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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第3話『若さという病』

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3-4

【8】


 希代きだいを連れた染野そめのが路地裏を歩く。彼の住む雨蓋あまがい町は東京郊外の寂れた町ではあるが、それでも地方よりは人口が多い。降りたシャッターだらけの道を二人が歩くと、ある建物の扉の前で立ち止まる。

 染野そめのがインターホンを押した後、暫くして誰かが応答した。

『はい』

「ご当選おめでとうございます。クール便です」

『……ああ、ちょっと待て』

 一見すると意味不明な内容ではあるが、それが彼らの合図であった。希代きだいは彼に背を向けて通りに誰か居ないかを確認し、染野そめのは家主が来るのを待つ。扉が開き、不愛想な男が半分だけ顔を出した。

 染野そめのが分厚い封筒を彼に手渡す。

「一昨日の、干からびた死体についての情報……」

「子供かよ……あーあの死体についてか」

 男は染野の小柄な体を見てげんなりすると同時に、封筒を受け取ってから意識を仕事用に切り替える。報酬さえ受け取れば相手が誰だろうと仕事をするのが社会人というものだ。彼のような情報屋がまともな社会人と呼べるのかについては、また別に議論が必要ではあるが。

「現場は通りに出る為の近道。でも、浮浪者がうろつきがちで不人気だ」

「だが、当日は目撃されていない」

「そりゃな。飲食店が建ってその搬入作業で居ずらくなったし」

「……なるほど」

 染野は前日にした黄月との会話を思い出す。自分の住む町でよりにもよって司祭か法術使い絡みの事件が発生するなど、心穏やかな話ではない。



『よおボス、きよし

『おじき、煙草吸い過ぎじゃないですか?』

『どうせ長生きできねえ仕事だぞ。死因の違いでしかない』

 雨蓋あまがい町のどこか。カーテンで締め切った室内は煙草の匂いが充満しているが、全ての煙草は灰皿の上でくたばっている。組織の所有する物件であるが故に煙草の匂いを気にする必要がないが、真面目な希代からすれば気になる話だ。

 染野そめの希代きだい黄月こうげつの待つ部屋に入ると、シルバー7は既にベッドに腰掛けて彼らを待っていた。パソコンの小うるさい冷却ファンの音が鳴り響く。

『んで、どういう事件なの?』

『被害者は朝五時に路地裏で発見。遺体はほぼミイラ化してる』

『……この梅雨にですか』

『体液だけが消えてカラカラなんだ。外傷はないから意味不明』

 そう言って黄月こうげつがモニター上で次々に被害者の画像を表示していく。それはどう見ても普通の殺人ではなく、死後一日も経っていない死体には到底見えない。希代はその状態に唇を噛むも、他の三人は特に気にしていなかった。

『パサパサの揚げ物……?』

『ふざけてる場合か!監視カメラはありますか?』

『あるにはある……でも所有者が不明で、探すのに手間取ってる』

『悪りぃな。もうちっと待ってくれボス』

 監視カメラを確認すれば進展どころか、上手くいけば解決することだろう。しかし、中身を確認しようにも誰が所有しているのかが曖昧なのでは話にならない。彼はまずそこを整理しなければならなかった。

 黄月が腕を組む。

『似た権能を持った司祭、法術使いは登録されてるか?』

『それっぽいのは。でも、全員この地域には居ないし管理下にある』

『じゃあ無理だね。監視されながら殺すなんて無理っしょ』

 シルバー7の言葉は正しい。蓮向かいの監視下にありながら人を殺して気が付かれないなど困難だ。となれば相手は組織の未登録の存在で、闇に紛れて何らかの目的で超常の力を使うのだろう。

 野放しにしていい存在ではない。

『……シルバー7はこの町の担当職員から巡回記録を聞け』

『りょーかい』

『黄月はこのまま情報収集、希代は俺に付け』

『おう』

『承知しました!』



 そして今に至るわけだが、情報屋の男は集めた情報を片っ端から語る。

「知ってるのはこれだけだが……」

「参考になった。もう元の業務に戻っていい」

 男はそそくさと扉を閉めて会話を打ち切る。仕事は果たしたということだろう。染野と希代は未だ答えに辿り着けていないものの、ここに居てもどうにもならない為に歩き出す。

「どうやら、ガイシャは単なる通行人みたいですね」

「暗殺目的なら道路で堂々と殺すとは思えない」

「まさか……試運転だったり?」

「……試運転?」

 あまり考えたくない単語が希代の口から出る。力を試す為に、たまたま見かけた通行人を殺して力加減を学ぶ。命を玩具のように扱っているのだとすれば、きっと話し合いが通じる相手ではないだろう。

 だが、そうでないかもしれない。

「司祭になったばかりで……勝手が分からないのかも」

「あり得る……が、そんな奴が財布に手を付けないのか」

「あっ!確かに」

「どっちの線でも探す」

 被害者の所持品はそのまま残されており、金銭についてもノータッチであった。他人を軽視している人間が死体から物を剥ぎ取ることに躊躇する筈がない。希代の想定している犯人像は実態とは少し離れているのかもしれない。

 路地を何度か曲がり、二人は通りへ近付いていく。

「少し、行き詰ってます?」

「いつものことだ。捜査は地道にやるものだろ」

「あー……俺、別に刑事課じゃないのでそれについては」

「特に意味はない……」

 希代が空回りする中、二人の視界の先に通りが見えてきた。染野の足が止まる。こんな町でもメインストリートはまばらに人が居るものだ。

「ここまでだ。次の集合場所はS21で」

「承知」

 簡潔に別れを告げると彼はダウンジャケットのポケットに手を突っ込んで通りを歩く。希代の方は時間差で彼と反対方向の道を進み、他人同士のようにそっぽを向く。通りを進むと次第にまばらに居た人も減り、最終的にはこの町らしい無人の道に辿り着く。

「……」

 希代にアドバイスをしたとはいえ、現状が行き詰まり始めていることに関しては否めない。染野は輪をかけて無表情になり、子供とは思えないような恐ろしい目をしていた。だが、それを誰かが気付くことはない。

 彼が歩いて行くと次第に土手に辿り着く。

「……」

 手掛かりを探し半ば無意識のうちに歩く染野は、次第に見覚えのある橋に近付いていく。その高架下には田沼のバラック小屋があり、彼がそこで余生を送っている。染野はそれが気になったのか、土手を降って河川敷に向かう。

 だが、静まり返ったその場所に人気はない。

「……?」

 食料調達か日雇いの仕事に行ったのかと思う染野であったが、ほんの少しの違和感が彼の脳から離れない。田沼に会いたいのであればそこで待てば良いというのに、染野は何故かバラック小屋に近付くと扉を開けて確かめる。

 無人の室内は静かだが、彼は覗き込んで水の入った鍋を確認した。

「(ボウフラが湧いてる……二日は帰ってないのか?)」

 蚊の卵は二日から五日ほどで孵化するとされている。ずっとここで生活している筈の田沼がこんな物を放置する筈がなく、それは彼が暫く帰ってきていないことの証拠だった。

 不審に思いながらも染野は小屋を出る。するとその時、ある水音を聞いて彼が振り向いた。水切りをするような小さな音だ。

「ん?」

 彼の視線の先ではある三十代くらいの男が水切りをしている。手ごろな石を拾うと、手のスナップを効かせて石を遠くに投げた。水面を何度も跳ねるそれは波紋を広げ、最終的にはチャポンと落ちる。

 染野が全く知らない男だ。

「……」

 田沼に会えない以上、彼はもうそこに居る必要はない。しかし、染野は強烈な既視感に襲われて彼から目を逸らすことができないのだ。その特徴的なフォームは、以前どこかで見たことがあった。

 それでも、染野は思い出すことができない。

「(どこかで……見たような)」




【9】


 中年の男が路地を歩く。男の顔色は別に赤くないものの、酔ったように不安定な足取りであった。こんな蒸し暑い梅雨の時期だというのにコートを着ており、月明かりも差し込まない夜の路地をフラフラと進む。

 そんな彼がある三十代の男の前を横切った。

「……」

 視界が悪く誰の顔もよく見えないこの路地で二人がすれ違う。中年の男は彼を気にすることなく直進し、もう一人の方は彼をジッと見つめた後に追いかけ始める。たまたま行く道が同じだったわけではない。

 中年の男がゴミ袋を蹴飛ばす。

祭具奉納さいぐほうのう、仕舞いお終い元通り』

 三十代の男は誰にも気が付かれないような小声で呟くと、彼がかすかな光に包まれた後にその手に段平が握られる。そんなことができるのは司祭しか居らず、男は正真正銘の司祭だ。

 中年の男は彼に気が付かず、音もなく迫った彼は男の首を後ろから掴む。

循環回廊じゅんかんかいろう

 刹那、中年の男の体がみるみるうちにやせ細っていき、反対に三十代の男は若返っていく。若さを、命を吸い取ることを代償に若返るのが彼の権能なのだ。中年の男は悶え苦しみ暴れるが司祭の筋力には敵わない。

「ああああ!?あっ……ああっ……」

 遂にこと切れ男が地面に倒れる。ミイラのように痩せた彼は変わり果てたものの、三十代に見えた男は十五、十六歳程度の姿まで若返った。服のサイズは合っていない。背も縮み彼は完全に子供になったのだ。

 少年はその場を立ち去ろうとするが、ふとミイラの頬のほくろが目に留まる。

「……ん?」

 何かが気になった少年はその死体の様子を注意深く観察すると、様々な特徴が彼を一人の人間と結びつける。答えが出た瞬間に、干からびた彼の顔にかつての顔が重なった。

 少年が取り乱す。

「浩二……!?お前っ……どうして」

 夜の帳が彼らの顔を隠したことがこの結果に繋がった。特に相手を気にせず襲ったことで、少年は遥か昔に別れた家族と再会したのだ。望まぬ形でだが。

 少年が遺体に触れると、腕におびただしい数の注射痕があることに気が付く。それは採血に何度も失敗したから生じたわけではない。

 彼が唇を噛んだ。

「最後は……薬か」

 その時、暗闇から投擲されたナイフが一直線で少年を襲う。完全な不意打ちではあったが彼は野生の勘でそれを段平で弾いた。しかしそのナイフの柄にはワイヤーが取り付けられ、巻き取られるようにして持ち主の下へ戻る。

 そして、闇から染野が現れた。その表情は暗く沈んでいる。

「何で……お前さんが!?」

「よく分からないが……足が重い」

 粳部から貰った法具ほうぐ漁火いさりび』をワイヤーに繋ぎ、手首の機械でそれを巻き取る。新たな戦闘スタイルを確立していた彼ではあるが、表情は全く暗いままだ。

 お互いに、互いの正体を知ったのだから。

「俺は……落胆してるんだろうか?」

「……まあ、そうだろうな。坊主」

「……田沼甚八たぬまじんぱち

 少年の正体は若返った田沼甚八だ。彼は司祭であり、人知を超えた権能を持つ怪物の一人である。二人の被害者を殺して若返り、染野と同じくらいの見た目になったのだ。

 染野の手には既に祭具の白い手袋がある。

「思えば変な話だ。ホームレスにしては、あんたは元気過ぎる」

「そりゃ司祭だからな。病気も怪我もしない」

「……何してる」

「若返った。命を吸って……子供の頃に戻りたくて」

 あの染野が眉をひそめる。田沼の言うことに納得していないのか、珍しく不満を顔で表明したのだ。だが、そうしたところで状況は好転しない。

「あんたが言ったんだ……過去は綺麗に見えるって」

「……」

「あんたが言ったから……俺は未来も、良いかもしれないと思えた」

 田沼は染野の気持ちを裏切り、過去に戻ろうとしている。歳を取り美化される古い思い出に魅了され、前を向くのではなく後ろに踵を返したのだ。彼が、それを認められる筈がない。

「何してるんだ……あんた」

「……お前と出会ったからさ」

「えっ?」

「間違ってると分かってる……でも、見ちまったんだ」

 全ての始まりは染野との出会いであった。過去にではなく未来に生きることを選らんだ男は、彼と出会ったことで全てを狂わせたのだ。それが間違いだと、彼が一番知っているというのに。

「若い希望を!人生で唯一楽しかった子供時代を!あの頃を!」

「美化されてると言ったのはあんただ……」

「構わない!それでも!川が汚くとも社会が悪くとも……」

「……」

「子供の頃の俺にとって……それが全てだったんだ!」

 染野は重要なことを知らない。それは、人は正論だけでは生きていけないということ。例え間違いであったとしてもそこに嘘はないのだ。そう感じた事実を否定することは、誰にもできないのだから。

 二人が刃物を構える。

「参るッ!」

「来い……!」

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