表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ガランドゥ『仮想現代戦記』  作者: 扇屋
赤の火鼠 第2話『銀の歌は故郷に』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

184/193

2-2

【3】


 フェリーが港を出る。日が沈んだばかりの空はまだオレンジ色がにじんで、夜の藍色はまだ明るい色合いであった。フェリーの甲板では希代きだいが待機し、染野そめのとシルバー7は船内を進む。彼らの耳には小型の無線機が取り付けられ、互いに交信ができるようになっていた。

 染野そめの達の耳に黄月こうげつからの通信が入る。

『ボス、ホシに同行してる正体不明の奴が居る』

「数は?」

『一人。ホシは報告通り三人だ』

「想定の範囲内だ……予定通りに進める」

「こっちだって四人だしぃ」

 黄月こうげつはフェリーに搭乗しておらず、戦闘員でもないので実質的に四人と主張するのは無理がある。フェリーの狭い通路は稀に一般人が通るものの基本的には静かだ。客室が遠いからというのもあるが、二人は緊張感を持って敵を目指す。

 船の揺れは少ない。

『あと、別働隊からも連絡だ。乗船前に連中と接触した奴は居ない』

「……資料は奴らが持っている」

「隊長、自販機でコーンスープが売ってる。信じらんない」

「そうか」

 変なことを言い出したシルバー7のことを無視して、染野そめのは一等客室の番号を確認する。彼らが追うベネズエラの諜報部はこのフェリーの中に居る。このまま様々な船を経由して母国まで戻ろうとしているのだ。

 ふと、染野そめのが目的の部屋を見つけて後ろに下がる。

「対象の部屋の前まで来た……突入可能だ」

『こちら希代きだい。問題ありません』

『いつでも照明を落とせる。ただ、二十秒で戻すぞ』

「どうせ何分も掛からないでしょ」

 扉一枚挟んだ向こう側に敵が居る。二人は警戒を緩めずに様子を伺い、扉の隙間から薄っすらと見える光を確認した。敵に司祭が居るかもしれない中、突入して機密を処分する。簡単な仕事ではない。

 染野そめのの手には既に祭具さいぐの手袋がハメられ、シルバー7も自身の祭具さいぐを出す。

祭具奉納さいぐほうのう、加速、快速、失速』

「行くぞ……」

『ライ・ディレイ・アイ』

 シルバー7が自分の祭具であるマイクを掴んだ瞬間、フェリー内の照明が全て消える。駆け出した二人は一等客室の扉を蹴破り中に入ると、相手が反応する前に殴り抜けた。奇襲は完璧である。

 焦った敵は応戦するも視界不良から打ち負かされ、染野そめのに殴り飛ばされた一人がそのまま窓を突き抜けて甲板に逃げた。だが、その先では手斧の祭具さいぐを持った希代きだいが待ち構えている。

「観念しろ!」

「ああ全くだ!」

 振り下ろされた手斧を男が素手で受け止める。彼の服と腕は一瞬にして鋼鉄に変化しており、かすり傷が付いただけに終わっていた。そんな真似ができるのは司祭だけ。その鋼鉄の司祭が攻撃を恐れずに希代に迫り、彼は相性の悪い相手に冷や汗を掻きながら応戦する。

 一方、照明が戻った室内では船が大きく揺れたことでシルバー7が姿勢を崩す。その瞬間、蛇口から飛び出た不自然な水が彼女の顔に直撃し、その隙を逃さず男が彼女を蹴り飛ばす。二人はそのまま客室を飛び出ると、その場に居たもう一人の男が染野を甲板に放り投げた。

 客室には敵の男が一人だけ残っている。つまり敵は四人。

「(シルバー7に当たった水……敵の司祭の権能けんのうか)」

 染野は甲板で男と向かい合いながら冷静に分析する。彼は希代とは逆の方向に投げ出されたようで、一人で男に駆けて行くと権能を発動し太ももの肉を裂く。染野も反動を負うものの敵が怯んだ隙に拳を打ち込んだ。

 しかし、染野が違和感を覚えた瞬間に男の傷が治ると、カウンターの拳が染野の顎を狙う。彼はカウンターを受け止めると受け流して男を転がし、様子を見ようと距離を置く。

「……法術ほうじゅつ使いか。司祭とやれるレベルとはな」

「買いかぶりだよ。生憎、守って治すことしかできない」

「(それが一番危険だろ)」

 起き上がった男との打ち合いが始まる。染野が拳を乱打し、男が受け流そうとするが半分近くは直撃してしまう。だが、壊れた部位がすぐに法術ほうじゅつで再生され耐え抜かれてしまった。染野が彼を蹴り飛ばす。

結鎖けっさ!」

 しかし、男は法術ほうじゅつの光の鎖を作ると染野の片腕を縛ってその場で踏み込む。互いが片腕の自由を失った状態で接近戦が再開し、染野のどこにも行かないように時間を稼ぐ。彼は乗せられてしまった。

「(再生術さいせいじゅつだけじゃなく、強化きょうか硬化法術こうかほうじゅつも天才的だな)」

「(このまま時間を稼ぐ……!)」

 身体能力を強化する強化法術きょうかほうじゅつと、肉体の強度を上げる硬化法術こうかほうじゅつ。この二つを高い精度で使い防御に特化させつつ、再生術さいせいじゅつも併用して傷を治す。ただの人間でありながら司祭という選ばれた存在に追い付く為に、法術ほうじゅつ使いはここまで来た。

 染野が鎖を引き千切って距離を置く。

「このまま稼がせて貰うよ、時間を」

「……ただの人間にしちゃ強いな」

「司祭に言われると鼻が高いね……重光結鎖じゅうこうけっさ!」

 男が法術ほうじゅつを発動すると、地面から現れた複数の光の鎖が染野を襲う。彼は最初の一本を躱せたもののその他の鎖が彼の手足を縛り、その隙に男の回し蹴りが命中する。頑丈な染野ではあるものの、避けずに堂々と当たりたくはないだろう。

 染野は予想外の技に目を見開く。

「(どこでこの技を……?)」

 そう疑問に思いながらも染野は概念防御がいねんぼうぎょの出力を上げると、力を込めて鎖を破壊する。そのまま男の追撃の拳をギリギリで受け流し、反撃の拳が男の腹を貫通した。だが、男は頭突きを当てると染野を蹴り飛ばし腹の穴を再生する。

 搦め手が豊富な分、法術ほうじゅつ使いは司祭よりも厄介だ。

「頑張るじゃないか!決め手に欠ける中!」

「(再生できる相手に権能は使えない……)」

 染野のボルテージが上がり、速度で敵を凌駕すると一方的に相手を殴る。反撃を許さず連撃を加えるが男は再生を続けて耐え凌ぎ、染野は時間を稼がれてしまう。ほくそ笑む男に対し、彼の表情に変化はない。

 後ろに跳ぶ男に対して染野は権能を使い、体の肉が裂けることで動きが鈍る。彼は反動を負いつつもその隙に男を殴り飛ばした。

「まだ俺の法力ほうりきは残ってるぞ!」

 その瞬間、無詠唱で重光結鎖じゅうこうけっさが発動し染野が再び捕らえられる。男の法力ほうりきが尽きるまで戦えば相手の思うツボ。再び時間を稼がれた染野が拳の乱打を喰らう。どうしようと彼には都合が悪い。

 だが、それはここまでの話。

「じゃりんじゃりん稼っ……!」

層展乱雷そうてんらんらい

 刹那、男に至近距離から法術ほうじゅつの雷撃が直撃する。本来は広範囲を狙う電流を全て敵に命中させたのだ。本来威力の低い層展乱雷そうてんらんらいもこう使えば少しは足しになる。そして、その不意打ちは男を地面に転がした。

 染野が鎖を砕いて自由になる。

「俺が法術を使えないとは……言ってないだろ」

「こ、こいつッ……使えたのか!?」

「第二ラウンドだ。いや、最終の間違いだな」



 同時刻、船内でシルバー7と水の司祭がぶつかり合う。廊下を彼女が駆ける中、客室の扉を水の塊が突き破り追いすがった。バランスボール程の水の塊が跳ねるようにして彼女を追い、シルバー7は逃げるのを止めてしゃがむと水を躱す。

 そして、廊下の奥の水の司祭へ直進した。

「めんどい奴!」

「おめえもそうだろ!」

 シルバー7が走りながら壁の手すりを引き千切ると、それを空中に放り投げる。それと同じタイミングで彼女の背後からバランスボール程の水が迫っていた。だが突然、空中の手すりの落下が緩やかになると彼女がそれに乗って水を避ける。

 そして、シルバー7が持っていた祭具のマイクを彼に投擲した。

「なっ!?」

 予想外の回避方法に驚く水の司祭ではあるがマイクを両腕で防ぐ。落下が二秒程『遅延』していた手すりが床に落ちると同時に、シルバー7がそれを蹴って彼の下まで跳ぶ。接近戦が始まると水の司祭は自分の足下の水を操り、壁のようにして彼女の攻撃を受け止めようとした。

「(今、手すりの落下が遅れてたな……?)」

 彼はシルバー7の拳と蹴りを水の壁で受け止め、カウンターの拳を彼女に打ち込む。更に彼女の背後から迫っていた大きな水の塊が直撃し、吹き飛ばされた彼女が壁を突き破り船室に突っ込んだ。

 その水は変幻自在であった。

「……ったく、ばかすか殴りやがって」

「悪いが、女でも手加減できねえ」

 壊れた水道管から水が溢れる。その水は水の司祭の下に集まっていき、彼の戦闘能力は再び上昇する。水を操る彼は分かりやすく水が多い程に強い。このままではシルバー7は劣勢に追い込まれるだろう。

「(最悪……またあいつの操れる水が増えた)」

 シルバー7が起き上がった瞬間、大きな水の塊が槍のように伸びて彼女を襲う。そのままでは彼女は再び吹き飛ばされるが、水は彼女の直前で動きが鈍る。通信障害のように遅延しゆっくりとなった水は彼女に届かず、急加速したシルバー7が水の司祭に迫った。

 慌てて水の形を変えて彼女を追おうとする彼だが、やはり動きが鈍い。

「(何故こんなに遅い!?)」

 後ろに跳んで逃げようとする彼にシルバー7の拳が直撃した。彼の操る水は脅威ではあるが、彼本体はさして脅威ではない。水で自分を守ることができなければただの弱い司祭だ。

 直後、動きが元に戻った水が彼女に直撃し、受け身を取ったが大きく吹き飛ばされる。水の量が増大したことで威力が上昇し、彼女の骨にヒビが入った。

「いでえ……水に概念防御がいねんぼうぎょを付与とかズルじゃん」

「てめえのよく分からん権能はどうなんだよ……」

「戦闘は専門じゃないの。ハンデちょうだい」

 本来、司祭は概念防御がいねんぼうぎょがあらゆる物から身を守る。銃火器や毒、石も概念防御がいねんぼうぎょには通用しない。しかし、司祭がそれを自分以外に付与できる場合は話が変わる。水を操る彼の場合、水に概念防御がいねんぼうぎょを付与していた。

 だが、戦闘向きではない彼女がここまでやれることの方が異常だ。

「無理だな!」

 彼が水を二つの塊に分けると、シルバー7に向けて放ち交互に襲わせる。彼女は一つの水の塊の動きを遅延させるがもう一つの塊に殴られ、連携するように男が背後から肘打ちを叩き込む。応戦するシルバー7だが依然として不利であり、二秒経過したところで鈍くなっていた水の塊が動き出す。

 動く隙を与えない連撃が彼女を追いこんだ。

「があっ!?」

 彼女の胴に水の塊が直撃した直後、追い打ちをかけようと水の司祭が迫る。しかし、シルバー7が水の塊に触れるとその動きが止まり、彼女がしゃがむと彼の拳が水の塊に直撃する。水の抵抗で拳の速度が落ち、生じた隙に彼の懐に入ったシルバー7が思い切り殴り抜けた。

 水の司祭が壁を貫通し甲板に転がり出る。

「まだまだあッ!」

「クソッ……ん?」

 シルバー7が彼を追って甲板に出た。彼女がよそを見ると遠くでは染野が立っており、その足下には倒された法術使いが横たわっていた。希代の方はまだ鋼の司祭と戦闘している。

 その時、割れた客室の窓から彼らの仲間が顔を出す。

「送信終わった!撤退だ!」

「できたか!撤退!」

「おいてめえ!」

 シルバー7が追う中、水の司祭は水面に飛び込む。泳いで逃げるのかと彼女が思った矢先、大きな波が彼を受け止めて浮上する。フェリーよりも高い波に乗る彼は水を手のように伸ばして客室の仲間を回収した。

 異変を察知した染野が阻止に向かうが、瀕死の法術ほうじゅつ使いが彼の脚を掴む。

「ッ!?」

「死なば諸共!」

 法術ほうじゅつ使いの体が光った刹那、大爆発が染野を飲み込む。彼は守りと再生に特化し有効な攻撃を持たない彼ではあるが、唯一の攻撃手段である自爆だけは圧倒的だ。その揺れと染野が巻き込まれたことにシルバー7と希代の動きが止まり、その隙に鋼の司祭が船外へ向かう。

「しまっ……!?」

「急げダマスク!」

「さっさと逃げろ!」

 ダマスクと呼ばれた鋼の司祭は巨大な波に着水し、三人は波に守られながらフェリーを離れていく。水を操る水の司祭は巨大な水溜まりである海も操れる。高速で移動する彼らに追い付くことはできない。

 爆炎の中から染野が飛び出す。

「隊長!?」

「頑丈で良かったね」

「無線機が壊れた!通信できん」

 至近距離で自爆を喰らった染野ではあるが、全身の軽度の火傷だけで済んでいるようだ。司祭の概念防御は頑丈なものの、これを受けたのがシルバー7ならばそれなりの怪我になっていただろう。

 二人が彼に駆け寄る。

「ご無事で!すいません逃がしました……」

「気になるな。命を使った足止めが相手だ」

「おい黄月こうげつ、フェリーで大規模火災。至急応援頼む」

『マジかよ……まあ分かった』

 シルバー7が無線から呼びかけると黄月が反応する。この状況ではもう彼らを追うことはできない。ここはフェリーの火災に対処し、一度戻って作戦を練り直す必要があった。

 染野が地平線を見つめる。

「チャンスはある……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ