彼女は地元の不良が運び込んだであろう机に腰掛け、その傍にはスーツケースが置かれていた。職員の方は高圧的な彼女に押され、増援が来るのを待っている。

 車のないだだっ広いその場所は音がよく響く。

「……」

 日折の主張は変わらない。彼女は組織の上層部との面会を望んでいる。自分の弟を組織から解放する為に。染野からすれば迷惑な話ではあるが、彼の周囲の人間は当然の判断だと思うだろう。同情の余地しかない。

 その時、駐車場の奥から足音がこだまする。

「……?」

 遂に上層部が来たのかと彼女が身を乗り出すも、柱の影から現れたのは染野と希代、シルバー7の三人だ。どう見ても彼らは日折が要求した人物ではなく、彼女は露骨に不機嫌そうな顔をする。

 日折の要求は通っていない。

「何で飾身が来るの」

「俺如きの為に上の人間は出張らない……」

「まずどーやってウチの人間捕まえたーの?」

「……いつも下手な尾行をするから」

 シルバー7の疑問に彼女が答える。言われてしまった職員はバツの悪そうな顔をした後、交代要員である染野達に後を任せてその場を立ち去った。足早な音色は次第に遠ざかり、無音になったところで会話が再開する。

「組織を辞めて。あなたがやる必要がない」

「必要はある」

「どうせ金の話でしょ」

「……もう部下も居る。今更どうにもならない」

「……僭越ながら隊長」

 いたたまれず意見具申しようとする希代だったが、染野が片手で遮ると黙ってしまう。彼はどうにもならないことを悟ると黙って二歩下がり、シルバー7も彼に合わせて二歩下がる。冷やかしに来ただけの彼女は随分と気楽だ。

「組織は子供の都合じゃ動かない……もう学校に戻れ」

「……子供に言われたくない」

「そりゃそうですよ……」

 その時、柱の影から粳部音夏が現れる。今まで影も形もなく、何の音も出さずに現れたその女。シルバー7と希代は奇襲に驚愕し、染野姉弟も突然の来訪に反応を示す。一体、彼女はどんな手段でやって来たのか。

「げっ先生!?」

「どっから来たのあの人……?」

「……あなたは?」

「そ、その……上層部の代理……みたいなものです」

 それを聞いた途端、日折の態度が変わる。彼女は椅子から降りると傍のスーツケースを持ち上げ、机の上にガタンと置いた。上層部とそのスーツケースに何の関係があるのか。粳部はここに何をしに来たのか。

「何で粳部が出張るんだ?」

「彼女の要望を無下にするのは……唯一のあなたの家族ですし」

 シルバー7と希代が聞こえない程度にひそひそ話をする。

「無視できる筈じゃないの?」

「ああ……そもそも、何故彼女は尾行されてたんだ?」

「日常的にやられてた?でも何で?」

 謎ばかり増えて解決しない。同様に、染野と組織の契約もどうやっても解除することができない。日折の行動は、努力は全て無駄なのか。そんな中で、彼女はスーツケースのロックを外すと中身を見せた。

「この子の契約解除に合計四千万円を支払う」

「……はいっ!?」

「マジかよ!?」

「どっから出た金だあ?」

 その場に居た全員が驚愕する。スーツケースの中には銀行の帯封が巻かれた札束が収められており、時間を掛けて数えればそれが四千万円であることが分かった。染野は何が起きているのかが分からず、ただ口を開けている。

「……えっ?」

「前金に一千万円、契約解除後に三千万円」

「まっ、待ってください!そのお金はどこで!?」

「……自力で調達した。乗るの?乗らないの?」

 あり得ない話である。彼女はありふれた高校三年生の少女でしかない。だというのに、四千万円をどこからか調達してきたのだ。自分の弟を自由にする為に、対価を稼いで見せた。

「どういうことだ?そんな金知らないぞ」

「家にちゃんと帰らないからこうなるんでしょ」

「おー良いこと言う」

「バッカ!空気読め!」

 シルバー7を引きずって希代が更に後ろに下がる。そして、ひそひそ話を再開した。

「でも、四千万円じゃ隊長には安いんじゃない?」

「ああ……隊長は八か月で四千万くらい稼いでる」

「頑張ったけど、物の値段を知らなすぎたね」

「……物か」

 染野の月給は四百四十万円であり、そこに任務毎の追加報酬が加算される。組織は彼という優秀な人材を手放さない為にそれだけのコストを支払っているのだ。それを加味すれば、四千万円では一つ桁が足りないだろう。

 粳部は焦りつつも何かを考えている。

「諦めてくれ姉さん……この程度じゃ組織は動かない」

「足りないなら、後で追加分を稼いでくる」

「……そういう問題じゃ」

「わ、分かりました……!」

 会話を遮るようにして粳部が決断する。日折を除いたその場の誰もが彼女の要求を断ると思っていた。その選択には人道以外のメリットがない。組織が損しかしない選択を取る筈がないのだ。

 彼女は緊張したまま話を続ける。

「染野さんを……解雇します」

「待て!それはおかしい!」

「先生!?」

「あっ!?」

 通ってしまった。本来、通る筈のない要求が。二つを天秤にかけた時、四千万円は宙に浮くことだろう。だが、現にこうして沈んでいる。日折の理想は叶い、染野は組織から解放される。それは社会からすれば望ましいことだ。

 染野にとってどうなのかは知らないが。

「染野隊については……お、追って通達を出します」

「粳部、これは横暴だ。お前のやっていることは……」

「職権乱用ですか?……その方が良かったんですよ」

「このことは上に……」

「報告ですか?」

 それはもう叶わない。染野は組織での権限を失い、もう関わることができない。一体何故こんなことになってしまったのか。子供がこんな権限を持っていることの方がおかしいと言われてしまえばそれまでだが、彼の仲間からすればこれはとんでもなく急な話だ。

「粳部先生!いささかやり過ぎでは……」

「あ、後で説明しますから」

「おいおいマジかよ……じゃあね、隊長」

 そして、かつて仲間であった三人がその場を立ち去る。どうすればいいか分からなくなってしまった染野は立ち尽くし、日折は無表情ではあるが先よりは安らかな表情をしていた。彼女の夢が叶ったのだ。

「……どうしろと」




【4】


 穏やかな土曜日の午前、やかんから洩れる蒸気の音が静かな部屋に響く。やることのない染野は全開の窓に腰掛け、灰色の空を見ている。梅雨の小休止といった曇りの日は外出日和なのかもしれないが、彼に行先はない。

 彼の後ろで、日折は沸騰したお湯をティーバッグの入ったマグカップに注ぐ。紅茶を飲みながら穏やかに午前を過ごすというのは、実に優雅だろう。

「どうしろと……」

「まだ言ってる」

「指示がない。自宅待機しているが進展がない」

「指示がなくちゃ何もできないの?」

「いや……でも今は緊急事態だ」

 彼にとって組織とは居場所だった。それを突然奪われてしまえば、どうするべきか分からずこうなってしまうのも仕方がないだろう。金を稼ぐ為に、彼女の為に組織に居たのだ。だが、彼女はそれを望んでいなかった。それだけの話だ。

 マグカップにお湯が注がれ、朱が滲んでいく。

「解雇されたんだからもういいでしょ……十分働いたんだから」

「十分じゃない……まだ」

「当分働かなくても贅沢できるくらいはある」

 両親の居ない彼らは毎月、成人するまで支援としていくらかの金が振り込まれる。その上で、染野が稼いだ莫大な貯金があればもう何も怖くないだろう。度を越した使い方をしない限りは十分過ぎる程に生きていける筈だ。

 染野は視線を下げる。

「……足りなくなったら私が稼ぐし」

「あの金の出どころは?」

「もういいでしょ、そんな話は」

 彼女が話の腰を折る。彼女からすれば、過剰な心配をやめて欲しいというだけのことだろう。そもそも、染野のような子供が心配することなんて明日の天気程度でいいのだ。それ以外のことを気にするべきではない。きっと、その方がいい。

 紅茶に砂糖が放り込まれる。

「飾身は明日の天気だけ気にしてればいいの」

「……天気を気にして……それから?」

「好きにすればいい」

「……具体的な指示が欲しい。俺はどうすればいい」

 日折が運んできた紅茶を彼が受け取る。彼は彼女の為に組織で金を稼ぐことを第一にしてきた。そんな彼がいきなり放り出されて好きなことをしろと言われても、何もできる筈がないのだ。

 それっぽい、人間のフリしかできないのだ。

「何でも。これからは、私が何でもしてあげる」

 そう言うと彼女はテレビの電源を点ける。中古の小さなテレビはゆっくりと起動すると、昼前のニュース番組を映し出す。そこに収められているのは圧縮された現代社会の情報、彼が知るべきものがいくつもある。ただ、それをそのままインプットするのでは駄目なのだ。

 それは上辺だけの偽装なのだから。

「……お昼、出前でも取ろうか」

「いいのか。高いのに」

「ケチケチしてたら損するよ」

 そうは言っても、染野からすれば出費が増える方が損をするとしか思えない。だが、人間の心というものはそういった単純な勘定でどうにかなるほど、シンプルな構造をしていない。余裕や無駄を愛してこそ人間だということを、彼はまだ知らなかった。

「お寿司にしようかな」

「……好きなのにすればいい」

「飾身は何食べたい?」

「……」

 彼は黙り込み、最適な答えを探して優秀な頭脳を回転させる。戦闘や潜入の任務では高い能力を発揮する頭脳ではあるが、家族との生活には対応していない。彼は所詮、マシンでしかないのだ。

 その時、テレビ画面で蕎麦の特集が出る。彼がそれを見逃すことはなかった。

「蕎麦……かな」

 そこに彼の意思はあったのか。

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