6日目 偉大なる小さき者
アルフェーイたちは一見だけするとただの光点に見える。しかも、スーツの簡易解析機能をさらに簡易的に使えば、おそらく空気中の希ガスとイリュートロンが結合した存在なのではないか、という答えが返ってくる。
蛍などであればまだ実体があるので、それらよりさらに脆く儚い。
ところがアルフェーイたちには明らかに感情があり、知性があり、個性がある。どこにやっているのかわからないが、記憶の蓄積もしっかりと行って明確な学習能力があるとわかった。自身の観察からもそれがよくわかったので、雷太はカッシェルフからエルフ文明の事を聞かなくとも、彼らをただの虫より下等な存在だなどとバカにして酷い扱いをするような事はもうしないだろう。
何を隠そう、雷太は魂の宿った無機物と人間が友情を育むハートフルストーリーも大好きだったのだ。
とはいえ、現状の雷太とアルフェーイとでは、あちらの方はこちらの言葉を理解しているようだが、こちらがあちらの何らかの発信を、理解どころか感知すらできないでいる。
「うーむ、とりあえずイエスかノーかで答えられる簡単な質問していくから、イエスなら縦揺れ、ノーなら横揺れ、わからなかったら円を描いてくれ。いいか?」
地磁気と、ビーコンからのサインをしっかり確かめつつ、ゆっくりと歩きながら雷太は霊峰ジェンボの高地ではおざなりにしていたアルフェーイたちとの交流をさっそく深めようとする。雷太よりやや前の空中をゆきながら、二体のアルフェーイは雷太の指示どおり縦に揺れた。
「うん。魔法を使って、空気を震わせて声のようにする事っていうのはできないのか?」
音、というのは空気の振動である。風を吹かせる魔法を使えるなら、風を震わせうるだけの魔法も使えるのではないか、とまず雷太は考えた。しかし答えはノー。アルフェーイたちは横に揺れた。
「え、そうなのか……うぅむ」
なんで? とはまだ聞けない。返答が複雑になる質問はまだできない。
「じゃあどうやってコミュニケートしたもんか……」
いきなり案が出詰まってしまった。
霊峰ジェンボからほどよく離れたせいか、木々の高さはせいぜいで10メートルほどになっている。このレベルになると雑木や雑草も増えてなかなか歩きづらくなるものなのだが、雷太は考え事をしながらも行く手の草や枝を器用にはらいながら進んでいる。アルフェーイたちは気体だ個体だの以前に身体が小さいので何もせずにするすると進める。
「カッシェルフがやってたみたいに、空中に魔力で文字を書くというのは?」
思いついた案はとりあえず口に出す。こんども横揺れだ。
「となると、文字を書くように動いてもらうか、でもそれだとすばやいやり取りに問題がなあ……」
それならできそうだ、と今まさにアルフェーイたちは上手いこと分担して空中に文字を書くように動いているが、一文字書くのに少しばかり時間がかかっている。この方法だと、平時ならばいいが戦闘時などの急を要する場合に難が出る。
「それとも今から専用の暗号でも作るか……? 暗号? あっ」
雷太は閃いた。
「君ら、光って、明滅してるけど、その明滅の周期というか、調子を変える事はできるのか?」
返答は縦揺れ。肯定だ。そうなれば話は早い。
「どのくらい早くできる?」
ためしに要求すると、一秒間に三十回ほど点いて弱まってを繰り返せるようだ。完全に光が消える事はないようだが、強弱がわかれば問題はない。
「おれの故郷の星にはこんな言語があってな……」
雷太はヘルメットの一部を展開し、一定の周期でライトを点滅させた。
そう、雷太がアルフェーイたちとのコミュニケーションに利用しようと考えたのは、モールス信号だ。
これで、雷太の主観だけでなく映像記録としてもアルフェーイたちの学習能力が証明され、ついでに学習速度の個体差まで観測できた。
そうだとしてもアルフェーイたちの学習速度はとても速く、歩きながらの勉強会でも、ものの二時間でやや遅いテンポでのやり取りに、単語を数珠繋ぎにしたような片言ではあるが日常会話をこなせる程度にはモールス信号を習得していた。
ついでに、雷太は二体のアルフェーイにそれぞれ名前をつけた。風を操る事を得意とする薄緑色に光る個体がジェシカ、氷を作り操る事を得意とする薄紫色の個体をサザンカだ。
ちなみにジェシカは霊峰ジェンボの高地に上りきった雷太が一番初めに捕まえようとしていた個体だ。はじめの印象は最悪であったはずなのに、どういうわけか雷太についてきてしまっている。
「なるほど。どっちもできないわけではないのか……でも得意でない事をムリにやろうとすると凄く疲れるから嫌だ、と」
片言の英語式モールス信号を解読してまとめるとそういう事らしい。基本的にアルフェーイたちには寿命というものが存在しない。どれだけ無理をさせ力尽きても、少しの間、動けなくなるだけでまた復活する。しかし、だからといっていくらでもやらせていいかといえば別の問題だ。ここまでは、カッシェルフが集めた、または書いた書物から得ていた情報だ。
はっきりと会話できるようになって雷太が思ったのは、アルフェーイたちの知性は思ったほど高くないという事だ。他の個体とも話してみる必要は大いにあるだろうが、ひとまず目の前にいるジェシカとサザンカの二体はどちらも五歳児ほどの精神年齢。サザンカがやや落ち着いているといった様子だ。
ただし、どちらもその時の気分しだいでなるべく好きなことをしていたいらしい。
つまり、犬か猫かで言えば間違いなく猫の気質であるということだ。
「まあ、一緒に来てくれたのには素直に礼を言わせてもらうさ。できれば詳しく調べさせてほしいところだが……」
雷太がこっそりと小瓶を取り出すと、二体ともすばやく距離をとる。あわよくば、とは思いつつも予想できていた雷太は、冗談だよ、と取り繕うような笑みを浮かべて小瓶をしまった。すると、サザンカはホッとしたように少し高度と明度を下げ、ジェシカはからかわれて怒るように上下に揺れた。見た目にはただの光点であるというのに、じつに表情豊かな生命体である。
「ふふ。悪かったって」
肉体でも持っていれば頭をなでて茶を濁したところだが、気体であるアルフェーイたちには触れてもまったく感触がない。それでもスキンシップは大事だろうと、雷太は二体のほうに手を伸ばす。
ちなみに、この二体に女性名をつけたのは雷太の趣味だ。見た目が見た目でも、旅のお供は女性であると思っていた方が、男である雷太の精神衛生上よかったのだ。
こうして調査員は、一人と二体、あるいは三人の調査隊になった。
帰還可能時刻まであと、約167時間。
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