オリガさん、《パン屋のゴロゴロ》へ行く! ―後編―
《パン屋のゴロゴロ》
この名前は、善弥の曽祖父が店を開いた際たまたま雷が近くに落ちたことに由来する。曽祖父はたいそう肝の据わった人物だったらしく、「どうやら雷様もパンを食べたがってるみたいだな」と豪快に笑ったそうだ。そして、雷様にあやかろうと、この名前になったらしい。
ちなみに、当初《パン屋雷神亭》にしようとした所曾祖母から大反対され、可愛らしいこっちになった、との事だった。
「いらっしゃいませ」
穏やかなバリトンの声と共にやや切れ長ぎみの眼の男性が出迎える。と、彼は息子・善弥と少し背の高い女性が入ってくるのを見た。
「ただいま、親父。あと、お客さん」
善弥によって紹介されたオリガは、にこにことした顔でぺこっと頭を下げた。彼女は店内を見渡し、すぅ、と香りを楽しんで表情を緩ませる。
さっそくトングを手にパンを見、どれにしようか、と悩み始めたオリガに父親はちょっと善弥をつつき、
「知り合いか?」
「まぁね」
善弥が笑ってごまかして店の奥に引っ込む。そこから自宅へと入り素早く着替える。帰宅後に店の手伝いをするのは彼の日課だからだ。
丁寧に手を洗い、ペーパータオルで水気をとり、アルコールを手に塗る。少し荒れた手にそれは染みるが、もう慣れっこだ。
「レジ、代わる。親父は休んでて」
「すまないな」
善弥は父親と店番を変わると、店内を見……まだオリガがいたことにちょっと驚いた。
「あのお嬢さん、そうとう迷っているみたいだな」
奥に引っ込む前、父親は苦笑してそう言った。
オリガはそうとう悩んでいたようでぶつぶつと何かいいながらトングを手にうろうろしている。だが、ついに彼女は幾つかのパンをトレイにのせ、レジにやってきた。その数、10個である。
「……多くない?」
「お金、大丈夫!」
「そうじゃなくて、食べきれるかって事」
流石に1人は無理じゃないか? と心配になる善弥だったが、オリガはにっ、と笑って「食べられます!」と胸を張る。
まぁ、買ったパンはお客さんの自由だし、と善弥はそれらを袋詰めしていく。
「お夕飯、寮ででるんでしょ?」
「でも、お夜食は必要です。私、今、レポート書いています。提出まで時間が無いので、私、今日は遅くまで書きます」
とやる気に満ちた目で言い切る。
(本気の眼だ)
だからって10個は食べすぎではないか、と余計な心配をしてしまう善弥だったが、とってもいい顔をするオリガに負けた。
「食べきれなかったら友達にでもあげるのかい?」
「ううん、一人で食べます。欲しい、と言ってもあげません」
どやっ、とした顔で言い切るオリガに、善弥は苦笑するしかなかった。
袋の中には今朝彼女が夢中になっていたあんパンが3つと、焼きそばパン、クリームパン、メロンパン、チョコクロワッサン、カレーパン、きなこ揚げパン、ジャムパンが。
(本当に、全部食べるのか?)
オリガのほっそりとした体のどこに入るのだろう、と善弥はまた余計な事を言いそうになって咳払いをした。
* * *
寮に戻り、オリガはさっそくカレーパンを口にした。
(ん~、この食感いいですねぇ。祖国のパン屋は固い物が多いですし……)
もちろん、彼女の故郷にもパン屋はある。が、その多くは表面がぱりっ、としたタイプだ。固めの焼き加減であるそれらも確かに好きだが、彼女の好みはこの国のやわらかい食感のパンなのである。
冷めても美味しいカレーと、サクサクの衣を纏ったパンのほどよい油っぽさが口の中で混ざって独特の味わいを生む。咀嚼しながら幸せをかみしめていると、「オーリャ」と呼びかける声がした。
「お行儀悪いぞ。立ったまま食べるなんて」
「美味しそうで、つい……」
腕を組み、厳しい目線を向けるルームメイトに、オリガは苦笑して非礼を詫びた。そして椅子にすわり、袋からあんパンを取り出す。
「今日《パン屋のゴロゴロ》で買ってきました。食べますか?」
「後でにしとく。今日の夕飯好物の肉じゃがだから」
オリガがあんパンを取り出そうとするのを止め、彼女は苦笑する。窓側の壁に掛けられた時計を見れば、もうすぐ夕食の時間だった。オリガは急いでカレーパンの最後の一切れを咀嚼すると丁寧にティッシュで口元を拭く。そして、勢いよく椅子から立ち上がった。
「ミサキ、早く行きましょう!」
「ちょっ、早い!!」
いそいそと食堂へ向かうオリガを、ルームメイトは慌てておおいかけた。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
パンじゃのうて、オリガさん中心になってしまった。




