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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第2話『銀の歌は故郷に』

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2-6

【11】


 ダマスクがコンクリートの円柱を手で砕くと、その手の中にある破片が金属に変化する。それをシルバー7に向かって投擲する彼だが、彼女はそれを一目見ると権能を発動した。空中で動きが遅延し極端に遅くなった破片に対し、シルバー7はそれを踏み越えて急接近する。

「(こいつさっきから……)」

 彼女の打撃がダマスクに命中するも、金属と化した彼の体に攻撃は届かない。染野そめのであれば有効な攻撃手段があっただろうが、そもそもシルバー7は戦闘が専門ではなかった。余裕のある彼は堂々と彼女の腹にカウンターの拳を打ち込む。

「(自分と触れた物を金属にしてるっ……!)」

 ダマスクの権能は非常に単純。自分の体と触れた生物以外の物体を金属にするという効果。概念防御がいねんぼうぎょを帯びたその金属はある種の質量兵器であり、ダマスクは再びコンクリート片を掴むと金属に変え投擲する。

「芸がないね!」

 シルバー7がコンクリートの円柱に隠れて金属片から身を守る。埃や粉々になった破片が宙を舞う中、周囲の様子が分からないシルバー7は辺りを見渡した。しかし彼女の探査範囲は狭く、背後に回ったダマスクに蹴飛ばされる。

「ぐっ……!?」

 彼女が地面を跳ねて転がった後に何とか姿勢を変えて減速した。

「(権能使用後に数十秒音が聞こえなくなる弱点がなきゃなあ)」

 シルバー7の権能『ライ・ディレイ・アイ』は優秀な能力だが、彼女が持つ司祭としての『弱点じゃくてん』が足を引っ張っている。権能を使って数十秒の間、音が聞こえなくなるという弱点は彼女に大きな隙を与えてしまうのだ。

 二人が睨み合った後、シルバー7が先に走り出す。

「同郷だからと手加減なしだぞ!」

「……しつこい女だ」

 彼女が地面に落ちていた自分の祭具であるマイクを拾うと、それを思い切りダマスクへ投擲した。彼は遅延の権能が来ることを警戒し、自分の全身を金属にして硬化させつつ右半身を庇うように立つ。だが、マイクは彼の体が弾き彼女の権能は来ない。

「……?」

 シルバー7は彼の右半身を庇うような仕草に疑問を覚えつつ、足払いで隙を作ろうとする。だが、彼は足への攻撃に対しては過敏に反応し、接近した彼女の顎に拳を叩き込んだ。脳が揺れた彼女は怯み、二段構えの打撃が胸に直撃し吹き飛ぶ。

 その時、遠くで戦っていた水の司祭の放った波が二人を襲う。

「おっと!」

「あの馬鹿……!」

 ダマスクは波に弾き飛ばされ転がるも跳び上がり、コンクリートの円柱に左脚を突き刺すと波を回避する。一方、シルバー7の方は自分を襲う波だけを遅延させると、動きの止まった水を滑り降りて回避して見せた。

 不意に、シルバー7の視線がダマスクの右脚に吸い寄せられる。

「(右膝だけ金属化してない……何故?)」

 円柱に彼がぶら下がっているこの状況だからこそ、その些細な違いに彼女は気が付いた。自由人な彼女でも馬鹿なわけではない。二つの違和感があれば真実に辿り着いてみせることだろう。

 周囲の水が水の司祭の下に帰っていく中、ダマスクが着地した。

「水を差されたな。おしまいにしよう」

「何を?こっちはようやく温まってきたのッ!」

「……冷や水だったのにか」

 その刹那、ダマスクの意識が遠のいたかと思うとシルバー7が迫る。彼は異常事態に焦ると咄嗟に彼女のジャブを弾き、何とか対応しようと体を動かす。彼女が足払いを狙った瞬間、ダマスクは危険を感じ後ろに避ける。

「(思考を遅延させてもこの速さ!)」

 だが、それを読んでいた彼女は踏み込むとラリアットを叩き込んだ。

「くっ!」

「いでっ!?」

 後ずさるダマスクのダメージは少ない。反対に攻撃した筈のシルバー7の方は自分の拳や腕にダメージが蓄積されている。このままでは勝ち目がない。それでも、彼女が戦いを止めることはなかった。

 ダマスクが隣にあったコンクリートの円柱を引き千切ると、その巨大な塊を権能で金属に変換する。思い切りそれを振りかざして勝ちを狙う彼だが、彼女はスライディングでそれを躱す。

「なっ!?」

 ダマスクが反応する前に、腰を落としたシルバー7の放つ拳が彼の右膝に直撃する。彼は全身を金属に変えることができても、その部位だけは金属にできないのだ。強度に欠ける場所に致命的な一撃が炸裂した。

「しまッ!?」

「おらああああ!」

 ダマスクが肘を落として反撃しようとするも、彼の体は『ライ・ディレイ・アイ』の効果で動きが鈍る。そして、生じた隙に何発もの蹴りが叩き込まれ、遅延が解消された瞬間にダマスクの右脚が千切れた。

 いくら硬度が高くとも、片足ではもう満足に戦えない。

「……降参だ。あんなクライアントの為に死ぬのは御免だ」

「ベネズエラのこと?それは同意見ね」

「……お前、本当に同郷なのか?」

「さあね」

「カラカスだろ、そんな顔してる」

 カラカスとはベネズエラの町の一つだ。その中にはスラム街と変わらない地域もあり、治安も良いとは言えない。ダマスクは破壊された右膝の断面を強く縛り、痛みと出血に耐えている。

「死にたくないなら質問に答えて」

「子犬みたいに従順になるさ」

「……この写真の男に見覚えは?」

 彼女が懐から二枚の写真を取り出す。二人の男が写ったそれはかなり古い写真であり、現在の彼らは今よりも歳を取った姿なのだろう。とはいえ、具体的に何年前なのかは分からず人名も不明。

 ダマスクが片方の男に反応する。

「こいつは知らんが……こっちは知ってる」

「本当に?どこで!?」

「バレンシア……ギャングのお抱えで、傭兵まがいの仕事をしてた」

 シルバー7が珍しく強い反応を示す。バレンシアというのもベネズエラの町であり、ギャングの多い工業都市だ。彼女は驚きのあまり警戒が薄れており、目の前の相手が敵であることを忘れ始めている。

「商売敵らしい。こんな表情豊かじゃないが……顔は完全に同じだ」

「ならこっちの写真……」

 その時、ダマスクが懐に隠していたコンクリート片を思い切り彼女に投げる。いつの間にか隠し持っていたそれは金属に変化し、鋭利な断面を活かしてナイフのようにシルバー7に迫る。彼女は回避できない。

 だが、どこからか飛んで来たマイクがコンクリート片に直撃し軌道を変えると、ダマスクはマイクが来た方向に顔を向ける。そして、その顔に染野の飛び膝蹴りが命中すると吹き飛び壁にめり込んだ。

「気を付けろ、相手は司祭だ」

「……助かる、隊長」

 シルバー7が落としていた自分の祭具が、染野に拾われて自分を助けた。危うく重傷を負うところを助けられたというのは大きかったが、彼女はそれよりもダマスクから話を聞けないことの方を気にしていた。

 探し人について、ようやく進捗があったというのに。




【12】


 古い団地の屋上、色褪せた赤茶色の外壁の砦には今でも住人がひっそりと生きている。だが生活音は聞こえず、その屋上では濁った人工の池から魚の泳ぐ音だけが聞こえていた。

 シルバー7がベンチで日光浴をしていると、階段から染野がやって来る。

「……ここに住んでるのか」

「ここで仕事がある時は。大抵は基地で寝てるけど」

 人工池の水質は悪く、一面の苔や水草で緑色に染まっている。誰かが管理をしているようには思えない外観ではあったが、その中では鯉などの魚が泳いでいる。恐らく、湧いた虫や苔を餌にしてバランスを保っているのだろう。

 染野が彼女の隣に立つ。空は気が滅入るような灰色だ。

「何で引っ越してないの?おの女の事件は終わったのに」

「……家庭の事情だ」

「家庭ぃ?まあいいけど」

 染野はまだこの雨蓋町を出ていない。居る必要はないというのに、姉の日折に足を引っ張られてここに居る。家庭の事情というのは間違いではないだろう。

 だが、シルバー7の方も家庭の事情に縛られている。

「ベネズエラの諜報部は、別動隊の一部を除いて逮捕された」

「んー?一部?」

「既に国外に逃亡していた……管轄はウチじゃない」

「ゴキブリも鼠もしぶといからね」

 嫌な例えではあるが、生き汚い生き物は滅ぼすまでに時間が掛かるものだ。とはいえ、染野隊の仕事は終わりもうお役御免。彼らがこれ以上関わることはない。しかし、今日のシルバー7は普段以上に仏頂面だ。

「……何か、浮かない顔をしている」

「私が?どうしてよ」

「逮捕されたダマスクという司祭の傭兵、気になるのか?」

「……まあね、探し人を知っているかもだし」

 彼女が見せた二枚の写真の男についての情報は少ない。わざわざ、同郷で裏社会の人間に質問するほどなのだから。更なる質問をしようとしたタイミングで染野が彼女を助け、取り調べは終わってしまった。

 シルバー7からすれば面白くない。

「やっとチャンスが巡ってきたのに……私の取り調べは後回し」

「他の連中からしても良い情報源だ……倍率は上がる」

「……こっちは十三年待ってるのに」

「……ん?」

 その言葉の意味はまだ染野に分からない。シルバー7が何故、この組織に所属し写真の男達を探しているのか。人間らしさに欠ける彼にはまだ、そこにたどり着けない。

 不意に、水面から鯉が跳ねた。

「俺の権限で……取り調べの優先順位に割り込めるが」

「……便宜を図ってくれるってこと?」

「そうなるな……」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするシルバー7。驚きもするだろう、あのポーカーフェイスで無機質な染野がそんな気を利かせるなんて。

「助かる……染野隊長」

「……ああ」

 それだけ言うと彼は用件が終わったのかその場を立ち去り、階段を下る音も遠ざかっていく。再び世界は静寂に包まれ、気が滅入りそうになるほど彩度の低い街並みと空が支配した。

 シルバー7が懐から二枚の写真を取り出す。

「サムエル……ガビ……」

 彼女と似た面影を持つ、サムエルとガビと呼ばれた二人の少年。生きていればもう立派な大人になっているのだろうが、シルバー7は彼らの現在の姿を知らない。彼らは写真の中で歳を取らない。

 ふと、いつかの光景が彼女の脳内に蘇る。



『だから、ラビは付き合わなくていいんだって』

『よく言うよ!私が居なきゃ二、三匹の癖に』

『たまたまさ!』

 幼い兄妹がスラム街を往く。十二歳程度のシルバー7は祭具のマイクを握っており、階段を降りてドブ川に出た。魚が潜んでいるその場所は良い狩場のように思えるかもしれないが、工業や生活廃水に汚染されたそこはかなり危険だ。

 ラビと呼ばれたシルバー7が権能を使うと、水中で魚の動きが止まる。

『ほーら楽勝じゃんサムエル!』

『ん?おいラビ……』

『おっ、あれデカいじゃん』

 サムエルと呼んだ兄の方を向くことなく、彼女は漁に専念する。魚の動きを止めてしまえば短時間で食材を調達できた。犯罪を犯さず司祭の力を活用するにはこれが最適なのだろう。

 籠に魚が集まったところで、シルバー7が兄の方を向く。

『ねえサムエル!……サムエル?』

 だが、兄は居ない。彼女に何かを伝えようとしていたサムエルは姿を消し、ドブ川には彼女一人しか居なかった。川の流れる音と兄を呼ぶ声だけが虚しく響き、状況は何も解決しない。



 そして、家に駆け戻ったシルバー7がもう一人の兄に助けを求める。力任せに扉を開き、その音に反応したガビが何事かと妹の方を見た。

『どうしたラビ』

『ガビ!サムエルが見つからない!』

『えっ?魚取りに行ったんじゃ』

『私が権能使って……音が聞こえなくなった時に消えてたの!』

 シルバー7の弱点は権能を使うと数秒の間、音が聞こえなくなること。魚を獲ることに集中していた彼女が無音の中、兄の状況を確認するというのは無理がある。彼女はその弱点故に、兄とはぐれてしまったのだ。

 慌てたガビが懐中電灯を手に取り彼女に駆け寄る。

『ラビはここに居るんだ!あいつが帰ってくるかもしれない』

『ガビはどうするの?』

『探してくる。もし人攫いに掴まってたら一大事だ』

『でも……』

『いいから!ここに居るんだ』

 それだけ言ってガビは家を飛び出した。シルバー7を一人だけ家に残して、二度と帰ることはなかった。それが最後の会話になったのだ。三兄弟は一人きりになり、シルバー7は今に至る。



「……いつかぶん殴ってやる」

 だが、殴ろうにも見つけなければ殴れない。その為にも彼女は二人の兄を探している。この世のどこかに居るであろう家族を今も探している。

 この灰色の空の下に、きっと居るのだ。

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