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第七話 【センチネル・リダウト(Sentinel Redoubt)】

天のイグナクト

【政治編/国防軍基地祭】


そんな位置づけになります。兵站準備/防空体制構築とその実態、みたいな話です。

基本的に『天のイグナクト』は本一冊に一度 【大きな戦闘】 がはさまる感じの構成をとっています。

戦いをただご都合主義で書かない、全てに意味がある、それがイグナクトの世界なんだと思っています。

そう思って読み進めて頂けると大変ありがたいです。

ということで今回もよろしくお願いいたします。

第七話 センチネル・リダウト(Sentinel Redoubt)


6月19日

『国際サプライチェーン強靭化に関する主要国実務者緊急円卓会議』

通称/東京ラウンド会議


会議を終えての政府公式見解と合わせたマスコミ各社への情報開示がなされた。


歩調を合わせるように各国からも同様、一斉に発信がされる。

あらゆる媒体によって公開されたそれは戦慄を伴いながらも希望とともに拡散される。


大きくは


【グラードル】

それが宇宙先代文明の遺物だとの情報。

機械的に資源を回収し、場合によっては文明ごと星を砕く存在。

そして、それを駆逐する存在としての【銀の柱(イグナクト)】という希望。


その存在の影になるようだが重大なのは、敵の【シールドメカニズム】に対しての詳細が判明したこと。

この点が人類側、危機に直面している国々からすれば大きかった。

地球人類の大半の兵器軍を無効化する絶対防御壁。

その正体は



【接近する飛翔体を焼き払う炎熱電磁シールド】



端的に言えば単純起動で接近する対象物を、無作為に超々高出力のマイクロ波放射で消し炭とする兵装。

起動兵器のような複雑な軌道を追従することはせず対象とならない。

これはおそらくグラードル自体が元々持っていた、【スペースデブリ】への対抗手段だったものが進化したものと推定される。


大きなモノはその速度が速くても的(まと)が巨大なため、照射により継ぎ目や誘導シールドの隙間から内部に侵入。

内部の電子基板、信管の電気回路に一瞬で過電流が流れ、熱で焼き切れ、到達前に自壊となる。

小さいモノは速度/質量的に到達前に消し炭となる。

仮に自壊までの照射の網を抜けるような近距離射撃であっても、激しいスパーク(放電)が発生、金属表面に流れる猛烈な誘導電流(ジュール熱)によって、弾の表面はドロドロに溶け、著しい命中率の低下を招く。

レールガンだけは小さい弾が音速の7倍の速度で射出、感知後に照射しても弾体を捕捉しきれなく、弾丸はシールド圏を突破してくる。


この物理的な理屈解明が人類には大きい。

今人類の持ちうる知見の中からいくつかの突破口模索のスタートにもなる。

確定的な事実として、電子回路搭載やHE(榴弾(りゅうだん) / High Explosive)等の弾薬は誘爆し効果を望めない。

正確で弾速の速い質量弾でのみ効果的な撃破の可能性があることが示された。



銀の柱からは人類の持つテクノロジーの延長でグラードルと戦うために有効と供与された技術は4つ。



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①特殊モリブデン鋼材とその加工技術→

確実なシールド圏突破の弾丸/弾頭生産が可能

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②超長尺CNT生成→

レールガン最大の問題、電力需要とその供給への切り札

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③緊急冷却触媒用CNT構成方法/転用技術デュアル貫通炸裂弾作成。→

敵機のより確実な破壊を得るための特殊モリブデン鉄鋼弾生産。

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④積層CNTキャパシタ製造法→

レールガン発射/再チャージの大幅な短縮

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特に①④はライトニングボルトの製造設備を持つ愛知/トウマ重工の設備がそのまま拡張方向で量産できる点と、この②③を併用すればライトニングボルト以外の航空機でも単発式ながらレールガンを搭載可能とのプランが示される。

元々モリブデン鋼材を多用しているライトニングボルトに至っては①~④をフルアップデートプランとすることでレールガンの単発チャージ(一発放つことで30秒チャージ)を大幅に短縮(3秒チャージ)し砲身自体の寿命も100発交換→1000発交換へ、推力非でも15%向上させることが可能となった。

①鋼材はイグナクト/柱からの供給も可能なため、全世界の生産設備が対グラードル対策のため、人類史上最大規模の物量作戦として急ピッチで進む。


存在、存亡をかけたこの動きは世界各地域の戦線を食い止めることと並行、その一部は6月末には幾つかの部隊へ配備が進んでいく。

驚異的な兵站網構築、それ程に人類が共通の危機意識を持ち得たという事なのだろう。


また、各国の協力体制と共に、銀の柱/メインフレームへのダイレクトな接続とその活用に関しても技術陣の人材交流含む話し合いが持たれた。

早急な確定事項としては、一色区に技術交流の要員滞在の施設拡充態勢が組まれ、希望国側の準備が整い次第受け入れることが決定。

様々、人類側の包括的な議論が進む中で、直下、イグナクトを巡る組織体制にも最終的な決定が出された。


結論としては旭柰の立場は民間。


事態に際し要請という形でイグナクトと共に戦いに参加してもらう。

基本は普段の生活に戻ってもらいつつ、それに支障のないよう、護衛を警察/国防軍が垣根を越えて担当。

日常生活を送る道を最大限手配する約束となる。


真鎖人は研究者の任を解く提案がなされ、専属パイロット/アドバイザーとして動いてもらうことが確定した。

ただ、どこかの指揮下にはいるというわけではなく、グラードルとの戦線へ立ち、その作戦の把握から要となる対抗手段として随時転戦という形が取られることになった。

真鎖人自身この緊急時はそれ以外に対策などないとの結論に達していたため了承。

事態は加速度的に【対グラードル】へ向け舵を切り始めていた。



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6月21日

一色区


一色基地をイグナクトの基幹ベースとすべく、その改修も進められていた。

南雲率いる

【中部航空方面隊 第7航空防衛大隊】

部隊も拡充され規模としては日本最大の基地として再編が進められることになった。


それに合わせ、地上メガフロートには新たに港湾ユニットが増設、一色基地を【前進作戦基地(Forward Operating Base】とすべく艦艇の配備も計画される。

先行し、先の一戦で周辺海域へ展開していた艦艇から【IPG-227A・グランセプター(無人機)】を中心とした艦載機を内包する、FFM(多機能護衛艦)/あまつかぜ、やしろ、が配備された。


その接合工区として、指定された基地ゲート南側の外郭防波堤。

この基地外郭は、ブロックそのものが波消し用の多層構造塔体として組み上げられており、基地の南端を守る障壁として機能。

基地に併設されている様々民間施設、託児所の子どもたちの散歩周遊ルートとしても定番になっており、休息の場としても重要な空間となっている。

押し寄せる外海の怒涛を受け流すその躯体は、フロートの内陸側に向かってなだらかな傾斜を描き、潮風に強い緑が芽吹く小高い丘陵を形成していた。

最先端の海洋工学が築いた強固な守りと、自然の情緒が静かに融け合う、この人工都市でもっとも美しい境界線を一望できるその丘の上に真鎖人はいた。

海原には黒潮の流れと共に運ばれた暖気が、沿岸、温度の低い海水と混ざり、薄い移流霧(海霧)が漂っている。

後方からの足音で来訪者に気付き目をやる。


「南雲さん...」


「久しいな。まともに顔突き合わすのはいつ以来だ?」


「あの時は一瞬でしたからね。」

真鎖人にとって南雲は、ライトニングボルトの開発後期に深い接点を持つ人物。

ライトニングボルトに搭載されている超集積型CNT積層AIユニットの最終実装テスト終盤時期に遡る。


「経緯は聞いている。しかしつくづくライトニングボルトの因縁は続くものだな。」


「自分も同じことを感じてました。」


「7年も前になるな...いまだに俺はあの時のことを思い出す。20歳(はたち)そこそこ、ましてや航空志願でもない技術屋志望の若者にあそこまでしてやられるとはな。」


「あれはいいとこ引き分けですよ。」


「あのまま続けて俺に勝ちがあるとも思えんが?」


当時、南雲は日本海側の基地を拠点とした国防軍/アグレッサー部隊から、 第7航空防衛大隊への転属の狭間。

ライトニングボルト正式配備直前の戦術マニュアル構築へ、一時的にその開発拠点である愛知トウマ重工に身を寄せていた。

ロイヤルウイングマン構想として最先端AIユニットとの連動技術開発も兼ね、実機組み込みと並行しシミュレーター訓練が重ねられていた時期でもある。


「ここに来るのは硫黄島の部隊が中心だ。厚木と館山が硫黄島に出してるのがそのまま引っ越してくるらしい。」


「先の戦闘で避難誘導に当たってた部隊ですか。戻さないでそのまま展開してたのはそういうことですね。」


「だろうな。小笠原の辺りには新造フロート船を宛がうらしい。柱に対して即応できる大掛かりな拠点の確立と聞いてる。」


「イグナクトも各地の試掘コアに動きがないなら大きな進行はないと判断してます。増強は今しかないと。」


「地球はロックオン状態...で、どうなんだ地球の救世主(イグナクト)に乗った感想は?」


「救世主、そうかもしれませんね。詰め込まれたテクノロジーは驚愕以外の何物でもない...扱うというより探っているというのが所感です。」


「人類には過ぎたるモノ、か。アレに関しては俺も障り程度しか聞いていない。だがやってのけたことは俺たちの常識では測れん。それを彼女は操れているのか?」


「そう感じます。少なくとも俺よりは体感的な部分で深く理解していると思います。」


「地球を救うヒロインは魚屋か。一色区らしいと言えばらしいが。」


「まだ会ってはないんですか?」


「いや、先日軽く挨拶には出向いた。」


「俺含め南雲さん指揮下というわけでもないようですね。」


「まぁな。把握もできてない戦力を俺の指揮下でどうにも回すことはできんよ。共闘プランは練り続けることにはなるだろうが。」


「自分も...まだ彼(イグナクト)のことは把握しきれていません。人類の手に負えるテクノロジーではないと感じているのが本音です。」


「あの様(一色区でのソルトライデントの一閃)はな...あれほど衝撃的な光景はない。」


「はい。俺も一瞬、魅了されていました。でも、同時に畏怖しました。あれは人類の扱うモノの範疇を超えすぎていると...」


「銛旭柰(もりあさな)、今聞いた話なら彼女がそれを操れていること、その理屈もイグナクトにしかわからんのだろう。」


「彼女は核心の部分で彼(イグナクト)と同調(シンクロ)しています。イグナクトには心を軸とした稼働の原理がある。自分はそれを捉え切れてないと感じてます。」


「珍しく弱気だな。俺の知ってる橘真鎖人はここだとワクワクするもんだと思っていたが。」


「まだわからないことが多過ぎるんです。自分の知りたいという欲に対しての知らないこと、見えないものが多過ぎる、そんな状態です。」


「直感的には使えない...わからなくもない。おれも思考としてはそっち寄りだからな。部下には直感全振(とどろき)りみたいなのいるが(苦笑い)」


「どちらにしろ横須賀の予定はお前も参加になる。それまでの基地際周遊で顔も合わすだろう。お前にはいい刺激になるはずだ。」


横須賀にはトウマ重工の神奈川工業区画が存在する。

そこでは主に【CRM(クルー・リソース・マネジメント)】を主軸とした仕様変換シミュレーターの開発拠点が置かれている。

大規模な機種転換、今回のライトニングボルトの大幅なアップデートを想定した最新のシミュレーターが既に一部稼働しており、実機配備と並行し、パイロットの技能習熟として組み込まれ始めていた。


「トウマ重工がイグナクトの連携シミュレーションを想定して、ライトニングボルトの仕様を全公開した話は聞いてるだろう?」


「はい。専用特化型のアップデートをアメリカと共同で進めると聞いてます。」


「横須賀で暫定版のシミュレーション構築、実機アップデートはもう取り掛かってる。先行改修、実機もその頃には何機か組みあがるだろう。シミュレーションは銀の柱、イグナクトも手を貸してくれてほぼ一色区の戦場が再現されてる。あれが他の部隊でも展開されれば少しは状況も変えられるかもしれん。」


「あとは俺の問題ですね...」


「真鎖人、全てを抱え込む必要はないぞ。操者は二人だけしかいないが、協力者はそうじゃない。トウマ重工の社長、彼も同様考えているだろう。一人で背負うなよ。」


「ありがとうございます。大丈夫です、気に病むというほどのものではないですから。」



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チェルスキー山脈

明滅を繰り返す岩塊(グラードル)


ウスチ=ネラ

ロシア・シベリア北東部、チェルスキー山脈ふもとのインディギルカ川の渓谷に佇む小さな町。


サハ共和国に位置し、一体盆地には「静かな岸辺」という意味が込められている。

周囲を険しい山々に囲まれた極限の自然環境の中にありながら、伝統的な牛や馬の飼育を中心とした暮らしが営まれている集落。

この小さな村落にはロシアの国家親衛隊(ロスグヴァルディア)や連邦刑執行庁(FSIN)などの「特殊部隊(特殊任務野戦隊)」とその隊員たちを湛えるモニュメントが設置されている。

村内でその中心となる広場、そして北西に流れるインディギルカ川。

全長は1,726km、流域面積は360,000平方km、スンタル・ハヤタ山脈に源を発し、チェルスキー山脈を横断、最終的には北極海の「東シベリア海」へと注ぐこの大河。

その向かいの山々がチェルスキー山脈となる


その中腹で不気味な明滅を続ける巨大な岩塊、グラードル。


宇宙からの脅威、人類が直面する驚異がここにある。

元は人類誕生よりも圧倒的な太古の昔、この銀河、宇宙に誕生した先進文明の母星近傍、資源回収のためのただの『自立型物質精錬生成システム』でしかなかった存在。

グラードルは元々創出文明言語での【銀河/資源/自律的/採掘/および/物流/動力源】これらの意味から名付けられていた。

当初は資源回収の革新的なシステムとして文明発展に貢献。

中でも


・Asteroid Fragment(小惑星断片)

・Meteoroid(流星物質)

・Natural Satellite(天然衛星)

・Space Debris(スペースデブリ) / Orbital Debris(軌道デブリ)

・Derelict(遺棄人工物)


これらをナノマシンにより、物質単位で分解/分離/精錬/資源化へと特化する機構を内包していた点が文明にとって有用に作用していた。

これら資源採掘の幾分かは文明そのものの発生させる不要物、つまり【ゴミ】すらも資源として再構築していく機能にもなる。

文明そのものが再利用の意識をすることなく、「ゴミを無尽蔵に出していく事」、それが物質(資源)消費サイクルに加わる最中に小さな歪が生じた。

文明を発展させるための資源の有効活用と効率化。

だがその利便性が無為に資源を消費していくというサイクルを産み出した。

その矛盾を発端として、グラードルの基底システムに何かしらのバグが発生したのだろうと推測される。

その辺りから母星を遠く離れ自動航行を続ける個体が現れはじめた。

それらは当初消失個体として特に問題視もされていなかったようだが、その中に独自の進化を遂げ始めるものが現れた。

離反個体は資源を無作為に収集、自身機能の拡張や同位体複製などを繰り返し膨張、一定の規模になるとミツバチの分蜂のように集団から分離、独自に試行/稼働し同様資源を回収し続ける。


結論としてこれが今のグラードルの始祖となった。


この辺りからはイグナクト/銀の柱の持ち得る情報でも、断片的なモノを繋ぎ合わせての仮説になるが、そういった文明を生かすための資源サイクルが、いつしか文明の存在を宇宙の摂理から外れた異質なモノと捉えるよう変節を重ね、進化したのではないか。

その過程で文明が資源を破壊する簒奪者だとの判定を持ち、自身(グラードル)も存在を維持する方向へ傾いた結果が今の姿なのかもしれない。

ただ無機質に資源を回収し自身の糧とする姿、一切の感情なく星を文明ごと砕いてしまう様、これらは世代を重ね文明を築くほどの知性を獲得した種からすれば、命を憎み滅ぼそうとしている悪意の象徴のようにすら見えてしまう...

生きて存在し発展を望んだ末に生み出されたシステム、その機構の制御不能からの暴走...知性が生み出した産物の成れの果てとしてはあまりにも皮肉が過ぎる結末である。

グラードルが何もない孤立した空域に存在する太陽系、その中で資源を消費している人類の存在を感知し採集へ動いたこと。

それはグラードルの本能としては当たり前の反応なのかもしれない...



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6月20日

マスコミ側からも様々な特集という形でグラードルの扱いが過熱し始めていた。

新聞のみならず大衆紙からもグラードルの情報は広く発せられる。

これら侵略者的立場のグラードルに迎え撃つ側のイグナクトという構図。

ことの本質としての人類文明への脅威よりも先に、わかりやすい対立構図に大衆心理が働くのは道理を得ている。


気の早い模型誌などは立体物の展開を強く押し出した特集を組み、児童向けの特集などでもイグナクトのイラストが掲載されるなど日本のコミックカルチャーを巻き込む動きも顕著に出始めていた。

目立つ動きとしてはイグナクトを主とした単体での書籍企画が複数告知されている。

民間からも閲覧という形で銀の柱へアクセスできることが、結果として経済をブーストするこのような状況生み出していた。


そしてその拡散は必然として銀の柱、直下の漁港、一色のブランドにも注目、漁港は日本全国のみならず世界からの注文も目に見えて増加していた。


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一色区

霽寿(せいじゅ)商店 事務所


「社長~朝出しの伝票、経理回しますけど、本当にコレ入れちゃっていいんですか?」


そこには数年前に撮影した旭柰が写ってる一色漁港PRのポスター、それの追加13万枚発注伝票が混ざっていた。

発端は株式会社魚漁一番星(ぎょぎょいちばんぼし)/星野八郎(ほしのはちろう)55歳の思い付き。

この注目の時勢を漁港のブランド周知徹底、売上爆増のためと決断、基本は星野のポケットマネーで後々儲かったら税金対策でウマい仕事沢山ください、というあまりにも泥臭い実務のスキを突く形で漁協総会で押し通されてしまった。


「旭柰(あさな)の姉御!ここは一発大量刷りやって儂にポスターPR販路拡大、全国行脚(ばらまき)の策を任せたってつかあさい。」


中々の熱量、しかも自腹でやるとの星野の申し出、それに悪ノリした者たちの加勢もあり、結果、採択されてしまったのだ。

「グフフフ...ここが勝機や、わいの博打街道フルスロットルや。」


「自腹やからええけどお前ホンマいつか身、亡ぼすど...」


二人のそんな様を見てやれやれと気を揉むが、それよりもこのポスターの構成そのものが彼女としては懸念材料だった。

旭柰としては仕切り役として就任した直後に作成したポスター。

自分の表情的にも


「撮影(うつされ)慣れてないよね...」


という不満もある仕上がり。

ただ注目を集め始めた初期段階はスピード命がビジネスの鉄則、少々の不出来は勢い優先で相殺されるものと、訂正のないままポスターは世に出てしまっていた。

そして何より当時からの最大の懸念、太刀魚を掲げているのにその太刀魚が少しだけ見切れているのが不満で仕方なかったのだ。

自分が不慣れなのは赦せても、お魚さんへの礼節欠いては魚屋の魂が『絶対にNOぉぉぉ!!!』と彷徨(ほうこう)を挙げてしまう。

星野の周到さはその懸念をいち早く察知、当時のデジタル版下が統合前データとしてまだ印刷所にあるかもしれないと捜索、その部分だけ訂正されて作り直すということで手打としたのだ。


フルカラー箔押しの豪華仕様ポスター発注伝票を手にした職員がつぶやく。


「箔押しっているのかな...コレないだけでずいぶん安くなる...」


「うん、言いたいことはわかる...でもそれ込みで話通ってるのよ。金額大きいけど相殺されるから。それに最悪、星野さんの懐だけしかダメージないし。」


「うぃ~っす。じゃあ締めます。」


事務所の中でそんな軽妙なやり取りが交わされている外では、漁港のいつもの日常が動き出していた。

早朝からの仕入れを終えた面々が、ある者は安堵の表情で朝食へ向かい、またある者は帰路につく。

それと入れ替わるように、今度は近隣の飲食店関係者たちが周囲の店舗区画へと次々に流れ込んでいく。

慌ただしい夜明けが過ぎ去り、港はまた新たな活気に満たされようとしていた。



「おう、星野、これで今日は仕舞や。飲みに行こか。」


「ああ、ちょっと待っといて。旭ちゃんとこ行ってくる。」


「おお、って、どなたです?」


「基地のお偉いさん。旭ちゃんのとこに用みたいや。」


「一色基地で渉外室長(しょうがいしつちょう)を務めております、3等空佐の小高庄司(おだかしょうじ)と申します。こちらが渉外班長(しょうがいはんちょう)の高畑正忠(たかはたまさただ)1等空曹です」


「1等空曹の高畑です。よろしくお願いいたします(名刺を出す)」


突然の来訪者に狼狽し、その巨体を折り曲げるように恐縮する魚住。


「これはこれはご丁寧に、あっ、すんません、今名刺持っとらんので、取ってきます。」


「もうわしが渡しといた。」


「おお、さすがや、頭悪そうに見えるのに相変わらずそういうとこはマメやな。」


「アホ抜かせ、お前がおおざっぱなんやw オマケにお前のが高校偏差値下やろが! それにな商売人なら名刺は常備しとけ。いつ商機くるかわからんやろ。」


「せやな?んでも、これでもわりと気が利くって褒められるで、嫁に。」


「おまえ、それな、操作されとるんや。嫁の仕事は旦那乗りこなして飴と鞭で都合よう走らせることやからな。」


「マヂか?わし種馬にされた自覚はあるけどヤバいなそれ...」


「それはお前がエロいだけや。」 


そう言って頭をかく男たちを前に、小高と高畑は、差し出した名刺を指に挟んだまま完全にフリーズしていた。  

それまで「基地の渉外室長と班長」という、いわば一色基地の『外交官』として、張り詰めたお仕事モードの空気をまとっていた二人である。

背筋をピンと伸ばし、非の打ち所のない敬語で挨拶を決めた直後、目の前で突如として始まったのは、まるで舞台の上のようになめらかな掛け合いだった。 

未知のテンポ感に圧倒され、軍人二人が思考を停止させていると、星野が「あちゃあ」という顔で頭を下げた。


「おお、すんません、いきなりこんなんで。」 


その言葉でようやく我に返った小高と高畑は、顔を見合わせ、深く感心したように表情を緩めた。

まずは室長である小高が、大真面目な顔で口を開く。


「いや、いいもの見せて頂きました。流石本場の芸人魂、普段から息の合った様があるのだと感嘆いたしました。」 

それに続くように、高畑も差し出していた名刺をスマートに引き込みながら


「自分もお二人のあまりに見事なコンビネーションに、つい見惚れてしまいまして。」


「えろうすんません。」 


デカい図体で魚住が頭を下げる。

ここまでがワンセットの芸のように美しく仕上がっていた。 

魚住が照れくさそうに頭をかき、ようやく空気が本来のビジネスモードへと引き戻される。

星野が「さて」と表情を切り替え、本題を切り出した。


「前振り長なってもた。漁港総会で話してた避難対策関連やと。」


「おお、それはそれは、重ね重ねえろうすんません。」 


魚住は途端に神妙な顔つきになり、小高たちへ一礼する。

星野はそんな相方の肩をポンと叩き


「ほな行ってくるわ。ちょい待っといて。」 


そんなやり取りが交わされている漁港。

早朝の慌ただしかった競りの時間から、一般客に観光客へと活気の主役を入れ替えながら、いつもの日常のサイクルを力強く刻み始めていた。




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6月22日

一色区


国防軍司令/前田圭史(まえだけいし)は、一色区含む、首都圏防空体制を旭柰にも理解してもらう一環で、簡潔な資料を彼女へ提示。

合わせて首都周辺の各基地での防空体制の中にイグナクトの組み込み方策を検討し始めた。


その思惑に合わせる様に空港地下にはイグナクト専用のフロア整備が進む。

イグナクトのために整備される予定の区画は兵装など含む研究施設との連携が必須になるため【特殊先進機械兵装技術研究所】通称/特機研からのイグナクト専任チームも派遣されている。

トウマ重工からのエンジニアもパッケージング化されたフロア設備ごと同区画に陣を構え急ピッチで人類の最先端ラボが建造されていた。

構築スピードの慌ただしさは昼夜を問うことなく、人も物資も他に類を見ない規模で運び込まれている。

ここが人類の要だという事、それが誰の目にも明らかだと理解できる。


この区画の実務責任者として特機開発部の久留生【久留生浩平(くりゅうこうへい):48歳 / 特機技術研究所所長】が兼任。

彼はライトニングボルトの開発でもトウマ重工と連携していたため人材としては申し分ないと国防軍側からの推薦が出されていた。

今後、彼はイグナクトの研究とその技術主任を並行する形でこの区画を取り仕切ることになる。


「全くもって凄い物量だね。事態の深刻さをヒシヒシと感じるよ。」


「久留生所長、明日中には部屋の準備も終わるのでそれまでここでお願いします。」


「ありがとう。私もしばらくは急ぎかかることはない、そちらのペースで進めて頂いて結構だよ。」


「そういって頂けるとありがたいです。では。」


一礼して作業へ戻る面々を眺めながら


「人類総決起への準備とみればこうもなるか。私も無様を晒してはいけない。」


そう呟いた久留生は、自らの眼鏡をそっと指で押し上げた。

レンズの奥にある理知的な瞳には、火花を散らす溶接の光や、巨大なコンテナを運ぶクレーンの影が、目まぐるしく映り込んでいる。

ここはもはや、ただの空港地下施設ではない。

人類の英知と意地を凝縮し、迫り来る未知の脅威を迎え撃つための鉾、その心臓部なのだ。 

慌ただしく飛び交う怒号と機械の駆動音を背中で受け止めながら、久留生は手元の端末に目を落とした。

表示されているのは、まだ全貌の見えない『イグナクト/銀の柱』からの莫大なデータと、特機研、トウマ重工が共同で構築する最先端ラボの設計図。 

自分がその技術的な舵取りを担うのだという重圧が、心地よい緊張感となって彼の背中を打つ。

久留生は深く息を吐き出すと、熱気に満ちた区画の奥へと力強い一歩を踏み出した。




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地上階フロア


司令官室の向かい側、空いている士官室の一つに新たな札が書けられる。

【国防軍 暫定総司令部】

「Sentinel Redoubt - Alpha Area(センチネル・リダウト・アルファ)」


部屋には国防軍司令/前田圭史の姿。


「さて、戦時の暫定措置とはいえこのように部屋まで取らせてしまって済まない。」


「このような国難を超えた厄災、危急存亡の最中です。当然のことと考えます。」


一色区基地司令/航空総隊司令官/道源宗徳が応える。

この二人は年齢も近く防衛大学校(現国防大学校)の先輩/後輩にあたる。

今は国防大と名称は変わったが旧防衛大からの伝統は今も昔も健在、そのまま引き継ぐ形でのルールがある。

その一つが「対番指導(たいばんしどう)システム」。

寮は基本構成として


【典型的な部屋の構成(8人部屋の場合)】

4年生(部屋長):1〜2名(部屋の絶対的な権力者・責任者)

3年生:2名(実務のリーダー。2年生を指導する)

2年生:2名(1年生の直接の指導係。最も忙しい)

1年生:2名(部屋の最下層。清掃や雑用をすべてこなす)


このように縦の人間関係が24時間体制で構築されている。


「対番(たいばん)」


とは4年生と1年生のマンツーマンのペア関係を指す。

新入生(1年生)が部屋に入ると特定の4年生が「対番(指導対番)」として割り当てられ右も左もわからない1年生に対し制服のアイロンの掛け方、ベッドメイキング、大学暗黙のルールなどを1から10までマンツーマンで教え込むことになる。

1年生にとってその4年生は神様のように畏怖する存在でありながら同時に


「自分を理不尽な上級生から守ってくれる、唯一無二の親(保護者)」


のような存在になる。


学生として過ごすこの期間は【特別職国家公務員】として扱われるため民間企業の様な労働組合が存在しない。

枠組みとして規律は存在するがこの閉じた学生空間で各々国の事、自身の将来の事、学ぶべきことを定めていく。

当然ながら私学/民間/学校その他同様に学びの中でいくつかの進路方針を決定し進むことには変わりはない。

違う点があるとしたらそれは決定的に適性の有無を図られる点にある。

いくらパイロットになりたいと願っても適性をパスしなければ問答無用で弾かれてしまう。

そしてパイロットには卒業後も訓練のための過酷な道が敷かれている。

国防/防衛大からパイロットへ進むという事、それは現場を仕切ることに直結していく。

命令を下すことの重み、それを空の上で行う場合すらある、その覚悟を20代ソコソコの若人の時点から叩き上げ仕込む。

パイロットとして現役期間約18年、その僅かな期間を存分に活躍するための修練の場でもある。

その重みがこの期間に濃縮されている。

故に現場での連帯感維持の側面からもこれらの枠組みは伝統として温存されてきた。

パイロット、そのコックピットシートは生半可な覚悟で座れる椅子ではないのだ。


またこれらの枠組みへの法的側面からの補強も存在する。

自衛隊法第64条(および国家公務員法)により自衛隊員が労働組合(職員団体)を結成すること、またそれに加入することは明確に禁止されているからこそ安定して存在していられるしきたり。

実際のところ旧態依然としたこのような流れは批判の対象になることがあるのは事実。

だが実際の現場(任官後)では機能的に働き有用であることが認められてもいる。

時代にはそぐわないのかもしれないがここで得られる連帯感と責任感、そして国防意識なくして国は守れない。

戦時ともなれば「24時間連続勤務」になることも発生する。

それを労働基準法違反などで縛りとするなど本末転倒。

彼らの存在は【国防法/旧自衛隊法】で厳格に管理されているのだ。


「銀の柱を本陣とする首都の空の護り。実質的な防空の要は君の航空総隊だ。」


「心得ております。」


前田と道源、この学生時代から同じ国防意識のもと歩みを共にしてきた二人が一色区の守りへ着くことの意味は大きい。銀の柱を本陣とした首都防空網


【Sentinel(センチネル) Redoubt(・リダウト)構想 】


防衛大臣/須崎宗喜 国防軍司令/前田圭史


この二人を中心に日本は対グラードルの布陣をより強固なものとしていく... 




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6月23日


銀の柱へのアクセスがピークを迎えていた。

先の一色区、ラウンド会議で各国要人に共有された映像が世界中に拡散、一日平均で軽く100億アクセスを超えておりその動画はあらゆる媒体で再生され続けた。

驚異的なアクセスの集中を難なく受け止めている銀の柱のメインフレーム。

公開されたそれらは切り取り動画として二次拡散、それを観た者が全編を知るために、再び銀の柱へ直接アクセスをするという回帰が繰り返し発生、そのサイクルが脅威(グラードル)を正確に人類全体へと伝えていった。


宇宙より飛来したモノが知性を持たない存在、そして文明を崩壊させる驚異の存在だという正確な理解。


多くの人が、今人類が直面している事態は、地球文明存亡の危機なのだという現実を理解し始める。

それと同時に、この戦いを継続していくことの重要さと困難、そして日本にある銀の柱という存在の対比が、希望として人々に当然の認識として定着し、世界が協力の意思で統率されていく。

世界各国の意思として


【人類はただ滅ぼされるだけの存在ではない、自分達の星を守り抜く】


それが全世界の共通認識として強固となる。


日本国内も同様に当たり前の日常と並行し、国防意識と人類存亡へ、一人一人が地球に生きる生命なのだという自覚のもと考える機会が増えていく。

子ども達がごっこ遊びへ転ずるようにグラードルの関連も広く知れ渡っていく。


日本の図太さはこの文明の危機ですら、ネタ、として様々商品展開を始める勢力が出始める点にあるだろう。

大阪の菓子メーカーなどは『イグナクトマンvsグラードルマン チョコ』と称して1個/50円の格安シール付きスティックチョコを販売。

老舗の玩具メーカーなどは完全変形/イグナクト開発計画進行中!などと広告を打ち始める。

日本の逞しさは世界でも突出しているのかもしれない。

そういったカルチャー的な側面とは別に日本の国防軍に、世界の鉾と盾として銀の柱とイグナクトがあること、これは日本の国策上も大きな意味を持ち始めていた。


戦時下だからこそ、様々な経済活動や付随する動きを、中止や縮小とするのではなく、人々の営みの一環として続ける意味があると、方針が掲げられている。


北の大地で怪しく鳴動する岩塊(グラードル)。

日本、陽光を携え静かに佇む銀の柱...

広大な海上に立つ銀の柱が、輝く陽光を浴び、悠久の風にそよぐその直下、イグナクトと共に人類の存亡をかけた者たちの奮闘は続く。




次回 天のイグナクト

第八話【マクロの天(そら)】

2026年9月25日(金) 13時00分頃公開




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第七話

いかがでしたでしょうか。

このところは全国移動中での執筆/撮影と全てが並行して進んでおります。

車内にほぼ全ての設備があるため寝泊まりしながら通常業務も並行両立が取れています。

どこまでを新たに作中に落とし込むのかそればかり考えているような日々ですがその辺りは『なぜなにイグナクト』で書いていこうかと思います。

ではまた次回よろしくお願いいたします。


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