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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第2話『銀の歌は故郷に』

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2-4

【6】


 とある治水施設の内部、天井が遥かに高いコンクリートの空間は音がよく響くほど広大であった。地下神殿などとも呼ばれるその場所は豪雨の際には水が溜め込まれるものの、現在は足下に浅く水の張る程度である。

 そんな場所にベネズエラ諜報部の二人の男が立っていた。

「……上手くいくとは思えない」

「ダマスク、そうネガティブになるなよ」

「第一、機密を別働隊に渡してどうするんだ」

 ダマスクと呼ばれた司祭と、水の司祭の二人組。自爆した法術ほうじゅつ使いと、彼らと同時に脱出した男を除いた二人がそこで待機している。海を渡って逃げた彼らは町に潜み、こんな辺鄙な場所で染野から逃れていたのだ。

「機密は本国に行く。で、俺達はいつ帰れる?」

「最優先は機密だぜ。時間は掛かっても遠回りで帰る」

「……敵組織の規模も分かってないというのに」

 ダマスクが苦言を呈したくなるのも当然だ。何しろ、彼はベネズエラの諜報部の所属ではなく、その諜報部に戦力として雇われただけの傭兵なのだ。こんなつまらない事情に巻き込まれて捕まるわけにはいかない。

 そりゃあ、誰だって逃げたい。

「ロッカーで受け渡しをしたら、三人で逃げればいい」

「全く割に合わないな……あんな報酬じゃ」

「生きてりゃ儲けたようなもんだぜ。それに、まだ手がある」

 水の司祭はダマスクと対照的にまだ絶望していない。組織に忠実な彼は自分の仕事を淡々とこなし、その上で生き残ろうとしている。とはいえ、それは半分賭けのようなものである。そう上手くいく筈がない。

 水の司祭がプリペイド携帯を取り出し、誰かに電話を掛ける。

「Schneefre(雪喰らい)sserか?海外逃亡を助けて欲しい」

『ベネズエラの諜報部でお間違いない?』

「ああ、報酬は上に請求してくれ」

『……察するに君達が逃亡中の工作員か』

 電話の相手が鋭い推測を披露する。Schneefre(雪喰らい)sserことシュネーフレッサーとは、以前葛西(かさい)が助けを求めるも動こうとしなかった組織だ。その存在は謎に包まれており、海外逃亡を助ける存在としか分からない。

 著しく加工された音声が続く。

『残念だが、君達を助けることはできない。リスクに見合わない』

「何?俺達はお得意様だろ?そう聞いたが」

『ああ……だが残念なことに君達を追っている連中に問題がある』

「……例の組織か」

 染野そめの達『蓮向はすむかい』が彼らを追っていることをシュネーフレッサーは知っている。どこまで詳細に知っているかについて彼らは語らないが、警告を出す程度には知っていることだけは分かる。声色から感情を読み取ることは難しい。

 水の司祭が別の方法を考える。

「せめて、俺の仲間だけは海外に運んでくれ」

『それは可能だ。行先はベネズエラでいいな?』

「ああ、現在地については後で仲間から電話させる」

『承知した。割れ物のように丁重に扱おう』

 それだけ言うと通話が切れる。依然として彼ら三人が安全に海外逃亡する手段は確立していないが、彼らの仲間である別働隊を逃がすことだけはできた。

 しかし、ダマスクがそれに納得するかは別の話だ。彼が水の司祭に詰め寄る。

「おい、お前の仲間を逃がしてどうする」

「マークされてないあいつらなら逃がせるだろ。合理的な判断だ」

「お前の組織の都合を押し付けるな。俺は傭兵だ」

「それ含めての報酬だろ。俺達は国家が最優先だぜ」

 ダマスクは舌打ちをして彼から離れ、柱に寄りかかると腕を組む。祖国への高い忠誠心を持つ水の司祭と彼では認識に大きな違いがあった。生き残り金を得ることが最優先のダマスクにとって、それは理解できない考え方だ。

「同じ人間とは思えん……」




【7】


 東武金崎駅の構内にて、ベンチに腰掛けたサングラス姿の男が居る。彼は自分の腕時計をジッと眺めている振りをしつつ、駅の端にあるロッカーを監視していた。そこにある機密を受け取りに来るベネズエラの諜報部を、今か今かと待っていたのだ。

 彼の耳元の無線に染野そめのの声が入る。

『状況は?』

「依然、異常なし」

 まだ彼らはやって来ない。しかし、いずれ彼らは機密を回収する為にここに来る。宝をロッカーに隠して腐らせる筈はない。とはいえ、いつ来るかも分からない相手を待つというのは気の長い話だ。

 だが、その時は唐突にやって来た。

「こちら玉井、ロッカーに一直線の奴が居る」

『了解、対象物に触れたら突入する』

 一人の浅黒い肌の男が駅構内に入ると、周囲をさりげなく観察し敵が居ないかを確認する。彼は異常がないことを確認するとゆっくりとロッカーへ向かっていき、指定された番号を探す。

 もし触れた番号が機密の入っているロッカーであれば、疑惑は確定する。

「……」

 番号を追う男の指がある場所で止まる。それは暗号で指定されていた番号のロッカーであり、機密の隠されている場所。紛れもない関与の証拠。

 男がその扉を開くと同時に、サングラスの男が無線に手を当てて話す。

「ゴーゴーゴー」

 突入の号令が出る中、諜報部の男はロッカーの中身が空だと気が付き目を見開く。逮捕されるリスクを冒すほどの価値は、そこにない。

「空だって……!?」

「投降しろ……機密文書は接収済だ」

「そーいうこと」

 非常口の扉を開けて一瞬で忍び寄った染野そめのとシルバー7の二人。彼女が男を取り押さえ、観念したのか男は項垂れたまま抵抗しない。事前に染野そめの隊が中身を回収しており、彼は既にここに無い餌に釣られていたのだ。

「俺はベネズエラ諜報部だ。司法取引を要求する」

「おー潔いじゃん」

「把握している機密情報を全て証言しよう」

「なら……例の機密を運搬してた奴らはどこに潜伏してる?」

「地下神殿と呼ばれる治水施設だ」

 彼はあっさりと証言する。拍子抜けしてしまうほど、あまりにも冷静に淡々と仲間の居場所を明かす。自分が生き残る為ならば組織を裏切って敵に就く、賢い選択ではあるものの少し生き汚いようにも見えた。

 ある意味、水の司祭とは対照的だ。

「何それ?」

「貯水槽のようなものだ。近くにある」

「んじゃそこに行けば捕まられるわけか」

「ああ。黄月こうげつ希代きだい、ホシの場所は付近の治水施設だ」

『あそこか?また辺鄙な場所を選んだな』

 豪雨の際に水で満たされるような場所を潜伏先に選ぶというのは中々奇妙な話だが、彼らにはそもそも水の司祭が付いている。彼らにとって水は武器でしかなく、大した問題にはならないのだろう。

 染野そめのがサングラスをした職員に呼びかける。

「こいつを護送してくれ」

「了解」

「突っ込む?隊長」

「ああ、時間がない。出入り口に職員を配置して監視しつつ、攻める」

 駅の入り口から他の職員がやって来ると、サングラスの職員と共に男を外に連行していく。ここから先は時間が最大の敵だ。仲間が捕まったという情報が敵に漏れれば即座に居場所が変わることだろう。

 染野そめの隊に時間はない。




【8】


 四方をコンクリートで囲んだ空間の閉塞感は尋常ではない。地下深くにあるその道は薄暗く、質の悪い蛍光灯の灯りは心許ない。曲がり角の分かれ道で染野そめの希代きだいやシルバー7が立ち止まった。

 ここは俗に言う地下神殿、地下の治水施設だ。

「二手に分かれる。シルバー7はそっちに行け」

「予定通り挟み撃ちですか」

「一人でやれるかー?希代きだい

「おめえ基本舐めてるよな……俺を」

 シルバー7が手を振って通路の暗闇の中へ消えていく。挟み撃ちをする為に彼女は立ち去り、辺りには染野そめの希代きだいが取り残される。そして、硬質な足音を響かせながら彼らは先を急ぐ。希代きだいの表情は不安そうであった。

「……大丈夫ですかね」

「シルバー7の心配か?お前の身の心配か?」

「あー……どっちもですかね」

「もしもの時は俺が切り札を使う。心配は要らない」

 彼は見た目に反して頼れる上司だ。幼い体ではあるが戦闘経験は豊富であり、もしもの時は染野に任せれば問題はない。しかし、社会人で真っ当な感性を持つ希代からすれば、子供の彼に頼るというのは情けない話だ。

 彼が眉をひそめる。

「あいつ、まだ経験浅いじゃないですか。暗号解読が専門ですし」

「……あいつの等級はβだしな」

「組織の能力評価は、下位はα(アルファ)から上位はΩ(オメガ)ですよね」

α-(アルファマイナス)、α、α+(アルファプラス)のように段階が存在する……」

 一般的な評価はこのように十二の段階で分けられており、これ以外が用いられることは基本的にない。信頼性や能力で等級が分けられ、支払われる報酬も等級によって変化する。

 二人は階段を下り地下へ進む。

「ダマスクは恐らくβ+(ベータプラス)、水の司祭は水量によるがβ(ベータ)からγ+(ガンマプラス)だな」

「γ+って!染野隊長と同じじゃないですか!」

「十分対処可能だ。希代もγ-(ガンママイナス)だろ」

「格が違いますよ……」

 鋼の司祭ことダマスクは希代や染野で十分対処できるだろう。シルバー7もそれなりに渡り合える筈だ。しかし、水の司祭はそうは行かない。周辺の水の量によって性能が変化する彼は場合によっては染野に並ぶ。

 海で戦った場合、染野でも結果が分からないだろう。

『俺もγ-だぜ。まあ、情報処理担当だから戦闘力の評価じゃないが』

「流石はおじき」

「黄月、ここのシステムにアクセスできたか?」

『おう。スタンドアロンで困ったが、回線に物理的に侵入したぜ』

 地下空間でありながら無線からの黄月の音声にノイズは少ない。

『カメラを復旧して映像を繋げたら、調圧水槽で二人を確認した』

「……例の二人か」

 水の司祭とダマスクの二人。想定通り、染野が居れば対処可能な状況である。とはいえ、希代やシルバー7からすれば全く安心できない状況だろう。彼らはまだ、隊長に対しての信頼が不足している。

 調圧水槽に繋がる非常口が見えた。

「扉が見えた。シルバー7、どうだ?」

「待って……ああ、見えた。いつでも行けるよ」

「よし……突入」

 二人が非常口から調圧水槽に入る。コンクリートの巨大な円柱が立ち並ぶその場所で、立ち尽くす水の司祭が奇襲に反応して咄嗟に構えた。

 そして、彼は祝詞のりとを唄う。

祭具奉納さいぐほうのうすすささぐはつゆさかずき

 だが、水の司祭も同様に祝詞のりとを唄う。

祭具奉納さいぐほうのう、浸し安らぐ雨の音』

 染野の手に白い手袋の祭具さいぐがハメられるのとほぼ同時に、水の司祭の首に首輪が現れる。二人の司祭が祭具さいぐを手にした。つまり、火蓋が切られたのだ。

削身噛身切そぎみかみきり

『青の衝撃』

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