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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第3話『若さという病』

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3-3

【5】


「どうも、お久しぶりです」

「……わざわざ呼んだ理由は?」

 古びた百貨店の屋上。昔は屋上遊園地が稼働していただろう場所は、今では雨ざらしによって激しく劣化していた。そんな夢の跡地で染野そめの粳部うるべが合流する。彼女は何かを布で包んで抱えており、その中身は外見では分からない。

 遊具に座る染野の向かい側で彼女が立ち止まった。

「プレゼントと……あっ後は雑談でも」

「……潜伏先にそう何度も来るな。これは基礎だぞ」

「す、すいません……でも、私あなたの師匠でもあるので」

「……あくまで形式上だと思っていたが」

 染野は粳部の一番弟子とされている。されているという表現の通り、その実態はイメージと解離していた。染野が形式上のものだと思ったのも当然のことだろう。それはあくまで、彼を救う為のものなのだから。

「時期的にあなたが一番弟子なのは事実ですよ」

「そういう話じゃない」

「……弟子にすれば牽制できるんです。不適切な任務を振る人を」

「やってくれとは一度も言ってないんだがな」

 染野の等級はγ+という上澄みだ。そうなれば当然、優秀な彼に過酷な任務を依頼しようとする者が増えるだろう。だが、それでも彼はまだ子供なのだ。粳部から見て、関わるべきではない任務は確かに存在する。

「見なくて良いものもあるんですよ。あなたぐらいの歳頃の子には」

 そう言うと彼女は歩き出し、持っていた布で包んだ何かを染野に手渡す。隻腕の粳部が片手で布を捲ると、そこには一本のナイフがあった。無骨な上に見るからに丈夫そうな軍用ナイフが、彼女からの贈り物だ。

「これは?」

「『漁火いさりび』です。染野さんに差し上げます」

「……普通のナイフじゃないんだろ」

 無骨な形状に似合わずそのナイフの名前は華々しかった。そして、染野の推測通りそれは普通のナイフではない。粳部音夏うるべおとかという『星の怪物』が、戦闘に何の役にも立たないナイフを持って来る筈がないのだ。

 染野がナイフの柄を握って具合を確かめる。

法術ほうじゅつを使って武器を構築するんです。法具ほうぐと言います」

法術ほうじゅつってことは……」

「ええ、司祭や法術使いに有効です。弱くて高コストですが」

 無敵の司祭や手強い法術使いに傷を負わせられる量産可能な兵器。正に夢のようなこの技術を『法具ほうぐ』と呼ぶ。しかし、それは所詮夢でしかない。高コストで弱いという最悪の二つの単語が、この武器の評価を自然と語っていた。

「時間とお金を食うだけで、先行量産型を十振り作って計画が中止に」

「俺で在庫処分というわけか」

「まあ、ないよりはマシです」

「……何で漁火いさりびなんだ?」

「使ってれば分かりますよ」

 今答えて欲しいと思う染野であったが、言ったところでどうにもならないと思いとどまる。彼女が馬の形の遊具に跨る中、用事の済んだ染野はその場を立ち去ろうとした。だが、ふと足を止めると何かを思い出したかのように話し始める。

粳部うるべは……未来と過去、どっちが優れていると思う」

「どっちが好きかって話ですか?」

「そんなところだ」

「……未来です。明日は今日より良くなると信じてますから」

 粳部もまた、理由こそ違えど田沼のように明日を信じていた。このどうしようもない世界を昨日よりもマシにする為に、粳部は今日も世界を跳び回っている。

「だから、法術で不老になったのか?」

「ええ。人類全てが叡智を手にするまで、戦い続けます」

 粳部音夏うるべおとかに寿命はない。自ら生み出した法術によって悠久の時を生きる彼女は、自らの役目を果たすその時まで足掻き続ける。世界最強の人間である彼女に限界はない。あらゆる壁に挑み、越え続けるのだ。

 ちなみに、彼女はまだ二十三歳である。

「……それが……人間らしさか」

 そして、染野にはまだないものだ。

「ただ……不老の術式を他人に教えるなってお上に言われたんです」

「そうか」

「でもこっそり同僚に教えても……大体は不老を拒否するんです」

「……そうか」

 彼が彼女を適当にあしらいながら屋上を立ち去る。天才の粳部でも人の信条をどうこうすることはできない。




【6】


 風が吹き荒れる。灰色の町はいつになく灰色かつ鈍色で、嵐の始まりを告げていた。染野の住む町に季節外れの台風が近付いているらしく、今日は風音以外の音が聞こえない。隠れ潜む町の住人はいつもよりも上手く潜んでいるらしい。

 日が傾き始めた午後、染野は仕事を終えて帰路に就く。

「……あれは」

 土手を歩く染野は高架下に居る田沼たぬまを見かける。強い風が吹き込むその場所は轟音が鳴り響いており、河川敷の植物は風の勢いで倒されていた。ホームレスの田沼にとって、こうした天候の生活への影響は大きいだろう。

 気になった染野が土手を駆け下りて彼の下へ向かう。

「風、強いですね田沼たぬまさん」

「おお、染野か。季節外れの台風か?酷いもんだ」

 バラック小屋が風で揺れている。その小屋は決して上等なものではなく、様々な残骸を繋ぎ合わせて作った粗雑な小屋であった。故に、地震や強風によっては倒壊のリスクが付きまとうわけだ。

 田沼はトタンに刺さっているビスを手で締める。

「これ大丈夫ですか?倒れそうですけど……」

「どうだかな……去年から少しグラついててな」

「……手伝いますよ、補強」

「いっつも思ってたが、ホントもの好きな奴だな」

 染野は草むらに転がっていた古いバットを拾うと、それを小屋の傍まで運ぶ。そしてそれを拳で叩いて杭のように地面に深く突き刺し、落ちていた太い針金で小屋と固定して見せた。何もかもが足りない状況でよく考えたものだ。

「おいおい……なんつー力だよ」

「こんな感じで、骨組みをロープとかで杭と結びましょう」

 そして、田沼が周辺から使えそうなガラクタを拾ってくると、染野がそれを使ってバラック小屋を補強していく。河川敷という立地の悪さもあったが、二人は自分達にできることをやるしかない。

 杭を使った補強の結果、かなりマシな強度になっていた。二人で補強の完了したバラック小屋を眺める。

「いやあ、助かったよ」

「地震以外は耐えられそうですね」

「その時は天に任せるさ」

 潰されればもうそこでおしまいだ。こればかりはどうしようもないが、世捨て人として生きる田沼らしい最期なのかもしれない。ホームレスの彼はもう、普通の死に方をすることは叶わないだろう。染野よりも先に命が尽きるのは事実だ。

 二人が小屋の中に入る。隙間風は多いが、それが逆に風の勢いを減らしているようだ。田沼はアルミの箱からマッチ箱を取り出すと、湿気にやられかけのマッチで囲炉裏に火をつける。風が強く肌寒い中、弱々しい火がゆっくりと囲炉裏に掛けられた鍋を温めていく。

 薄暗い高架下のバラック小屋を、小さな光が照らしていた。

「田沼さんは……余裕がありますよね」

「体が丈夫だからな。他のホームレスはみんな暗くなっちまった」

「貧すれば鈍する……と?」

「そんな感じだな。俺には向いてないな」

 むしろ、彼は今の生活の方が向いているのかもしれない。社会の喧騒や流れから弾き飛ばされた今の方が、何にも囚われず自分らしく生きられるのだろう。それは果たして幸か不幸か。

「……これを聞くのは失礼かもしれないですけど」

「何でこんな生活をしてるのか、だろ」

「……そうですね」

「まあ、この前の話とそう変わらないさ」

 田沼の妻は自殺し、子供の片方は事故死でもう一人は行方不明。細かな事情までは染野も知らないが、望んでこうはなりたくないだろう。回避できるのならば回避できる筈だ。

 囲炉裏の火が次第に大きくなっていく。

「俺は戦時中の生まれだった」

「……」

「親や周りに流されて、当時は家電量販店に勤めてたよ」



 千九百七十年代。三十歳を過ぎた彼は家電量販店で家電の販売に関する事業を行っていた。子供二人を養う為に今日も体に鞭を打ち、吸いたくもないタバコを周りに合わせて吸う。煙が充満するオフィスで働いているのだ。

 同僚が彼に話しかける。

『にしても、お前はやる気があるのかないのか分からねえな』

『えっ?ある方だと思ってるけど』

『一人で居る時は目が死んでるぞ』

 パワハラという概念が存在しなかった時代ではあるが、それが実際に行われなかったわけではない。田沼を取り巻く環境は最悪のものではあるが、稼ぎが良いこの会社を辞めるわけにもいかない。

 家族が居るのだから。

『でも、家族が居るのに帰るの遅いよな……』

『職場に居たいんだよ。家族に会いたくないんだ』

『息子さん小学生だろ?寂しくないか』

『いや……』

 田沼は世間体の為に、誰にも責められない為に無難な行動を取ろうとする。家族からすれば決して良い話ではないが、彼はある意味で社会の犠牲者なのだ。未成熟で残虐な時代の犠牲者。


 自宅に戻った田沼が玄関でネクタイを外す。もう時間帯は深夜であり、子供はすっかり寝静まっていた。鈴虫の鳴き声が庭から聞こえる中、田沼がリビングに向かうと妻がテーブルから起き上がる。

『お帰り。今日は遅かったね』

『嫌な連中の尻拭いのせいだよ。変に長引いた』

 その言葉に嘘はないのだろう。実際、彼は言葉通りの理由で残業をし続けていた。だが、そこに家庭に関りたくないという願望も紛れているのだろう。それでも、それを直接言うほど悪意があるわけでもない。

 田沼が荷物を椅子に置く。

『知ってる?浩一、警察官になりたいんだって』

『へえ、初めて聞いたな』

『そりゃずっと会社に居たら知らないでしょ』

 妻の言葉に悪意はない。田沼が働いているおかげで生活できていることを理解しており、残業も仕方のないことだと分かっている。悪意のない笑みを浮かべた彼女はわずかに開いた襖の先を見た。そこでは二人の子供達が布団で寝ている。

『耳が痛いな』

『ははっ、今日もお疲れ様』

『この家がもう少し安ければ俺も早く帰れたんだがなあ』

『それはもうしょうがないって』

 田沼が襖の隙間から自分の子供達を眺める。彼らに何と言葉を掛けるべきか分からず、何をすべきかも分からない男。情けない父親ではあるが、彼はこういう生き方しかできない男なのだ。

 彼が襖に背を向ける。

『今度、みんなでどこかに行こうよ』

『その内な』

 その内というのは、結局いつになったのか。


「まず最初に、長男が交通事故で死んだ」


 それは今から四十年前。霊安室にて、白い布を被せられた遺体と三人が面会する。田沼は困惑とも悲しみともとれる複雑な表情を浮かべ、妻の方は動揺を隠せない。次男も同様に現実を受け入れられないような表情をしていた。

『……っ』

 妻が布を捲って確認すると、変わり果てていてもそれが自分の子供だということがよく分かってしまった。泣き崩れる憐れな女に対し、田沼は支えることもしない。どう接するべきなのかが分からないのだ。

 だが、長男が死んだことだけは確かに理解していた。


「偶然だった。でも、それが次男と妻を傷付けた」


 黙り続けている次男は遠い目をしていた。目の前の現実は耐え難いもので、何もかもが現実離れしている。だが、彼はそれを受け入れなければならない。しかし、実際にできるかどうかは誰にも保証できないのだ。


「俺は役立たずで……何を言うべきか分からなかった」


 そうやって田沼が目を逸らしてから時が経ち、家の電話にある報せが届く。そして、それが何もかもを徹底的に壊す。電話に出た田沼は通話相手の話すことの非現実的さのあまり、最初は信じられなかった。

 彼の居る廊下に明かりはない。

『えっ?浩二が夜逃げ?』

『やっぱり知りませんか。いや、こっちも困ってるんです』

『初めて聞きましたよ……そんなの』

『息子さん、借金が利息含めて三千万はあるんですよ』

 それは初耳の話であった。家族から目を逸らし続けていた田沼への報いなのかもしれないが、畳み掛けるようにして訪れる不幸の連続は彼にとって悪夢だろう。到底払えない借金が全てを持ち去ろうとしていく。

『お父さん、連帯保証人と聞いてます。お願いできませんか』

『えっ……あっ、三千万……ですか』


「結果は家を売っても足りなくて破産……まあ、自業自得だよ」


 昔の家よりもずっと小さなアパートで、妻は頭を抱えている。こんな状況で心穏やかに居られる方がおかしいのだ。居心地が悪そうに立っている田沼は心労か随分と痩せており、状況は底に近付いている。

『昔から言ってたでしょ……ちゃんと子供を見てって』

『もう今更だよ……それに、豪遊してるなんて誰にも分からない』

『独り立ち後の話だけをしてるわけじゃない!』

『……もう何回目だこれ』

 話は堂々巡りであった。既に二人の関係は修正できないところに行き着き、ここから直すことは叶わない。次男が非行に走ったことがトドメを刺したのだ。そして、これは単純な責任問題ではない。

 妻が取り乱していく。

『あなたはいつも子供から逃げて……!』

『やることはやってた……これはあいつの』

『やってたらこうはなってない!』

 それは半分事実だろう。


「で、その日が来た。時間の問題だよ」


 白髪が増えた彼がリビングの扉を開ける。あれから十年以上の時が経った。

『ただい……』

 田沼の視界に映ったのは老いた妻が首を吊った姿であった。時間は問題を解決しない。修復できないところまで来た以上、待てど事態は悪化するしかなかったのだ。彼は彼女を見て立ち尽くすことしかできない。

『……あ』

 彼の中の何かが壊れた。それが彼の唯一の救いになったのかは分からないが、これが今の彼に繋がったのだ。破滅の始まりとも言うかもしれない。

『駄目だなあ……俺は』

 そして、男は全てを捨てた。持っていた何もかもを捨てた。田沼を縛っていた家が遂に消え去り、彼はようやく一人になれたのだ。それこそ、彼が本当に求めていたものなのかもしれない。



 囲炉裏の火を染野と田沼が眺めている。もうどうにもならない過ぎた話だが、染野はどうしても考えてしまう。人を知らないからこそ、彼はそれを知ろうと考え続ける。とはいえ、一人で答えにはたどり着けない。

「大した話じゃないだろ」

「……」

「俺は大人の皮を被ってただけに過ぎないんだ。情けない話だが」

 田沼は自分にできる精一杯のことをしていた。しかし、彼は致命的にそれと相性が悪かった。彼にできることを遥かに超えていたのだ。この結末は、避けられるようで避けられないものだったのだろう。

 黙っていた染野が口を開く。

「……本当に嫌いだったわけじゃないんでしょう?」

「でも……どう接すればいいのか分からなかった」

 田沼は彼にできることを彼なりにやっていた。だが、それは一般的な家族の形としては相性が悪かったのだ。

「俺は一生、人間失格だよ」

「……そうでしょうか」

「……」

「明日は、今日よりも良くなると……言ってる人が居た」

 ふと、染野がいつもの無表情で一定のトーンで話し始める。その言葉に田沼はハッとさせられる。男の輝きに目を奪われていたのだ。

 一般人の偽装が剝がれているというのに、彼は気にせず話を続ける。

「俺は……それを信じても良いかもしれないと、少し思った」

「……俺に未来か」

 そして、田沼は天を仰ぐ。




【7】


 湿気の多い梅雨の季節。染野は自宅アパートの窓からしとしと降る雨を眺めていた。外出が難しい日にできることは少ない。任務と任務の合間の時間はいつだってこんなものだ。始まれば忙しくても今はこの程度なのである。

 だがふと床の上に置かれた固定電話が鳴り、彼が受話器を取った。

「俺だ……」

『ボス、少し妙な話が舞い込んできた』

黄月こうげつか」

 コンピューターに詳しい黄月こうげつは必然的に情報に詳しくなる。結果として、時たまこのように新しい情報を持ち込んでくることがあった。染野の部下を選ぶ目は相当に優秀なようだ。

 染野が受話器に耳を押し当てる。

雨蓋町あまがいちょうで、干からびたような死体が見つかった』

「干からびた……?」

『人間の死に方じゃない……恐らく、司祭か法術使いだぜ』

 そして、遂に全ての歯車が狂った。

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