魔術師の場合
そこは魔術研究所だった。
数多の魔法陣が書き記され、一般人が見ただけではただの落書きに見える。
――だが、普通の研究所と違う点が幾つか。
一つは研究所の中がまるで嵐が過ぎ去ったあとのように破壊されていること。(散らかっているという生易しい表現では表せきれない)
もう一つは、部屋のど真ん中にこれまた大きく描かれた魔法陣から魔人書に記されているような、黒く厳つい角を持つナニカが伸び、それが魔法陣の上で漂っていること。
そんな、明らかに何かあっただろうと推測される第五研究所で、そこで研究しているはずの師匠である魔術師に会いに来た弟子は未知との遭遇をしていた。
「……………え、あああの」
『ナンダ』
「どちらさまでございましょうか」
『オレカ。オレハ、魔人ダ』
弟子は師匠の安否が激しく気になった。
魔人といえば、魔法陣で呼び出され、使用者の差し出した贄によって願いを叶えてくれるという危険な存在だ。
今、部屋には師匠がいない。というか破壊の限りを尽くしたような部屋を見て、一体師匠はなにを祈ってこんなになったのかと遠い目をする。
「し、師匠はおりますでしょうか」
『コノ部屋ニ居タ男カ?』
「えぇ、おそらく………」
小柄な弟子はこの研究室に入ったことを早くも後悔していた。一ヶ月以上も研究室に閉じこもっていた師匠の生存確認をしてこい、そう言われて来たが師匠の確認より先に未確認生命体を確認してしまった。
部屋に入ったときに思わず目が合ったあの瞬間が衝撃だった。真っ赤な目が自分を映したときに気を失えばよかったとさえ思う。
『アノ男ナラ、南ノ島ヘ転送シタゾ』
「は? ああの、今、転送といい………いえ、おっしゃいましたか」
『アァ。アノ男ガ言ッテイタノダ』
この部屋に入った時点で十分に混乱している頭を、一度叩いた。
つまり目の前の魔人の話・部屋の状況から推測すると、師匠は長年研究していた魔法陣を完成させて無事魔人を召喚。後に何かしらの贄を差し出し、南の島ヘと転送されたと。
王国に忠誠を誓い、生涯王国に尽くすために許可なくしては外出を許されない魔術師が…………南の島ヘ。
ようやく事の重大さが脳に染み込んできた弟子。たっぷり沈黙してから、頭を抱える。
「それって無断外出に入るのでは」
『奴ハ大層ココカラ出タカッタノダロウヨ』
「だからって! まずいですよ、反逆罪で捕まります! よくて幽閉ですよ!」
『人間トイウノハ面倒ダナ』
「笑っている場合ではないんです!」
『因ミニ、今頃アイツハ南ノ島デ原住民ノ娘子ト浜辺デ走ッテイル』
「何とうらやましい……。じゃなくって!」
なんという青春、と本音が混じった発言に気づき、咳払いでごまかす。
が、魔人しか部屋にいないという状況を思い出してそんな必要もなかったかと思う。
『ナンダ、オ前モ転送サレタイノカ?』
「いえ、結構です。生涯地下牢で過ごすなんて御免です」
『遠慮スルナ。俺ハ久々ニ召喚サレテ気分ガ良イイ』
魔人相手だからといって油断したのがいけなかったらしい。
人間ノ一人二人ハドウッテコトナイ、と言って怪しげな光を発する魔人。それを見た弟子は首の可動範囲を振りきれるくらい激しく否定した。
「ぼ、僕、贄を用意できませんし!」
『贄ハ先程タップリ貰ッタ。オマケデ、オ前モ送ッテヤル』
おまけで反逆罪にされてたまるか! と反論したかったが、ふわりと弟子の体が浮いたことで言葉は発せられなかった。
魔人の余計なお世話によって、一日にして二人の魔術師が反逆者として指名手配されることとなった。




