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ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第2話『銀の歌は故郷に』

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2-3

【4】


「状況をまとめよう」

「連中は逃げ足が速い。どっかに上陸して姿を消したぜ」

 染野そめの蓮向はすむかいの本部にある自分達のオフィスに戻ると、すぐに作戦会議が開始される。希代きだいは自分のデスクの椅子で姿勢を直し、シルバー7は包帯を巻いた状態でソファに横たわっていた。染野そめのも同様に怪我を負っている。

「いでえ……」

「相手の身元は割れないのか?」

「自爆した奴なら割れたぞ。やはりベネズエラのエージェントだ」

「命を捨てる程の情報とは思えませんけどねえ……」

「まあ、失敗したらどうせ殺されるんでしょ」

 ベネズエラの諜報部だった法術ほうじゅつ使いの男は自爆によって脱出の時間を稼いだ。彼が居なければ染野そめのが足止めを喰らうこともなく、逃亡を防いだことだろう。しかし、彼らは取り逃がしてしまった。

 黄月こうげつが自分専用の大型のパソコンを操作している。

「でもきよしが聞いたダマスクって単語で検索かけたら一つ分かったぞ」

「ダマスク?」

「人名です。まあ、あだ名でしょうが」

「ダマスクは主に南米で活動する司祭しさいで、傭兵まがいの仕事をしてる」

 司祭はその高い能力からしばしば裏社会で傭兵として働くことが多い。それもその筈、法術ほうじゅつ使いのように長期間の訓練や才能を必要とすることがなく、ある日司祭に目覚めたところで一国を超える戦闘能力を持つのだ。

 何しろ、彼らの概念防御がいねんぼうぎょは銃火器を無効にする。

「ダマスクは容疑者の写真があるから、そいつで手配しよう」

「頼む。他にはあるか?」

「後は……暗号ですね」

「フェリー周辺の回線に網を張ってたんだが、作戦中に妙な暗号が飛んでた」

 黄月こうげつがマウスを動かすと、画面にアルファベットと記号の組み合わさった文章が表示される。何度見ても意味の分からない羅列でしかないが、何の意味もない文章である筈はない。少なくとも、あの周辺で飛んでいたのなら。

 暗号と聞いてシルバー7が起き上がる。

「送信時刻は、俺達が奇襲して奴らが逃げるまでの間です」

「……客室に残ってた一人だ。奴ならこれを送れる」

「その為の時間稼ぎでもあったわけね」

「しっかし、解析ツールも組織のAIもズレた解読しか出してこねえ」

 黄月こうげつが頭を掻く中、起きたシルバー7がモニターに近寄ると真剣な目をしてそれを見つめる。普段は妙な発言と行動で周りを困らせる彼女であるが、何か心当たりがあるようで考え込んでいた。

 染野そめのはそれを見逃さない。

「そもそも連中には入国を助けた仲間が居る。そいつらに送ったのかも」

「おじきが解読できないなんて珍しいですね」

「片手間にやるんじゃ流石に難しいな」

「これはベネズエラのギャングが使う暗号。私なら解ける」

「マジか!?」

 希代きだいが思わず大きな声を出す。いつもボケーっとしている彼女が冷静に分析し、その暗号がどういうものかを説明して見せたのだ。もしかすると、今日は雪が降るかもしれない。

「ならシルバー7に頼む。黄月こうげつは引き続き情報整理、希代きだいは現地で待機」

「おうよ」

「了解!」

「うーい」

 三人が答えた後、それぞれがバラバラに行動する。染野そめのとシルバー7は自分のデスクに向かい、希代きだいはコーヒーメーカーへ。染野そめのの部隊指揮はこなれており、部下らが不安を覚えることはない。

 スイッチを押されたコーヒーメーカーが唸りを上げる。

「そういや……法術ほうじゅつ使いの敵って珍しいね」

「確かに、俺も司祭か一般人としか戦ってねえな」

「今までは蓮向はすむかいが法術ほうじゅつを独占して機密を守っていた……」

 法術ほうじゅつと呼ばれる人間が持つ力を活かす技術は、漏れてしまえば現代社会を大きく変えてしまう可能性がある。人知を超えた力を一般人に扱える筈がなく、彼ら蓮向はすむかいのような組織でなければ扱えないだろう。

 染野そめのが席で話を続ける。

「だが去年、大規模な技術流出で法術ほうじゅつが裏社会に流れた……」

「ウチが?そんなことあるの?」

「裏切り者が原因だ……それが原因で法術ほうじゅつ使いが増加した」

「結局、使うのは人間だからな……」

 人間に完全や絶対と呼べるものは存在しない。司祭と同様に全てに欠点があり弱点がある。無敵のセキュリティなどは夢幻でしかない。

 希代きだいがコーヒーをの入ったマグカップを取る。

粳部うるべ先生が法術ほうじゅつを使いやすくしたら、結果的に敵に塩を送ったことに」

「へーあの子そんなに優秀なのね」

「へーじゃねえよ!桁違いの天才なんだぞ!?」

「でもよお、ちと威厳が足りねえよな」

 黄月こうげつが話題に乗る。粳部音夏うるべおとかは歴史を塗り替えた偉人だが、偉人と呼ぶには少々風格が足りない。より正しい言い方をすると……

「気が弱すぎるっつーか」

「……まあ、粳部うるべ先生はコミュニケーション苦手ですよね」

「昔から……そこは変わらないな」

「一回だけ法術ほうじゅつの講義受けたけど、妙に焦ってて変だったなあ」

 世界最強の法術ほうじゅつ使いでも人間関係まで最強なわけではない。人見知りする上に会話が苦手な粳部うるべが人に教えるというのはかなりハードルの高い行為であった。それについては染野そめの隊全員が同意見であった。

 あの染野まで便乗している。

「良い人ではあると思うんだけどなあ……」

「まあ、小娘にしては上出来すぎるだろうよ」

「もっと堂々と最強を名乗れば良いのにね」

「……あいつはそういうことができない奴さ」

 希代きだいがソファに座りコーヒーに口を付け、ふと周囲を見渡す。彼の視界の端には小さく震える隻眼隻腕の女が目に入り、何も考えずに顔を見上げるとそれは粳部音夏うるべおとか本人であった。

 恐怖した希代きだいがむせそうになるもギリギリで堪える。

「ゲホッ!?先生ッ!?」

「はっ!?」

「やべ」

「……来てたのか」

 自分は無関係だと顔を背ける黄月こうげつと染野に対し、シルバー7と希代きだいは恐怖を隠し切れずに目を見開く。粳部うるべは彼らの遥か格上の実力と階級であり、こんな失礼なことを言ってしまえば後のことを考えることすら恐ろしい。

 粳部うるべは言葉にならないことしか言えない。

「えっと……その……だからっ……その」

「おいバカ謝れ!」

「便乗したあんたがそれ言うの!?」

「くっ……せっ先生!」

「ひっ……!」

 彼女は何も言えずに涙目でオフィスから逃げていき、後には気まずい沈黙だけが残る。コミュニケーションの苦手な粳部うるべが怒ることはできないが、こうなると逆に後が怖い。何が起きるか分かったものではない。

 希代きだいがソファから立ち上がる。

「ヤバイ!追わねえと終わりだ!」

「……し、失言だったかも」

「かもじゃねえだろ!」

「今日も元気だなおめえら」

「……別に、取って食ったりする女じゃないさ」

 昔馴染みの染野だけは、彼女のことを分かっている。




【5】


 光が碌に差し込まない路地裏にて、一台の車が停車している。細い道を占有する車両の中では助手席にシルバー7が座っており、後部座席では染野そめのが横たわっていた。丁度正午を回った頃ではあるが、日陰は暗い。

 シルバー7がノートブックにペンでスペイン語を書いている。

「もう解けそうなのか?」

「あと少しってとこ。すぐ終わるよ」

「そうか」

 彼女の暗号解読の技術は本物であり、機械やAIによる解析よりも高い精度を誇る。性格に反して彼女は器用な人物だ。いつも絡んでいる希代や黄月は分からないかもしれないが、染野は知っている。

「このタイプを解読するの十年振り。昔はよくやったけど」

「確か……ギャングの暗号通信の解読をしてたんだよな」

「子供の頃はね」

 彼女はいわゆる秀才というもので、その要領の良さを活かしてそんなアルバイトもやっていた。キャバクラに潜入調査して見せたように、彼女は高い適応能力を持っている。とはいえ、本人にやる気があるかどうかは別だが。

「普通のバイトだと思ってたら、後からギャングって知った」

「……運がないな」

「まあね。でも金払いは良かったからさ、意地で仕事覚えたよ」

 生活が懸かっている以上、良い仕事を自ら逃がすわけにはいかない。シルバー7の故郷であるベネズエラは治安の悪い国だ。ギャングと麻薬、腐敗に満ちたそこは居心地が良いとは言えないだろう。

「ベネズエラ……何度か任務で出向いたことがある」

「良い所じゃないでしょ?まともじゃないし」

「……まあな」

「まさか故郷の諜報部とやり合うなんて、嫌な話」

 彼女は別に自分の故郷から逃げたわけではない。仕事をする為に今ここに居るのだ。それでも、故郷の政府側の人間と戦う羽目になるのは因果としか言いようがない。

「それが……集中力が落ちてた理由か?」

「ん?分かる?」

「何となくだが」

 それは勘でしかない。作戦開始前の彼女の様子は少し変だった。いつもの自由さはあったものの本調子というわけではなく、まるで引っ掛かるものがあるようであった。

「まあ、探し人を知ってたらいいなって思ってただけだよ」

「……探し人」

 ならばシルバー7は誰を探しているのか。祖国の者であれば知っているかもしれない相手というのは、一体誰なのか。他人にそこまで興味を持たない彼からすれば分からない話だ。

「よく分からないが……金でも貸したのか」

「ふひっ……真顔でよくそんなこと言えるよね」

「……変だったか?」

「いや、隊長らしくて良いんじゃない?」

「……そうなのか」

 その時、シルバー7がペンを動かす手が止まる。

「隊長、解読できた。連中は機密情報を仲間に渡そうとしてる」

「その場所は?」

「東武金崎駅のコインロッカー六十番!」

 その言葉を聞いた途端に染野が起き上がり、耳元の無線に手を当てて仲間に連絡する。事件にとうとう進展があった。ベネズエラの諜報部を逃がさぬ為に、彼らは包囲網を狭めていく。解決の為に。

「車に戻れ希代きだい、ホシは東武金崎駅のロッカーで機密を渡そうとしてる」

『えっ?す、すぐにでも!』

『なるほどな。あんな辺鄙な場所で』

 買い物に出ていた希代きだいが焦る中、黄月こうげつの方は冷静に相手の意図を分析している。相手も一応はプロな以上、慢心すれば足をすくわれかねない。戦闘で負けはなくともそこで負ける可能性はある。

黄月こうげつ、周辺の一般職員を五人くらい向かわせてくれ。俺達も行く」

『おう』

「でもさ、機密を渡した後はどうする気なの?」

『連中が動きずらいのは機密を持ってるからだ。なけりゃ自由だ』

「入国を手助けする仲間が居るんだ。出国を助ける奴も居る」

 彼らが突然日本に湧いてくることはない。必ず入れた誰かが居り、出そうとする人間も存在する。そして、そこに隙が生じるものだ。

 運転席に希代きだいが飛び込み、急いでエンジンを掛ける。

「行こう」

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