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第十話 『神との邂逅』

物語は静かに進行します。

今週はこの10話に合わせた、様々取材の記録と共に『なぜなにイグナクト』の更新も増えるかと思います。

そちらも合わせてご覧いただければ幸いです。

第十話

『神との邂逅』



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7月3日

午前。


永田町、衆議院議員会館の一室。

防衛大臣である須崎宗喜の事務所では、分刻みで押し寄せる国家機密と防衛体制再構築のスケジュールに追われ、冷房の効いた室内でありながらも独特の緊迫した空気が漂っていた。


木製の大型デスクに向かう須崎の手元には、真紅の表紙が目を引く一冊の分厚いファイル

【一色区防衛前進基地および国際サプライチェーン(ISC)関連実務工程表】

が広げられている。


その隣では、政策担当秘書の鍵谷利光が、幾重にもチェックの入れられた工程表をタブレット端末に表示、予定を読み上げていた。


「……というわけで、本日の午前10時からは官邸にて総理主導の『対グラードル共通武装規格化に関する省庁連絡会議』。午後13時30分からは防衛省の技術研究本部から上がってきた、超長尺CNT(カーボンナノチューブ)ケーブルの量産化スケジュールの精査が控えております。」


鍵谷の淀みのない報告を聞きながら、須崎は眼鏡のブリッジを親指と人差し指でつまみ、ふう、と深くため息を吐いた。


「……こうして並べてみると、我が国の国防の舵取りが、完全に未知の異星文明テクノロジーのスケジュールにスライドしているのがよく分かる。一週間前までなら、こんな予算に法的建て付けも一晩で通そうものなら野党から総すくいの大バッシングを受けていたところだ。」


「世論も『イグナクトのおかげ』『日本の技術力(と謎のオーバーテクノロジー)』一色で沸き立っておりますからね。政治家としては追い風……と言いたいところですが。特に先ほどのISC会議以降も、欧州側から『日本だけがイグナクトの直接窓口を独占しているのは不公平だ』というクレームが毎日のように外務省へ届いていますよ。」


呆れたように肩をすくめる鍵谷に対し、須崎は微かに口元を緩め、フッと鼻で笑った。


「自由アクセスとして開放しているし、こちらが縛りを入れていることは何もない。それにその権限もない。ただ地理的な問題で独占に見えるだけだろう。銀の柱(イグナクト)が日本の中枢に陣取ってしまった以上、地理的にも技術的にも、我が国が矢面に立つしかない。……で、諸墨からの進捗はどうだ?」


須崎がさりげなく問うと、鍵谷の指の動きがピタリと止まった。

室内の空気がわずかに引き締まる。


「午後18時30分に赤坂のいつもの場所に部屋を、念のため左右の部屋も抑えています。」


鍵谷の鋭い眼差しを受け、須崎は手元のペンを机に軽く置いた。


「なにか言いたいことがあるような表情だな。」


「その…信用していいのでしょうか…あまりに破天荒な方だったので...」


「その感想は仕方ない、風貌からしてあれだからな。だが頭は誰よりも切れる、記憶能力と知識も並外れている。気分屋の感は否めないのも事実だが、彼だけが持つパイプというモノもある。この件は諸墨でどうにもならなければ一旦、先送りするしかない。」


「大臣がそこまで信頼しているのでしたら私からはもう何も言いません。差し出がましいことを申しました。すいません。」


「いや、気にしなくていい。報告があると言ってきたのだから、何かしら掴んだのは確かだろう。まずは上がってくるモノを確認してからだ。」


「はい。」


引き締めるように頷いた部下を見送る須崎の表情は一様に硬い。

切迫感や悲壮感はないが、諸墨が『詳細は会って直接話したい。』と述べたことの意味。

何かしらの重要な事実なり、それに類するものを掴んだことは容易に察して取れた。

須崎の脳裏にもいくつかの想定が浮かんでは消える。


「人類の存亡に国家の危機、そこに一民間人の父…見えない符号に踊らされている気分だな...」


陽の光が直接射し込む重厚な執務室には、ただ静かに資料をめくる音だけが取り残されていた。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

一方その頃。

法務省内の一室では、法務大臣・犬埼冬至が山積みの書類を前に頭を抱えていた。


「おい、この『前例なき越境防衛措置に関する緊急特例法案』の条文案、これじゃあ敵母艦が日本領空に接近した際の迎撃において、国防軍法の防衛出動要件と警察法の治安維持の境界線がてんで曖昧だぞ。こんな駄文で国際社会への説明責任はどう担保するつもりだ。」


犬埼の鋭い指摘に、担当の官僚たちが青い顔をして冷や汗を拭う。

防衛省や外務省がマクロな国際サプライチェーンの構築や装備の規格化に奔走する裏で、法務省サイドには

【未知の超兵器を運用するための法的な枠組み】

を急ごしらえで作るという、もう一つの過酷な戦いが押し付けられていた。

慌ただしい動きを見せるなか、秘書の一人が手にしたファイルの訂正確認に来る。


「都から緊急時の留置施設の扱いに対してマニュアル策定の話が来ています。」


「昨日出した法務省の拘置所/刑務所用のマニュアルがあるだろ。あれを下敷きにしてそっちの都合で叩き台出せと突っ返しとけ。概ねあの判定基準で選別、それ以外手はないからな。」


「了解しました。」


「ん~、そうだな、刑事収容施設法 第124条通りそっちで判断しろと付け加えてくれ。」


犬崎の述べたこの【刑事収容施設法 第124条】は、【警察署長が、災害時に留置施設の被収容者を「一時解放」する】、という緊急時の収容者の生命の危険度に従い避難させることを指す。

これらに連なる事例として、収容者の開放を発動したことが過去に2例存在する。


・1896年 明治三陸地震(宮城集治監 雄勝出役所)

・1923年 関東大震災 (横浜刑務所)


それぞれ現場判断には有能な指導者が指揮、また収監されていた者達にも一定の規律意識が存在、双方ともに事態終息後に収監されていた者達が帰参した実例。

今の日本を含む世界の情勢は、こういった稀有な事例を参照にする必要のある、緊急事態だということを如実に語っている。


「イグナクトの存在を公表しつつ、その裏で動く操者たちの身分や法的保護を国内法にどう適合させるか……。ついで収監されてる者たちの命、安全保障の枠組み。まったく、防衛大臣も無茶な宿題を投げてくれたものだな。」


犬埼は苦渋に満ちた笑みを浮かべつつも、ペンを走らせる手を止めない。

国家の存亡をかけたこの未曾有の国難において、法と正義の防波堤を守るための戦いもまた、水面下で極限の緊張感をもって進められていた。




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7月3日午前9時30分

一色区

国防軍一色基地


2000mの滑走路の端、普段、航空機が立ち入らない部分を300m四方の囲いが設けられていた。隠す、というよりは搬入への邪魔にならない立ち入り制限という形の囲い。


トウマ重工が誇る大型垂直離着陸輸送機 GSXX-T2 通称ブルーホエールがその前部ハッチ(口)を全開放する形で鎮座していた。

国内でGSXX-T1~3、それぞれT1(赤)/T2(青)/T3(黄)の三色展開で稼働している、全長49.5m/全幅55.0mの世界最大、民間大型垂直離着陸輸送機である。

GSXX-Tシリーズはブルーホエールを基本とし全国に10機が民間輸送の離島物資運搬に活躍している。

主に輸送困難な山間や航路の不安定な離島などへ40フィートコンテナを複数丸抱えで運んでしまえる大量一括輸送用途に活躍。

超大型ペイロードを搭載している離発着の容易な機体として実績を重ねてきた。


形状的にはクジラのようなカウルの上部にコックピットを配置したフレーム構成。

このフレームその物がトウマ重工/【構造体電池技術/ストラクチュラル・バッテリー】で構成されている。

これにチタン合金とCNTカウルを組み合わせることで航空機史上類を見ない総重量15tという超軽量を達成。


その代償として初期ロールアウトのブルーは

VMC(Visual Meteorological Conditions:有視界気象状態)

※「目視で飛べる良好な天候」

【雲が十分に高く、視界がクリアな状態。手軽な運用の基本となる天候。】

この条件下での運航が義務付けられていた。


仮に悪天候でも飛べるだけの性能は有しているのだが他に並ぶものがない程の軽い機体。


【QRH(Quick Reference Handbook:クイック・リファレンス・ハンドブック)】


での運航枠組み判断マニュアルでは不測の事態があるかもしれないという事で、安全面からこのような枷が追加されていた。

ただ運用開始から「5年間・重大インシデントおよび事故ゼロ」という完璧な安全実績を達成していることから、2075年1月、夜間飛行や悪天候下(IMC)での計器飛行方式(IFR)が全面解禁された。

これに伴い長年図面上の「ペーパープラン(計画案)」に過ぎなかった、人員輸送特化・3階建て完全ホテル仕様の 「赤(レッドホエール)」 がバリエーションとして正式に2機、初めて製造・ロールアウト。

同時に同じくペーパープランであった国家元首などの超VIP用のイエローホエールも建造、2075年3月に政府へ納品された。


一色区に舞い降りたのは前述の各地への輸送で活躍していたブルーホエール。

その大型ペイロードから運び出されたコンテナは全長27.0m/幅7.0メートルの特注アルミ合金コンテナ。

中にはオーストラリア、特に中国からは大量のレールガンへの返礼とも言うべき長大のレアアース提供があり、それらで仕上げられたイグナクト専用装備の素体砲身が収められている。

全長22.0メートルにも及ぶ長大なモリブデンとレアアース主体のこれがどのような代物へ変成されるのか、装備の全容を知る者はいてもその長大な破壊力はイグナクト以外にはわからない。

グラードルへの人類の切り札がまた一つ銀の柱の元で誕生しようとしている。


速やかに地下搬入口へ移送されたコンテナはイグナクトのラボへと搬送。

待ち受けるは日本の魔改造総本山とも言うべき


【特殊先進機械兵装技術研究所 編成装備改装部隊】通称/返装改(へんそうかい)

ここに所属する精鋭18名。


日本最強のエンジニア部隊のさらにその最尖端とも言うべき研ぎ澄まされた18名と、朝倉あゆみ准空尉率いるイグナクト専任メカニック部隊16名、合計34名の勇士がそれに対峙していた。

メカニック、技術屋としての自分達の戦場での最適な陣形。

戦う場所が違うだけで皆それぞれが死力を尽くす、未来への希望を抱くその覚悟は最前線の者が抱く戦士の魂 ソレ と同質であろう。


イグナクトの指定した取り付け位置はイグナの下部、真鎖人の乗るコックピットの直下に位置する。それに付随する形の弾倉パッケージブロックが朝倉たちの手で左右に取り付けられる。

弾倉の仕様は全てイグナクトの支持通り。

中には


・高純度パラジウム (Pd)

・ナノテルミット(アルミニウム・酸化鉄)

・オスミウム (Os)

・レニウム (Re)

・タングステン (W)

・炭化タンタルハフニウム (Ta₄HfC₅)


これらが銀の柱(イグナクト)から供与された特殊モリブデンパッケージに収められ格納されている。

装備の変成に必要な時間は少なく見ても1,100時間、約46日を要する。その間にイグナクトの力を必要とするグラードルとの交戦、戦いがない保証はない。

この一分一秒を忘れてはならない、全ての者がグラードルの本格侵攻、稼働までの時間を意識しそのタイムリミットを刻みながらの戦いになる...



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

同日11時15分

トウマ重工のブルーホエール搬入の喧騒が収まると、ほどなく空港の正面側のターミナルにも複数の車両が乗り入れてくる。

地上と空、双方への民間往来が一色空港をいつもの日常へと塗り替えていく。

その一色空港を飛び立つ民間機の中に旭柰はいた。

自身、都内での仕事と、その後の横浜の講演日程に合わせた前乗りとして品川へ向かったのだ。


一色空港から東京/羽田は約60分前後の短時間フライト。

旭柰は羽田を出て、ふと思うところあり徒歩で羽田緑地の方へ足を向けた。


「東京なのにあまり都内って感じしないのよね...なんとなく下之一色に似てるし。」


ここはかつて東京最後の漁師町と呼ばれ、非常に栄えた漁業の歴史を持つ地域。


鎌倉・江戸時代/将軍家へ魚を納める「御菜八ヶ浦」には開村伝説が記録されている。

1159年の平治の乱で敗れた源氏の落ち武者7人が土着、生きるために漁を始めたという開村の伝説。

跡地であるこの緑地にはそれらが申し訳程度にモニュメントとして残されている。


開村後は江戸幕府まで時代を進めると、この羽田は幕府へ新鮮な魚介類を献上する特権的な漁村「御菜八ヶ浦」の一つに指定され繁栄を極めていた。

この辺りになると歴史としても様々継続性のある資料に文献が残っている。

この地域は多摩川の淡水と東京湾の海水が混ざり合う汽水域であったため、非常に多くの魚が獲れ、その中には今では高級魚とされるアカメや日本ウナギも多く生息していた。


開村伝説の詳細は郷土資料館などで確認できるが、その詳細を知る者は少ない。

同様にこの地域が江戸の胃袋を支えていた事実も、後世にはあまり語られることはない。

他の歴史と同じで、伝えるものが資料のみとなると、一般層へ知られるほどには至らないのが現実である。

ただ間接的にそれを知る文化は大衆文化に残されている。


【夏にウナギを食べる「土用の丑の日」】


この習慣がその筆頭かもしれない。

事の発端は江戸時代中期の天才学者・平賀源内(ひらがげんない)に端を発する。

羽田周辺を活動拠点都市、その産地の漁業を商いとしている関連従事者たちの悩み。

商売あがったりのウナギ屋が、知り合いの平賀源内に「夏の売上不振をどうにかしてほしい」と相談、貴重な食糧(さかな)が食されることなく廃棄されることに苦慮した源内が打った妙案。


【本日、土用丑の日。ウナギ食うべし】


と書いた紙を店の前に貼るようアドバイスをした。

元々「丑の日に『う』のつくものを食べると夏負けしない」という民間伝承があり、それとの相乗効果/シナジーとして夏の暑い日にウナギを食べるという文化が発展した。

それらは江戸を中心に全国へ広まり、2075年の現在も日本人のDNAに刻まれたかの如く、皆、夏場にはウナギを求めるようになる。

その文化からウナギは養殖も盛んな状態が長年維持され、ついにはウナギの生態解明へ結びつき、2026年5月、ついに念願であったウナギの「完全養殖」技術が完成した。

それまでは近海でシラスウナギ(ちびっこウナギ)を捕獲、それを育てていたのが


・採卵→シラスウナギ→ウナギ→一部の雌個体から採卵


この完全養殖サイクルを確立したのである。

もはや日本人の執念としか言いようのないその根幹には「土用の丑の日」という文化を江戸が打ち立て、その供給源としてこの羽田緑地があったこと、旭柰はそれに気が付きどうしても一度見ておきたいと足を運んだのだ。


そしてこの地の辿った歴史は旭柰の根幹にある下之一色漁港とも重なるものが多い。

これが足を運ばざるを得ない理由の一つであった。

今は整備されてしまい、コンクリートの一角にとりあえずの緑地を置く程度の景観。


「栄枯盛衰ということなのかしらね…人の都合で地形まで変えちゃうのは下之一色もここも同じか...」


そう呟く旭柰の眼は少し寂しそうなはかなさを称えていた。

旭柰の祖父母は名古屋/下之一色漁港、そこに残された魚市場で商いをしていた。

旭柰が産まれた時にはそれらは既になく、父の店で魚を中心とした活気とそれを求める地域住民と町の風景、そんな空気の中で彼女は父から下之一色魚市場の話を聞き、多感な時期を過ごした。

彼女はこの羽田緑地の風景から、漁業権を返上し既に市場も消えてしまった下之一色魚市場の歴史と同質のモノを感じていたのだ。

それほどに両者には十分な歴史の符合点が存在する。


双方共に汽水域の恵みによる日本トップクラスの漁業地域、江戸前の魚介類としてのブランドのある羽田、一色は三河湾の豊かな干潟を利用した海苔養殖やアサリなどの貝類、さらにはウナギという共通項。



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【東京/羽田】

国策プロジェクトによる「漁業権の放棄」と激変。

戦後(1945年)、GHQによるわずか48時間の強制退去令により、羽田の街や漁村は一瞬にして奪われた経緯がある。

その後、羽田空港の拡張・沖合展開の国策プロジェクトが進む中で、昭和30年代に漁師たちは涙をのんで「漁業権を全面放棄」し、海苔養殖の歴史に幕を閉じた。

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【愛知/下之一色】

一方で下之一色は戦後の高度経済成長期、国策による巨大な「一色干拓事業(農地造成)」が進行。

台風の被害なども重なり、汽水域の象徴であった広大な干潟の多くが消失、地域の漁業構造や環境はガラリと姿を変える。

最終的には災害対策/工業地帯整備と漁業権が秤にかけられる形で幕を閉じた。

現在の下之一色には唯一その漁民の生活、漁業そのものの発展に寄与した鉄道網が存続、それら鉄道を国ではなく民間有志で達成した偉人 森治郎翁 銅像だけが地域変遷を見つめるように残されている。

 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


どちらも、良い悪いは別とした、「時代の潮流に呑まれる形で消えてしまった漁場であること」、それが彼女の興味を引いた。


その歴史の符合点、流転する時の流れに思いを馳せながら、環状八号沿いの歩道をあるき空港隣の【天空橋駅】へ向かう。

当たりには漁村の歴史を刻む石碑と鳥居があり、バスによる周辺駅へのルートを網羅したターミナルが整備されていた。


「ここだけちょっと都会なのね。なんとなく漁村の雰囲気は残ってるけど。」


辺りには小型の船が停泊できる申し訳程度の桟橋が残されており、一部はまだ実稼働している船舶の姿も見受けられた。

ただ、大半は開店休業のような有様、多くは朽ちた船体がそのまま係留されているだけに見受けられる。

旭柰は商業施設が整備されているこの区画で昼食を取り品川へ向かう算段を立てていた。

この区画は羽田イノベーションシティ(HANEDA INNOVATION CITY / 通称:HICity)として、東京都大田区の商業施設・オフィス・研究開発拠点などが融合した大規模複合施設。

開業当初は迷走を重ね客足も伸びず、【生きた廃墟】とまで言われたが、環状八号周辺の開発の推移と共にロケーションの良さ、羽田空港からも近いという事で穴場として注目が集まる。

また、横浜の外国人観光客呼び込み事業の流れから、東京都/横浜、両地への観光拠点として宿泊施設などの整備が進み、一定の賑わいを維持する観光拠点として徐々に定着していった。


昼食を済ませた旭柰はタクシーに乗り品川方面へ、そこで前乗りの本懐である 【しながわ大水族館】 へ移動。

ここは2033年に新装オープンした老舗水族館。

都内では貴重なイルカのショーが見られることでも有名。

一時は物価高騰の波でこのイルカショーも飼育含め廃止の流れが濃厚となっていた時期がある。

最終的には地域有力者たちの呼びかけで全国から募金をつのる活動がスタート、≪都内最大のイルカショーを維持する≫というキャッチフレーズが受け存続の道を勝ち取った。


だがその裏では施設の構造上見えてしまうイルカショーの最大の【恥部】がマニアの間で噂となりそれがネットミーム化する珍事が発生していた。


その+方向の弄りが良い意味で炎上、調子に乗った全国のアレな人が


『今日俺馬(競馬)勝ったから儲けの半分援助する』

『やべぇー移動中ウ◎コ漏れそうになったけど間に合ったからお布施で1000円投げとくわ』

『ケツ●保険は大事だよな。未來と老後の自分のため1万振り込んだぜ』


などが相次いだ。

何事?発端はSNSでの一枚の画像投稿に端を発する。



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ちょっ!品川大水族館イルカショー廃止とかなめんぢゃねーぞ!

俺の楽しみ奪うな、んこー!!

【横一列に並ぶ4頭のイルカの水中脱●画像】

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それは衝撃を持ってSNSを中心に拡散されまくった。

しながわ大水族館はイルカショーのプールが行われる地下側がスケルトン構造になっており、ショー以外の時間、ここからはのんびりしているイルカたちの姿が鑑賞できる仕組みになっていたのだ。

普段はイルカを眺める客の行き交う場所なのだがショーの時間は管内アナウンスが流れ皆上階へ移動する。

無人になることが多いためショーの時のここの様子はほぼ知られていない。

だがこのSNS投稿は必死で水面観客へショーを展開するイルカたち、その水面下での必死の踏ん張りを可視化してしまう。


イルカたちは水面に顔を出し観客を楽しませるために懸命にショーを行う。

その【お客様】を楽しませてる水面下では、なんとも過酷な様が繰り広げられていた。

水上に身体を押し上げ、全体重を支える必要から全力で尾をばたつかる。

だが、海上でのその華麗なるショーとは裏腹に、なんと海中では脱糞しまくりながら必死でその巨大な身体を支え続けていたのだ。


この一般には知られない衝撃の事実(※本当)は一瞬でSNSの猛者達を覚醒させる。

事実を追求するため動画で確認だ!と、放送用カメラ持参で突撃する者が現れ、SNSは空前絶後のイルカ下半身画像ブームが発生。

その勢いに引っ張られるように


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イルカの下半身を護れ!

超最先端の濾過層/水質維持設備を!

堅固でキレイなショー用のプールをイルカたちに!

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と、大合唱が始まる。

調子に乗ったあるインフルエンサーなどは


『ささやくのよ私の魂が!!』


とのつぶやきの後、5000万円の施設改築費援助を区に申し出て【イルカの下半身(ケツ●)を護れ】がネットミーム化。

最終的には改修費用7億2千万円を破滅的に上回る寄付 46億9760万円(しりのため) という巨額が集まり水族館もイルカショーも存続へと舵が切られたのだ。


品川イルカう◎こカルテットはこうやって伝説と化した...


だが伝説は終わらなかった。


その施設改修費を大幅に上回る資金。

人々の悪ノリから発生したこの一連は、その巨額資金をベースに日本初の


【全国の海洋生物集中治療受け入れ設備】


この最先端海洋生物医療施設の設置を実現させた。


世界でも有数のレスキュー・リハビリテーション水族館へと生まれ変わったしながわ大水族館。

海洋国家に属する日本、水族館も多く抱える、それなのに野生動物への研究目的は活発なれど保護の枠組みが薄いとの指摘へ、そこへまさに穴穿つ乾坤一擲の改修案。

この設備の稼働は全国各地のイルカ保護救出劇へとつながる。


旭柰は自身の産まれる前のこの崇高かつ、お下劣な話は知らないため、【イルカー!!ウミガメ!魚美味しそう!】という心優しい魚屋女子平常運転で来館。

区の公園一角にあるこの水族館へウキウキで旅立ったのだ。

だがウキウキワクワクでチケットを握り、水族館の入口へ入った旭柰に衝撃走る!!

管内アナウンス



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『管内のお客様にご案内です。このあと14時20分より、館内イルカショーステージにて『くじらくんさん』特別イルカなんでも講座が開催されます~混雑が予想されますのでご参加のお客様は係員の指示に従ってご入場ください~』

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告知なしのゲリラ開催!

旭柰は握りしめた両の拳に汗が滲むのを知覚した...


★☆★神だ!やっと神と・・・★☆★


脳内をイグナクトの雷光のようなきらめきが突き抜ける。

鼓動が高鳴りその瞳にはSREID(エスレイド)システム起動時の赤色網膜パターンが浮かび上がる。

彼女の脳内に大追跡のアラートが鳴り響く!

https://soundcloud.com/toma-saeki/6v6q70juakap?si=ed8e0d196da84e849ebae0d5870df249&utm_source=clipboard&utm_medium=text&utm_campaign=social_sharing

⇑

【神のいるステージ目指し駆け抜ける場面BGM】


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【一色区イグナクトラボ】


一色区のナクトは旭柰の異変を感知するも、興奮の度合いのバイタルパターンが危険ベクトルではないことを示しているため困惑する。


『これが...人の心なのか...』


ナクトは自身データベース中の該当するライブラリを超速で閲覧、地球の文化項目から少女漫画の引用に辿り着く。


『私の中に創造主から与えられ概念として存在する 愛 そうか、これが愛なのか...』※違うぞナクト


新たな情報をライブラリに刻み旭柰を見守ることにするイグナクト。



 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

館内ロビーに立ち止まりその鋭い眼光で周囲を見渡す旭柰。

眼に赤く鋭い光が宿る。

その奥底で怪しく揺らめき、時折、煌めく閃光。

彼女の視神経、その信号の全ては銀の柱のメインフレームに直結、超スピードで演算が開始される。

僅か0.00001秒でしながわ区のメインコンピューターをハッキング、完全に掌握する。

建物の建築図面を引きずり出し立体モデリングを構築。

旭柰はSREID(エスレイド)システムにより施設内での全ての人体の光(スペクトラム)を知覚、魚種別のそれも網羅、それら魚類とは異なる【イルカ】の光を求め館内を探索。

最短でイルカステージ目掛けて駆け上っていた。


刹那、イルカステージに一人だけ人の光を感知、直感的にその輝きを【神】と認識、最短ルートを駆け抜ける。

通りの先に人がいても、SREID(エスレイド)の知覚領域はあらゆる生命、光の存在を拾い上げる。


人体の限界を超える凄まじい加速、手すりを掴みそれを軸とし遠心力で大きく跳躍、階段を一気に飛び越え上階を目指す。

仮に旭柰が光の速さで動こうと人と接触することなどない。

イルカの光を捉えた旭柰には構造体の配置からそのゴールへの最短ルートが直接脳内に書き込まれていく。

SREID(エスレイド)と旭柰の同調はフルボルテージの域へ到達。

脳内で寸分の狂いなく完全に立体構築した【しながわ大水族館】。

もはや旭柰を遮るものはなにもない。


先刻、漁港でおっさん二人を追跡した時を上回る軌跡。

俊敏かつ安全を確保した軽やかな動き、それはまさしく飛翔と呼ぶにふさわしい軌道。

巨大な館内を雷光の如く駆け抜けていく。


人との接触安全圏を保持しつつ、突然飛び出すちびっこすら難なくかわし、華麗な弧を描く。

その勢いのまま、展望フロアへと続く階段の最終段を蹴り上げ、開け放った扉の先。

辿り着いた展望フロア...

まだ案内スタッフ含め、館内他の誰も到達していない客席、その先にあるステージ!!


旭柰はリハーサルを終え、ステージでイルカを愛でるように撫でるターゲットを視覚に収めた!!


『かっ、神...』


旭柰はついに神との邂逅を果たしたのだ...

張り裂けそうな胸の鼓動、情感が溢れ、声を発することができない。

僅か数十メートル先のステージ、その頂に佇む【神】。

その圧倒的な存在を前に彼女はただ立ち尽くしていた.......



次回

天のイグナクト

第十一話 『また会おう諸君!』

2026年10月16日13時00分公開




大丈夫か天のイグナクト...?

天のイグナクト

それは命を燃やす魚屋が宇宙先進文明の超テクノロジーと魂の邂逅を果たしリビドーを炸裂させるスペースファンタジー~貴方に会いにここまで来たの~な物語であるッ!!


思い付きで書いてませんよ...ちゃんと最初からこの大河にはあった話です。

この件(くだり)はもちっとだけ続くんじゃよ・・・


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