死神の場合
そこは普通の家だった。
詳しく言っても、木で造られた一軒の家だ以外に特筆することがない。
――だが、普通と異なることが幾つか。
一つは、室内のものがすべて黒を基調としたもので溢れかえっていたこと。
もう一つは、ベッドに寝かされた老人が生死の境を彷徨っていることだ。
そんな悲壮な雰囲気が漂う中、黒い服に身を包んだ家族たちは老人のそばに寄りそう。
「おじいちゃん!」
「あぁ……レーナ、これからもいい子でいるんだよ」
「うん、ちゃんとお母さんとお父さんの言うこときくよ」
「いい子だ……レナウド、お前も、奥さんと娘を守るんだぞ」
「……あぁ、父さん」
家族に見守られて、あの世へ行く。
そのことは老人にとって非常に幸福なことに思えた。
この国の風習に従って、神父が老人のそばにやってきて、最期の言葉を授ける。
楽園へ行くための儀式の最中に、老人はへそから何かに引っ張られるような感覚に陥った。
次に目を開いたとき、老人の目には悲しむ家族、神父、そして見慣れた自分の姿が映った。
一瞬目を疑ったが、今の老人の視点は室内全体を見下ろすようになっている。自分が魂という存在なのでは、と気づき、老人は納得する。
「わしは死んでしまったようだな」
少し寂しい気持ちになる。いつまでもここに留まっていたい。
だが、そんな気持ちを上回るほどの強制力で老人の魂は浮んだ。
そしてそのまま家の天井を突き抜け、外へと出る。
そこで見えた景色に、老人は目を丸くした。
町の上空には、数え切れないほどの光の玉が浮かんでいた。
「これは一体何事だ?」
「おや、あんた今来たばかりかい?」
「し、しゃべった!」
近寄って来た光の玉から、確かに女の声がした。
そのことに驚いていると表情は分からないが、声を荒げて反論された。
「何言ってんだい! ここにいるやつら全員死んだ魂さ。そりゃ、しゃべりもするだろ」
「そうだったのか。それで、どうしてこんなにたくさんいるんだ? これが普通なのか?」
「聞いた話だと異常事態らしいんだよ。まったく、さっさと案内しなさいよねぇ」
ぶつぶつと文句を言う女の魂。
それをまぁまぁと宥めている内に、ひまつぶしに話をすることになった。
しばらくは生前、どんなことをしていたのかなど周りの魂も交えて雑談をする。
老人の魂が五十一歳の頃、自分の孫が誕生したときの話をしている途中、突然周りのざわめきが大きくなった。
どの魂も皆、ある方向を注目している。
その視線の先には、黒いフード、黒い手袋、黒い靴を身に付けた黒づくめがいた。
なぜか首から分かりやすく『死神補佐』というプレートがかかっていた。
「おい、どれだけ待たせる気だ! さっさと案内しろ!」
「すみません、俺、補佐なんで。そういうのは主任に言ってもらわないと分からないっす」
「じゃあその主任をだせ! お前ら死神だろ、仕事しろ」
「そう言われてもですねぇ」
一つの魂が、死神補佐に怒鳴っている。
ただの光の玉に委縮しきってぺこぺこ頭を下げている様子は少し面白い。
しかし、この様子では上空一帯が魂で埋め尽くされるだろう。
徐々に増えてきた魂たちに、老人の魂はどうなることやら、とぼんやり見ていた。




