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歌姫の場合


 そこは教会だった。

 見たもの全ての人の心を洗い流すような白さと清らかな雰囲気を持つ。



 ――だが、普通の教会と違う点が幾つか。



 一つはそんな清らかな外見の教会の建物を、にこやかに微笑む神父ではなく、厳つい鎧を身にまとって完全武装した兵士が来訪者をお出迎えしていること。

 もう一つは、本来神の化身の如く慈悲深くにこやかな表情であるはずの神父が、目を血走らせ髪も乱した状態――つまりは発狂寸前であること。


 そんな、ご近所さんは国王陛下、とでもいうかのように王宮と隣り合って建っている純白の教会は今、見かけとはかなりかけ離れた修羅場となっていた。



「八番隊! 見つかったか!?」

《もぬけの殻です。私物も無くなってスッカラカンな状態でした》

「くそっ、了解! じゃあ六番隊と合流して周辺を捜索しろ。まだそんなに遠くにいないはずだ」

《了解》



 次々と水鏡に映る光景に隊長である短髪の男は舌打ちをし、苛立ちを現わすかのように目の前の鏡を払う。その鏡は魔術師が情報伝達用に創りだした水鏡であり、触れればすぐに形を保つことが出来ずに元の水に戻る。

 ぴしゃり、と純白の輝く床に水が広がった。


 その音で我に返った男は己の失態に気づき、すぐそばの上品なソファーに座る人物を向く。



「すみません。あの、とんだ失態を……」



 だが、いたはずのソファーには誰もいない。

 慌てて周りを見回すと、窓に足をかける神父がいた。



 ――ちなみにここは、教会の四階である。



「神父さま!? 落ち着いて、そして自我を保ってくださいお願いします!」

「ふふふ、大丈夫ですよ。ちょっと外に出るだけですから」

「せめて普通にドアから出て行って下さい! ここから出たら新天地に行ってしまわれますよ!?」

「……新天地。悪くない」

「何言ってんですか―――!」



 フッと笑って遠い目をした神父にかなり嫌な予感がした男は、その日頃鍛えられた体をもってして神父を窓から引きはがし、ソファーへ座らせる。


 と、そこへガシャガシャと騒々しい音をたてて部屋に男の部下が入って来た。



「たいちょ、う。教会内を捜索していたへ、兵士が発見、した、もので」

「御苦労。休んでいいぞ」



 地上から一気に四階まで(しかも鎧という重りをつけて)駆け上がるのは相当苦であるらしい。

 ぜぇぜぇと荒く息をする部下を下げ、手渡されたものを観察する。


 真っ赤な蝋で封じてある真っ白な封筒には、揺るぎない文字でしっかりとその名が書かれていた。



『ペール・サンクテュール様へ』



「神父さま、この字に見覚えは……」

「――! あの娘の字です!」



 言うや否や引っ手繰る神父に呆気にとられる。

 対する神父は広げた紙を血走った目で、一字も漏らさぬように読む。


 しばらくたっても動かぬ神父が心配になって、男は覗き込むように紙を見た。

 しかしそれは、しっかり書かれた宛名の割にはあまりにも味気ない文だった。



『ちょっと旅に出ますが、心配しないで下さい。あと捜さないで下さい。たぶん、無事です』



(『たぶん』って………)


 残された手紙は本人の目的(恐らく安心させるため)とは逆に、その場にいたものの心配を煽るに十分な威力を持っていた。



 希代の歌姫と謳われている娘、突如、謎の逃亡。



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