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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第4話『無知が罪ならば』

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194/214

4-1

【1】


「……ありゃ、何だったんだろうな」

「何って……隊長のアレのこと?」

「アレじゃなくて姉な」

 蓮向はすむかいの拠点である地下基地にて、人通りの多い吹き抜け構造のフロアを希代きだい達が歩いている。黄月こうげつは梅雨の時期にはもう合わないだろうコートのポケットに両手を突っ込み、シルバー7は暇そうに両手を頭の後ろで組む。

 施設の内装は気の狂いそうな程の白一色だった。

「家庭の事情でしょ。私そういうの興味ないし」

「にしたってな……上手くいってないのか?」

きよし、野暮だぜ。下世話で面白いけどな」

 それは三十分程前に遡る。



『よくもまあこんな場所に隠そうと思うよ』

『反社がよくやる手口だ』

 機械式駐車場を前にシルバー7と希代きだいが高所にある車を見上げる。機械が稼働して上階にある車を下に降ろし、黄月こうげつ染野そめのは後方で腕を組んでいた。付近では一人の男が警察官に取り押さえられており、力なく項垂れている。

 下に降りた車の扉を希代達が無理に開くと、そこには違法薬物の詰まった鞄があった。これは犯罪の証拠であり、手袋をはめた希代がそれを隊長に見せる。

『バッチリアウトです』

『ああ、連れて行け』

『はっ、はい……』

 染野に言われるがまま警察官は男をパトカーに連れて行く。何故こんな子供に使われているのかが納得できないものかもしれないが、それはそれとして仕事はする。これで、彼らの任務はおおむね終了した。

 希代が鞄を車から回収する。

『じゃあ、持って帰って終わりだな』

『小遣い稼ぎにもならねえな。これ売って風俗にでも行くか』

『おじきその発言はどうかと……』

『冗談だよ』

 下世話な話をする希代と黄月が社用車に向かって行き、シルバー7は自分の爪を確認している。特に大きな問題もなく任務が終わり、それぞれが自分の持ち場に戻ろうとしていた。

 染野が踵を返して歩き出した時、物陰に居るある女の存在に気が付く。

『……ここで何してる?』

『ボス?』

『もうこんな仕事辞めて』

 開口一番に退職を要求する日折ひおりに対し、その場に居る全員が驚いている。彼女はいつからここに居たのか。どこからどうやって誰にも気が付かれずにここに来たのか。物陰の日折は平日の昼間だというのに腕組をして怒りを表明する。

『誰その女?』

『……あなたこそ』

『た、隊長お知り合いで?』

『おいおいサクサク帰れないのかよ』

『……姉だ。お前達は帰って良い』

 それを聞いて三人の部下たちが顔を見合わせる。離れた場所に居たシルバー7も希代達の方に歩いて合流し、染野と日折ひおりのことを観戦していた。

 彼女が小声で話をする。

『全然似てないね。義理?』

『いやどう見ても血縁だろ。目がそっくりじゃねえか』

『おじきよく分かりますね……』

 人間味がなく身寄りも居なさそうな彼に姉が居る。同じ部隊で仕事をしている彼らからすれば、それは驚くのも無理はない事実だった。何故家族が居てあんな戦闘マシーンになってしまうのか。

 姉弟が話を再開する。

『こんな仕事……辞めて』

『いつから見てたんだ……』

『藪をつついて蛇が出たら……いつか死ぬ』

『その時はその時だ』

『命は金じゃ買えない……!』

 表情の変わらない日折が静かに怒る。その感情は分かりずらいものの、声色はかすかに怒気を孕んでいた。彼からすれば迷惑な話でしかないが、一般的な思考ではおかしいのは染野の方だ。彼はあまりにも先のことを考えていない。

『……遺族年金だって出る』

『私が額面の話をしてると思う?』

『思うが……』

『……飾身はそういう子だった』

 まともな話になっていない。あまりの会話の成立しなさに彼女は呆れて眉をひそめ、どうすればいいのか分からない染野はそそくさとその場を立ち去ろうとする。その不器用な生き様を理解してくれる者はここに居ない。

 彼女はその背を着いて行く。

『それより今日は学校だろ?』

『今は昼休み。これからバスで戻る』

『……何でわざわざこんな隣町に』



 白い廊下を三人が進む。動く歩道は彼らを運んで行き、対向車線の歩く歩道を白衣を着た職員とすれ違った。漂白され無菌を感じられる白さの内装は、逆に健康に悪そうな印象を与える。

 希代が彼についての話を再開した。

「仲が悪そう……ってのはなさそうなんだよな」

「悪いから口論したんじゃないの」

「それもある意味真実だな。でも、ありゃボスが一方的に拒否してる」

 黄月は部隊で一番の年長者だ。まだ若い染野やシルバー7と異なり、彼が一番人間のことを理解している。希代も年相応に経験を積んでいるが、彼の感性はあまりにも若い。良く言えば純粋なのだ。

 機械のモーター音だけが静かに響く。

「……何で組織に入るのを止めなかったんでしょう?」

「ボスのことだ。何も言わなかったか、無視したか」

「案外、姉の命令だったりして」

「だとしたら意味不明でしょーが」

 三人の疑問は尽きない。そのまま彼らは自分達のオフィスの前に辿り着き、自分らのカードを端末にかざして扉をくぐる。希代はオフィス内の冷蔵庫に向かい水を取り出し、残る二人は黄月のデスクに向かう。

 ふと、ついて来るシルバー7に黄月が反応した。

「ん?何だよ」

「……言わなくても分かるでしょ」

「……おめーも悪だな」

 言葉にせずとも意思疎通はできる。悪巧みをした黄月は自分の席に着き、彼女は後ろからパソコンの画面を覗き込む。彼らが何をする気か分からない希代は脳内に疑問符を浮かべ、首を傾げながらも水をカップに注いだ。

 キーボードの打鍵音が響く。

「……ん?」

 希代が水を飲み終えた後、依然として作業を続けている二人が気になって彼が合流する。黄月とシルバー7が一緒になって見る物とは一体何なのか。

 画面に映っているのは、蓮向かいの保有するデータベースの管理画面だ。

「何してんですか!?」

「蓮向かいのデータベースで、隊長の個人情報見ようとしてる」

「この手に限るね」

「非常識ですよ!というかおじき、等級足りないですって!」

「それでも組織に入る前の情報くらいは見られるだろ」

 彼が検索画面をスクロールして、複数表示される同名の人物の中から染野を探す。組織の収集した膨大な情報から一人の人間を見つけるのは至難の業だ。とはいえ、染野の場合はそこまで多いわけではない。

 彼がクリックをするも、警告文が出て中を閲覧することができなかった。

「ああ……やっぱり等級が不足してますよ」

「何だ。γ+くらい超えてよ黄月」

「βの女に言われたかねえよ……」

「もう諦めましょうって……」

「いいや、こうなりゃやけだ」

 年甲斐もなく意地を張ってしまった黄月はマウスを動かし、別のソフトを起動すると個人情報にアクセスする為に手を尽くす。そんなことをするよりも本人に聞いた方が速いというのに、二人はそれに熱中している。

「偽の任務をでっち上げて、特例で閲覧許可を出す」

「さっすが、うちの万能エンジニア」

「おじき本当にマズいですって!?」

「ボスの名前も使っちまおう。後で怒られるだろうけど」

「マジで止めてください!」

 とんでもない暴挙に出る黄月が必要項目を入力し、裏技を用いて覗き見に熱中する。希代は止めることができず、手続きが終わったことで警告文が消えた。こうなればもう後で罰金確実だ。

「よし!見られるぞ」

「……ねえ、殆ど黒塗りなんだけど」

「た、対策済ってことですか?」

「組織の加入前から規制の対象かよ。こりゃ厳しいな」

「待った甲斐ないなあ」

 黄月が手間を掛けて閲覧できるようにしたというのに、山盛りの資料はその殆どの行が黒塗りにされている。これから何を読み取ればいいのか。黄月とシルバー7が途方に暮れた。

 だが、新たな謎が生まれている。

「……でも、何でこんなに規制が?」

「さあな。本人に聞いてみろよ」

「このままじゃアレだし、姉の方も調べてよ」

「お前なあ……」

「一応やってみるか。雑談のネタにする」

 そう言って黄月がパソコンを操作し、今度は姉の日折の方の個人情報を見ようとする。蓮向かいの職員ではない彼女は閲覧に制限がなく。染野と異なり小細工なしでアクセス可能だ。

 だが、日折のページに飛んだところで黄月の手が止まる。

「……等級が足りない?一般人を調べるだけで?」

「何だこりゃ」

Ω-(オメガマイナス)以上が条件って……何ですかこれ?」

 この場に居る誰も、染野日折が何者なのかを知らない。




【2】


「はあ……はあ……やるんじゃなかった!」

 団地の渡り廊下を希代が駆け、大きく踏み出すと隣のアパートの渡り廊下に移る。彼が居た場所には何かが高速で突っ込み、土煙と轟音が広がる中で希代は決死の逃走劇を繰り広げた。

 その時、煙から飛び出した流星が彼に突っ込む。希代は咄嗟に両腕を交差してそれを受け止めるが、笑顔で繰り出された蹴りが直撃した。模擬戦とはいえ、それはただの人間であれば粉微塵の威力だ。

 団地が衝撃で揺れる。

「機神の司祭……!勘弁してください!」

「ジェットスターと呼べぇ!ボルテージ上げるぞ!」

「これ模擬戦っ……!?」

 アーガス・ジェットスターは高笑いをしながら圧倒的な速度で拳を振い、希代は何発かを受け流すも捌き切れずに打撃を喰らう。反撃の拳がアーガスの顔に当たるも、上機嫌の彼は止まらない。

 その速度は染野以上であった。

「フォウ!V1!」

 突如空中で横に回転したアーガスが高速で蹴りを繰り出す。弾き飛ばされて団地の壁を貫通し宙を舞う彼は、数時間前に染野とした会話を思い出した。


『隊長……個人情報を探ろうとしたのはあいつらでっ!』

『黄月から聞いたぞ。随分と暇してるそうだな』

『いや俺は反対してたんです!』

『そこは別に良い。模擬戦でもするか、丁度手空きの奴が居る』


 そして、その手空きこそがアーガスである。家具が残ったままの空き家に希代が突っ込み、彼は咄嗟にベランダに飛び込む。室内に入ってきたアーガスが彼のことを探すも、希代はカーテンを引き千切って彼の頭を包んだ。視界不良の中でアーガスが蹴りを繰り出すも、希代は反撃の拳を何度も打ち込む。

「うおっ!?おうっ!」

「嫌がらせだろこれぇ!」

 特に悪意もなく開催された模擬戦で希代はボコボコにされている。アーガスがカーテンを自分の頭から剥がすも、既に彼は玄関へと飛び出していた。扉を蹴破った希代に対し、待ち伏せしていた染野が出迎える。

 彼が反応するよりも前に染野が動き、彼の足を崩すと同時に顎に強力な一撃をお見舞いする。そのまま肘打ちを腹に叩き込むと怯んだ隙に遠くへ放り投げた。

「V2!」

 そこにアーガスが高速で突っ込み染野の攻撃へのカウンターを狙う。だが、染野の選択は攻撃ではなく受け流しであり、投げられた無防備なアーガスに何度も拳が叩き付けられる。身体能力だけが勝敗を決めるわけではない。

 力尽きた二人が床の上で伸びる。

「ギブです……勘弁してください」

「そうだな。アーガスももう限界らしい」

「墜落したぜ」

「やかましいわ」

 多少は経験になったかもしれない。勝負の鍵は単純な力押しとは限らず、最後の鍵は実は基礎にあるのだ。疲れ切った希代が上体を起こす中、アーガスが一瞬で遠くに行くと水と粉のプロテインを持って戻ってくる。

「んじゃ俺は給油しとくぜ」

「これ以上ムキムキになってどうすんですか……機神の司祭」

「アーガス・ジェットスターだって言ってるだろ」

「アーガスは速いが、相変わらず耐久は低いな。体格はあるのに」

「……相変わらず辛口なガキだぜ。これが同期かよ」

 アーガスはプロテインの用意をすると悲しそうな顔でそれを飲む。実際、全身を鍛え抜かれたムキムキの彼の最大の強みが速度というのは奇妙な話だ。耐久性に欠ける彼は染野にボコボコにされてKOに至っている。

 その時、染野のポケットのPHSに着信が来ると彼が即座に応対した。

「俺だ」

『ボス、ちょっと厄介な客だぜ』

「黄月か。何かあったか」

 黄月が緊急の連絡を染野に入れる。こういう時は大抵、何かろくでもないことが起きるものだ。そうでもなければ彼が電話をすることがないのだから。

 染野がスピーカーに耳を近付ける。

『あーボスの姉が……ウチの職員に詰め寄ってる』

「……え?」

『上層部の人間に会わせろって言ってんだが……どうする?』

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