王子の証言
「彼女を死なせたのは、僕です」
オルフェンの前に座った第二王子レオンハルトは、開口一番そう言った。
本来なら歓声に迎えられ、王都へ凱旋するはずだった彼は今、王宮警備塔内の一室で、オルフェンと書記官、数名の警備官を前に事情を聴かれていた。
レオンハルトはまだ20代の若い王子だ。華やかな容姿と誠実な人柄で知られ、とりわけ女性からの人気は高い。
だが今、その面影は見る影もなかった。
昨夜はほとんど眠れなかったのだろう。目の下には濃い隈が浮かび、目の前に用意された食事にも手をつけた形跡がない。
オルフェンの視線は、自然と王子の顔へ向かった。
整っていると評判のその顔には、鼻から左頬にかけて真新しい白い布が当てられている。傷は浅いものの、鼻の脇から頬へ裂傷が走っているという。
「痛みますか?」
「ああ……いえ、大丈夫です。ありがとうございます」
視線を受け止められないというように、レオンハルトはうつむいた。
「彼女とは今回の討伐で知り合いました。ずっと行動をともにしていましたが、本当に立派な方でした。聖女としての務めに忠実で、何度も僕たちを救ってくれた。…だから、僕も心を許しすぎたのかもしれません」
「心を許しすぎた、とは?」
レオンハルトはわずかに目を伏せた。
「彼女は、それを少し違う意味に受け取っていたようでした」
「あなたに特別な好意を?」
「――正式に交際してほしい、と言われました」
レオンハルトには、すでに婚約者がいる。
侯爵家の令嬢である。
聖女も当然、そのことは知っていたはずだ。
「僕の態度が何か勘違いをさせていたのなら、申し訳なかったと思います。ですが、僕は王子で、彼女は聖女です。互いに立場があります。僕自身、彼女にそのような感情を抱いたことはありませんでしたし、彼女も同じだと思っていました。旅が進むにつれ、彼女の僕への態度が熱を帯びていると感じるようになりました。自意識過剰だなとは思いましたが、互いのためにも確認はするべきかと思ったんです」
王都へ戻れば、旅は終わる。
もし本当にメイベルが自分へ特別な感情を抱いているのなら、その前にはっきりさせておくべきだと考えたらしい。ロイドを遠ざけたのも、彼女の名誉を慮ってのことだという。
「だから食事の後で、話があると彼女を誘いました。ロイドは焚火の灯りで書き物をしていたので、いいタイミングかと思いました」
一度、言葉を切った。
「笑い飛ばしてくれると思っていました。僕の勘違いだと。友人として、これからも変わらず付き合っていけるのだと。でも彼女は、僕に騙されたと言い出したんです」
「騙された?」
「泣き出してしまったんです」
そこへ突然、ロイドが現れたという。
「なぜ2人きりでいるのか、と詰め寄られました。彼女に何をしたのか、なぜ泣かせているのか、とも。ひどく興奮していました」
レオンハルトは困ったように眉を寄せた。
「僕も心外でした。誤解なんですから。なぜ自分が責められなければならないのかと尋ねると、自分はメイベルと付き合っているのだと言われました」
「ロイドさんが、メイベルさんと?」
「はい。だから彼女に言い寄るなと。でも、メイベルは笑って否定しました。ロイドの勘違いだと」
レオンハルトは小さく首を振った。
「正直、僕にはよく分かりません。2人がそのような関係だとは、気づきもしませんでしたから」
そこまで話して、レオンハルトは頬に当てられた布へ手を伸ばした。
「彼女は次第に興奮しだして、僕にもロイドにも怒り始めました。あんな彼女を見たのは初めてです。いつも、その……穏やかでしたから。正直、何を言われたのかあまり覚えていません。でも、僕よりもロイドの方を悪しざまに罵っていたから。それでロイドは相当腹が立ったのでしょうね。そう、突然火の魔術を放ちました」
「火の魔術を?」
「一瞬、刃かと思うほど鋭い光でした。避けましたが、完全には避けきれなかった。これが、そのときの傷です」
オルフェンの視線が、その手の動きを追った。
「あなたに向かってですか?」
「ああ、そうですよね。僕は何も言っていないのに。でも、興奮していたからですかね。だから余計に危険だと判断して、剣を抜きました」
誰かを傷つけるつもりはなかった。
剣を見せれば、ロイドも我に返ると思った。
「ところが、それを見た彼女まで興奮してしまって。やめて、争わないで、と叫びながら、自分の護身用の短剣を抜きました」
レオンハルトはそこで言葉を切った。
無意識なのか、また頬へ手をやる。
「そこからのことが、どうにも曖昧なんです」
「そこから?」
レオンハルトの指が、頬の布に触れた。
「この傷を負ってからです。血が止まらなくて。何度押さえても手に血がついて……。頭がうまく働かなかったんだと思います」
気づいたときには、メイベルとロイドが激しく言い争っていたという。
「3人とも年が近いこともあって、本当に仲良くやってきたんです。だから、あんなロイドを見るのも初めてでした。そうだ、手を押さえていた。怪我をしていたのかもしれません。いつもの冷静な彼ではなかった。メイベルも言い返していて、短剣を手にしたまま、怯えたように振り回していました」
このままでは誰かが傷つく。
自分なら、メイベルを傷つけずに取り押さえられる。
そう考えた。
「血はまだ止まっていませんでした。でも、それどころではなかった。気づいたら剣も手元から離れていて。多分、危なすぎて自分で遠くへ投げたんだと思います。何しろ短剣が危なくて。振り回すメイベルの腕をつかんだんです」
メイベルは激しく抵抗した。
レオンハルトは短剣を持つ手首を押さえ、奪おうとした。
「そのとき、ふとロイドと目が合いました。同じことを考えているのだと思いました。とにかく、まず短剣を取り上げようと」
だが、メイベルは短剣を離さなかった。
3人がもつれるような格好になった。
「それで……」
レオンハルトの声が止まった。
長い沈黙のあと、彼は続けた。
「僕が、力を入れすぎたんです」
メイベルの腕を押し返した。
その瞬間、それまで抵抗していた力が、ふっと抜けた。
何が起きたのか分からなかった。
ただ、メイベルが自分を見ていた。
驚いたような顔だった。
やがて、その身体が崩れ落ちた。
「短剣が、腹に刺さっていました」
レオンハルトは自分の右手を見つめた。
「僕の手は、彼女の手を握っていました」
「つまり?」
「僕が押したんです」
「故意ではなかった、と?」
「もちろんです!」
初めて、声が強くなった。
だが、すぐに我に返ったようにうつむく。
「すぐ助けを呼ばなければ、と思いました。誰かに治癒魔術を、誰かに手当てを頼まなければ、と。だから言いました。助けを呼んでくる、と」
「それで?」
「走りました。森から出ようと。多分、迎えが近くまで来ているはずだからと。でも、出口が見つからなかった。それでも何とかしなければと走って、でももう2人がいる場所も分からなくなって、それでも走って……」
最後は自身の両手で頭を抱えながらのうわ言のようになり、やがて言葉が途切れた。
次に顔を上げたときには、何かを断ち切ったような表情をしていた。
「事故だったとしても、僕の手で短剣を押し込んだことに変わりはありません」
オルフェンはしばらく彼を見つめてから、尋ねた。
「その短剣は、今どこに?」
レオンハルトが目を見開く。
「どういうことですか?」
「聖女が発見されたとき、短剣はありませんでした」
「……短剣が…なかった?」
「はい」
レオンハルトは力なく首を振った。
「分かりません。僕は抜いていません。彼女が倒れたとき、確かに刺さっていた。僕は……」
言葉が途切れた。
「逃げてしまったから……分かりません」
オルフェンは何も言わなかった。
「僕が…僕がもっと早く、彼女の気持ちには応えられないとはっきり伝えていれば、こんなことにはならなかったんです」
そして、静かに言った。
「彼女を殺したのは、僕です」




