6日目 ひらり空の旅
緑色の絨毯が眼下を流れて行く。ゆっくりと、ゆっくりとだが確実に、前から後ろへと。だが絨毯は尽きることがない。
山をいくつ越えたか。世界の終わりなどそう簡単には見られないだろうと予想はしていたが、代わり映えしない光景を実際に眺めていると、いくら異世界とはいえひどく退屈なものだと感じた。
これでも速度はけっこう出ているのだ。景色の流れがゆっくりなのは、それだけ雷太が空の高いところを飛んでいるせいだ。
雷太はいま、ちゃんと忘れずに回収した鈍色の剣とともに、氷でできた透明な翼を背負っていた。正確には氷の翼から雷太がぶらさがっている。直線的で、機械的であるにもかかわらず渡り鳥をおもわせる大きな翼は間違いなく雷太が魔法によって作り出したものである。
現在の自分に剣を加えた体重バランスを滑空させるために最適な翼の大きさとバランスはプログラムが計算してくれた。そのためとても幾何学的で、しかし機能美というものは突き詰めると自然にあるものととても近くなる事が往々にしてあるものだ。
そんな見事な翼だが、百パーセント氷でできていて、間接などを作る技術がまだ雷太にないことから、推進力どころか羽ばたくこともできない。ではどうやって飛び続けているのか、というと、ある程度高度が下がってきたら魔法によって擬似的な上昇気流を発生させて強引に翼を押し上げる。そうやって精神力が続く限り飛距離を稼ぐことができるのだ。
やはり空を飛べるというのは偉大だな、と感じつつ、雷太は帰った時に空を飛ぶための装備をなんとか標準化できないか進言しようと考えた。出発前は考えもしなかった案に、思いついた雷太自身すこし意外に思う。やはり必要は発明の母なのだ。
幸いだったのは上手く気流に乗れた事だろう。
カッシェルフたちが住んでいた高地、彼らがつけた名を使えば、霊峰ジェンボはすべての方角に向けて気流を発生させている。
それはあの大樹、雷太が翻訳するところの「世界樹」が生える前からずっとそうであったという。その理由も雷太は教えてもらった。
この星には大きな魔力の流れがある。それはそのまま魔力流と呼ばれ、地中、空中、海中、あらゆる自然の中にある事ができ、人体を巡る血液のように星全体をくまなく巡るように流れている。
ジェンボを筆頭とする霊峰とよばれるような場所は、自然の魔力流の中でも超に弩がつくほど強力な魔力の主流が山頂部から噴き出している場所となる。この辺りは風水学や陰陽道にもある竜脈の考え方と共通するものがある。
そうして霊峰から吹き出た魔力流は、上層気流に乗れば天空の魔力流、山からふもとへと吹き降ろす風に乗れば大気の魔力流と、それぞれ呼び分けられる。
空を飛び、広範囲におよんで、やがて地表へ、あるいは海面へ降り注いだ魔力流は、ゆっくりと地中、海中へ沈み星の真ん中へ一度集まってからもう一度大地の魔力流へと還る。
どこが始点でどこが終点ともわからない巨大で長大な魔力の道だ。
雷太が乗ったのは霊峰ジェンボから流れ出す魔力流が作り出した大気の流れ。その中にいる限り雷太は氷の翼を維持するために最低限の魔力に気を配るだけで済むというわけだ。
とはいえ、ずっと同じ姿勢を保つのはいくら訓練されていても、スーツのアシストがあっても辛い。霊峰ジェンボの高地から飛び立ってもう八時間も氷のハンググライダーに括りつけられたまま同じ姿勢だ。
「さすがに、少し気分を変えるか……」
ここは休憩というよりも、体を動かして気分を変えたかった。
「二人とも、ちゃんとくっついてろよ」
必要だったかどうかはわからないが、雷太は霊峰ジェンボからついてきた二体のアルフェーイに声をかけ急速に高度をさげていく。
滑空は降下の角度を急にすると速度があがる。あまり急にしすぎるとほとんど落下と変わらない。すさまじい風圧に、気体でできているらしいアルフェーイたちが飛ばされないか心配していたが、二体ともなんという事はなさそうにくっついている。
無事な二体を確認すると、雷太はすさまじい速度で近づいてくる地面のほうへと集中した。もっとも、まったく途切れる様子のない森林のおかげで見えるのは枝葉ばかり、地表などまったく見えていないのだが。
ある程度高度を下げると、再び首を上げて急速に上昇させる。ただし魔法は使わない。こうする事で滑空によってえた速度を落とす。このように上下を繰り返しても高度を維持できるのはゲームの中だけだ。少しずつ位置エネルギーを失って高度も速度も下がる。
上昇と下降を何度か小刻みに繰り返し、ちょうどいい加減になると雷太は適当な木のてっぺんを見繕った。
ひときわ高い松のような木の幹に目星をつけると、タイミングを見計らい肩と腰の部分にある翼に体を固定していた氷のリングを叩き割る。
「ぉぉぉぉおおおおあああ!」
リアル紐無しバンジージャンプだ。いくら丈夫な体に丈夫なスーツをまとっているとわかっていても、これにはやった張本人である雷太も想像以上の恐怖を禁じえなかった。
おもわず出る叫び声。
絶叫とは裏腹に頭のどこかには冷静さが残っていて、的確に狙った幹へと放物線を描いて自分の体がとんでいると把握していた。
「よおい、しょおおお!」
まさしくベストのタイミング。慣性と落下を相殺すべく、雷太は狙いをつけていた木の幹を蹴り飛ばした。勢いを殺しきれずに幹が折れる。思っていたよりもしなりの無い材木だったらしい。
「っとあああああ!」
予想外の展開に雷太はまた叫ぶ。と、不意に感じる浮遊感。
「ああああぁぁ……おお?」
首をかしげていると、ついてきたアルフェーイの一体が雷太の真下にいて、どこか必死な様子で震えながら風をおこしていた。
「おお……そうか。いかんな、もっと魔法を有効活用せにゃあ……」
なにもバカ正直に翼を切り離す必要などなかったのだ。上昇気流を作る要領で少しずつ高度を操作してふんわりと着地したほうがよほど安全だった。そんな事にも気づけないとは、やはり長時間の飛行で疲れが来ていたらしい。雷太は軽く落ち込む。
「ありがと……ええと、そうだ、まだ俺きみらの言葉がわからんのだ。とにかく適当な枝にでもおろしてくれ。そっからは自力で降りれるから」
要求どおり、一番近くにあった枝にふわりと下ろされる。下を見れば地面まで五メートルもなく、雷太はためらい無くそこから飛び降りた。案外、幹のてっぺんをへし折ってからそのまま地面に激突しても無事だったかもしれない。ともあれ、クッションになってくれた木は大惨事だが。
「いろいろ考えないといけないな。はあ、恥ずかしいところまで記録されちゃったぜ」
ついでに雷太は、自分の行動が全て逐一記録されていることを今更ながらに思い出したのだった。
帰還可能時刻まであと、約170時間。
感想をお待ちしております。感想を。
大事なことなので二回いいました




